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連載 ネパール・タライ平原の村から(133)
ドライビングセンターを訪ねて - 民俗知の今①

ネパールの農村で暮らす、元よつば農産職員の藤井牧人君の定期報告。その133回目。



 地元にある、一枚一枚の田んぼが小さく、角がなく、不揃いで、いかにも人力で耕しましたという感じの耕作地帯。その近辺に数年前、突然できた私営のドライビングセンター(自動車教習所)。初めて見た時には、ただ仰天したのですが、スクーター、バイクそして自動車を所有する家が増えた近年。ドライビングセンターは、ライフスタイルの変化の象徴のような存在です。

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 ため池沿いの、これまた以前は畦道のようだった道に軽自動車が通れるくらいの砂利道ができ、あと数年もすれば舗装道路になるのかなと思しき道を通り抜け、殺風景なドライビングセンターに昨年11月訪問しました。

 入口を入るとちょうど眼前に教習コースの坂道が見えるのですが、その横に2本の柱に支えられたハト舎が不似合いにあるのが目に留まります。食用のハトの雛を飼うため、板に巣穴をくり抜いた前後40もの小部屋がある、なかなか立派なハト舎でした。地域の先住民タルーの昔ながらの飼育方法です。

 この日、なぜ僕がドライビングセンターを訪問したのか? それは昔、ここがジャングルで野生動物、虎やサイが出没していた時代から住み続ける地域一番の長老、タルー人のグロウ爺さん(プラビ・ラージュ・グロウ氏)94歳にお会いするためです。

 グロウ爺さんに、世代を超えて伝えられて来た薬草や飼料木、有用植物の利用について教えてもらいたかったからです。それでグロウ爺さんの孫の一人が経営するドライビングセンターを訪ね、いつもそこでくつろいでいるグロウ爺さんから、生活知、民俗知、在来知に関する“教習”を受けにいったのでした。

 グロウ爺さんは、地域住民から村のバイディヤとも呼ばれています。バイディヤとは、標高差に応じて気候風土が異なるネパールの村々・在地ごとの植物に関する専門知識を持つ、ローカルな薬剤師のような人です。
 ■教習所の坂道コースとハト舎

 隣国インドのアユルヴェーダの概念にもとづくものを多く含み、アムチと呼ばれるチベット医、中国の漢方医のように、ネパールにも民間医療があり、その民間治療師をバイディヤと呼びます。

 学科教習中(会話中)、グロウ爺さんのおしゃべりを聞いていると、いつのまにか家族やご近所のオバサンら数人が集まって来て、同じように有用植物、薬草の生息地や効能、利用方法についての手ほどきを受けました。民俗知は、ゆるやかに地域集団の中で共有されてあることを知り、町外れのドライビングセンターに民俗知の宝庫があることを発見した次第です。

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 今、アジアで、世界中で、この民俗知のあり方が大きく変わろうとしています。近所のじいちゃん、ばあちゃんから聞いた話を基礎に、これから民俗知とは何か? 地元地域における民俗知の変容について、ジャングル、有用植物、自然との結びつき、そのゆくえについて、考えてみたいと思います。

                                              (藤井牧人)


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