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アソシ研リレーエッセイ
鉄腕アトムとストランドビースト



 超小型原子炉と言えば、「10万馬力の原子力パワー」鉄腕アトムが思い浮かぶ。私は少年漫画のアトムは体験した記憶があまりないのだけれど、電子頭脳や原子力など7つの力を持つアトムが悪と戦う物語は、その後のアニメなどを通じて、子どもの頃の記憶の断片として今も残っている。

 当時の科学的な想像力の粋を集めたアトムが地球を襲う様々な危機と戦う姿は、子どもたちには共感を呼んだし、その先見性は驚くべきものだと思うけれど、今この時代の私たちには難しい問いを投げかけているように思う。気候変動という人類史的な危機に対して、科学技術(アトムの戦い)は果たして解答になりうるのかという問いだ。

 産業革命以来の科学技術の発展が、私たちを現在時点まで連れてきたのはまぎれもない事実だけれど、しかし一方、むしろ科学技術の発展こそが現在の危機の大きな原因でもある。問われているのはアトムという存在を生み出した現代社会そのものなのかもしれない。

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 9月某日、大阪で開催されたテオ・ヤンセン展に足を運んだ。テオ・ヤンセンは1948年、オランダに生まれた。大学では物理学を専攻し、後に画家、彫刻家に転向、「現代のレオナルド・ダ・ヴィンチ」と称され、芸術と科学の融合した作品を発信し続けている。

 ヤンセンが制作するのは、「ストランドビースト」と名付けられた巨大人工生物。その名は、オランダ語の砂(Strand)と生物(Beest)をつなぎあわせたヤンセンによる造語だけれど、その通り、砂浜を動き回る恐竜とも見紛う生命体だ。国土の4分の1が海抜0m以下というオランダで、気候変動による海面上昇から砂浜を守るものとして生まれた。

 ストランドビーストの身体は、ヨーロッパで普通に使用されている埋設用の黄色いプラスチックチューブの複雑な組み合わせでできている。チューブの接続には結束バンド。その他に、粘着テープ、ペットボトル、ウレタンチューブなど、ごくありきたりな廃材とでも言うべきものだ。ビーストは化石燃料や電気などを全く使わず、自然の風だけで動く。ビーストの脚の動きは物理工学を基礎に計算されていて、動物そのもののように滑らかで有機的だ。またキャタピラーのような動きで移動するビーストもある。

 ストランドビーストは年代とともに進化を遂げていて、ヤンセンはその構造や機能によって架空の時代名をつけて体系化している。ビーストはさまざまに工夫された帆によって風を受け、砂浜を歩行するのだが、2001年から06年のヴァポラム期(蒸気の時代)では、ペットボトルが新たな器官として獲得された。

 ビーストは風を食べ、「胃」としてのペットボトルに貯蔵し、無風時には貯えた圧縮空気をエネルギーとして動く。さらに進化したビーストでは、ペットボトルに貯えられた圧縮空気はビーストに内在する「筋肉」として働き、様々な動きをビーストに与える。

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 ストランドビーストは一切の燃料を使わず、風の力を利用して動き、また、風を食べ、それを自らの身体の動力とする。ビーストの動き、歩行は脳(コンピュータ)の制御によって統制されているのではなく、身体自体に動作の仕組みが埋め込まれているのが特徴だ。また、ビーストは常に進化の過程にあり、現地の海岸で、その環境に適応しつつ、実験と改良が試行錯誤されている。また、ビーストに関する様々な知見は公開され、それにしたがって多くの人びとがビーストを制作し、ビーストと交感する。そのようにして、ビーストは繁殖し、拡散していく。

 鉄腕アトムの思想とストランドビーストの思想。鉄腕アトムは、私たちにとってある意味で分かりやすい。現実にロボット技術は日々進化しているし、超小型原子炉や核融合も研究されている。しかし、風を食べる人工生物のことはどうだろう。なにか新しい扉が開かれるような思いはしないだろうか。ストランドビーストが象徴する世界を、私はもう少しこじ開けて覗いてみたいような気がする。

STRANDBEEST EVOLUTION 2017
https://www.youtube.com/watch?v=KsqlnGMzMD4

                          (下前幸一:当研究所事務局)



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