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連載 ネパール・タライ平原の村から(127)
9ヶ月ぶりにネパールへ

ネパールの農村で暮らす、元よつば農産職員の藤井牧人君の定期報告。その127回目。



 9ヶ月ぶりに、昨年5月に亡くなったティルさんの家へ。「楽しみに」ではなく、「悲しみに」帰って来ました。これからは、人並みなグローバルスタンダードな枠からさらに外れて、土に生きる農耕民でもなく、雇用された良き市民でもなく、土地に拠らない人、居所がどっちでもない人、一漂泊民としてその立ち位置にこだわってみたいと思います。

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 これといった看板を背負うこともなく、妻ティルさんと一農民として暮らしがスタートしたのが2010年、この連載も始まりました。土地の人と同じ作物、家畜、樹木を育て、できるだけ同じような小農を営む。ここでの日常的な農の営みにどっぷり浸かってみようというのが僕の試みでした。

 ところが12年目の昨年にティルさんが亡くなり、長期滞在ビザがどうしても取得できなくなって帰国を余儀なくされました。現地における「日本人の百姓」いわば「指導する人」ではなく、ネパールのありふれた百姓を目指していたのが道半ば、百分の十二姓くらいで諦めることになりました。今後は観光ビザで滞在可能な年150日間、5ヶ月だけの滞在となります。

 改めて僕が暮らした地域の農業を紹介します。それは、グローバル化に対応した輸出向けに品質管理された高付加価値生産農業から外れ、ヒマラヤ・トレッキングやグリーンツーリズムの対象区域でもなく、NGOなど援助組織による貧困対策・農業開発プロジェクトからも漏れるような、主流に乗ることも注目されることもない、その他の農業を営む地域です。

 ここは首都カトマンドゥから西に120キロメートル離れた中西部のガンダキ州ナワルプル郡カワソティに位置します。マハーバーラタ山脈とチューリア丘陵に囲まれた盆地で、インド国境沿いの低地タライとは明確に区別されインナータライ(内タライ)と呼ばれる亜熱帯の地域です。

 カワソティは都市化の進展が著しく、高騰した土地を早く売却したいと思いつつ農業を続けている人、銀行ローンを組み設備投資したけれどもあまりうまくいっているようには見えない人、伝統的・自給自足的な遅れた農業ではダメだと僕に教えてくれる人、食べていくことから稼ぐことを考えるようになったと過去を語る人――が暮らしています。

 当初、サスティナブル(持続可能)な農業、オーガニックな農業と聞いては、「それならもう昔からやってましたよ」とか、「みんなふつうにやってますよ」と答えたものでした。ところが、この十数年で、「それは素晴らしい」と言いつつも、翌日にはふつうに除草剤・農薬・化学肥料を散布する時代へと大きく変わりました、あるいは変化が加速しました。

 それでも、多くの人が採算は合わない、経済価値が低いとわかっていながら農業を続けています。産業としての農業ではなく、暮らしとしての農の営みを続けています。

■ネパールでは水田の中心から回るように苗を手植えする
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 僕がよつ葉で学んだのは、オーガニックかどうかといった、分かったかのような言葉や枠組みだけでは捉え難いことだったと思います。それを実体験として捉えてみようというのが、僕のネパールでの試みの一つであったと記憶しております。
 さて、これから僕はどこへ向かおうか。

             (藤井牧人)



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