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アソシ研リレーエッセイ
コロナ禍の「イカゲーム」



 コロナ禍の影響もあって、日曜日も遠出ははばかられ、自宅で過ごすことが多い。この秋に、米動画配信大手のNetflixによるオリジナル韓国ドラマ「イカゲーム」を観た。今年9月に配信が始まると、全世界で爆発的な人気を集めたという。ドラマ自体は超高額の賞金を求めて、参加者たちが命がけのデスゲームに挑むというものだが、単なるデスゲームにとどまらない複雑な厚みをもって、訴えかけてくる。

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 主人公の中年男性ソン・ギフンは長年勤めた会社を不当解雇され、多額の借金を抱えて、ギャンブルに身を堕としていた。妻とは離婚し、最愛の娘とも離れ離れだ。ある夜、地下鉄のプラットフォームで、見知らぬ男から、「大金を賭けたゲーム」への参加を促される。

 秘密のゲーム場に集められたのは456人の老若男女。1人の命を1億ウォンとして456億ウォン(約45億円)が賭けられたデスゲームに参加することになる。

 参加者は他に、ギフンの幼馴染で秀才のチョ・サンウ。彼は証券会社から金を横領して警察から追われている。さらに、余命の短い老人のオ・イルナム、パキスタン人出稼ぎ労働者 アリ・アブドゥル、弟を施設に預けている脱北者の女性 カン・セビョク、など。

 ゲームが始まる。第1ゲームは日本で言う「だるまさんがころんだ」。人形ロボットに動きを察知された参加者は次々に射殺され、デスゲームの凄惨な現実を思い知らされる。生き残りはほぼ半数に。第2ゲームは「カタヌキ」、昔、駄菓子屋さんでやったことがある。第3ゲームは「綱引き」、第4ゲームは「ビー玉」、第5ゲームは「飛び石ゲーム」、そして最終が「イカゲーム」。地面に描いたイカの形の陣地をめぐって攻撃と防御で決闘するというものだ。

 主人公のギフンはさえない中年男性だが、善良な人情家として描かれている。彼がその人間性を試されるのが第4ゲーム。成り行きから老人のイルナムとの対決になった。握ったビー玉が偶数か奇数かを当てて、ビー玉を取り合うのだが、もちろん負ければ射殺。ギフンは急にボケたような状態のイルナムをためらいつつも騙して、勝利する。サンウもまた、正直者のアブドゥルに付け込んで、騙す。イルナム、アブドゥル、射殺。

 そして最終の「イカゲーム」。生き残ったギフンとその幼馴染サンウの決闘。死闘の末、ギフンが勝利し、瀕死のサンウは最後に「母を頼む」と言い残して自決する。優勝者となったギフンの口座に456億ウォンが振り込まれる。

 イカゲームに勝利し、大金持ちになったギフンだが、賞金には手を付けないまま、浮浪者のような生活を送っている。そこにメッセージが届く。イカゲームの黒幕は、第4ゲーム「ビー玉」で射殺されたはずのイルナムだった。456億ウォンは、世界の大富豪が、貧乏人や食い詰め者たちをもてあそび、暇つぶしに楽しむためのものだった。

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 イカゲームが単なるデスゲームにとどまらないのは、それが韓国社会の現実に深く根ざしているからだ。社会の圧倒的な格差。1人の命が1億ウォンと値踏みされる金権社会。騙される外国人労働者。虐げられる老人たち。もてあそばれる女たち。そして猖獗を極めるコロナ禍。社会の現実が写し絵のようにデスゲームをめぐって演じられていく。そしてその現実は決して韓国だけのものではない。だからこそ世界中で空前の大ヒットとなったのだろう。

 456億ウォンに裏打ちされた(イカゲームの)法の前には、ギフンの善良も、サンウの計算も、セビョクの孤独な意志も、「綱引き」の団結も無力だ。浮浪者然としたギフンの姿がその無力感を見せつける。しかし、ドラマの最後、ギフンは意を決したかのようにイカゲームとの対決へと向かう。彼に勝算はあるのだろうか?

                                       (下前幸一:当研究所事務局)



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