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連載 ネパール・タライ平原の村から(120)
ニワトリ泥棒が親戚だった頃

ネパールの農村で暮らす、元よつば農産職員の藤井牧人君の定期報告。その120回目。


 今後しばらく、現地で暮らした12年を下地に、妻ティルさんの生活史に重ねながら、ネパールの急速な近代化の一断片を書き留めたいと思います。

 放ってあるとはいえ、敷地境界に植えたパイナップル。年一回の収穫を楽しみにしていたら、全て持っていかれたことがありました。また近所の子が家の畑を掘っているので注意をしたら、サツマイモがあって、よく見わたすとあちこち堀り残しがあることに気付いたことも。

 “まったく”と苛立っていたティルさんですが本人も子どもの頃、友だちと家畜用の草刈りに他人の敷地の草を大慌てでどっさりと刈り、担いでさぁ帰ろうとしたちょうどその時。地主と顔を合わせてしまい「みな刈りに来ていたので私たちも来たの」と、すっとんきょうなことを言って惚けて見せたとのことです。小さな農家でしたが、泥棒に入られた話もいくつか聞きました。

            ◆      ◆      ◆

 近所はみな集団移住したプンマガル(氏族集団)だった移住当初(80年代後半)。

 「カネを貸した〇〇カルジットプンと××ティリジャプンの家を探していると、裕福そうな知らないオジサンが訪ねて来た。

 父に会うなり、ようやく見つけたと勘違いして親しげに家に上がって来た。オジサンは冗談を言い、集まって来た近所の人らを笑わせるのが上手かった。プンマガルの中でしか使わないようなカルジットとかティリジャといった婚姻規則集団の名前を言っていたのですっかり信用してしまった。

 ずいぶん居座る客だと思いつつも、遠方から来られたと食事を出したら、部屋の奥へ一人入りそそくさと食べてすぐに帰られた。その後、しばらくしてその部屋のカネが盗まれていることに父が気付いた。自分たちは田舎のお人よしだった。以来、すぐに人を信用して食事を出したりはしなくなった」。

 また、両親に留守を頼まれた日のこと。

 「家に戻って来た父に、ケージを開けずに出かけたのにニワトリが一羽もいなくなっていると叱られた。私は家畜の飼い葉を刈りにほんの少し家を空けただけなのに。近所の誰もが怪しい人など見なかったとも言っていて不思議だった。

 ところが次の日、父が鶏肉屋の前を通った時、肉屋のケージに見覚えのあるニワトリが売られていた。よく確認すると家のニワトリだった。それですぐに察しがついた。当時、隣家に住んでいた、同じプンマガルの親戚の小僧の仕業であることに」。

             ◆      ◆      ◆

 「深夜、ニワトリが僅かに鳴き物音がしたけど、当時は電気がないから怖くて見に行けなかった。翌朝、ニワトリ1羽と綿毛を詰めた袋もなくなっていることに気が付いた。

■川向こうに見える落葉高木キワタノキの森
 そして家の前から綿毛の付いた種子が道沿いにポツリポツリと落ちていて、ニウレチョーク(近所の四つ辻の名称)の所で途切れていた。どうも泥棒がキワタキの綿毛が入った袋にニワトリを押し込んで逃げたらしい」。

 商業用木材として利用されるものの、今では誰も拾わなくなったキワタノキの綿毛の種子。ティルさんらが川向こうのジャングルに家畜の放牧へ出かけていた数十年前まで、その綿毛は枕の中に入れるため価値あるモノであったのです。そんな生活世界があったのです。
                      (藤井牧人)



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