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コラム 南から北から
イノシシも人間も同じと思う秋


 吹く風がひんやり冷たくて、日差しも心地よく、牛たちも気持ちよさそうに山で過ごしています。ふと、牛舎の周りに咲いているアザミを見ると、ふわふわと舞うものが! よく見ると、それは見慣れた「アサギマダラ」という蝶でした。アサギマダラは渡り蝶で、4月になると種子島の実家の庭にもやって来ていましたが、まさかここでも会えるとは思わず、感動しました。

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 そんなある日、見知らぬおじさんたちが上を見ながらタオルをぶんぶん振り牛舎へやって来ました。何者かと警戒しましたが、アサギマダラのマーキング調査をしている方たちでした。タオルを振り回すと、上を飛んでいる蝶が仲間がいると思い、降りてくる習性があるらしく、降りてきたところを虫取り網で丁寧に捕獲していました。毎年、各地に調査に行っているようで、種子島にも調査に行ったことがある方もいました。

 種子島では、金時草(和名:水前寺菜)という野菜が野生化して自生しており、その花の蜜を吸いにやって来ます。そのため、アザミの蜜を吸っていたことに驚きましたが、不思議なことではなく、渡り蝶なのでその場所場所、季節によってエサとしているものが違うということでした。成虫は、春から夏にかけて南から北へ移動し、夏を本州の高原で過ごし、秋になると新しい世代が南を目指すといわれているそうです。まだ分かっていないことが多いため、マーキング調査が行われているようです。

 今回、牛舎を舞っていた蝶たちはこれから南を目指すのかもしれません。もしかしたら、私の実家にも遊びに行く蝶もいるかも、と思うとなんだかワクワクしました。牛の仕事をしていると実家に帰るのも難しいですが、私の代わりにこの蝶たちが帰ってくれると思うと寂しさも半減しました。

 アサギマダラの飛来に始まり、室戸の山の秋は賑やかです。この時期になるとイノシシをよく見かけるようになりました。種子島ではシカが多く、農作物への被害もありましたが、イノシシは見かけませんでした。室戸には、たくさんのイノシシがいて、農作物への被害も多いそうです。牛舎の周りににもイノシシがよく出没して、夕方暗くなってから目が合うと冷や汗をかきます。

 そんなイノシシの登場を待ちに待っているのが、狩猟免許をもった地域の男性陣です。私が住んでいる集落では、男性の半数が狩猟免許を持っているほど、イノシシ猟が盛んです。昔から、この辺では娯楽がなかったため、猟か釣りが楽しみになっていて、山派か海派かで分かれているようです。狩猟解禁になる前から下準備で山を歩いて、イノシシの通る道に目星を付け、解禁と同時に罠を仕掛けていました。

 イノシシが獲れると、その晩は「イノシシ会」なるものが開かれ、焼肉や鍋にしていただきます。みそベースの鍋に豪快に入ったイノシシは、おいしいのですが、毛のついたままの顎やまぶたなどリアル過ぎて、少し気が引けてしまいました。獲れた日は、いつもは静まり返った集落に活気が満ちて、私たちも元気が出てきます。

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■アサギマダラ
 しかし、ここでも高齢化が問題となっていて、今狩猟をしてくれている人たちの後継者がいません。狩猟ができなければ、イノシシの数は増える一方で、私たちも野菜や牧草を作れなくなってしまうでしょう。そうなれば、食べるものを求めて下へ下へ。山で生きていくために保たれていたバランスが崩れてしまうとき、どちらが先に山を降りるのか、イノシシも人間も同じだなとふと感じました。

         (松本木の実:高知県室戸市在住)




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