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連載 ネパール・タライ平原の村から(113)
ガスと外国と学校―カカとの対話

ネパールの農村で暮らす、元よつば農産職員の藤井牧人君の定期報告。その113回目。


 山腹のバチャン村の牛飼いカカ(妻の叔父)に会った時の話。

 カカの家の段々畑からは、向かいに山なみと集落、等高線上に幾重もの見事な階段耕地が拡がって見えます。でも、耕地の下方は草木が茂り、畑の跡らしき形状が確認できるだけです。

 そのことをカカに尋ねると「そこは耕作をやめた土地である」と。そして、今では畑の形状も確認できない藪も含め、「昔は手入れされた畑があった」と語ります。山肌の耕地が拓きつくされた時代があったのです。

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 僕は「なぜ耕作をやめた土地がそんなに増えたのか?」と分かりきったことをカカに尋ねました。そうすると、山から住人が下り(移住し)人口が減ったことなど、しばらくカカは考えます。そして「学校…学校ができたから」と言います。

 カカは、山向こうの正面に見える、地域で唯一高等教育まで受けられる寄宿学校を見つめています。そしてカカはもう一度考え込みます。「いや、学校を建てたのは外国(開発援助)だから外国が原因だ」と。事実として僕は「学校へ通うようになると山から若い世代が離れて行く」と同感します。

 再びカカは山なみを見ながら「昔は子どもらも農作業に薪集めだった」と。最近は山奥でもプロパンガスが普及し始めたことを思い出し、子どもらが薪集めや家事で畑や森で時間を費やすことが減り、「ガスも原因だ」と言います。改めて「ガスと外国と学校」が原因であると語ります。

 が、まだ納得されていないご様子。そして「学校を出るとみな海外へ出る(出稼ぎ・移住労働)」「だからやっぱり外国だ」と核心に迫ります。

 それで僕は、「あなたの息子娘(6人)も都市・外国で働いていますが…」とちょっと意地悪なことを言ってみました。そうすると「ケーガルネタ?(どうしたものか?)」と。これが現実であるという感じのカカの一言。

 カカは風景を眺めながら感じたことをシンプルに答えただけです。それが正しいか間違いかを説いているのではないのです。プロパンガス、学校教育、開発援助が「いらなかった」とは、決して言ってはいないのです。カカの子どもらは、その寄宿学校で教育を受けたのですから。海外出稼ぎ・移住労働も「いらない」とは、言ってはいないのです。

■水牛の飼い葉を担ぐカカ(2018年)
 ネパールの中山間地帯は農地不足により、余剰人口を流出させて来た歴史的過程があり、ここでは、出稼ぎ・移住は生存戦略、リスクヘッジでもあるのです。

 でも、カカが語った耕作をやめた土地が増えた要因…ガス・学校教育・開発援助・海外出稼ぎ・移住労働とは一体何なのだろうかと考えた時。「何かがおかしい」という違和感だけが心にしみて来るのです。

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 「殺風景」について語った宇根豊さんの表現を借りるならば、カカは意識的ではないけれども、風景を読みながら「近代批判の感覚」を表現したのでした。

                               (藤井牧人)



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