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アソシ研リレーエッセイ
ノースダコタで出会った人々


 2014年夏、アメリカ中西部ノースダコタ州ジェームズタウンへ行きました。友人が、40年ほど前に彼女の家にホームステイしていたアメリカ人留学生が現在ノースダコタで暮らしており、その人に会いに行くというので一緒に連れて行ってもらったのです。滞在中は、初対面の英語の通じないこのおばさんにも、何かと気を遣って世話をしてくれました。

 様々な人種で構成されるニューヨークやロサンゼルスのような大都会とは違い、ノースダコタの人口は、シェールオイルの開発で少し増えたとはいえ全米の中でも少なく、その大部分が白人です。なので、この旅で出会った人たちも皆白人でした。都会とは違うのんびりした雰囲気があり、買い物をしてお金の支払いにもたもたしていてもイライラされることはなく、むしろ、どうぞごゆっくりという感じで待っていてくれます。

 友だちの家に行きましょうということで車に乗せてもらうと、見渡す限りの平原で、遠くには野生のペリカンと鹿が見えます。到着するとそこは牧場で、家族で牛を育てて牛乳を出荷している酪農家さんでした。旅行中、この旅に誘ってくれた友人が通訳をしてくれていたのですが、少しはにかんでいる子どもさんたちに思いつく単語をつなぎ合わせて自力で話をしてみると、何とか通じたので「ヤッター!」と子どもみたいにはしゃいでいたら、それを見て「こんなに遠くまで来てくれてありがとう」と言ってお母さんの目が潤みだしたのです。社交辞令ではない心のこもったこの言葉は忘れられません。

 飛行機に乗るのが嫌でそれまで海外に行ったことがなかったのですけれども、いい人たちとの出会いで初めての海外旅行は良い思い出になっています。その旅行以来、お世話になった一家は律儀に毎年クリスマスカードを送ってくれます。コロナ流行の影響なのか、この冬は1月に届きました。

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 ちょうどその頃、トランプ支持者の一部が暴徒化して連邦議会議事堂を襲撃し、日本のメディアでは、専門家やジャーナリストが「分断するアメリカ社会」や「民主主義の崩壊」を語っていました。しかしトランプの扇動に乗せられた、ただの暴れ者と彼らの暴力行為を冷ややかに見るだけで、何が彼らにそのような行動をさせたのか、その背景まで考察する人はあまりいませんでした。

 彼らが問題にしている2020年の大統領選挙を振り返ってみると、この選挙は開票を巡り大きく混乱していました。ノースダコタ州はどうなっているのだろうと思い、ロイター通信の開票速報を見てみました。すると訪問したジェームズタウンのあるスタッツマン郡は、約7割がトランプ氏に投票していました。バイデン氏の合計得票数が多かった州でも州の地方ではトランプ氏の得票数のほうが多いところもありました。アメリカの大統領は、大統領選挙人を州ごとに選び、彼らが大統領を選出するという複雑な仕組みになっており、一般有権者の民意が反映されないのではないかと、このシステムを疑問視する人たちもいます。

 IT企業はカリフォルニアやシアトルなどの西部に、金融機関は東部のニューヨーク・ウォール街と現在のアメリカの産業の中心は都会に集中しています。かつて盛んだった重工業が傾き、IT産業と金融が経済を牽引するようになってから投資家の利益は増えましたが、国内でのモノづくりや雇用にはつながらず、格差の解消もされてこなかったという社会の構造にも問題があります。そのシステムや社会の構造のひずみについて考えることなく、トランプ支持者を社会の変化に乗り遅れた人、過激な暴力に訴える人たちをただの変な人たちと冷笑するのはどうなのかなと思います。

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 ノースダコタで出会った人々は、ひょっとしたらトランプ氏に投票したかもしれません。心温まる交流のあった人々のことを思い出すと、彼らよりも問題の本質をそらして冷笑する人々に与することができません。さらに、応援してくれる人たちに甘い言葉をふりまいて、自分の政治活動に利用しようとする政治家はもっと困ります。日本のメディアはアメリカで起きていることを他人事のように報道していますが、それは、遠い国の出来事ではありません。

                              (河村明美:㈱よつ葉ホームデリバリー京都南)



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