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連載 ネパール・タライ平原の村から(109)

ネパールで出会ったステキな言葉

ネパールの農村で暮らす、元よつば農産職員の藤井牧人君の定期報告。その109回目。


 堆肥を担ぐ負担を軽くするため、階段状の畑に簡素な仮住まいを築いて水牛と寝泊まりしていた、山岳部バチャン村の牛飼いカカ(妻の叔父)に会った時。畑周辺に自生する有用樹木を眺めて彼が言いました。「ドゥデロ(クワ科イチジク属)は乳牛に良い。バーゾ(和名不明)も喰うがドゥデロほどの喰いつきではない」と。

 隣村カファルダンダでは、道案内を頼んだ13歳の男の子が途中、道脇の低木の葉をちぎり吹いて見せながら言いました。「ペーペと音が鳴るからこれはペーペ(和名不明)、家畜は喰わないけど薪に使うよ。これはファラト(アラカシ)、水牛もヤギも喰う。あれはパンゴロ(トチノキ)、水牛が好むけどヤギは喰わない」と。

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 同じカファルダンダで泊めてもらう、マイジュ(妻の遠い親戚の叔母)の家の台所をじっくり見せてもらったことがあります。ヤギが樹皮まで食べ尽くしたドゥデロとラリグラス(シャクナゲ)の薪をくべた竈。ダブダベ(カンラン科)の柱には、スープにするシスヌ(イラクサ)の粉袋、何種類かの乾燥野菜の袋が吊るしてあります。天井には細長く裂いた竹材があり、竈の煙で乾かしています。ジャガイモやシコクビエを保管するバカリという竹編みの囲いを作るためです。

 家屋の建築材は高地帯に自生するサッラ(松)、窓枠や家財は集落周辺のサッラ。床に置いてあるスプライトのラベルのペットボトル(山村では容器としても貴重)。中身は、ルエシュ(和名不明)の樹皮の煮汁で作った膝関節用の痛み止め。小さいサイズのペットボトルにはヌンデキ(和名不明)の樹皮を煮込んだ鎮痛薬、オッカル(クルミ)の樹皮を煮込んだ胃腸薬も。

 感心していたら、それならと頭痛薬や家畜の下痢症に効くシルティンムル(アオモジ)の実、家畜の毒出しにウコンの根茎に似たバジュロー(和名不明)など、出して見せてくれました。山で生きるということは、在地の有用植物の名称、場所、用途、特徴を把握していなければいけないことを知りました。

 先日、山岳部出身でご近所の電気修理屋のオジサンがいろんな話を聞かせてくれました。主人に雇われ羊飼いを6ヵ月したがあれは辛かったとか。山の中では手持ちぶさたから一日中、鉈鎌で竹や葉の繊維を裂いてバカリやホウキを作って過ごしていたとか。古老と話していたら、どうも家が7つもあることに驚いたとか。それは田舎の富豪という意味でなく、標高差の激しいヒマラヤの季節と植生に合わせて、移動しながら暮らす生活世界があったという話です。

 そして農村暮らしについて現実的に考えてとか、おカネがないと食っていけないとかいう言葉が日本を超えてネパールでも聞かれるようなこのご時勢に、オジサンが言いました。「おカネはある。だけどおカネがあるだけで食っていけない」と。

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■カファルダンタ村、マイジュの家の台所
 収支決算書にまとめても、売上高を伸ばしても、経営合理化しても、現実的に考えて畑、家畜、森林(有用植物)がないと食っていけない生活世界。一木一草を熟知していないと食っていけない生活世界もまだあるのです。ステキな言葉に会いました。 

               (藤井牧人)



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