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連載 ネパール・タライ平原の村から(108)

「美味しくって仕方ないんだもの」

ネパールの農村で暮らす、元よつば農産職員の藤井牧人君の定期報告。その108回目。


 もうすぐ稲刈りなのですが、田んぼで草取りの一コマから。

 「シャールコビヘーだ」。

 8月下旬、田んぼの草取りで急な天気雨に見舞われた時、妻が言いました。シャールコビヘーとは、ジャッカル(シャール)の結婚(ビヘー)という意味です。日本語でいうところの「狐の嫁入り」に近い表現。ジャッカルとは、突然ジャングルから忍び足で民家のニワトリを襲う存在。

 つまり、自然界と人間界を行き来するネパールのジャッカルも日本の狐も農家をだまし討ちする、化かす、晴れの日の雨のような存在です。ヒトが自然と対峙して来た生活世界の中で語り継がれた、共通の感覚なのかなぁ。

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 田んぼで天気雨の中、妻の思い出話が続きます。山岳部にいた幼い頃、天気雨の中を一人でウクリウクリ(飛んだり跳ねたり)、何度も「シャールコビヘー」「シャールコビヘー」と叫びながら、歩いた日のことを今でもよく憶えているとのことです。

 なぜかというと、ウクリウクリしながら歩いたその先に、ピンクの蕎麦の花が咲きほこる段々畑があり、それがあまりに美しかったから。

 ところが数日後そこへ来た時には、もう蕎麦畑は茶色に染まっていて、とても悲しくなったとのことです。蕎麦の花が受粉後に結実して乾燥し、収穫が近い状態などというふうには考えられなかった幼い頃。ちょうど家に3年前に来た娘(9歳)と、同じくらいだった年頃の記憶です。

 ローズ(薔薇)をもじって「ロージと呼んで」と言う家の娘も毎日ウクリウクリ、ウサギとニワトリの世話をしています。夕方、飼育小屋に戻って来る放し飼いのニワトリやヒヨコを数えるのがロージの仕事です。そんなロージが言いました。

 「マンゴーの花が咲いて、戸口のキレイな花(ムユウジュ・デイコなど)が咲いて、インゲンの花が咲いて、そこの木の花が咲いたの」。

 「そこの木の花」とは、種採り用に育った水田窒素固定に蒔くセスバニアダインチャというマメ科の樹木のことです。ロージの目に映る、家の裏手の菜園や庭木に咲く色とりどりの花の中には、果樹も観賞植物も野菜も緑肥作物もいっしょくたにあるのですが、季節の移ろいを感じている、ロージならではの表現です。

 そんなロージは、自分が世話したウサギとニワトリを売っても屠ってもいけないと言います。だけど、捌かないといけません。自分たちで食べるために飼っているのだから。

 それでニワトリの首を切り、血を抜き、しばらく抑えてだらんとなったら、湯をかけて毛をむしり、解体していた僕らの後ろで、ロージはちょっと気持ちを抑えながら、あるいは少々恨み節で泣きました。

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 でも、解体してすぐ、塩にターメリックとトウガラシでシンプルに焚火で炒めた内臓肉をロージは、さも旨そうに食べています。「もう一杯」と何度もおかわり。さっきまで泣いていたのにと茶化されると、あっさり「ケーガルネタ!(どうするのよ!)。だって美味しくって仕方ないんだもの」と。

■水牛とロージ
 子どもにわかるような答えや無内容な説明は、無くてもいい気がしました。
                                                    (藤井牧人)



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