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市民環境研究所から

学問・科学者に求められるもの


 10月半ばになって、猛暑の夏が急激に終わり、夜の気温は15度以下になった。10月前半の台風がもたらしてくれたのだろう。最後の台風は北進から南進へと180度も進行方向を変えた。

 病気を理由に安倍が退任し、出現した菅首相は安倍政治を継承すると宣言した。継承するのは無責任と強権発動だろうと思っていたら、その通りだった。10月1日、日本学術会議が会員として推薦した候補者105名のうち6名の任命を理由も明かさずに拒否した。これまで政府は、最高裁判事、NHK会長、日銀総裁、高級官僚を意のままに任命し、さらに学術分野へ露骨に手を伸ばしたのである。この暴挙には、これまで意思表明をしないことで保身してきたような種々の学会も抗議声明を発表している。

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 10月1日に記者会見した日本学術会議前会長の山極寿一は「会長であった私が総理ときちんと交渉すべき問題だった」と謝罪し、「国の最高権力者が意に沿わない者を理由なく切り、問答無用であるという風に明言すると、その風潮が日本各地に広がることが懸念される。これは民主主義の大きな危機」と訴えた。さらに、イスラエルの歴史学者の「非常事態こそ民主主義が必要な時である」という言葉を引用し、学問の自由を支える民主主義の崩壊を懸念した。今まで見せなかったような、消耗した顔つきだった。

 しかし、今の大学と大学の教員、研究者に学問の自由を守る強い意思があるのかと思う。山極の疲れた顔は、もちろん菅政権が原因だろうが、筆者からすると今の大学総体が原因ではなかろうかと思う。

 日本学術会議とは何かと訊ねられても、筆者は答えることはできない。いろんな学会から推薦された、立派な研究者が会員らしい。筆者のように、50年近く前からどの学会にも所属せず、公害現場での調査研究を続け、学会での成果発表などムダだと思い、公害現場の被害者への成果発表を最優先してきた者は、学術会議の存在を知っていただけである。少なくとも学問をやる人間が、時の政府に尻尾を振るだけではないと思っていたが、多くの公害現場でそうでないことを十分見てきた。だから、今回任命されなかった6名は尻尾を振らない人たちだと思う。

 日本の多くの学会から菅に抗議声明が送られているようだが、ほとんどは文系の学会で、自然科学系からは僅からしい。現在の自然科学系の学会の酷さは目に余るものがあり、何でもよいから論文が書ければ科学者だと思っている。先日、元大阪市長の橋下がテレビで「軍事研究も科学的成果が出るのだからよい。なぜなら戦争を止めることができるから」と発言した。とんでもないと思うが、京大の研究者にも「防衛省提供の研究資金で軍事研究もやったらよい」と宣う人が多々いる。

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 科学者なら誰でも知っている世界的科学雑誌のNature誌は、政治と科学研究の関係を次のように論じている。

 「昨年、インドのモディ首相に対して100名を越える経済学者が意見書を提出し、インドの公式統計(主に経済データ)への政治的影響力の行使をやめるべきだと論じた。つい先週、日本では新任の菅義偉首相が、政府の学術政策に批判的だった6名の学者を日本学術会議の会員に任命することを拒否した。日本学術会議は、日本の学者の声を代表する役割を与えられた独立の組織である。任命拒否は、総理大臣が2004年に任命し始めて以来、初めてのことだった。」

 「世界中の政治家に見られる対応のあり方、とりわけトランプ大統領の悪名高い行動、すなわち十分な情報を持たないままに対応し、科学者に卑劣な攻撃の矛先を向けるような行動が正当化されるわけはない。」

 菅も各国首脳と並べられて悦に入っているだろうか。学術会議の構成メンバーや学会員が自ら名乗り、組織としてではなく科学者の一人として、菅に任命されなかった6人を任命しろと要求すべきだ。そうしなければ、あなたたちは菅一族で、科学をやる人々ではなく、学問の自由や大学の自治を守る科学者ではないと判断されるだろう。学問の自由を奪われ、新型コロナに加えてインフルエンザが猛威を振るう厳しい冬と私たちはどう闘うのだろうか。

                         (石田紀郎:市民環境研究所)


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