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種子法廃止、種苗法改正をめぐって
見えない種が語ること
種についての考察と「耕し歌ふぁーむ」の取り組み


 種は植物の歴史、地域の気候風土、社会のあり方が結実したものであり、それは未来世代へと渡す伝来のバトンでもある。しかし、今、その種をめぐって種子法廃止、種苗法改正、あるいは遺伝子組み換えなど、無視しえない動きが続いている。なにが起こりつつあるのか。種をめぐる現在の状況について、伝統野菜の生産者であり、また小農や有機農業について研究している松平尚也さんに語っていただいた。以下、概要を報告する。(文責:下前幸一 当研究所)


はじめに

 私が現在住んでいるのは、京都市右京区の京北地域というところで、15年前に移住してきました。この地域は、元は京都府北桑田郡京北町だったのですが、2005年に京都市に合併されました。京都市面積の4分の1を占めているのですが、当時約6000人いた人口が今は5000人を切っていて、京都市人口147万人に占める割合はわずかです。合併後も辺境部は人口が減少しています。

 日本の農村おしなべて全国的な傾向ですが、過疎化・高齢化がどんどん進んでいます。京北地域でそれを象徴する出来事が今年4月に行われた小中学校の統廃合です。私が住んでいるのは京北の中でも周縁部の黒田地区ですが、新しくできた小中一貫校は、子どものバスの通学だけで30分もかかってしまうという状況です。さらに北陸新幹線が通るために水や空気が汚染されることが懸念されています。田舎版の新自由主義が進行していると言えます。

 2013年に大雨特別警報が出されて、京北地域も大きな被害を受けたました。ここ数年は台風や気候変動の影響で地盤が緩んでいて、高齢化で山が荒れているのと相まって、7月初めの豪雨では京都市内に抜けるメインの道路がズタズタになり、復旧の目途が立っていないという状況です。

 京北地域に移住して始めたのが「耕し歌ふぁーむ」という屋号を付けた農場です。そこで伝統野菜を中心に野菜と水稲を無農薬無化学肥料で栽培し、宅配事業をしています。農場面積は約1.5ヘクタールで、水稲約1ヘクタール、ハウス施設3棟です。

 一方で京都大学大学院の農学研究科(博士課程)に在籍していて、小農や家族農業について研究し、また現在の農業をめぐるさまざまな問題について、ヤフーニュースや講演などで情報発信しています。


水稲採種地域としての京北

 近年、市民社会において種子への関心が高まっており、実際に生業で伝統野菜を栽培していて、一般のF1(ハイブリッド種)の種と伝統野菜の種の違いについて考えてきたことをきっかけに、種子についても発信しています。また京北地域は、京都府有数の水稲(お米)の採種地域でもあるため、2018年4月に種子法が廃止されて以降は、水稲採種の現場の話も発信しています。

 ■京北地域の位置関係
 京北地域が種子法における生産地の指定を受けたのが1960年で、以来60年間お米の種をつくってきました。京北ではコシヒカリ、祭り晴、ヒノヒカリを種採りしています。栽培においては、地区ごとに採種をする品種を決めて、京都府と農協(水稲採種部会)のメンバーで採種圃場の見回りをして、植付け確認、収穫前の確認等をしています。

 栽培で一番気にするのは、混種しない(種を混ぜない)ことで、品種毎に収穫の機械を分けて、籾の粒の揃いを確かめて、検査を行って合格した種のみが流通を許されて、保管されることになっています。

 京都府のお米作りで使用されるお米の種の自給率はおよそ8割から9割で、お米の種子については自給して、京都府のコメ作りの根幹を支えています。

 面白いのが、お米の種採りで使う種の原種、原々種については京都府の農林水産技術センター(亀岡市)が管理していますが、コシヒカリでも京都産コシヒカリと書いてあることです。これはその種が新潟のコシヒカリではなくて、京都で何十年もずっと種採りをしてきたもので、京都の気候風土に合うコシヒカリの種、その原種、原々種が京都府で保管されているというのです。コシヒカリだけで6系統ぐらいが系統だって保管・維持されています。

 この種子は農家が直接農協から買うこともできるのですが、生産者の名前が明記されていて、品種の間違いや混種があった場合に、追跡できるようになっています。これはお米の品質、生産の安定のために非常に重要なことだと考えています。

 ただ問題は、お米に関する政策が旧食管法(食糧管理法)にみられたように、農協と国が一体となり事業を行う中で、とくに種子法に関して、その価値が農家に理解されていない点ではないかと感じます。といのうも農家は農協から苗で買うので、その苗の種のことは分かりづらい仕組みになっています。とくに兼業農家は農協から毎年、苗箱を注文するだけなので、その種がどこで作られているのかほとんど知らない状況です。


種子法とその廃止をめぐって

 種子法というのは主要農作物種子法の略ですが、その第1条には、「この法律は、主要農作物の優良な種子の生産及び普及を促進するため、種子の生産についてはほ場審査その他の措置を行うことを目的とする」とあり、第2条で、「この法律で「主要農作物」というのは、稲、大麦、はだか麦、小麦及び大豆をいう」となっています。ただ、ちゃんと種採りがされているのはお米だけで、豆などは安定的な種子の生産はできていません。

 この種子法は国会でほとんど議論がないままに、2018年4月に廃止されました。しかしその後、この事業が非常に重要だということで、各都道府県が条例と要綱で制度化するという動きが広まりました。現在では、全国21の道県で条例化(2020年6月現在)がされており、旧種子法下で行われていた事業が継続されています。

 さらにこの種子法廃止は、今年の春に問題になった種苗法の議論につながっている点に注目しています。というのも国の言い分としては、種子法が廃止されても種苗法があるということを、とくに自民党は主張してきたのです。なので、種苗法の問題を、種苗法の内容だけで解釈してしまうのは問題であり、2年前の種子法廃止をめぐる問題が、種苗法改正をめぐる問題の背景にはあるといえます。

 それでは、種子法廃止でなにが問題だったかということを簡単に確認したいと思います。まず大切なのは、主食種子の安定供給の責任を国が放棄したということです。さらに生産の側から言うと、もし種籾の不足が起こった場合に誰がどう責任を取るのかという問題もあります。種子法下の事業予算は一般財源として都道府県に交付されていたので、廃止によって、今後国からの予算が減額される可能性もあるのです。今後は主食種子の生産が不安定になっていく心配があります。その他、よく指摘されているのが、外国資本を含めた海外種子企業の流入による影響。さらには、主要農作物の育種素材(遺伝子資源)が民営化され、それが海外に流出する恐れもあります。


種子法下における稲作の状況

 種子法における稲作の要点は、中食とか外食ではなくて、家庭内(内食)で消費するお米を安定生産するという目的で事業が行われていたことです。その目的達成のため、各都道府県はそれぞれの気候に合う奨励品種を何十年もかけて開発してきました。ですので、基本的にはブランド力のあるお米ではなくて、安定的に供給できる品種が開発されてきたのです。

 また、公共事業なので、それこそ山間地に適した品種の開発も行われています。採算や効率的観点だけでなく各地域に適合する品種の開発が行われてきたことは重要なポイントだと思います。利潤第一ではなくて、地域の気候に適した品種の開発が行われてきたのです。

 ただ一方で、安定生産を目指すあまり、品種が偏ってきたということもあって、コシヒカリ系(ササニシキもコシヒカリ系)ばかりが奨励品種になっている現状もあります。味やブランドよりも地域や農業風土というものを大事にするあまり、品種の多様性はなくなってきたようにも思います。特に最近は農家がゴールデンウィークに息子たちが帰ってきたときに田植えをするということで、早生のコシヒカリばかりが広がってしまっている現状もあります。

 昔の農家は、どれだけおいしいお米を作るのかということで、特に晩生の、秋遅くに採れる品種にこだわる農家が多かったと聞いています。なぜかと言うと、作物というのは朝晩の温度差が大きいと甘みや旨みが出る傾向が高いので、秋の遅い時期に採れるお米がとてもおいしいからです。しかし最近は、気候温暖化の影響を受けるお米の品種が出てきています。とくにコシヒカリの高温障害が問題になっていて、夏場に温度が高すぎて白濁化し、等級や味が落ちるという事態が京北地域でも起こっています。


野菜作りにシフト、伝統野菜を中心に

 ――種子法廃止後に種子事業について、京都府の方も条例化されていますか。

 
[松平]種子法が廃止されてすぐに、京都府の今後の種子事業の方向性を、何人かのメンバーとヒヤリングに行きました。その時も現在も、京都府としては重要な事業だと考えてはいるのですが、条例化までは必要ではないと考えているようです。要綱という条例のひとつ下の扱いで、事業を継続しているという状況です。
■松平尚也さん
 京都出身で現在46歳。パートナーの山本奈美さんと子ども2人の家族農家。農・食・地域の未来を視点に情報発信する農家ジャーナリスト。

 ――耕し歌ふぁーむでは、お米はどんな品種を作っていますか。

 [松平]うちは山間地なので、京北の地元で採種されたお米を買ったり、いろいろ模索をしています。品種的には今年は「いのちの壱」というコシヒカリの突然変異種なのですが、非常に粒が大きいため、最近けっこうブランド化がされている品種を植えています。

 ――最初に入植されてから、田圃は広がってきているのですね。

 [松平]全体の面積は増えたのですが、獣害がかなりひどくなってきて、今は拡大するのは控えています。水稲事業の経営が厳しいということもあります。今は野菜にシフトして、伝統野菜の生産を主力に営農をして、野菜セットを販売しています。

 ――野菜セットは、流通の団体を通さずに、直接消費者の方に届けているのですか。

 
[松平]カフェとか大学とかで買ってくれる人を募って、そこに取りに来てもらう形で、中継地点をつくって販売しています。個人向けの宅配便の送料が大きく値上げされたので、それをきっかけにして中継地点で受け取りをしてもらう形にしています。購入されるのは基本的には個人で、30~40件です。


固定種を重視して作付け

 ――野菜は伝統野菜、固定種が中心ですか。

 
[松平]基本的に固定種を重視して作付けしていますが、伝統野菜というのは基本的に漬物等の保存食の材料として食されてきたこともあり、秋冬野菜がメインです。うちの農場では、伝統野菜の中でもマイナーだけれども味のよい京野菜を栽培しています。たとえば大根では、青味大根というのがあります。これは150年以上前から植えられているのですが、甘くておいしい野菜です。生でも食べますが、漬物屋さんなどでは味噌漬けにして売っています。

 春夏に栽培できる伝統野菜は少ないです。ですので農場では、春夏野菜としては、ヨーロッパ産の固定種とか、京都市に栽培が限定されている新京野菜等を栽培しています。新京野菜の品種には京野菜にないトマトや里芋などいろいろあって、京都市と京都大学により共同開発され、京北地域が最大の栽培地となっています。

 ■耕し歌ふぁーむで栽培する伝統野菜
 ――そうした伝統野菜の種は購入するのですか。

 
[松平]基本的に購入していますが、青味大根の種はマイナーであるため種子更新する種苗会社が減少し、現在1社のみが採種している状況なので、この品種については種採りを始めています。数年前にこのメーカーが種採りを失敗して、種が手に入らなくなったことがあり、これはまずいと思って、種採りも技術を学びながら今やっている状況です。

 種苗会社にとっては、野菜のひとつの品種の維持に最低毎年100万円ぐらいかかると聞いています。ある程度委託するにしても、自分のところで採種するにしても、管理して、虫が入ってきて変な受粉をしないように、やはり施設などが必要になります。それをまとめてやろうとすると、ある程度の資金が必要になるようです。

 最近は伝統野菜がブームになっているのですが、日本の種の自給率は1割から2割で、ほとんど海外で作っている状況です。伝統野菜でも、生産国を見ると、中国やイタリアなど海外が生産地になっている状況です。

 ――タキイなど大きな種屋さんは日本の会社だから種は国産かと思ったら、そうではないのですね。

 
[松平]種採りはかなり技術が要ります。昔は地域をあげてやっていて、たとえば野菜の採種の適地は半島部など村と村が離れていて、種が混じりにくいような地域で昔から採種が盛んでした。京都では丹後半島とか宮城県では松島の方です。

 昔は、たとえば大根の種採りの地域なら、春になったら地域をあげて交雑しないように種を採っていたのですが、そういうことが高齢化で非常に難しくなっていて、個人の農家だけではなかなか種採りは難しくなってきました。種採りの産地が海外に移動した背景に、日本の農村の問題もあるということは押さえておかなければならないと思います。


地域、都市との交流

 ――松平さんのところはお米とか野菜は有機栽培でされているのですよね。近所の農家さんで有機栽培をされている方は少ないですか。

 
[松平]もともとの方々は慣行栽培ですけれども、新しく移住してくる人たちは、有機栽培の方も多いです。移住者の人数は、京都市になってから増えたという実感があります。とくに、ここ5年ぐらい増えてきています。

 ――そういった人たちとは、グループとは言わなくてもなんらかの付き合いはあるのですか。

 
[松平]あるのはあるのですが、みんなやり方が違うので、なかなか日常的にはグループまではいっていないです。とくに種に関しては、有機農家はほとんどF1と言われるハイブリッド品種で、やはりみんな生きていかなくてはいけないので、種にこだわる農家は少ないですね。

 ――松平さんもF1もやっておられるのですか。

 
[松平]F1は本当に一部、トマトぐらいですね。

 ――F1はあまり使わなくて、固定種に重点を置いて農業を営むのは、どういう思いなのでしょうか。

 
[松平]もともと最初は漬物農家を目指していたのですが、それだけでは厳しいので伝統野菜のおすそわけセットという形で販売を始めました。いずれにしても、思いとしてあるのは、伝統野菜が今まで残してきた味とか、農村文化というと大げさかもしれませんが、資源を未来につないでいきたいという思いと、その野菜が育んできた歴史も含めて、未来につないでいきたいと考えています。

 例えば、うちで作っている白菜の品種は宮城県の松島白菜といいます。これは日清戦争のときに、宮城の兵隊が中国から持って帰ってきた品種です。それまで日本では巻き白菜は栽培されていませんでした。松島白菜は大正時代に日本を席巻して、全国的に栽培された時期もあったのですが、長距離輸送に向かないため、多くの伝統野菜とともになくなっていきました。そういった歴史も大事にしたいのですが、それとは別に、味がおいしいということも伝統野菜の栽培を継続する背景にはあります。

 ――ホームページで、京都の市街地の人たちを呼んで、子どもたちと田植えをしている写真を見ましたが、イベントなどは今もやっているのですか。
 ■耕し歌ふぁーむでは、親子向け米作り体験講座を開催してきた。

 
[松平]移住してから10年間ほどは、田植えから草取り収穫まで、1年を通じたお米作りのイベントをやっていました。しかしここ数年は、台風とかいろんな自然災害でイベントが開催できなくなるケースが多くなって、最近は自分の子どもの体験プラスアルファーぐらいで米作り体験をしています。


種苗法改正の問題点について

 ――先ほど、種子法の話をしていただいたのですが、国会で継続審議になったようですが、種苗法改正というのが話題になっています。種苗法改正をめぐる問題点についてはどうお考えでしょうか。

 
[松平]種苗法というのは、作物の品種の育成と種苗流通を適正化することを通じて農業の発展をめざすと謳っており、法律の基本的なポイントは育成権者の権利を守ること、知的財産権を守ることをめざした法律です。

 ただ問題は、先ほどから言っていた議論ともつながるのですが、農水省が種子法を廃止した後、種苗に関する法律は全部種苗法で、知的財産権を守る法律でやるんだということで、議論が混乱する背景になっていると思います。欧米でも日本の種苗法のような法律があって、日本よりも厳しく、とくにヨーロッパでは知的財産権に関しては基本的にほとんどの作物を規制しています。ただその中で、小規模農民に対する免除条項があったり、主食は知的財産権の対象からははずし、影響されないようにするということが制度化されています。

 また誤解されやすいですが、種苗法はあくまでも登録品種だけを対象にした法律です。登録品種は拡大される方向にありますが、議論の中では全ての種採りが禁止されるというようなことが言われているので、そこも賛成反対の議論がかみ合わないところかなと思います。

 今回の種苗法改正は、海外流出防止のために制度を整えるのだと表向きは言われているのですが、市民や農家側がかなり反対している背景には、それとセットに農家の自家採種を制限するということがあります。農水省側はその理由として農家がどんどん自家採種すると種苗が流出しやすくなるとしていますが、農家を信用していないというそもそものスタンスにも問題があります。

 海外流出防止というのも、今回の法改正でどこまで有効かというのも不明です。例えば海外の企業や人間が種苗を国外に流出させた場合に訴えるには、日本の裁判所に来てもらわなければならず、根本的な流出防止の歯止めにはなりえません。流出を完全に防止しようとすると、その国で品種登録をしなければいけない。海外流出を防止するということが種苗法改正の本当の目的かどうかも疑問なのです。


コロナ感染の拡大と種子

 続いて食卓と種子のつながりについて考えるために、輸入食料の種子の問題を考えます。日本は世界の食糧貿易の1割を輸入しているとされます。その一番大きな問題が遺伝子組み換え作物です。日本のお米の年間消費量は約750万トンで、ひとり当たり60キロぐらい食べていますが、一方で輸入しているトウモロコシの量が1400万トンぐらいです。つまりお米の消費量の倍ぐらい輸入している勘定になります。その6~7割が畜産用飼料に、残りが清涼飲料水の甘味料やでんぷん等に使われています。日本は、遺伝子組み換え作物は世界有数の消費量という状況ですが、それはすなわち種子の問題に直すと、大量の遺伝子組み換えの種が食卓に並んでいるということです。

 とくに、日本は主要な穀物の多くをアメリカとカナダとオーストラリアから輸入しています。そこでは新大陸型と言われる大規模な農業が展開され、大量の化学肥料と農薬を使って、遺伝子組み換えの種を使っています。こうした工業的農業とも呼ばれる大規模農業はコロナ感染の影響を受けやすい。というのも物流が止まってしまうと、生産を継続できなくなるからです。FAO(国連食糧農業機関)はそのことを警告していますが、日本はそういう所から大量に食糧を輸入しているということを知っておかなければなりません。さらに今の物流の9割は船便で、船員に感染が広がるとその影響は計り知れません。日本の食糧基盤の脆弱さが、今回のコロナで浮き彫りになったと思います。

 さらに、種の問題はすごく大きくて、今は8割から9割は野菜の種に関しては海外に依存しているので、物流が遅れだすと本当に何も作れなくなります。日本は食料生産の基盤が非常に弱い国なのです。

 また、農業における外国人労働者への依存も海外では問題になっています。とくにヨーロッパでは多くの外国人労働者を受け入れてきたので、コロナの影響で国境が封鎖されて農業現場が混乱しています。日本でも技能実習の人たちが来日できなくて、農家の人手が不足して困っているという報道もありました。


私たちの食卓と種子について

 私たちが毎日の暮らしの中で食べる野菜についてお話します。日本では指定野菜という重要な品目が定められ、その野菜については年中生産できるように日本全国で産地リレーをして栽培されています(指定野菜14品目が野菜の生産量の75%を占める)。このシステムにより安定生産は確立されたのですが、一方でこれも種子法と同じで、季節に関係なく出荷されるようになり、旬とか文化は失われています。さらに大規模流通に合う品種が開発されて、たとえば大根では今はもう99%が青首大根です。値段も輸送のための段ボールの規格に合うのが一番高い。味よりも見た目と保存性が評価されています。そうした野菜の外部にある環境が野菜の種子や農村現場に影響を与えています。

 同じように、野菜に関して言うと、流通のシステムが中食とか外食に合うように、どんどん変わってきています。最近、業務加工用野菜に取り組む農協、農村が増えていて、海外に依存していた野菜を国産化する取り組みが行われています。これはある意味で良い取り組みだと思います。しかし課題に感じるのが、業務加工用の野菜は機械にカットさせるので、おいしさというより大きさや形が農業現場に要求されるようになっていることです。大玉のキャベツやレタス、丈の長いほうれん草など、機械が加工しやすい野菜種子のニーズが高まっているのです。

 今後の野菜と種子の問題を考えるには、食卓とセットで解決する方向性を見出していくことが大切になってくると感じます。いくら農家とか市民が種を守れと言っても、現実の食生活が伴っていないとなかなか現場では変わらないので、それも含めて種子の問題を考えていく必要があると思うのです。


農民の権利と種苗法改正

 種子に関して言うと、江戸時代ぐらいまで農家主体で、作物の品種が育まれてきた歴史があります。地域の篤農家がいろんな地域に行って、種を持って帰ってきて掛け合わせて、中には生涯をかけて育種されたものもあります。明治以降、国家が種子の品種の開発をするようになり、さらにグローバル企業も参入している状況の中で、今後の種と市民の関係というものを、もう一度考え直さないといけない状況にあると感じます。またその再考は食卓の実践から議論しないと、種苗法に関する賛成派と反対派の意見の擦れ違いというのは解消できないのではないかと思っています。

 農水省は、野菜の種なんか採種している農家などいないでしょうと主張します。実際、指定野菜といわれる生産地で農協に野菜を出荷する農家は、種と農薬と肥料はセットで買うので、種については考える機会が少ない現状もあります。ただ、だからと言って農家の種採りの権利を奪っていいのかというのはまた別問題で、ちゃんと議論をしていく必要があると思います。

 種子に関する国際条約については二つの国際条約が並存しています。一つは、日本政府が重要視している種子の知的財産権の国際的な推進を目指す「植物の新品種の保護に関する国際条約(UPOV=ユポフ)」で、日本も条約を批准して推進しています。その背景には、タキイとサカタという日本の二大種苗メーカーは、海外の方が売り上げが大きいということもありそうです。そうした企業は知的財産権が国際的に守られていないと、進出しにくいのです。

 一方で、日本は「食料・農業植物遺伝資源条約(ITPGR)」という、UPOV条約よりもより多くの国が加盟している、国際的な植物の遺伝資源条約を批准しています。そこでは農民が自家採種する権利が重要な権利として守られています。農水省もそこで議論に参加しているのですが、政策の中ではそういうことをまったく言わないのです。

 最後に重要な要点として指摘したいのが、種苗法の改正に関して行われた検討委員会で農協の委員が改正に反対した点です。秋の国会で引き続き改正が目指される種苗法改正案で問題になっているポイントに許諾制というものがあります。許諾制は登録品種の種苗を利用する農家が育成権者から許可を取ることを意味するのですが、農協の委員は委員会において、多様な農家がいる中でこの許諾制の導入が本当に可能なのかと反対意見を述べました。さらに農家の自家採種は継続して認められるべきだとも主張しています。しかし改正案ではその意見は反映されず、種苗育成者の知的財産権強化と農家の自家採種を制限する方向性が明記されてしまいました。

 種苗法改正の最大の問題は、農家に情報が周知されないまま大きな法改正を行おうとしている点です。ITPGR条約では、政策に当事者、農家をちゃんと関わらせる必要性を謳っています。その中で改正を目指すのであれば、農家ら当事者が議論にかかわり政策や法律を構築していかないと着地点を見つけるのは本当に難しいかな、と考えています。
                                                                  (おわり)




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