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市民環境研究所から

アフガンに生きた中村さん


 訃報は季節に関係なく届く。昨日も、毎週金曜日の夕方、京都駅前にある関西電力京都支社を取り巻き、「原発動かすな・廃炉を!」と叫び続ける「キンカン行動」に休むことなく参加していた知人の死を知らされた。その前には、生前に一度会っただけだが、勝手に知り合いと思っていた中村哲さんがアフガニスタンで射殺されたと報道で知らされた。

 戦争の混乱が続くアフガンに自ら出かけ、多くの仲間たちと活動を続けてこられた氏のことを、改めて説明する必要はないだろう。いつか直接お会いして活動の様子をうかがいたいと思っていたが、10年ほど前に京都の大学で講演され、その後の懇親会で親しく話していただいた。テレビの中でも外でも同じ雰囲気で話してもらったことが、話の中味よりも強力に記憶に残っている。

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 アフガンは筆者が30年近く通っている中央アジア5ヶ国の隣りにある。中央アジア南端の山岳地帯から北に流下するシル川とアム川の行き着く先がアラル海で、その流域に広大な綿花畑を開拓し、両河川の水をすべて綿花栽培の農業用水として取り尽くした結果、アラル海は干上がり、湖面積は10分の1になった。この20世紀最大の環境改変の実態を把握するため、1990年からこの地域に通ってきた。

 中央アジア5ヶ国とはカザフスタン、ウズベキスタン、キルギス、タジキスタンとトルクメニスタンで、アフガンはカザフスタン以外の4ヶ国と国境を接している。ウズベクを流れるアム川の水質水量を調査するべく、アム川沿いの都市テルメスを1995年夏に訪れ、アフガン侵攻時にソ連軍が渡った橋の向うにアフガンの村を遠望した。かつては川を挟んで両国の人々が往来し、交易も盛んだったのだろうが、今は厳重封鎖され、食糧が乏しくなる冬季にはアム川を渡ってアフガンの人が食糧や燃料を盗みにくると軍隊幹部が話していた。

 この川向こうの国に中村さんは医者として入り、アフガンの人々の治療に当たっておられることを少しは知っていた。大国が傍若無人の振る舞いをしてアフガンの人々の命を奪っていく事態に立ち向かっておられる中村さんたちの活動に賛同していた。

 筆者は政治的には安定していたカザフでの環境調査と日本とカザフの交流推進活動を続けていた。アフガン情勢は中央アジアにも影響し、1998年7月には外務省から国連タジキスタン監視団(UNMOT)に政務官として派遣され、PKO活動に従事していた筑波大学の秋野氏が、同国の首都ドウシャンベ東方の山岳地帯で、武装集団の待ち伏せを受け、同行の軍事監視員らとともに射殺された。

 また、1999年には日本人技師がウズベク反政府系武装組織にキルギスで拉致される事件が発生した。筆者も事件発生当日はキルギスに滞在しており、外務省から緊急帰国を要請されて帰国した。技師は2ヶ月後に無事に解放された。中村さんたちもアフガンで緊張した毎日の中で、活動の安全を高めることにも心を配っておられたと思う。あの静かな語り口の中に強さを感じたものである。

 中村さんは医者としてアフガンの人々の治療に取り組まれる中で、医療だけでは健康悪化を治せないと考え、2000年からは旱魃が厳しくなったアフガニスタンで飲料水・灌漑用井戸事業を始められた。健康悪化の背景にある農業の荒廃対策として農業用水の確保こそ重要だと見抜かれ、2003年からはショベルカーを自ら操作し、何年もかけて農業用水路を建設された。そして大地は緑になり、豊かな自然の恵みが地域住民に供給されるようになった。

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 決意の桁は筆者とは大いに違うだろうが、公害現場に入れば、求められたことを理解し、決して「できません」とは言わずに頑張るのが筆者の心構えであった。求められたことが全部できるわけではない。だったら、求められたことを自分ができるようになるか、できる人を連れてくるしか方法はないと思って事に当たってきた。

 中村さんは神経内科から内科・外科もこなし、ついには建設技術者へと変身、見事に潅漑水路を造って農地を復元された。ショベルカーが人々の健康を回復したのである。その人をなぜ襲撃し、殺害しなければならなかったのか。筆者の知人たちも京都三条でロウソクを灯して中村さんを追悼した。合掌。

                                                                                  (石田紀郎:市民環境研究所)



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