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東日本大震災・原発事故から8年、福島訪問 報告④

福島の農業はどうなっているか
地域からの復興に向けた動き

 福島訪問報告の最終回、テーマは農業である。原発事故以降の生産状況や消費者との関係、さらに今後の展望などについて、二本松市に事務所を置く安達地方農民連のお二人ににお話をうかがった。


深刻な打撃からようやく回復

 安達地方農民連は二本松市、本宮市、大玉村をエリアとし、福島県農民連を通じて全国組織の農民運動全国連合会に連なっている。お話をうかがったのは、会長の佐藤佐市さんと副会長の本多芳司さん。お二人とも二本松市東和町の農家である(注1)。

 前号で紹介した田村市と同じく、二本松市は福島県の「中通り」に位置する。東京電力福島第一原発からは直線距離で40km以上離れているため、原発事故による避難指示の対象にこそならなかったものの、放射能汚染の影響は免れようもなかった。

 現在は山菜以外の出荷制限は解除され、市場価格を見ても福島産農産物がとくに低いわけでもない。しかし、それはもっぱら農家が必死に挽回してきた結果であり、事故直後の打撃は深刻だったという。

 「産直米は原発事故から3~4年はダメだったですね。2010年の秋にとれた米を2011年に食べるんだけど、それすらもいらないって言われたり。結局“ちゃんと倉庫の中で保管してっから大丈夫”って説明して、分かってもらえたけど……」(本多さん)

 安達地方農民連は福島県農民連を通じて、女性団体・新日本婦人の会(新婦人)大阪府本部との間で産直を行っている。きっかけは1993年の米パニックで、それ以来のつきあいだという。

 原発事故の影響で出荷制限がかかり、米を供給できなかった3~4年を含め、現在も定期的に交流を行い、毎年6月には福島から20数名が大阪を訪れ、米づくりの状況、福島の現状などを伝えている。

 「いまも印象に残ってっけど、若い会員さんなんかは“どうしよう”って感じで震えて聞いていたね。組織で取り組んでるから、その方針には従わないといけない。でも、自分はそうでも家族は、とくに幼い子どもなんかいたら、そういうわけにはいかないでしょ。交流会ではそんな話も出ましたね。

 こちらとしては、自分たちの現状をありのまま話すしかないんだよね。だから放射能汚染の話も、自分たちの気持ちも正直に話して……。そういうのは心がけていましたね。」(本多さん)

  ■二本松市の位置関係
 そうした働きかけの結果、事故前は新婦人大阪の年間消費量の60%を占めていた福島産の米は、現在は50%まで回復したという。


見過ごされ続ける農家の被ばく

 しかし、原発事故の影響はいまなお残っている。

 原発事故の後、食品の放射性物質の暫定規制値は500Bq/kg(1キロあたり500ベクレル)と定められ(現在は100Bq/kg)、それ以上の数値が出たものについては出荷制限が行われた。これに対して、農家は生産段階で放射性物質の農産物への移行を防ぐため、さまざまな取り組みを行ってきた。

 代表的な対策は、セシウムと似た性質を持つ肥料成分カリウム(カリ)を施肥することでセシウムの農作物への移行を軽減させたり、多孔質の鉱物ゼオライトを鋤き込むことでセシウムを吸着し、農作物による吸収を妨げたりすることなどである。そうした努力によって、農産物の安全性が確保されたことは疑えない。

 とはいえ、農産物に移行しなかったとしても放射性物質は消えたわけではなく、圃場に留まり続けている。農家はその中で日々の営農に取り組まざるを得ないのだ。

 「今年の春先は乾燥してて、私のトラクターはキャビンがなくて周りが囲われてませんから、風が吹くと土埃をまともに浴びんだよね。“まずいなぁ”と思いながら、でも臭いがするわけでもねえから。けっこう吸ってんだと思うんですよ。」(本多さん)

 この点については、2017年4月24日の参院決算委員会における、当時の山本太郎参院議員による質問が参考になるので、以下に紹介したい(注2)。
  ■本多芳司さん(左)と佐藤佐市さん(右)

 一般に、放射線を扱う労働者を保護するため、関連事業者には被ばく管理や健康診断などが義務付けられている。それを定めるのが、労働安全衛生法に基づく厚生労働省令「電離放射線障害防止規則(電離則)」などだ。これに従えば、4万Bq/m2(1平米あたり4万ベクレル)超の線量が計測された場所は、一般人の立ち入りが厳しく管理される「放射線管理区域」に該当する。

 ところが、福島の農家の中には、4万Bq/m2を超える汚染の中で作業している実態がある。

 福島県内における営農再開は、基本的には避難区域などの解除で可能となる。しかし、その根拠となるのは航空機モニタリングによる2キロメッシュの測定が基本であり、追加的に地上の空間線量を幾つか測定したものにすぎない。

 とうてい実態が反映されないとして、福島県農民連は土壌の測定を実施した。測定したのはほとんどが中通りで避難区域に指定されなかった地域である。それによると、2016年4月、5月に162ヶ所の果樹園を測ったところ、土壌の放射線量は1ヶ所を除き全て4万Bq/m2超えていたという。

 たとえば伊達郡国見町の事例では、空間線量こそ0.21μSv/hだが土壌の数値は16万6300Bq/m2。ほかの場所でも、たとえ空間線量が低くても、土壌は4万Bq/m2を大きく上回る事例が数多く確認できたという。

 また、農民連は水田についても浜通り以外の福島県全域935ヶ所を計測しているが、そのうち4万Bq/m2超は763ヶ所。耕起した水田でも、中通りは調査したほとんどの地区で4万Bq/m2を超えた。

 空間線量だけでは汚染の実態を反映せず、土壌汚染も調べなければ安全要件がクリアできないのは明白だ。にもかかわらず、こうした実態をもとに農民連が環境省や厚労省に問い合わせても、返ってくるのは“放射線管理区域は原発やレントゲン室、研究室などの限定された区域を想定しており、たとえ数値がそれ以上でも農地は放射線管理区域ではない”といった、ふざけた回答だという。

 「こういう地域で農業されている方々、逆に言えば、原発の施設内とかで働いた方が安全だという話ですよ、事業者にもちゃんと健康管理してもらえるし」。山本太郎氏は、当時の質問の中でそう皮肉っているが、まさに農家の健康については自己責任として放置され続けているのが実態だ。

 農民連は政府に対して、①農地一筆ごとの土壌汚染マップを作製せよ、②農家の健康診断、被ばく調査を実施し、病気発症時の治療費を無料にせよ、③農地への賠償措置をとれ――などの要求を行っているが、政府側は正面からの対応を拒み続けている。


新規就農者に明るい兆し

 原発事故はまた、農家に対して離農を促進させる役割を果たしたことも間違いない。原発事故を契機に耕作を一時中断した農家の中には、そのまま止めた人も少なくないという。

 こうなると農地は荒れる一方だ。「中山間地直接支払制度」に取り組んでいるところは多少マシだとはいえ、やはり高齢化の進行と担い手減少の趨勢は押しとどめようがない。本多さんも佐藤さんも、かねてから頭を痛めている問題である。それにさらに拍車をかけたのが原発事故だ。

 とはいえ、明るい兆しもある。新規就農者の存在だ。驚いたのは、原発事故以前はもちろん、事故が起きてからも10人以上の新規就農者・農業研修者が東和町にやってきたという。震災直後の3月15日に来た人もいるというから恐れ入る。

 もちろん、積極的な働きかけは欠かせない。その中心になっているのが、NPO法人ゆうきの里東和である。2005年の市町合併の際、旧東和町の住民が、従来の地域のまとまりを守り、農業を維持・発展させていくために作った組織であり、地元の農産物を直売する道の駅ふくしま東和を拠点に、さまざまな活動を行っている。柱の一つが新規就農者の勧誘と受け入れであり、東京で開かれる新農業人フェアに出展するなどしているという。

 新規就農希望者は、まず農業研修生として1年間、二本松市の支援を受けながら研修に励む。定住に向けた住居の支援もある。おおむね2年目からは独立し、1年間に150万円の支援を5年間にわたって受けることができる「農業次世代人材投資事業」(注3)を利用し、農家として生計を立てられるよう営農に勤しむことになる。

 やってくるのは、多くが東京から。大田区の町工場で働いていた青年、警視庁勤務の元警察官一家、英国人と結婚した女性など、その顔ぶれは多彩だ。とはいえ、やはり気になるのは売り先である。

 「売り先は、オレらが産直やってるところに出してもらうか、あとは農協だな。あんまり資本がかからずにできんのがキュウリなんだ。二本松は路地キュウリがけっこうな産地になってっから、有機ではねぇけれども、とりあえず農協の指導を受けて、慣行栽培で技術を覚えながら出荷するってのが安心だね。」(佐藤さん)

 もっとも、いいことばかりではない。理想と現実にはギャップもある。

 「新規就農の希望者ってのは、とくに若い人は、だいたい有機をやりたいって言うのが多いんだよね。ところが、大した土もできてねぇのに始めっぺ。すっと、ほとんど取れねえで終わっちまうわけさ。病気になったり枯れちゃったり。あと、自然農法って言って、うんと凝ってる人もいるんだけど、ものになんねぇんだ。草には負けちゃうし。」(佐藤さん)

 「町工場で働いていた青年なんか“農業は大変ですね”って言うから、何が大変なんだって訊いたら、“同じことやっても同じ結果が出ない”って言うわけさ。」(本多さん)

 それでも定着している陰には、佐藤さんや本多さんをはじめ、地域の人々の期待と支援がある。

 「みんな高齢化していくけれども、これから親元就農ってのはほとんどいないから、来る人は大事にしながら地域の後継者になってもらいたいと思ってんだ。」(佐藤さん)

 「われわれの場合は親から“農地を荒らしてはなんねぇ”なんて言われて育ってきた世代だから、なんとかやれてるけれども、いまの子どもたちにそれを言ってもできないですからね。」(本多さん)

 一口に地域の農地を守ると言っても、日本の場合農地の大部分を占めているのは水田である。しかし、新規就農者の場合、はじめから水田稲作に取り組むことは不可能に近い。というのも、水田稲作は農業の中でも機械化が最も進んでいる分だけ、機械がなければ大規模な面積はこなせないからだ。資金もなく、経営の不安定な新規就農者にとっては、ハードルが高すぎる。

 それでも、まずは野菜で経営を安定させた上で、ゆくゆくは取り組んでもらえればいいというのが、お二人のスタンスである。

 「あと、ここらでは冬の仕事が問題なんだ。冬になるとハウスがないとできねぇから、その援助も必要なんだね。農民連でも米運びを頼んだりしている。」(佐藤さん)

 農業を中心として地域をいかに守っていくのか、地域全体として取り組んでいることがよく分かる。


上っ面の「復興」を越えて

 「オレが産直やってる千葉の団体も、昔からやってる人たちはいまでも“提携だ”って気持ちを持ってんだけど、子どもや孫と一緒に住んでたりすると違ってくんだよね。だから、産直つっても、これからは昔と同じワケにはいかねぇんだね。」(佐藤さん)

 そうした時代の変化の中で、お二人は今後の農業のあり方、地域のあり方を模索している。

 「“アグロエコロジー”って言葉があるけど、世界で最先端を行ってるのはフランスなんだね。そのフランスで2年前ぐらいにアグロエコロジーのプログラムを作ったんですが、最初に出てくんのが「学び」ですから。やはり勉強しないとダメだね。われわれ生産者も消費者も。」(本多さん)

 字面からすれば、環境・生態系と共存する持続可能な農業を意味する「アグロエコロジー」だが、それ以上に幅広い内容を含んでいるという。

 本多さんによれば、アグロエコロジーの中で有機農業は必ずしも優先されているわけでななく、経営の継続性を度外視して、現在の農業を転換せよと言うものではないらしい。むしろ、農家自身が「学び」の中で主体的に農業のやり方を考え、転換していくことに重点が置かれているようだ。

 「有機JASつっても、認証のための労力は大変なもんだ。なんか被告人みてぇな気分にさせられるんだよ。何から何まで証明しろってんだから。それだけではねぇんだな、本質は。地域も含めた、もっと幅広いものだからね。」(佐藤さん)

 佐藤さん自身は有機農業を実践しているが、それだからこそ、一筋縄ではいかない現実もよく分かるのだろう。

 「“除草剤使ったらだめだ”って言ったって、いま鳥獣害がひどいから田圃の周りに電気柵を張ってんだわ。そこの下を一回ぐらい(除草剤を)撒かなかったら、とてもじゃないけど追いつかない。それを否定して“オレは有機農業だ”って言ってたんでは地域のリーダーにはなれねぇからね。」(佐藤さん)

 農村とはいえ生活状況も考え方もさまざまな人々が暮らす地域の中では、速度は遅くとも着実に問題意識を広め、地域全体で高めて行かなくてはならない。県連も全国連も備えた農民連の存在は、そのために必要な情報や論議の場を提供しているという。

 その上で、安達地方農民連として今後どのような展望を抱いておられるのか、うかがってみた。

 「やっぱり、若い人たちを含めて学習の場をつくっていきたい。4~5年前からアグリスクールをつくろうといった話が出てるけど、これはお金もかかることだからからね。みんなから会費を取るわけにもいかないんで、現在の活動の中で財政を確立しながら具体化していきたいと思ってます。」(本多さん)

 「対象は農民連の会員だけじゃなくて、もっと広い範囲でね。結局、それが組織を強くすることにつながると思うし。あとは、“家族農業の10年”と“農民の権利宣言”(注4)の具体化だね。」(佐藤さん)

 アグロエコロジーも含め、一にも二にも「学び」ということだろう。いずれにせよ、自らの営農や目先の状況に一喜一憂することなく、地域全体のありかたと農業の将来を見据えて活動されていることがひしひしと感じられた。

 ここには、政府や原発にぶら下がる人々が語る上っ面の「復興」ではなく、それを乗り越える着実な復興の歩みと将来への展望がある。そう実感した今回の訪問だった。

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 (注1)佐藤佐市さんには、以前にも当研究所から別の者がお話をうかがっている。(参照:本誌152号、2017年8月)

 (注2)決算委員会「農家の被ばくを華麗にスルーする国」http://www.taro-yamamoto.jp/national-diet/7149

 (注3)ところが、政府は2019年度予算を前年度比で12%も減額したため、地方自治体では対応に苦慮しているという(2019年8月15日『日本農業新聞』)。また、そもそも親元就農には適用されないのは大きな問題だという。「親元就農者は地域を知ってますから、地域でいろんなことができるんだけどね。」(本多さん)

 (注4)2018年12月、国連で「農民の権利前言」が採択された。内容は、小規模な家族農業こそが人々の食糧や持続可能な環境を守るとして維持発展を呼びかけるものである。これに基づき、国連は「家族農業の10年」(2019年~2028年)を設定し、加盟国や国際機関に対して家族農業の維持発展のための施策の推進や知見の共有を求めている。

                                                     (山口協:当研究所代表)



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