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連載 ネパール・タライ平原の村から(97)

稲作と牧畜の「ミルク粥文化圏」

ネパールの農村で暮らす、元よつば農産職員の藤井牧人君の定期報告。その97回目。



 毎朝、水牛の乳を搾って生乳を買いに来たご近所さんに売ると、残りを煮沸(殺菌)します。冷めるとテコと呼ぶ木製容器に移し、一日置くと、容器内に付着していた取り残しがスターターとなり、乳酸発酵してヨーグルト状のダヒ(酸乳)へと加工されます。

 さらにダヒ(酸乳)が入ったテコに羽がついた攪拌棒を入れて柱に固定し、棒に取り付けてある紐を引くと、交互に回転して容器の中のダヒが攪拌されます。

 手動で20~30分、かき混ぜ続けると、上の方に乳脂肪分(バター)が浮いて来ます。これをすくって、じっくり加熱して溶かしたのがギゥという、ヒンディー語のギーで知られるバターオイルです。インドと同じく、日々の調理に欠かせない食材、料理油です。

 また、乳脂肪分をすくうと、下に残るのがモイ(バターミルク)です。このモイをさらに煮つめて乾燥させたのがチュルピ、脱脂チーズです。手間がかかるので作ることはないのですが、エヴェレスト・トレッキングなどで山岳ガイドやポーターとして知られ、高地に居住するシェルパなどは、ヤクの乳から作るチュルピを貴重なタンパク源(保存食)としています。

 その他、加熱した牛乳にレモン汁(もしくはチュックというレモン果汁の濃縮酢)を加えて混ぜ固め、布に注ぎ絞ってから一晩、重石を載せて水分を抜くと、肉のような食感のパニール(カッテージチーズ)ができます。

 パニールは油で揚げたり炒めたりするのですが、軟らかい肉のような食感です。そのため、祭事で地域の人を招いて食事をする際、肉食タブーの菜食者用に肉食の替わりにパニールが少量、準備されることがよくあります。

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 平田昌弘著『ユーラシア乳文化論』(岩波書店、2013年)によると、植物のほとんどない砂漠や樹木の乏しい草原など、降水量の少ない乾燥地帯は陸地面積の37.3%。実に世界の三分の一は乾燥地帯であり、乾燥地での出来事が人類に大きな影響を及ぼし続けたとあります。

 水分条件の制約が大きいアジア・アフリカの乾燥地帯では、作物栽培よりも家畜飼養の比重が高まり、乳利用する生業が成立してきたとのことです(例外として、ヨーロッパのみ湿潤地帯であり、自然環境だけが乳利用の要因とは限らないといいます)。

 雨季と乾季が明確なネパールは、牧畜も農耕も可能ですが降水量が不安定な半乾燥地帯で、牧畜(搾乳)文化圏内に位置します。

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 妻はご飯にヨーグルト状のダヒを混ぜて、娘はご飯に牛乳だけかけ、お茶漬けのように食べるのが日課です。特別な日には、牛乳を米で炊くキール(ミルク粥)に、娘は目をキラキラさせます。いずれも僕の免疫が拒絶しそうな、未だ僕には真似できない食べ方です。
 ■攪拌棒を回転させてダヒ撹拌する

 かつて文化人類学者の川喜田二郎は、マガル人のことを「酪農農耕民」とか「半農半牧」と表現しました。あぁなるほど、ここはご飯(稲作)に牛乳(牧畜)が混ざったミルク粥文化圏なのだ、と思うのです。

                                                                                                   (藤井牧人)



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