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連載 ネパール・タライ平原の村から(96)

ホームエレクトリカルゼーション②

素焼きの瓶から冷蔵庫へ

ネパールの農村で暮らす、元よつば農産職員の藤井牧人君の定期報告。その96回目。



 買い上げ日も連絡先も記載されてない保証書付きの小型冷蔵庫が、わが家にやってきました。オーディオ機器を製造していた、既に倒産している日本メーカーの冷蔵庫です。

 妻が冷蔵庫を見かけるようになったのは、地域中が集まる近所の結婚式の時です。戸外に置かれた花嫁側から花婿側に贈られる持参品。それを誰もがさり気なく、目ざとく見ているのですが、かつては水瓶や雌牛(特にヒンドゥー教徒)、牛に水を与える時に使う大きな水鉢など生活必需品が贈られていたそうです。

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 それが近年、テレビ、冷蔵庫など家電製品、ソファー、ベッド、スチール製ロッカーのようなクローゼットなど、大型化・高額化・西洋化してきています。そうした場所で妻が冷蔵庫を見かけたのが憧れの始まりでした。また、ここでは来客に対して、水を差し出す習慣があるのですが、訪問先で一言「冷蔵庫の水です」と出される冷水を羨ましく思ったとのことです。

 そして隣家(妻の実家)が冷蔵庫を買ったのが9年前。ところが、心待ちにしていた冷蔵庫の水で水分を摂ると、慣れてないため、みな喉の痛みを訴え、義父は扁桃腺炎を患ってしまいました。電気代も高くつくとのことで、以来隣家では特別な祭事や来客時以外、冷蔵庫のコンセントは抜かれたままとなりました。

 それは隣家に限った話と思っていたら、大抵の家で冷蔵庫は、特定の時期や朝夕のみコンセントを接続するようです。山岳部ではどこの家にもないとはいえ、気が付けば近隣では僕らの家だけ冷蔵庫がなかったのですが、ついに購入することとなりました。

 たびたび停電があり、冷蔵できるモノは限られているのですが、それでも山岳部と異なり亜熱帯の平地では腐敗しやすかった牛乳が保存できるようになりました。40度を超える暑季に素焼きの瓶で冷やした水より、冷蔵庫の冷たい水の方が水分補給しやすくなりました。
■冷蔵庫の中。左はクリームを保存するタッパー、右はダヒ(酸乳)が入ったテコ(木製容器)

 また、搾った生乳を加熱して冷まし、テコと呼ぶ木製容器に移して一日置くと、容器内に付着している取り残しがスターターとなり、乳酸発酵してダヒ(酸乳)となります。日本でいうところのヨーグルトです。体を冷やす効果もあるダヒを暑季、冷蔵することで水分が分かれず、濃厚な冷えた状態で朝晩食べられるようになりました。

 冷蔵庫で長期保存が可能となったことで、生乳の加熱時に表面に浮き上がるクリーム(乳脂肪)を少しずつすくい7~10日分冷蔵して集め、これまで寒季のみ加工していた自家製のギゥ(バターオイル)を年間通して抽出できるようにもなりました。こうして新しい技術を吸収しながら、わが家の乳食文化は継続しています。

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 一方で「冷蔵庫が消費期限の切れたものから順に食べていかざるを得ない、美味しい食べ物をまずくしてから食べる器機になりさがっている」(山口昌伴)。「冷蔵庫がないことで、ありすぎることの不便さに気付く」(アズマカナコ)。家庭の電化が浸透しつつあるいま一度、こんな言葉の意味についても考えてみたいと思うのです。

                                                                                           (藤井牧人)




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