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東日本大震災・原発事故から8年、福島訪問 報告②

直視すべき福島の現実

「なかったこと」にさせないために

 
福島訪問報告の第2回。この間政府は“除染によって安全になりました”として、次々と避難指示を解除し、実質的に住民の帰還を強制している。あたかも、“住民が帰れば原発事故の影響も消えていく”とでも言うかのようだ。むろん、そんなことはない。今回は、政府の宣伝に抗い、依然として重視すべき放射能汚染の現実を示そうとする、南相馬市の二つの取り組みを紹介する。


ふくいち周辺環境放射線
モニタリングプロジェクト


「自分で測ってみよう」

 放射線モニタリングプロジェクト(以下、同プロジェクト)」は文字どおり、東電福島第一原発事故で大きな被害を受けた周辺地域を対象に、放射線の空間線量率(μSv/h)、さらに土壌汚染密度(Bq/m2)を自ら測定し、公表する取り組みである。

 かつて、原発事故の収束作業で若い世代の放射能被ばくを軽減するため、被ばくの影響が比較的少ないとされる高齢者が福島で活動することを目的に「福島原発行動隊」が組織された。同プロジェクトは2012年、そこから派生したものだという。

 共同代表の青木正巳さん、中村順さんを中心にお話をうかがった。

 メンバーは東京など首都圏在住者が多く、月一回おおむね一週間にわたって福島入りして活動を継続されている。出入り自由のため、多ければ30人が集まることもあるが、だいたい10人ぐらいだという。年齢構成は70~80歳とのことだ。

 地元の方が自宅の離れを拠点として提供してくれたため滞在費用は助かるものの交通費は自腹、「高木仁三郎市民科学基金」から受けた助成は計測機器のメンテナンス代に消える。活動そのものは完全にボランティアだ。
■空間線量の測定例

 「そもそも政府は事故の規模を小さく見せているんじゃないか。本当はどうなのか、自分で測ってみようというのが動機です」。中村さんはそう語る。

 実際に測ってみたところ、公式に発表されるものとは異なる数値が現れるのが現実だ。よく言われるが、公式の空間線量は行政が設置したモニタリングポストの数値に基づいている。数値そのものは偽造ではないとはいえ、モニタリングポストを設置する際には整地し、コンクリートで固めることになる。結果的に除染を行うに等しく、数値が低下するのも当然だろう。

 「そこから少しでも離れると、まったく違った数値が現れます。だから、公式のデータが発表されて、あたかもそれが全体の状況を示しているかのように言われると、それは違う。ある意味で犯罪的ですよ。新聞だって分かってやっているんだから」。青木さんはそう憤る。

 実際、測定の範囲についても、国では1km×1km、民間でも500m×500mのメッシュでしか行われていない。これに対して、同プロジェクトでは住民の生活実態にふさわしく75m×100mという詳細な範囲で測定を行っている。こうして作成されたデータはホームページ(http://www.f1-monitoring-project.jp/)上で公開したり、当該の自治体や消防署などに提供しているという。また、自主避難者による裁判で、現在の汚染状況を証明するための材料として活用されてもいるらしい。

 「この前、福島から山形県の米沢に避難した人たちが住宅支援を打ち切られ、雇用促進住宅から追い出しをくらう事件があったんですが、その際に居座って明け渡し訴訟を起こされ、被告になった人がいるんです。その人の自宅をモニタリングしたこともあります」。青木さんはそう語る。


土壌汚染が示す現実

 2015年からは、九州の生協による分析機の提供を受け、土壌の汚染密度についても測定を始めた。 「実は、土壌汚染に対する基準はまったくない。重金属の汚染なんかは基準があるし、本来なら事故後すぐ作るべきだったのに、作ったらまずいと思ったんでしょう。世界的に見ても、チェルノブイリ原発事故後にできた「チェルノブイリ法」の土壌基準だけしかないんです」。青木さんはそう指摘する。

 この点に関連して、中村さんは一例を挙げる。

 「浪江町の丈六公園に隣接して「福島いこいの村なみえ」という宿泊施設があるんです。2018年6月に営業が再開されたんですが、そこの土壌を測定したところ、570万Bq/m2という驚異的な数値が出ました。チェルノブイリ法では55万Bq/m2が強制避難の基準になっていますが、その10倍以上ですよ。いかにとんでもないかが分かるでしょう」。

 仮に一部だとしても、そうした現実があたかも存在しないかのごとく住民の帰還が促され、躊躇する住民には住宅支援の打ち切りなど、無慈悲な追い討ちがかけられているのが実情だ。

 「こちらに来たことのない人は、どんどん復興が進んでいると思っているのかもしれません。でも、それだけ「帰れ」と煽っても、浪江の住民帰還率は5%。現地に来た人はその実態が分かるけれど、そうでなければなかなか実感が湧かないでしょう。」
  ■土壌汚染の測定のようす

 青木さんは、そうした現実について、具体的なデータに基づいて明らかにすることが同プロジェクトの目的だ、と力説された。


「順次測定を続ける」

 今後の活動と課題についてもお話をうかがった。

 「これまで南相馬、浪江、富岡、葛尾、川俣(山木屋)、飯舘と測定してきて、南相馬の山側の8行政区について4巡目の測定がもうすぐ終わります。当面は、今年の暮れあたりから南相馬の5巡目(土壌は2回目)を始める予定です。あとは、来春に常磐線の夜ノ森駅(富岡町)、大野駅(大熊町)、双葉駅(双葉町)の3駅で避難指示が解除される予定ですが、その周辺を測定する必要があると思っています。2022年~23年ごろには、浪江町で未だ帰還困難区域になっている津島地区も避難指示が解除されるそうです。今のところ、それ以外の情報はありませんが、新たに解除されるところは順次測定していくつもりです。」(中村さん)

 「課題は活動資金ですね。現在は高木仁三郎市民科学基金から助成を受けていますが、期限は3年で、いま3年目なんです。クラウドファンディングなども考えているんですが……。とはいえ、一番のネックは高齢化ですね。私が75歳で中村さんが70歳。なんとか60代前半を募集したいところです。」(青木さん)


南相馬市 小澤洋一さん

特定避難勧奨地点とは


 ふくいち周辺環境放射線モニタリングプロジェクトに対して大きな影響を与えたのが、南相馬市在住の小澤洋一さんである。

 これまで小澤さんは「南相馬・避難勧奨地域の会」事務局長として、また「南相馬・避難20ミリシーベルト基準撤回訴訟」原告団の中心として、政府による恣意的な放射能基準の設定、それに基づいた地域の分断について、先頭で批判を行ってきた。不幸にも昨年1月ご病気となり、現在はリハビリ中とのことである。そんな中、ご自宅にうかがい、お話を聞くことができた。
 ■小澤洋一さん

 小澤さんが暮らしているのは、南相馬市の中心である原町区の西部、飯舘村や浪江町に隣接する山側の地域である。

 「ここは福島第一原発から22.3キロ。避難指示に該当する20キロ圏には入らなかったんです。それでも放射線量が高いので「特定避難勧奨地点」になったんですね。対応は世帯ごとに違うんですよ。実際、隣の家は指定されたけれどもウチはされなかったんです。デタラメな線引きですよ。」

 特定避難勧奨地点とは、原子力災害対策本部が指定した区域である。福島第一原発事故の発生から1年間の積算被ばく線量が20mSvを超えると推定されるものの、地域一帯を強制避難させず、世帯別の線量をもとに避難を促す対応がとられた。

 そのこと自体がおかしな話だが、さらに政府は2014年12月、年間積算被ばく線量が20mSvを下回ることが確実になったとして、南相馬市の特定避難勧奨地点を解除してしまった。

 これに対して、特定避難勧奨地点に指定されていた世帯、小澤さんのように指定されていない近隣の世帯は2015年4月、解除の取り消しなどを求めて国を相手取って提訴するに至った。すなわち「南相馬・避難20ミリシーベルト基準撤回訴訟」である。


見過ごされる土壌汚染

 原告側の主張は、極めて明快だ。一つには、決して放射能汚染が低減されたとは言えないことである。たしかに除染作業をすれば、その部分は一時的に線量が下がる。しかし、敷地内や屋内など場所によっては依然として線量が高いところもある。

 とくに小澤さんが心配するのが、土壌の汚染である。実際、2016年に小澤さんが自宅敷地を測定したところでは、1キロあたりの土壌汚染は4141ベクレルを記録したという。ちなみに、食品の基準は100Bq/kg。もちろん、そのまま口に入れるわけではないにせよ、軽視するわけにはいかない。

 というのも、小澤さんによると、土が汚染されていれば、そこから被ばくするのはもちろん、土が乾燥して空中に浮遊し、さまざまなところに移行する可能性が高まるからである。

 たとえば車のタイヤは土壌から浮遊した放射性物質を帯びたチリなどを吸着し、人気のない山間部から人の多い街中へと移行させる働きがあるという。それらが駐車場などに蓄積されれば、吸い込んだりして内部被ばくをさせられるリスクも増えるのだ。

 「だから、僕は空間線量だけを根拠にしたらダメだと言ってるんですが、一般的にはいまも空間線量中心なんですよ」。

 これに関連して、衝撃的な事例がある。小澤さんも協力し、週刊誌『女性自身』は2015年末から福島県内の小中学校周辺、約60ヶ所の土壌をランダムに採取し、土壌に含まれる放射性セシウム137を調査した。その結果はどうか。なんと、「約8割の場所で放射線管理区域の4万Bq(ベクレル)/平米をはるかに超える高い値が出た」という(『女性自身』電子版、2016年3月8日)。

 放射線管理区域と言えば、思い浮かぶのが病院のレントゲン室だ。法令で18歳未満の就労が禁じられ、大人でも10時間以上の就労や飲食が禁止される区域である。どう考えても、子どもたちが学んだり遊んだりする場所に相応しいとは言えない。もちろん、すべてがそうだというわけではないが、少なくともそうした現実が存在しないかのように見なすことは許されないはずだ。

 ちなみに、小澤さんによれば、土壌の汚染を測定する際には、通常の1キロあたりを単位としたBq/kgによる測定よりも、「チェルノブイリ法」の基準と同じく、1平米あたりを単位とするBq/m2のほうが望ましいという。そこで、先述のBq/kgで示した小澤さん宅の土壌汚染をBq/mに換算すると、驚くなかれ223万2424bq/m2という数値が現れる。しかも、小澤さんによれば、これらはまだ低い方であり、「20ミリシーベルト裁判」の原告の中では、最高で2000万bq/m2に達した例もあるという。

 「チェルノブイリの(事故で立ち入り禁止になった)30キロ(圏内)と比較しても、実はこちらのほうが汚染されているということなんですよ。」


なぜ福島だけが20mSvなのか

 もう一つの論点は、南相馬市の特定避難勧奨が解除される根拠となった「年間積算被ばく線量20mSv」という基準の是非を問うものだ。
 ■小澤さん宅庭先の
  放射性物質収集機器

 日本では現在、1990年のICRP(国際放射線防護委員会)の勧告を受けて法令で年間積算被ばく線量を定めており、放射線作業者を除く一般公衆については、1年あたり1mSvを目安に制限するよう定めている。にもかかわらず、福島だけは20mSvを基準に物事が決められ、政府が「20mSvを下回った」と判断すれば、あたかも危険性が存在しないかのように見なされてしまうのである。当事者からすれば、理不尽という以外にないだろう。

 たしかにICRPの勧告でも、原発事故などの緊急時の後という条件の下で、年間1mSvから20mSvの間という選択幅が示されてはいる。しかし、それでも、なるべく低い数値を選択すべき、と明記されているのだ。にもかかわらず、最も高い数値である20mSvを選択することに、どのような合理的理由があるのだろうか。あるとすれば、それは、原発事故の影響を可能な限り「なかったこと」にしたい政府や電力業界性にとってのそれでしかない。

 この点を鋭く批判する「20ミリシーベルト裁判」は、提訴から4年が過ぎたいまも継続中である。

                                             (山口 協:当研究所代表)



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