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関西仕事づくりセンター10周年記念講演会 報告

   
つながりを生み出す
「もうひとつの生き方」への挑戦


 去る6月9日、NPO(特定非営利活動)法人・関西仕事づくりセンターの設立10周年を記念し、工藤律子さんの講演会が行われた。工藤さんはスペイン語圏を領域とするルポライターであり、スペインにおける社会的連帯経済の報告でも知られる。以下、講演の概要を中心に簡単に報告する。


 もともとラテンアメリカ諸国を中心に、ストリートチルドレンの支援活動に取り組んできた工藤律子さん。2016年には政治・経済両面におけるオルタナティブを目指すスペイン民衆の動きを活写した『ルポ 雇用なしで生きる―スペイン発「もうひとつの生き方」への挑戦』(岩波書店)を刊行された。

 同書のタイトルにある「雇用なしで生きる」「もうひとつの生き方」、いずれも関西仕事づくりセンターの成り立ちに関わるものだ。

 関西仕事づくりセンターが設立されたのは2008年。振り返れば、この年はリーマン・ショックの影響による生産調整で職場や住処を失う人々が続出した。なかでも状況の深刻な派遣労働者を対象に、東京・日比谷公園で年末年始「年越し派遣村」が設置されたことは、記憶に残る歴史的事件である。

 ■工藤律子さん
 管理職ユニオン関西と北大阪合同労働組合が中心となった関西仕事づくりセンターの設立もまた、そうした時代状況を反映している。グローバル資本の都合によって人々の生活が容易に翻弄される状況を目の当たりにして、活動の目標も、従来のような雇用の確保から、資本に雇われるだけでなく、自ら「仕事づくり」を通じて新たな働き方、生き方を目指すことになった。

 下で触れるように、状況はスペインもほぼ同じ。その意味で、活動の現状と今後の展望を考える上で、工藤さんのお話は示唆に富むものだったといえる。


はじまりは「15M」

 工藤さんのお話は2011年5月15日、首都マドリードのプエルタ・デル・ソル広場からはじまる。何十万もの「インディグナドス(怒れる者たち)」が政府に抗議して広場を占拠したのだ。

 2000年代のスペインはユーロの導入を通じた不動産ブームに沸き立っていた。不動産への投機によって需要を上回る建設ラッシュが進み、それが不動産価格をつり上げ、さらに投機を誘うという、まさにバブル期の日本と同じ状況が展開されていた。

 リーマンショックによって野放図なマネーの流れが堰き止められると、たちまちバブルは崩壊し、経済は一気に冷え込んだ。景気の悪化、失業の拡大に続いて、政府は財政悪化を理由に福祉や教育への予算を削減し出す。その一方、バブルの主役だった銀行は公的資金で救済された。

 なぜ民衆が、自ら望んだわけでもない、金融資本の生み出したバブルのツケを払わなければならないのか――。人々の怒りは金融資本に、また金融資本に操られた政府に向けられた。人々は各地の都市の中心にある広場に集まり、政府に怒りをぶつけると同時に、話し合いの中から自分たちのもうひとつの生き方を模索しはじめたという。この運動は、発端となった5月15日を冠して「15M」と呼ばれた。

 工藤さんによれば、スペインでは40年近いフランコ独裁の時代(1939年~1975年)、庶民の権利や尊厳が認められない状態が続き、民主主義の回復へ向けた模索が続けられてきたという。権利や尊厳がいかに貴いものであるか、身をもって知る人々は、経済危機や政治の無策に対する批判から一歩進んで、既存の経済・政治システムに翻弄されないような、自前の経済・政治のあり方を見つけ出す必要に迫られた。

 このうち政治的な変革については、中道右派の国民党と中道左派の社会労働党という二大政党中心の政治構造に風穴を開けた新政党「ポデモス」の動きなど、日本でもそれなりに紹介されている。

 ただし、工藤さんのお話では、全国政治における表れだけでなく、各地の地域レベルでもかつてない規模で市民の政治参加が進んでおり、それがポデモスの躍進として集約されたと言えるようだ。


「時間銀行」という試み

 一方、経済的な変革はどうか。新たに生まれた試みの一つが「時間銀行」だ。スペイン全国では300ほどの取り組みがあり、運営主体も民間から行政までさまざまだという。簡単に言えば、「銀行」に登録した人々が「時間」を交換単位としてサービス・労働をやりとりする交換の仕組みである。

 たとえば、AさんがBさんに英会話を1時間教えると、Aさんは1時間の「預金」ができ、今度はCさんから1時間マッサージをしてもらうことができる。さらにCさんはBさんから1時間、庭木の剪定をしてもらい……というように、一定の範囲内で金銭を介すことなく相互に需要を満たし合うことが可能となる。

 もちろん、これで既存の経済を全面的に代替できるわけではないが、少なくとも“カネがなければなにもできない”という今日の支配的なモデルとは違ったあり方を見出すことはできる。言わば、競争を旨とする資本主義を連帯によって超えていく試みである。

 そもそも時間銀行の目的は、厳密に等価交換を求めること以上に、「持ちつ持たれつ」「お互いさま」という隣人同士のつながりを深めることにあるという。だから、ある人がサービスを受ける一方になったからといって、あまり目くじらを立てるようなこともないそうだ。

 また、移民・難民や老人など、通常では地域の中で交流する機会が少なく、結果的に行政任せになってしまいがちな人々とのつながりを確保する際にも、時間銀行は有効な手段になり得るという。

 かつての農業中心の社会では、「結い」や「手間換え」といった相互扶助的な仕組みが労働の少なからぬ部分を占めていた。時間銀行はその現代的再生と言えるかもしれない。


労働者協同組合の広がり

 もうひとつの経済を目指す試みは、時間銀行のほかにもある。工藤さんによれば、それは「お金」ではなく「人」を中心にした生活の場や職場づくりを展望する労働者協同組合の取り組みだ。

 ほとんどの人々は、現状の資本主義社会で生きていく限り、何らかの形でお金を稼がざるを得ず、そのためには会社に雇われるしかないと思いがちだ。しかし、出資者や株主が所有し、経営者が運営し、労働者はそれに従うのみといった一般的な企業とは別に、労働者自身が出資し、自ら運営に携わり、その下で働くという企業体も存在する。それが労働者協同組合だ。

 実は、スペインやイタリアなど南欧諸国はかねてから、消費、農業、住宅、医療などさまざまな協同組合運動の盛んな地域でもある。スペインのバスクにある「モンドラゴン」は世界最大の労働者協同組合として有名だ。

 そうした基盤のおかげで、立ち上げはそれほど難しくない。たとえば、ある一般企業の社員が会社のあり方や自分の働き方に疑問を感じ、自らのキャリアを生かして労働者協同組合を作ろうと考えた場合にも、弁護士の労働者協同組合がノウハウや法律上の手続きについてアドバイスを行ったり、金融の協同組合が事業目的を踏まえて融資を行ってくれる。

 工藤さんが紹介された一つに、カタルーニャ州のCooperativa La Fagedaの事例がある。従業員300人のうち3分の1が精神など何らかの障害を持った人たちだ。精神病院に勤めていた心理療法士のクリストバル・コロンさんが、障害当事者14人とともに1982年に設立した。治療を名目とした病院での作業が当事者のためになっていないことに疑問を感じ、自由と責任を兼ね備えた人間らしい労働を取り戻すべきとの思いから、労働者協同組合という形態で設立に踏み切ったという。

 当初は手工芸品づくりなどからはじまったが、現在ではカタルーニャ州でダノン(乳製品などの多国籍企業)に次ぐヨーグルトのシェアを誇るそうだ。

 ちなみに、現在スペインではイタリアと同じく「精神病院」は廃止され、当事者は地域で暮らしている。


社会的連帯経済のネットワーク

 時間銀行や地域通貨、労働者協同組合をはじめとする協同組合運動、これらを総称して社会的連帯経済と言われる。工藤さんによれば、スペインにおいて社会的連帯経済が拡大・深化している要因には、各州および全国レベル、さらには欧州規模でもネットワークが存在することが挙げられるという。

 それらネットワークでは、社会的連帯経済としての理念や基準を持っており、所属する団体は理念や基準をめぐって相互に検証し合う関係にある。したがって、ある団体が儲け主義に走って社会的連帯経済としての実質を失ってしまえば、ネットワークの中で評価を落としたり、批判を受けることにもなる。

 逆に、一般の営利企業が外見だけ整えてネットワークに入ろうとしても、理念や基準によって拒まれることになる。このように、ネットワークの存在が社会的連帯経済の実質を支える重要な機能を担っているのだ。

 加えて、工藤さんによれば、規模の問題も無視できないという。社会的連帯経済の拡大そのものは悪いことではないが、あまりに規模が大きくなれば、労働者による運営も困難にならざるを得ない。そのため、先に挙げたCooperativa La Fagedaでは、メンバーが拡大したことを理由に労働者協同組合から消費者協同組合に形態を変更し、財政はすべて財団に移したそうだ。

 ちなみに、代表的な労働者協同組合のモンドラゴンについて、工藤さんは同じ理由からあまり興味を持てないのだという。実際、家電メーカーや大学まで擁するようになった現在、それぞれ自主運営の組合だとしても、それらを含む全体の方向付けなどをめぐり、労働者の自主管理がどれだけ機能しているのか、想像することは難しい。その意味では、小規模の労働者協同組合がネットワークを通じてつながり合う方が望ましいあり方なのかもしれない。

 ともあれ、工藤さんはスペインでの一連の取材を踏まえ、最も重要だと感じたこととして、オルタナティブは可能だという確信を強調された。

 実は、日本に比べればはるかに社会連帯経済が盛んで、社会的にも浸透しているように見えるスペインでも、依然として主流は既存の経済や政治なのである。そうした中で、ある大学の経済学部では、教授4人が、学生に社会的連帯経済を学ぶ機会を提供すべく、自主的に社会的経済研究所という機関を設立したという。これは、そうでもしなければ、学生たちは通常の授業を通じて社会的連帯経済の存在を知ることも、もうひとつの生き方に確信を持つ機会もないという事実の裏返しでもあるのだろう。


「もうひとつの生き方」に向けて

 工藤さんの講演の後、関西仕事づくりセンターに集う諸団体から各々の活動紹介が行われた。

 ◆オシテルヤ 大阪市南部を中心に、野宿社支援の活動からはじめ、生活困窮者に対するヘルパー支援、就労支援、サロンなどの活動を展開。ヘルパー支援は独立して事業化する一方、生活や学習が困難な子どもの支援活動に着手したとのこと。

 ◆北摂ワーカーズ 雇われて生きるのではなく、自分たちで仕事を創出していくため、「若者労働者協同組合」として2017年に設立。現在は、植木の剪定、軽作業などを中心に幅広く便利屋仕事を受け、結集する仲間の中で回している。

 ◆みらいのCOCORO 精神障害の福祉作業所で働いていた精神保健福祉士や障害当事者が、日本の精神科医療・福祉作業所の現状に疑問を持ち、地域における当事者主体の活動を決断。その上で、活動基盤を確立し、生活を成り立たせていくことも含め、障害のあるなしにかかわらず対等に働くための組織として形成した「協働労働サークル」。エアコンやレンジフード、浴室のクリーニングなどを中心に仕事を請け負っている。

 設立から10年を経て、関西仕事づくりセンターの活動は着実に広がり、内容的にも深化している。こうしたつながりを積み重ねる中で、「もうひとつの生き方」に向けた模索が進んでいくことを期待したい。

                                        (山口 協:当研究所代表)


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