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視察・フィールドワーク 報告

滋賀県湖南市・多文化共生のまちづくり
に学ぶ
言葉の壁、制度の壁、心の壁を乗り
えて

 法務省の発表によると。在留外国人は273万人(2018年末現在)で、過去最高になったという。この4月には改正入管法が施行され、さらに多くの外国人労働者の受け入れが進められようとしている。私たちにとって、外国人とともに働き、学び、暮らす多文化共生が、ますます身近な課題となりつつあるといえる。今回、フィールドワークの一環として外国人の集住地域として知られる滋賀県湖南市を訪問し、他地区に先がけて取り組んでこられたさまざまな施策について学ぶことができた。以下、概要を報告する。


多文化共生に向けた湖南市の施策

 フィールドワークのはじめに、多文化共生のために湖南市がどのような施策をとってきたのか、今もとっているのか、担当部局の方々に紹介していただいた。臨席いただいたのは、伊藤さん(人権擁護課課長)、近江さん(同課人権啓発・多文化共生推進係参事)、金子さん(同課課長補佐)、木下さん(湖南市国際協会事務局相談員)、松田さん(湖南市国際協会事務局事務員)である。


●伊藤さん(人権擁護課課長)から

 みなさんこんにちは。湖南市は5月1日現在で、人口が5万5136人。外国籍の方が3110人で、人口比率で言いますと5.6%、そのうちブラジル国籍の方が1530人ということです。近年、外国籍の方が増える傾向にあります。今日は湖南市における多文化共生の取り組みということで、市の人権擁護課と国際協会の方からお話をさせていただきます。

 人権擁護課というのは総務部の中にある部署で、人権に関する施策と啓発、多文化共生、男女共同参画などに取り組んでいます。人権擁護課以外にも各地に隣保館が5ヶ所ありますので、正規職、嘱託をふくめて、20数名で業務を行っています。

 ちょうど一昨日、大津の方で滋賀県国際協会の理事会がありまして、市町の代表として参加させていただきました。多文化共生の施策については、市町の役割、県の役割、そして国の役割と、さまざまに提示はされていますが、現在のところ、外国人対策について国からの予算はありませんので、市町の予算の中でまわっているのが実情です。ただそれには限界がありますので、国にも協力を要請すると同時に、湖南市でできる取り組みについて、現在すすめているところです。

 経過も含めてお話をさせていただきますが、参考になればお持ち帰りいただいて、お役立ていただけたらと思います。


●金子さん(人権擁護課課長補佐)から

 湖南市は平成16年(2004年)に、旧石部町と旧甲西町が合併してできた市で、滋賀県の南部、琵琶湖の南に位置し、湖南三山と呼ばれる古刹の長寿寺、善水寺、常楽寺があり、また十二坊温泉などが有名ですが、のどかな所です。
 ■左から木下さん、金子さん、近江さん

 課長のお話にもありましたが、湖南市は滋賀県内では外国人の比率が最も高い市になります。私も、後ほどお話をしていただく国際協会の木下もそうですが、見た目は日本人ですが、私たちは外国人です。まだまだ日本語は勉強中ですので、聞き取りにくい所があるかもしれませんが、よろしくお願いします。

 湖南市在住の外国人の国籍については、ほぼ半数はブラジル国籍で、その他にスペイン語諸国の人たちがいます。ブラジルのポルトガル語とスペイン語は似ていますので、合わせると南米系の外国人は約65%になります。

 市役所で外国人に対応した相談件数ですが、昨年度の年間合計が約7000件、月に600件弱の相談を受けています。これは市で対応した件数ですので、木下さんのおられる国際協会での相談、小中学校での相談、日本語初期指導教室での相談など、全部含めるとこの倍ぐらいの件数になるかと想定されます。ほとんどはポルトガル語での相談で、今現在市役所には私も含めて13名の通訳がいます。

 お手元にお配りした湖南市多文化共生推進プラン『With KONAN Plan Ⅱ』を見てください。平成29年(2017年)に策定されたもので、以来、このプランを基に、多文化共生を推進するために、各主体が連携・協働を積極的に図りながら取り組んできています。全文はインターネットで見ることも可能です。お手元にあるのは概要版ですが、最初に次のような基本方針を掲げてあります。

 
いろんな文化が響きあう 一人ひとりが笑顔でいられるまち 湖南
 ~「交流から理解へ」「理解から協働へ」「協働から創造へ」~

 ■『With KONAN Plan Ⅱ』

 ただ「外国人がいて、外国人を支援する」ではなくて、外国人とともにまちづくりするためになにができるか。彼らにも支援が必要ですが、彼らの力を私たちも借りて、ともにこのまちをつくろうという考えでこのプランをすすめています。

 プランの具体的な内容ですが、三つの柱で施策を立てています。一つめは「交流と理解のためのコミュニケーション支援」。二つめは「だれもが安心・安全に暮らすための生活支援」。最後に「国籍にかかわらず、一人ひとりが協力して進める地域づくり」。それぞれの柱について具体的にお話をさせていただきますが、外国人であってもなくても、市民として一人ひとりの役割があります。市民、地域コミュニティー、園・学校、企業、国際協会、行政それぞれの役割があって、協力しながらまちづくりをすすめているところです。


[コミュニケーション支援]

 まず「コミュニケーション支援」としましては、一例として、市庁舎での全館案内の表示ボードがあります。1階から5階まで、各部署が漢字で案内されていますが、外国人にはぱっと見ても分かりません。それで、ローマ字表記をテプラで作って貼りました。とても地味な取り組みですが、多くの外国人市民の助けになっています。

 広報こなん「Konan」という市の広報誌があります。外国人が必要と思われる記事を職員が選択、翻訳して、「ポルトガル語版」を発行しています。また、日本語は日本語でも、ちょっと失礼ですけれども、小学生3、4年生でも分かる日本語、難しい言葉をくだけて言うような日本語で「やさしい日本語版」を発行しています。それぞれ月一回の発行です。
 ■湖南市広報こなん「Konan」

 また、情報提供のために「保健センターだより」もポルトガル語に翻訳して発行しています。市のホームページでは、「portugues」のボタンをクリックすると、ポルトガル語のページにつながります。

 のちほど木下の方から説明がありますが、国際協会による日本語教室があります。また、ワールドフェスタ「こなん」という催しも年に一度、国際協会の主催で行われています。


[安心して暮らすための生活支援]

 二つめの「生活支援」についてですが、外国人の生活オリエンテーションとして、「お弁当作り編」という企画で、外国人と日本人が一緒にお弁当を作る教室があります。またもう一つの生活オリエンテーションとして、「ゴミの分け方編」も行っています。細かく説明をして体験するという取り組みです。国際協会が取り組んでいます。外国人技能実習生を対象にした生活指導も行っています。税金のことやゴミの分別などいろいろな説明をしています。

 また、「湖南市緊急カード」というカードを配布しています。これは110とか119のかけ方とか、避難所の紹介だけではなく、災害時にどのように活かせるかという工夫をしたカードです。カードの下部に家族の写真を貼るスペースを設けています。写真を貼ることによって、災害に遭ったときに、まわりの人はこの人がどういう人であるか想像することができます。また、カードを簡単には捨てないで大事にしていただけます。3~4年前から配っていますが、まだ持っている人が多いです。

 子どもたちのために、国際協会がポルトガル語・スペイン語の教室を実施しています。日本語を教えるだけではなく、母語を教えることも一つの施策として行っています。

 「さくら教室」という初期指導教室も行っています。今はブラジルの子どもたちが多いですが、ブラジル、ペルー、フィリピン、韓国の子どもたちも通っています。約20~30人の定員で、市内の水戸小学校に設置されています。3ヶ月の初期指導が終わると、子どもたちは普通の小・中学校に戻ります。


[協力して進める地域づくり]

 三つめの「国籍に関わらず一人ひとりがすすめる地域づくり」ですが、外国人市民との意見交換会を行っています。ブラジル、ペルーをはじめいろんな国籍の方に来ていただいて、フランクな雰囲気で、困っていることや要望など、意見交換をしています。
 ■湖南市の位置

 また「うちなる国際化フォーラム」という会合を年に一度開催しています。専門家の先生を呼んで、アドバイスをもらいながら、市内在住の外国人と日本人の意見交換をふまえて、多文化共生に関わる問題とか、施策をすすめる方向について話し合います。「うちなる国際化」というのはもともと韓国・朝鮮の方を意識した言葉だと聞いていますが、国外の交流ではなくて、日本国内にいる外国人との多文化の共生をつくるという意味です。

 アメリカのミシガン州にあるセントジョンズ市とは、旧甲西町の頃から友好な関係がありまして、子どもたちの絵画による交流を続けています。甲西図書館で、年に一度、湖南市の子どもたちとセントジョンズ市の子どもたちの絵の展覧会をしています。また滋賀県とミシガン州とは友好関係にあり、友好使節団として、二年に一度往き来しています。

 子どもたちのコミュニケーションの架け橋として、「ポケトーク」という同時通訳機を導入しようというプロジェクトも始まって、試験的に導入を考えています。

 行政としては以上ですが、次に国際協会の方から具体的に説明をしていただきます。


●木下さん(湖南市国際協会事務局相談員)から

 よろしくお願いします。国際協会は五つのグループで活動を行っています。それぞれの活動について説明をします。


[語学教育グループ]

 「語学教育グループ」では日本語教室を運営しています。昼の部は、朝の10時から11時半までと、2時から3時半までで、パートやアルバイト、夜勤の方が中心で、少人数で話しやすい雰囲気で行っています。だいたい7人ぐらいのボランティアさんと15人ぐらいの受講生です。

 夜の部は、毎週土曜日、夜の7時から8時半までで、ブラジル、ペルー、フィリピン、中国出身の在住の方や、ベトナム、インドネシア、タイなどの技能実習生が受講しています。水戸まちづくりセンターというところで開催していますが、この周辺は外国人の住む社宅が多い地区で通いやすい場所になります。日本語の能力に合わせて、だいたい10クラスに分かれています。全部で60人ぐらいが通っていて、ボランティアさんは15人ぐらいが手伝ってくれています。

 日本語ボランティアの方のために、年に1~2回、日本語ボランティア養成講座を開講しています。また、びわ湖日本語ネットワーク(BNN)が主催する外国人スピーチ大会が毎年あり、当協会の学習者の方も出場しています。特別講座として、日本語能力試験を受ける方のための講座も開催しました。


[国際文化交流グループ]

 次に「国際文化交流グループ」ですが、外国人と日本人の交流を目的として、いろいろな活動を行っています。「ワールドフレンド」というのは子ども向けの活動ですが、外国の方をゲストとしてお招きして、その国のことを子どもたちに話をしたり、一緒に遊んだりして楽しんでいます。ハロウィンパーティーも毎年行っています。また、「英語でお茶べり」という企画があります。こちらは大人向けで、お茶とケーキを食べながら、いろいろなテーマで英語で自由に話をする会です。大人の英会話クラブは4つのクラスがあって、水曜日に2クラス、初級Ⅰと初級Ⅱ、土曜日は初級Ⅱと中級があります。他に湖南市夏まつりへの参加や、ボランティア研修会も行っています。


[地域共生グループ]

 次に「地域共生グループ」ではおもに外国人に生活面でのサポートを行っています。

 ①南米語の学習教室「外国語クラブ」を開催しています。湖南市には南米の子どもたちが多くて、日本で生まれたり、小さい時に日本に来て母国の言葉をどんどん忘れてしまい、親とあまり会話ができなくなっています。それで、この教室を開くことになったのですが、今現在はポルトガル語とスペイン語の教室があります。
 ■国際協会会報KIAたいむず

 外国人の中ではブラジル人が一番多くて、子どももすごく多いのですが、私もポルトガル語の講師として授業をしています。現在は2クラスで33人です。スペイン語のクラスではペルーの方が多くて、1クラスに15人がいます。夏休み前には、夏休みの過ごし方をアドバイスしたり、また宿題お手伝いのボランティアの説明もします。

 日本人の大人向けの語学レッスンとして、スペイン語、ポルトガル語、中国語の講座があります。スペイン語のクラブは今年、文化体験として地域のペルーレストランに行って、食事をいただきながら、ペルーの文化と料理についてのお話を聞きました。ポルトガル語のクラブは、隣町のブラジルのマーケットに行って、一緒にポルトガル語で食品の説明を聞き、買い物をしました。もう一つが中国語クラブで、市内に住んでいる人に講師をしていただいて、今年は8人ぐらいの日本人が勉強しました。

 ②生活オリエンテーションとして、いろいろなテーマで実施しました。生活のために必要なこととして、ゴミの出し方について市職員の方から説明を受けました。実際に分別もやってみて、とても役に立ちました。また、消防の方に来ていただいて、救急の訓練を行いました。

 先ほどの金子さんの話にもありましたが、お弁当づくりにも取り組みました。お弁当と言うと、どんなお母さんでも不安になります。私たちはお弁当文化ではないから、とても難しいのです。お母さんが自分のイメージで作った弁当を、子どもが恥ずかしく思って、みんなと一緒に食べないということもありましたので、こういう教室が必要だという提案がありました。一昨年一回やってみて、とても好評だったので、今年度もやりました。10名のお母さんと、子どもも同じくらいの人数で、4つのテーブルに分かれて、日本人のボランティアさんが通訳さんと一緒に教えて、おいしいお弁当をつくりました。

 お弁当づくりで、一番難しいのは調味料を買うことだというお母さんの意見がありました。ブラジル人にはお味噌や醤油や出汁というものが分からないのです。スーパーへ行っても材料はあまり問題ないけれど、調味料を選ぶのが難しいので、一緒に買い物をしました。ボランティアさんがいろいろ説明をして、こっちの方が酸っぱいとか、こっちの方が甘いとか教えてくれましたので、とても良かったです。私も白だしと聞いて、“それはなに?”と思っていましたが、白い色だと思っていましたが黄色でした。みんな喜んで、家でお弁当を作ったりしています。

 ③2018年4月以降、ベトナムとインドネシアの技能実習生が、だいたい1ヶ月で20人から30人ぐらいのペースで増えています。それで、ベトナムとインドネシア体験の機会をつくっています。ベトナム体験は3回行い、難しかったのですが2回は言葉の勉強をして、最後にベトナムの料理をいただきました。インドネシア体験は1回だけですが、インドネシア料理を食べながら、インドネシアのことをお聞きして、とてもいい時間でした。講師はどちらも市内に住んでいる方です。


[教育支援クループ]

 「教育支援グループ」では、さきほど金子さんが話していた「さくら教室」を支援しています。これは初期指導教室で、外国から初めて来た子どもたちは学校に入ると、とても不安になりますので、先にこちらの教室に行かせて、ひらがな、カタカナ、漢字と、学校のことを学びます。初期指導ができたら、もとの学校に戻ります。

 毎週水曜日の午後2時から2時45分に、水戸小学校で行います。この子どもたちは本当に日本語が全然分からないから、授業の時には通訳が必要です。でもちょっとずつ日本語や日本の文化を教えると、笑顔になっていきます。このあいだも音楽の授業があって、ボランティアさんも一緒に「かえるの歌」と「幸せなら手をたたこう」を歌って、とても楽しい時間を過ごしました。

 最初の時間は下敷きづくりです。なぜかと言うと、ブラジルでは下敷きを使わないので、保護者に下敷きを持ってきてくださいと言っても分からないのです。それで、私たちはラミネーターを使って、手作りの下敷きを毎回作っています。ひな祭りの時には、子どもたちは着物を着て、写真を撮りました。お内裏様とお雛様の格好をして、みんなとても嬉しかったみたいです。最後には交流会。ボランティアさんと一緒に料理をつくって一緒に食べます。

 去年は1学期に9名でしたが、2学期に毎月増えて、20名ぐらいになり、3学期には25名になって、とても大変でした。小学1年生から中学3年までの子がいて、学年が違うし学力も違うので、ブラジル人、ペルー人、ボリビア人、フィリピンの方もいて、3ヶ国語で話をして、とても大変でした。

 夏休みの宿題は、保護者はお手伝いができないので、そのための授業があります。水戸まちづくりセンターに集まって、ボランティアの方が宿題のお手伝いをしてくれます。宿題をして、勉強をして、あとでちょっと遊びます。


[広報グループ]

 最後のグループは「広報グループ」で、国際協会の広報誌「KIA(Konan International Association)たいむず」(前頁参照)を年3回ぐらい作って、4ヶ月のあいだにあったことを、簡単な文章でわかりやすく載せています。見出しテーマだけポルトガル語に翻訳しています。その他にホームページとイベントごとのパネル作りをしています。


人材派遣会社「インフィニティ」を視察

 市役所での講義のあと、人権擁護課の金子さんの案内で、人材派遣会社であるインフニティー株式会社を訪問した。西庁舎からは車で20分ほど、湖南市の北東部に位置する岩根地区にあり、その東隣の下田地区とともに工業団地のあるところで、外国人の多い地域になっている。真新しいインフィニティ社屋のセミナー室で、ブラジル式の昼食をいただきながら、湖南市やインフィニティを紹介するビデオを鑑賞し、代表の上森さんからこの人材派遣会社の成り立ちや目指すものをうかがった。以下は、お話と資料からのまとめ。
 ■ポルトガル語が併記された標識

 インフィニティの派遣社員数は現在約400人。その国籍はブラジルが78%、ペルーが11%で、日本その他が11%となっている。派遣先はさまざまな業種に広がっているが、多い順に、電子部品関連22%、プラスチック関連18%、重機メーカー関連15%、自動車メーカー関連12%、建材製造11%、家具メーカー関連11%、などとなっている。湖南市やその近辺の産業構造により、ほぼ製造業が占めている。

 上森さんは日系3世のブラジル人。9歳のときに来日し、中学卒業後いったん帰国。その後再来日し、自動車部品工場、電子部品工場などで、派遣社員として働いたこともあるという。コンビニや人材派遣会社でも働き、2007年に現インフィニティを創業した。上森さんの思いの核には移民として苦労した祖父母や父母の経験があり、また当時住んでいたブラジル・サンパウロで目にしたスラム街の貧しい暮らしがある。来日するブラジル人たちを人材派遣という形で助力したいと考えている。人材派遣を中心にして、病院への送迎、フォークリフトの免許取得、日本語教室、親睦と日本文化に接するためのツアー、などを行い、また保育園、保険会社、不動産仲介の会社などと提携し、この地で暮らし働く外国人のための支えになっている。

 また、湖南市で暮らす外国人のための文化活動にも積極的に関わり、昨年6月には、ブラジルで気鋭のピアニスト、ビアンカ・ジスモンチさんのトリオの公演を主催し、9月にはブラジル人サンバ歌手、ジョイセ・カンジドさんを招いて、ブラジル人学校の生徒たちとの交流を企画している。また、今年4月には、ブラジルの国民的漫画家で、日本で学ぶ外国籍の児童生徒の支援活動をしているマウリシオ・デ・ソウザさんを招き、交流を行った。マウリシオさんは、代表作「モニカと仲間たち」のキャラクター入り激励スタンプや、日本の小学校の仕組みを紹介するマンガ絵本、日本からブラジルへ、ブラジルから日本へという移民の歴史をあつかったマンガ絵本を発表し、日系の子どもたちを支援している。
 ■マウリシオさんのマンガ絵本

 上森さんの話を聞きながら、考えてみればあたりまえのことなのだけれど、日系外国人というのは100年も前に祖父母たちが希望を求めて海を渡った、その子たち、孫たちなのだということに、改めて気づかされたのだった。日本からブラジルへ、ブラジルから日本へという移民の歴史。それは日本社会の歴史そのものの、もうひとつの姿だとも言える。


スキナ・ブラジルを見学

 インフィニティを出て、県道を北東に200mほど歩くと、スキナ・ブラジルというブラジル・ショップがある。ブラジル産の肉や野菜、調味料、コーヒー、お茶、ジュース、お菓子、缶詰など、バラエティ豊かな食品が並んでいる。色彩豊かな包装やポルトガル語のラベル。見慣れない食材や冷凍調理品の数々。店の奥には調理場もあって、スライスしたハムでチーズをくるんだ摘みを試食につくっていただいた。スキナ・ブラジルでは以前は2階で軽食も出していたそうだが、今はショップだけで開店している。
■本場の商品が並ぶスキナ・ブラジル店内

 日系のブラジル人は見た目は日本人と変わらなくて、話をして初めてイントネーションでそれと気づくという感じで、金子さんによると工業団地を歩いて日系人と出会っても、一目では分からないということだったが、ブラジル・ショップでは、一見してブラジル食文化の一端を実感することができたのだった。


日常生活の中で隣り合って暮らす

 見学を終えた後、私たちは再び市役所庁舎に戻り、フィールドワークのまとめとして、質疑応答の時間を持つことができた。

 【質問】通訳が13人おられるということですが、どこに配属されているのですか、日常的に通訳だけをされているのですか、

 【金子】13名ですが、正規職員は私を含めて3人、ポルトガル語をしゃべる3人です。あと、嘱託職員として2人いまして、1人は人権擁護課で仕事をしています。通訳もしますが、広報こなんなどいろいろな仕事をしています。もう1人の嘱託さんは税務課(本庁)の方にいます。

 臨時職員さんは、学校に3名、あとは市民会館や子育て支援館、保険センターなど。そういう人たちは通訳として入っていますが、職員と同じように窓口対応の仕事をしています。その他にも県の職員3、4名も学校に配属されています。だから通訳としては17、18人ぐらいになります。

 【質問】災害が起きたときに、外国人の方は困ると思いますが、災害時の対応はどうなっていますか。

 【金子】『With KONAN Plan Ⅱ』の中に災害時の対応についてまとめてあります。文化の通訳という事業がありまして、事前に登録をすれば、地震は難しいですが、台風ですとある程度予測ができますので、事前登録された人たちにメールで、やさしい日本語とポルトガル語で配信します。
 ■それぞれの言葉で「こんにちは!」
 (市庁舎踊り場で)

 登録されるときに、メールをもらったときにまわりの人に広めてください、日本人の方とお話をして下さいと伝えてありますので、単なる一つのコミュニケーション手段ではなくて、外国人も孤立しないように、災害時にも助けを求めることができるように、その環境作りをさせていただいています。

 その他に緊急カードですとか、ちょっとした地味な取り組みですが、日常的に声をかけたり、110のかけ方を知らせたり、災害時の対応もひとつの課題として考えて、促進しています。

 【質問】ブラジルの方とか、ペルーの方とかは、地域にまとまって暮らしておられますか。外国人の文化を知ってもらうための、市民に対する啓発は、どうでしょうか。

 【金子】湖南市を北西から南東にJRの草津線が走っていますが、西の方に石部南という地区があって、そのあたりのマンションなどに外国人が集住しています。また、東の方に水戸という地区には工業団地がありまして、そこの寮などに集住しています。

 【近江】たしかに外国人市民の方が多くおられる地域というのはその通りですが、外国人が住んでいるエリアと日本人が住んでいるエリアが、はっきりと分かれているというわけではありません。みなさん混ざって暮らしているといいますか、普通の生活で、隣に外国人市民の方がいらっしゃるという状態で暮らしているということです。

 日本人市民への啓発活動ですが、さきほど金子の方から、「うちなる国際化フォーラム」の話があったと思いますが、そのような形で、日本人市民と外国人市民がざっくばらんに話し合える場をつくっています。

 あとは「人権まちづくり会議」という、これは市も加入している団体ですが、その中に外国人の人権部会も、5つの人権課題のうちの一つとしてありまして、いろいろな勉強会などを外国人市民の方も一緒にしていたり、人権関係の講座で外国人の人権を取りあげたりしています。それからまた、国際協会さんの方でもいろいろ交流の機会をつくっていただいています。

 【質問】市民の意見交換会というのは年1回ですか。その場で出されたことが行政の施策に反映されたりしていますか。

 【金子】多文化共生推進プランを作るときに、外国人・日本人アンケートを実施し、その一環として意見交換会を行いました。あとは「人権まちづくり会議」の外国人の人権部会として意見交換会を設けました。「うちなる国際化フォーラム」は年に1回の事業ですが、意見交換会は必要に応じて行っています。意見交換会での意見は、プランをつくるときに反映させています。


文化の違いと差別

 【質問】これから、ますます技能実習生とか増えてくると思います。実際に受け入れる企業の役割が大きいのではないかと思います。いろいろ見ていると自治体とかボランティアなどが活動していて、受け入れる企業はそれに乗っかってしまっていることが多いように思います。受け入れる企業はもっと積極的に取り組まなければならないと思っていますが、この湖南市の場合はどうでしょうか。

 【金子】技能実習生に関しては、湖南市では特に国際協会が技能実習生を対象に日本語教室を行ったり、インドネシア語、ベトナム語の通訳ができる人を紹介するなどしていますが、行政として対応できないところもあるのが現状です。企業には技能実習生の教育も含めて役割が大きいですから、行政や国際協会としてどのようにつきあったらいいか、さぐりながらやっているところです。

 【質問】私は高槻市から来ました。高槻も外国人市民が増えていますが、ときおり差別事象があるのですが、湖南市の場合はどうでしょうか。

 【近江】どこからどこまでを差別と言うかということもあると思いますが、たとえば住宅の相談に来られて、貸してもらうのがなかなか難しいとか、そういう相談は市役所の方にされることがあります。また、ゴミの出し方のこととか、南米ではみんなでわいわい楽しむという文化がありますので、そういったことでご近所とトラブルになったりという事例は聞きます。

 就職活動では、差別と言うよりも文化の違いからくる行き違いもあります。たとえば面接に普段着で行くとかいうことで、日本人はきちんとした格好で行くと思いますが、それも文化の違いです。

 市役所でやっている相談やその他の受付などで、日本人とどれだけ同じように対応できるか、なるべく差がないようにとは思いますが、言葉の面などで難しいこともあるかなと思っています。

 【質問】日本人と外国人とがつながっていくためには、一対一の個人的な関係が必要だと思います。交流の場はあっても、なかなか一対一の交流はできにくい。これはどこの世界でもそうだと思います。

 それをなんとかこじ開けていく、一対一の関係をつくっていくとしたら、言葉の問題があります。第二外国語としての、英語でつながっていくということを考えた方が、一対一の関係が広がっていくんじゃないかなと思います。

 【金子】市の一つの施策として、3~4年前まで、とりあえずポルトガル語、スペイン語に対応していました。その三ヶ国語ぐらいで。その上で必要であれば中国語も対応しましょうと。そういう方針があったのですが、3~4年前から東南アジアの方が増えてきて、どんな言語でも揃えるのが難しくて、ポルトガル語は圧倒的に多いので、ポルトガル語はそのままサービスを続けて、他の言語に関してはやさしい日本語の導入を考えて、いまはそのやさしい日本語を普及させています。

 英語はもちろん全世界で通じるものですが、ブラジル人すべてに通じるわけではありません。湖南市に永住したいという傾向が見られますので、その人たちも日本語、完全な日本語ではなくてもやさしい日本語を学んで、通訳に頼らずに自分のちからで生活できるように応援しています。だから今はやさしい日本語を普及させています。

 【質問】在留資格はどういう感じなんでしょうか

 【金子】在留資格と言いますと、ほとんど日系の外国人になりますので、それに関わる永住のビザですとか定住ビザ、それと日本人の配偶者等、その三つがほとんどです。あと技能実習生もいますけれども、一桁ほどのパーセンテージで、ほとんどが日系外国人に関わるビザになります。

 【質問】ハローワークで人材を募集したりするのですが、日系ブラジル人の人が応募してきたことは一度もありません。どうしてでしょうか。

 【近江】湖南市の場合ですと、派遣業者に登録されていて、派遣社員として働いておられる方が多くて、インフィニティさんもそうですけれども、派遣会社さんが日本のことを教えたり、手続きの世話をしたりしています。ですので、ご自分で就職活動をされるということは最近のことです。

 定住化が進んで、子供の時に日本に来て、日本で進学、そして就職活動をされると思いますが、親御さんの世代や、大人になって働くために日本に来られた方は、外国人市民向けのアンンケートを見てもそうなんですが、ほとんどの方が派遣労働者なので、ご自分でハローワークへ行って就職先をさがすというのは、おそらく少ないかと思います。

 最近、就職に役立つ日本語教室というのを開催している機関がありまして、湖南市の方でも開催していただいていて、そういったところで履歴書の書き方とか、面接の受け方とかを教えています。


二つの母国を持つ

 【金子】湖南市のハローワークには、週に3日、通訳を配置していると聞いています。でも、通訳が必要ということは日本語が不十分ということになりますので、十分なコミュニケーションで就職のための条件を満たすことは難しいかなと思います。

 【松田】先ほど交流ということで、言葉の問題とかいろいろあったと思いますが、国際協会の方でも、英会話クラブ、ポルトガル語クラブ、スペイン語クラブ、中国語クラブといった語学クラブを開講しています。

 日本語教室で指導をされているボランティアさんが、直接ブラジルの方とお話をされたときに、入門クラスだとまったく日本語が通じないということに直面されて、そういった体験からポルトガル語クラブを受講されました。
 ■ブラジル料理でランチ
  (インフィニティー社屋にて)

 簡単な挨拶をするだけで、相手の方は心を許してくれたりしますので、知っている単語とか会話が飛び交うだけで、コミュニケーションの始まりというか、きっかけにもなるかということで、そういう語学クラブを開催したりもしています。

 英会話クラブでご活躍いただいたり、日常の授業以外のところで、ボランティアの方が外国人と集えるような場を設定して、交流されたりしているということもあります。そこからいろいろボランティアの方も外国人の方も交流が広がっているという実態があり、良い効果があるのかなと思っています。

 【近江】いまの交流のことですが、プランをつくるときに行った日本人市民対象のアンケートで、「多文化共生のまちづくりをすすめるために自分ができることは何だと思いますか」というアンケートをとっているのですが、その中でも75%以上の方が、「挨拶など声をかけあう」、40%以上の方が「気軽におしゃべりをする」という答えで、自分でもできることからしたいと考えておられる市民の方が多いなと思っております。

 他にも、交流イベントなどがあれば参加したいという方もけっこうおられます。「どちらかといえば参加したい」と、「参加したい」を合わせますと、半数近くの方が参加したいという方に答えてくださっていますので、関心をもっておられる市民の方は多いのではないかと思っています。

 
【質問】日本に来ておられる人たちの母国に対する思いはどんなものなのでしょうか。

 【金子】私は滋賀県にもう20年以上いて、娘が二人いるんですが、小・中・高・大まで行っています。自分の経験から言いますと、こちらに来ているブラジル系の人は、経済的な困難で来ている人ばかりではないです。

 私の場合もそうですが、祖父母がブラジルに渡ったときに日本の文化を忘れないとか、いつか日本に帰る、「行く」じゃなくて「帰る」という思いでした。だから私たちも日本人として育てられたんです、外国人でありながら。

 だからいま、祖父母と反対の道で日本に来たんですけれども、母国を二つ持っているという気持ちです。日本に来てもこの国を愛しているし、この国のためにがんばりたい、ただ自分の国も愛しています。私が知っている限りでは、ブラジルが嫌い、ペルーが嫌いという人はいたりはしますけれども、非常に少ないです。


参加者の感想

ともに生きる市民として

 外国からの移住者を、ただ労働力として受け入れるのではなく、ともに生きる市民として、相互に文化の違いを理解するための種々の取り組みがしっかりなされていて、それに市民が積極的に参加しているというのが、素晴らしいと思いました。

 外国人が日本で働くために必要な知識が「仕事の仕方と日本語」だけではないことに気づかされました。「やさしい日本語」を推奨する、ポルトガル語の広報を作る、外国人の目線になって「緊急カード」を作成するなど、湖南市の歩み寄りの仕方は、他の自治体においても参考になるものだと思いました。

                                                (加藤那奈:阪和産直センター)


それぞれの文化の共生を

 母語に代表される文化は、自らのアイデンティティ維持の最大のツールだと思います。インフィニティ株式会社でのビデオ、そして金子さんから話のあった移民一世の方々の、日本文化を守り抜く覚悟の中に、それを見る思いでした。その中で、その地の文化を持つ人々が、理解をして行ってくれたのではないかと、想像します。

 翻って、今の私たちは“郷に入ったら郷に従え”を共生の根源に持ってはいないだろうか? それが日本語教室へ、日本文化の教育へ。でも私たちが外国語や異文化を理解する努力をしているのだろうか?

 その意味でも、すでに湖南市で取り組まれている日本語を母語とする人々を含めた言語や文化の機会の提供は、定住外国人や技能実習生が増えるこれから、特に重要であると思います。

 共生社会を考えるとき、あらためて『この地球上に生きる全ての現生人類(ホモ・サピエンス)の祖先は約20万年前の一人の人(女性)にたどり着く』ことに思いをはせ、更に想像力を高めて行きたいと思います。

                               (川口豊:近江八幡市・八幡学区まちづくり協議会)



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