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連載 ネパール・タライ平原の村から(86)

ネパールのヒ素汚染地帯を探る(下)

ネパールの農村で暮らす、元よつば農産職員の藤井牧人君の定期報告。その86回目。


 前号では地下水のヒ素汚染地域パラシにある水道局を訪ねました。そして今回、実際にヒ素汚染地域の農村を局員の方と歩いてみることにしました。

 インド国境近くのバザールでは、日頃見たことがない香辛料が並んでいます。黒色のブルカで全身を覆ったムスリム(イスラム教徒)女性、豚を数匹連れて放牧する男性も見かけます。ローカルバスに乗り料金を払うと、おつりがインドルピーで戸惑います。

 車内ではネパール語ではなく、インド北東部と国境周辺で使用される言語の一つ、ボジュプリ語で運転手や乗客らが会話していました。ネパールのカーストとは異なる北東インドのカーストと習慣を持つ住民であることがわかります。インド国境まですぐの位置にあるパラシは、国境線とは無関係にインド的色彩の強い地域なのです。

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 パラシの中心地から東へバイクで移動し、ダナスパーマプラ村を訪問しました。ここは川沿いに約60戸あり、昔は川の水を飲んでいたそうです。現在は安く容易に設置でき、かつ衛生上の観点から各戸に手押しポンプが普及しています。しかし、そこで汲み上げられた地下水から、高濃度のヒ素が検出されているとのことです。

 ヒ素中毒による皮膚疾患で寝ている男性に会ったり、カトマンドゥから視察に来ていた海外NGOの職員に会ったり、プロジェクトで配付されたバイオサンドフィルター(ヒ素除去装置)を置いてあるが使っていない民家の方などに話をうかがいました。また、局員を見かけては、村の人らが数人集まってヒ素について会話が始まります。

 地元の人らと局員の会話からわかることは、各戸に配付されたフィルターは、使った方が良いと思いつつも、ほぼ使われていないこと。中にはヒ素濃度の測定結果が基準値の6倍、WHO基準値の10倍ある300ppbという民家もありました。

ヒ素が検出された手押しポンプ
  ■ヒ素が検出された手押しポンプ
 薬(塩素)が切れて以降使っていないという意見もありましたが、ヒ素そのものを除去するのは塩素ではないことを局員が説明。

 ほかに、農作業に追われ、わざわざフィルターを通した水より、手早くポンプの水を飲んでしまうとのこと。フィルターは材料の定期的交換や掃除が手間であること。選挙で水道を設置する(安全な水を供給する)と言っていたが何もしてくれなかった――といった意見が聞かれました。

 案内していただいた局員からは、ヒ素に汚染された水を飲み続けても潜伏期間が長く(恐らく十数年以上)すぐに発症しないため、地下水が原因という理解が十分でないこと。村人自身が結束して安全な水の供給を行政に訴えようとしなかったこと。昔から飲み続けた水を行政は、メーター(水道)を取付けて水を買わせようとしているなどと疑われていること。カトマンドゥから視察に来る人より、毎日村に通い続ける人が必要ではないか、フィルター配付事業終了後の村レベルでの継続的な啓発活動がない――という意見が聞かれました。

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 村人と特に局員の話から、援助が足りない、予算が足りない、技術が足りない、理解が足りないこと以上に、現場の日常に赴き一緒に水を飲んで一緒に考えるヒトが足りないのではないか、と思いました。

                                                             (藤井牧人)


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