HOME過去号>165号  





韓国における社会的連帯経済について(下)

 去る8月25日、大阪哲学学校の主催による講演シリーズ「資本主義は今、経済学者7人に聞く」の一環として「韓国の事例からみた社会的連帯経済の条件と可能性」と題する講演会が行われた。講師は、韓国・仁川大学経済学部教授で同大学社会的経済研究センター長の梁峻豪さん。前号に引き続き、今回は韓国における社会的連帯経済の特徴的な実例についてのお話を紹介する。


韓国社会的連帯経済の一般的特徴

 前回は、これまで梁さんが世界各地における社会的連帯経済の取り組みを踏まえて提起した、社会的連帯経済をめぐる世界の現状、社会的連帯経済組織のメカニズムなどについて紹介した。

 繰り返しになるが、社会的連帯経済をめぐる世界の現状については、①社会的連帯経済は現代の経済活動における一つの支配的なトレンドである、②したがって、資本主義を批判し、それに取って代わるものとして位置づける立場からの社会的連帯経済もあれば、逆に、資本主義経済の補完物としてのみ位置づける立場もある――となる。

 また、社会的連帯経済組織のメカニズムについて、模範的事例に共通するのは、①組織の目標として、社会問題を解決するための社会革新を置いており、②社会革新に向けたメッセージや活動の発信によって社会的な支持を得ることから出発し、③社会的な支持が市場的な支持へとつながることで事業面での安定性・自足性を確保し、④事業面での利益を社会問題の解決に投資することで社会的支持→市場的支持→社会的支持の好循環を実現する――となる。

 梁さんによれば、こうした観点から見た時、韓国における社会的連帯経済のあり方には一定の批判が避けられないという。というのも、たしかに韓国では国家レベルでの法の整備や政策支援、自治体レベルでもさまざまな支援策が実施されているが、主な関心は新自由主義的な資本主義の補完物、とりわけ深刻な雇用難を緩和する役割でしかない。公的な支援策の存在は、むしろ社会的連帯経済への人々の純粋な関心を歪曲してしまいかねないとのことだ。


特徴的な江原道原州

 しかし一方で、梁さんによれば、韓国にも社会的連帯経済の模範事例に見られる特徴を共有した事例があるという。それが、江原道・原州市の実践である。

 江原道は韓国の北東部にあり、休戦ラインを挟んで北朝鮮側と分断されている。地勢は山がちで、伝統的に漁業・鉱業・農業など第一次産業が中心だった。韓流ドラマの舞台となった道庁所在地の春川市、今年初めに冬季五輪が行われたは平昌などが有名だ。その中で、原州市は江原道の最南西、首都ソウルからは東に約120kmの位置にある。人口はおよそ35万人とのことである。

 「地域の中で協同組合と社会的企業と市民団体、さらに一般市民という四つの主体が強く結びつき、『原州協同社会経済ネットワーク』を形成しているのが、原州の特徴です。このネットワークは、原州地域にある農業、教育、消費者、社会サービス、文化、環境、流通関連の共同体組織と、協同組合(生産者協同組合、消費者協同組合、労働者協同組合、協同組合銀行)が一緒に参加して、地域レベルの自立経済を目指す共同体的ネットワークです。最初にネットワークの結成を提案し、リーダーシップをとったのは、地元の信用協同組合でした。」

 実は、私はちょうど10年前、韓国ドゥレ生協との交流の過程で、関西よつ葉連絡会の訪問団の一員として原州を訪れたことがある。当時は専ら農民運動と生協運動との連携などについてお話を聞いたり、見学させてもらったりしたが、韓国現代史における原州の特別な位置については、いまも記憶に残っている(本誌第55号、2008年8月、参照)。


協同組合都市・原州

 原州における協同組合の始まりは1960年代中頃、教会の社会参加に情熱を燃やす池学淳司教が原州に赴任し、地元のカトリック教会を拠点に、原州出身の在野の思想家・社会運動家として著名な張壱淳氏とともに活動を開始したことに遡る。

 当時の韓国は、朴正煕による軍事独裁体制下にある一方、上からの急速な近代化によって社会が大きく変化していく時期にあった。財閥系企業を中心に、後に「漢江の奇跡」といわれる高度成長を遂げる半面、庶民は思想・言論・結社の自由を奪われ、生活は貧困を強いられていた。そんな中、軍事独裁に反対し、民主化や公正な分配を求める人々の拠点となったのが、先の両氏による取り組みだ。「原州キャンプ」と称されるその取り組みは、教会の力で民主化運動の活動家たちに安息の場を与えると同時に、信用・購買・共済・生産などの各分野で協同運動を組織し、地域で自立的に生きる道を開拓していった。

江原道と原州
  ■江原道と原州の位置
 こうした動きの一方で、梁さんによれば、原州には社会的連帯経済が芽生えやすい客観的な要因があったという。というのも、原州は江原道の中で最もソウル首都圏に近いため、ソウルを拠点とする巨大流通企業にとって、江原道進出への足がかりとなりやすい地理的状況にあったからだ。実際、高度経済成長と軌を一にして、財閥系企業のスーパーやショッピングモールが続々と原州に入っていった。

 ところが、こうした企業が原州で得た利益は地元に還元されることなく、すべて本社のあるソウルに吸い上げられていく。地元自治体も経済活性化や雇用促進によかれと思って敷地を提供したり、行政支援を行うが、想定したような効果は得られなかった。

 「そうした中で、信用協同組合の活動をしていた人々が、大企業を誘致しさえすれば地域は発展するという地域外発的な発展論から脱出し、地域のお金が地域で循環するような地域経済をつくらなければならないという問題意識を抱き、煮詰めていきます。その問題意識に共感する農業者や市民団体関係者たちが集まって、まず反独占資本運動、反財閥大企業運動として取り組んだのが『原州協同社会経済ネットワーク』の源流となりました。目的は地域レベルの自立経済、地域で創出された所得と地域で蓄積された資金が外部に流出しないようにする地域内発的な発展です。」

 もともとは軍事独裁政権に反対する信用協同組合運動の活動家たちがはじめた運動だが、政治的には保守に位置する人々も加わっていった。というのも、たとえば小規模な自営業者にとって、巨大資本による圧迫は政治的立場を問わず、生存のために対抗すべき動機となるからだ。よく知られるように、韓国ではあらゆる分野に財閥資本の影響が及んでいる。それだけに、自らの生計のために反独占資本・反財閥大企業の立場に立たざるを得ない人々も少なくない。とはいえ、潜在的な動機は、そのままでは具体的な行動として現れない。潜在的な動機が具体化するには、それを支えるような関係や運動が必要だ。

 原州の場合、支えとなったのは、さまざまな協同組合運動の実践だ。これを基盤に、1970年代から反独占資本・反財閥大企業の運動が本格化することになり、その結果、原州は「協同組合都市」と呼ばれるようになっていった。


市民組織が地域の生産と消費を調整

 「2003年、原州地域にある17の協同組合が『協同組合運動協議会』を結成し、そこに5つの社会的企業が加わることによって、2009年に『原州協同社会経済ネットワーク』が結成されました。

 このネットワークに参加しているすべての社会的企業は、協同組合が新しく設立したものか支援しているものです。つまり所有関係から見ても、原州地域の協同組合と社会的企業が強く結びついていることが分かります。

 長年活動を続けてきた協同組合が、独占資本としての大企業系列の巨大流通組織に対する批判的な問題意識だけでなく、地域における多様な社会問題に対する関心を持ち、それを地域の市民や社会的企業と共有する制度的なメカニズムが形成されていることが分かります。」

 「原州協同社会経済ネットワーク」の参加団体は以下の「表1」の通りである。基本的に農業・食品分野を中心に、原州地域内の生産と流通と消費が連携している状況が窺える。

社会的協同組合(原州)
■出典:千恵蘭「韓国原州における協同組合運動についての一考察:「原州協同社会経済ネットワーク」の取り組みを中心に」『佛教大学大学院紀要 社会福祉学研究科篇』第46号、2018年3月、所収

 「原州の各協同組合は、原材料や中間財をできるだけ外部から仕入れず、原州の内部で取り引きし合っています。それは一見すれば、系列企業同士の内部取り引きのように見えます。

 ただし、そうした取り引きを企画したり、管理したりするのは、協同社会経済ネットワークです。市民組織としてのネットワークが、原州における消費者の状況、生産者の状況を考慮し、生産と消費のモニタリングとマッチングを企画し、主導しているんです。これは非常に画期的だと私は思います。」

 日本でも、過疎の村で住民が協同出資して売店を経営し、地方自治体のバックアップなどを受けながら、地域内で協同購買を行っている例はある。しかし、梁さんによれば、原州では自治体の介入はないに等しいという。基本的には協同組合を筆頭とする市民組織としてのネットワークが地域の生産者を組織化し、また地域の消費者を組織化し、組織された生産者と組織された消費者との間で事前に、つまり生産する前にコミュニケーションよる調整を行っているそうだ。そうした機会が1年に4回ほどあり、のべ1万人ほどの参加者が地域の生産と消費について話し合っているらしい。

 その結果、現在およそ35万人を数える原州で、10%を超える人々がなんらかの協同組合の組合員になっているという。また、もとは一般の営利企業だったものが協同組合化された割合が最も高いのも原州だという。これについて梁さんは、「ネットワークの力があまりにも魅力的なので、ネットワークの取り引きの中に入れば儲かるのではないかといった発想もあると思います」と指摘する。

 「協同社会経済ネットワークに参加している団体は、多様な社会分野で地域住民の経済的自立のための基盤をつくりながら、共同体における生活の質を高めています。

 生産・加工・流通・消費に関わる組織が団体別、事業別に協力関係を構築し、協同生産、協同加工、協同流通、協同ブランディング、協同マーケティング、協同消費を行っています。

 協同社会経済ネットワークでは毎月、『相互扶助フローチャート』というものを作成しています。それによって、個々の団体が行う活動が相互に互恵的に機能するような関係を可視化しているんです。

 それほど地域内部の自己完結的なネットワーク型の経済を追求していると思います。」


“産消提携”がモデル

 ところで、生産者側と消費者側が市場を通じてではなく、事前の協議によって受給を調整するというやり方は、有機農業における産消提携運動を思い起こさせる。

 原州では1965年、韓国生協運動の源流と称されるハンサルリム生協が結成された。これは、都市住民に基盤を置く消費者生協とは異なり、原州地域の農民の自立を確保するために、都市と農村との間の直接取り引き試みた組織である。

 ハンサルリム生協の設立と同時に、やはり原州で生産者組織の生命農業協同組合も生まれている。組織された生産と組織された消費が、コミュニケーションを通じた調整によってお互いの生活を支えあう。梁さんによれば、この産直は原州地域の農民の所得基盤を強化する成果を挙げただけでなく、有機農法に基づく社会的志向の強い農業を普及させる契機となり、消費者の利益にもつながったという。

 「ちなみに、ハンサルリムは毎月機関誌を発行していますが、自分たちの扱う品物やサービスだけでなく、原州の多様な社会問題をどう解決すべきか、そのためにどの協同組合が関わるべきか論じる原稿を載せています。機関誌紙面の約8割を、そうした内容に割いています。」


市民組織が社会革新に対象を与える

 梁さんは、社会的連帯経済の最も重要な指標として、社会革新を目的としている点を指摘した上で、原州の事例の特徴について、次のように言及した。

 「協同社会経済ネットワークに参加する原州の市民団体は、協同組合や社会的企業に対して『どこどこの地域にはこんな問題があります。それに対して、あなた方が行っている事業を通じて問題解決してみてはどうですか』というように、社会問題の存在と解決の仕方を助言するわけです。そうした知識の共有関係が機能していることも、原州の大事な特徴だと思います。」

 この点では毎週1回、協同組合や社会的企業、市民団体や大学関係者などが集まって、環境、文化、地域経済、エネルギーなど36の分科会が開かれ、地域の社会問題の解決のための議論が行われているそうだ。

 「市民団体は多様な領域に関わる地域の社会問題を原州の多様な社会的経済組織に関連づけることで、社会的連帯経済組織の本質を保つ役割を果たしていると言えます。つまり、営利ではなく社会革新という目的に対象を与えるわけです。こうしたことが、市民の共通の知として作用している点も強調しておきたいと思います。」


終わりに

 以上、2回にわたって梁さんのお話を紹介した。その上で、改めて感じたことを2点記しておきたい。

 一つは、韓国における社会的連帯経済に対する見方の問題だ。法整備や政策支援が進んでいることなどから、日本では韓国を羨望の眼差しで見つめがちである。これに対し、梁さんは社会的連帯経済の規範的モデルを根拠に否定的な評価を示された。たしかに、当事者として表面的な見方を牽制する必要性は分かるが、法整備や政策支援すらない日本にいる身としては、あまりに辛すぎる気もする。

 もう一つ、かつて訪れた原州で、自分が見聞した以上の深く広い取り組みがなされていたことだ。わずかな期間だったので当然かもしれないが、それだけに、具体的な取り組みについて関心が湧いてくる。

 とはいえ、農業を中心とした地域で、産直運動の組織化や協同組合金融の活動を基盤に地域レベルの活動を展開してきた点では、私たちにとっても参考にすべき点は少なくない。

 やはりポイントとなるのは、地域における人々のさまざまな課題や要求にアンテナを張り、多様な活動主体と一緒になって取り組む枠組みをどのように作り上げていくかということだろう。そうした実例が存在していることだけでも、やはり韓国の先進性を感じざるを得ない。 

                                                   (山口協:当研究所代表)




©2002-2019 地域・アソシエーション研究所 All rights reserved.