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韓国における社会的連帯経済について(上)

 去る8月25日、大阪哲学学校の主催による講演シリーズ「資本主義は今、経済学者7人に聞く」の一環として「韓国の事例からみた社会的連帯経済の条件と可能性」と題する講演会が行われた。講師は、韓国・仁川大学経済学部教授で同大学社会的経済研究センター長の梁峻豪さん。以下、2回にわたり、内容をかいつまんで紹介する。


 私たちの暮らす社会は大きく分けて、①政府部門(第1セクター:国家・行政)、②市場部門(第2セクター:営利企業)、③非営利部門(第3セクター:市民団体、協同組合)という3つの部門(セクター)から形成されている。いずれも不可欠な要素だろう。

 しかし、官僚的で融通の効かない政府部門は市民生活に必要な公共サービスを適切に提供できなかったり、また市場部門は利益追求のあまり市民生活に負の影響を与えることもある。また、この両者あるいはどちらかの力が強くなり過ぎれば、市民生活は自律性や活力を失うことにもなりかねない。

 そうならないためには、政府部門、市場部門を制御することが必要だ。それは、非営利部門の力量を高めることによって可能となるだろう。

  ■梁峻豪さん
 非営利部門の担い手としては、組合員の出資と運営に基づく協同組合、市民の自主的な組織であるNPO(非営利組織)、さらにビジネスの手法を使いながらも利潤の蓄積を目的とせず、社会的諸問題の解決を図ろうとする社会的企業などが挙げられる。それらを主体とする経済は、「連帯経済」「社会的経済」「社会的連帯経済」などと呼ばれている。

 世界的に見ると、フランスやスペイン、中南米、カナダやでは「連帯経済」がよく使われ、イギリスやアメリカでは「社会的経済」が主流とされる。

 韓国でも社会的経済の呼称が一般的らしいが、梁さんによれば、それは、韓国の研究が英米の文献に基づく傾向が強いからだという(講演では、日本の状況を踏まえて「社会的連帯経済」が使われた)。

社会的連帯経済の内実をめぐって

 梁さんのお話には、いくつも驚かされる点があった。その一つは、韓国における社会的連帯経済の評価である。

 韓国では2000年代以降、社会的企業育成促進法や協同組合基本法など社会的連帯経済に関する法律が制定され、それらに基づいて政府の関連機関(社会的企業振興院)も設立されている。昨年10月には、政府レベルの基本政策として「社会的経済活性化対策」が発表された。また、首都ソウル市をはじめ自治体レベルでも、社会的経済の促進を目的としてさまざまな支援策を実施されている。

 こうした状況を受けて、日本では韓国を先進的モデルと捉え、それに学ぼうとする動きが生まれている。しかし、梁さんは次のように注意を促す。

 「たしかに韓国では政策的に社会的連帯経済をかなり進めています。それによって、東アジア諸国の中では最も急速に社会的連帯経済の領域が拡大しているので、スポットライトを浴びています。しかし、そのように国家が社会的連帯経済に介入している分だけ、歪曲されている部分もあるというのが、私の問題意識です。」

 その点を説明するため、梁さんは、社会的連帯経済をめぐる全般的な状況を紹介された。

 韓国のサムソングループでは毎年、中長期的なビジネスの趨勢を占う作業の一環として、米国の名門大学群「アイビーリーグ」の学生たちに、「これから働きたいと思う産業領域は何か」とのアンケート調査を行っているという。

 アンケート結果を見ると、1990年代までは、ほとんどの学生がウォール街の金融・証券業界を挙げていた。ところが2005年以降、金融・証券業界は5%ほどに減り、環境、福祉、教育に関わる産業領域との答えが95%を占めるようになったそうだ。

 そこでサムソンがそうした産業領域の実態を分析したところ、うち35%が非営利で公益目的を掲げる社会的連帯経済組織と判明。加えて、学生たちの多くは大学で学ぶ傍ら、そうした組織でインターンなどをしている実態も明らかになったという。

 「強調したいのは、いわゆる理念的な観点からではなく、社会的連帯経済を支配的なトレンドとして規定すべきではないかということです。」

 とくに1990年代中盤以降の世界では、利潤を至上目的とし、熾烈な競争を伴う新自由主義が猛威を振るい、貧困や格差に起因するさまざまな社会問題が拡大した。そうした新自由主義の行き過ぎに歯止めを掛け、ある程度の経済成長を実現しながら雇用を創出し、社会問題の解決に資するような選択肢として、立場を問わず、社会的連帯経済への世界的に注目が増していることは確かである。

 「つまり、社会的連帯経済というのは、いわゆる左翼やラジカルな人たちの専有物ではない、というのが大事なところです。左翼・ラジカラルな立場からの社会的連帯経済もあれば、右翼・保守・市場主義の立場からする社会的連帯経済もあるということを看過すべきではないと思います。」

 左翼・ラジカラルな立場が、社会的連帯経済を単に新自由主義の防波堤としてだけでなく、資本主義そのものの代案として位置づけるとすれば、右翼・保守的な立場は、社会的連帯経済をあくまで資本主義の補完物として位置づけるものだと見ることができる。言い換えれば、新自由主義の行き過ぎによって社会が混乱すれば資本主義その基盤自体が危機に瀕してしまいかねないため、そうならないように、市場がフォローできない部分を社会的連帯経済に補ってもらうということである。

 梁さんは、現在の韓国政府や財界の社会的連帯経済に対する認識は、まさに後者の立場にあると捉えた上で、ご自身の立場を次のように述べられた。

 「しかし、私は資本主義そのものに対する代案として規定できるのではないかと思っています。資本主義が経済成長・利潤極大化・競争・弱肉強食・格差などをキーワードとしていることに対して、我々の社会的連帯経済は、やはり社会変革、社会問題を解決すること、相互信頼、協同と連帯、そして一番大事なのはコミュニケーション、つまり『市民としての生産者』と『市民としての消費者』が生産する前に事前に協議すること、これがラジカルな社会的連帯経済の条件ではないかと思います。」

社会的連帯経済組織のメカニズム

 さて、梁さんはこれまでおよそ10年にわたって社会的連帯経済がどのように機能するのか、そのメカニズムについて実証分析をされてきた。その結果から、模範的な社会的連帯経済組織に共通するメカニズムについて、次のように言及された。

 「社会的連帯経済組織は民間企業のような営利組織とは目的が異なります。民間企業の目的は営利ですが、社会的連帯経済組織の目的は社会革新です。世の中には環境、福祉、ジェンダー、教育などなど、多様な社会問題があります。そうした社会問題を解決するための社会革新ですね。ビジネスはそのための手段として位置づけられます。

 社会的連帯経済組織にとってまず大事なのは、市場の評価を受けることよりも、地域や社会の評価を受けることです。ヨーロッパの模範的な協同組合を見ても、主にビジネスよりも社会問題に正面からぶつかって、社会革新に関わるメッセージを発信す点を最大の組織目標としています。」

 実際の事例として、梁さんはスペインのサッカーチーム「FCバルセロナ」を紹介された。FCバルセロナには、ほかのサッカーチームと異なる点がいくつもあるという。たとえば、メモリアルビルに行ってみると、ほかのチームのようにスター選手の写真やユニフォームなどは一切なく、その代わりに、自分たちが20世紀初頭から行ってきた社会活動の歴史ばかり展示されているそうだ。

 なぜそうなのか。それは、もともとFCバルセロナがサッカーチームの運営を目的としたビジネス組織ではなく、貧しくてサッカーを習えないような青少年にサッカーを教えたり、夢を与えること目的としていたからだという。ユニフォームに企業のロゴが入っていないのも、そうした理由からだそうだ。

 「そうした目的を持ってチームを設立し、5年ほど経った頃にバルセロナの地域から彼らを支持する人々が現れてきます。つまり社会的支持を獲得したわけです。最初は単純な支持ですが、やがて支持者は組合員つまり出資者となります。と同時に、試合を見に行きますから消費者にもなります。そういうことが歴史的な実証分析から分かってきました。」

 こうして、模範的な社会的連帯経済組織ほど、次のような過程をたどることが判明したという。

 ①社会革新を目的に、独自のやり方で社会問題の解決へ向けた活動を起こす。②それによって、地域の中での社会的支持者を確保する(ただし、社会的支持の過程は必ずしも経済的支持とは重ならない)。③社会的支持の確保を基盤に、支持者たちが出資者や消費者、寄付者やボランティアになる可能性が拡大し、経済的・市場的な支持も確保するに至る。

 もちろん、これらは決して容易な過程ではないが、③の段階に到達できれば、④経済的・市場的支持によって得られた利益を再び社会に還元し、⑤それによって社会的支持が持続・拡大し、出資や寄付、消費も持続・拡大していく可能性も増えるだろう。

 世界的に見て成功している社会的連帯経済組織には、こうした好循環が共通して見られるそうだ。

 「イタリア東北地方のエミリア=ロマーニャ州では、地域の経済組織の70%が協同組合です。地域内総生産(GRDP)に占める協同組合の割合も35%あります。その事例を見ても、やはりボローニャを中心とした州全体の社会的支持をしっかりと確保しています。実は、彼らは社会的支持を得るために、経常利益の60%以上を費やしているんです。一般の営利企業なら、さらなる利潤に向けた投資に利益を使うところですが、社会的連帯経済の模範事例とされる地域の組織は、おしなべて60%以上、社会的支持を獲得するために費やすと分かりました。」

 驚くべき事実だが、それだけ強い目的意識がなければ組織と活動は維持できないということだろう。 一方、韓国の場合、国や自治体が社会的連帯経済組織に期待するのは雇用の創出であり、政策的支援も専らそのために行われる。当然、組織の側も雇用を増やすことが目的となり、そのためには利潤の確保だ、賃金を削っても雇用の確保だと、目先の保身に走るようになる。そうなれば社会的支持も得られず、結果的にビジネスとしても成り立たない。実際、韓国の社会的連帯経済組織の平均寿命は、おおむね2年半ほどだという。

社会的連帯経済の効果

 では、社会的連帯経済の効果、あるいは機能とは何だろうか。梁さんは、これまで世界の30以上の都市を回り、一年の売上額が日本円で2億円以上の協同組合、社会的企業、コミュニティビジネスをデータ分析したそうだ。その結果、①地域の雇用の安定や拡大への貢献、②「アンチサイクリカル」な投資の維持、③国家または地域レベルの経済活性化への寄与――の三点が浮かび上がってきたという。

 ①と③は容易に理解できるが、②は難しい。梁さんの説明は以下の通りである。

 「一般に民間営利企業の投資は、景気に連動する形で動くと言えます。つまり、景気のいい時には投資を増やし、景気が悪くなれば投資を引き締める。そうでなければ会社は潰れます。

 ところが、スペインのモンドラゴン、カナダのケベックシティ、イタリアのエミリア=ロマーニャの3ヶ所で一年の売上額が日本円で2億円以上の協同組合3500組織の統計を分析をしたところ、社会的連帯経済組織の投資のパターンは景気循環とはまったく反対する形で動いていることが分かりました。つまり、景気の悪い時には投資が増え、景気がよくなれば投資が相対的に少なくなるということです。」

 というのも、社会的連帯経済組織が解決を目指す社会問題は、景気循環と相反する形で動くからだ。景気が悪くなれば、貧困層はますます打撃を受け、社会は荒廃し、社会問題は拡大・深刻化する。それはまた、社会的連帯経済組織の活動が求められる状況でもあり、活動への支出は増える。しかし、そうした支出の増大は社会的支持の拡大を通じた経済的・市場的支持の増大という形で返ってくる。同時に、景気循環と相反するアンチサイクリカルな投資の維持は、景気の過熱を防ぎ、不況の際の経済的下支えとなることで、地域における経済的な安定性を維持するための重要な要素になるという。

 これもまた、驚くべき事実である。(次号に続く)

                                               (山口協:当研究所代表)


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