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地域・アソシエーション研究所 第16回総会報告

分断を乗り越える
開かれた議論の場を目指して


 去る11月17日(金)、茨木市のよつ葉ビルで当研究所の第16回総会を開催しました。当日は各所から30名以上のご参加をいただき、前期の活動報告・総括と来期の活動方針について承認をいただくことができました。以下、簡単ですが報告します。


この1年、世界を振り返って

 前期の活動報告に先立ち、総会議案書の「はじめに」として、まずはこの一年を振り返って、以下のような状況認識を紹介しました。

 昨年の総会の時期、アメリカ大統領選挙でのトランプ当選という出来事を受け、世界は騒然としていました。トランプ当選の背景として指摘されたのが、アメリカにおける社会の分断です。それから1年、分断は解消されるどころか、ますます深刻さを増しています。

 分断はアメリカだけのことではありません。共通の価値観に基づく欧州の一体性を理念としたEU(欧州連合)でも、昨年のイギリスのような離脱の動きこそないものの、各国内で反EUや移民排斥を唱える勢力が台頭し、亀裂が生じつつあります。

 新自由主義グローバリズムの猛威は衰えず、世界規模で富の集中と格差の拡大が進む中、人々は防波堤を求めて国家への依存を深め、一種の“タコ壺”にはまり込んでいるように見えます。一方で、アメリカでも欧州でも排外主義を批判し、反緊縮・公正な分配を求める政治勢力や民衆運動が存在し、一定の求心力を発揮しています。

 日本を省みても、基本的な状況は共通しているように感じます。ただ、欧米に比べて未だ鮮明ではないのでしょう。そのためか、先の衆院総選挙で示されたように、対抗する勢力や運動も凝縮力を欠いているように見えます。

 また、この1年でさらに明らかになったのは、世界秩序の構造的変動だと思います。東西冷戦に勝利したアメリカが世界全体の舵取りを担おうとした時代から、EUの定着・中国の台頭・ロシアの再起といった変化を経て、アメリカの世界的覇権の衰退は否定できません。

 ウクライナ問題ではロシアを制御できず、東アジアの諸問題でも中国との協調抜きには動けません。中東は依然として波乱含みですが、対症療法以上の介入、ましてや価値観の強制や体制転換などする余裕はないでしょう。そうした現状から見て、世界秩序の構造は現在の「一超多極」から「一大多極」を経て、やがて「全般的多極」へ移っていくものと推察されます。広く見れば近代国家・近代国家システムの揺らぎとも言える変動です。

 とはいえ、こうした変動が及ぼす影響については楽観できません。問題を含みながらも存在していた構造が軋めば、短期的には不安定な状況が現れます。それは先に上げた分断と呼応し、分断をさらに促進するかも知れません。たとえば、日本を含む東アジアでアメリカの存在感がさらに低下する場合、日本が進む方向をめぐってどんな意見が大きくなるのか、想像してみて下さい。

 分断の克服、世界秩序の変動――。日々の生活からすれば、対象にしにくかったり大きすぎたりする問題かも知れません。しかし、私たちの生活は、こうした異なるさまざまな問題の層を含んで成立しています。日々の生活の中で、それとは気づかずに、何からかの形で対応を迫られているかも知れません。もちろん、思想や運動という点では、正面から向き合う動きも存在します。

 地域・アソシエーション研究所の役割は、そうした異なるさまざまな問題の層を、言葉を介してつなげることだと考えています。国内外を問わず、自分の見たいものしか見ず、自分の言いたいことしか言わないような傾向がますます強まりつつある中、こうした役割はさらに重要になっていくでしょう。

 そうした自覚のもと、今期の成果と反省を明らかにし、来期の展開を論議したいと思います。


議論なき時代に

 なぜこんなことを書いたのか、少し補足します。

 トランプ政権が世界にもたらした影響は、外交政策で見れば、前評判に比べて落ち着いたものだったと言えるでしょう。たとえば「米中対決論」は影を潜めました。しかし、政治の質という点では、予想以上に著しく劣化させたように思われます。

 いわゆる「近代国家」である以上、国家としての基本的な機能は、国民の利害を調停し、統合することにあるはずです。そのためには、普遍的な理念を提起し、公式に説明する必要があり、批判的な勢力に対しても説得する責任が問われます。

 ところが、トランプにはそんな姿勢はまったく窺えません。自分の見たいものだけが真実であり、それ以外は「フェイク=偽物」と切り捨てます。説明は常にツイッターで、自分の言いたいことだけを一方的に言う。自分の意見に従わない者は敵であり、徹底的にこき下ろす。論拠に基づく議論を通じて合意を求めるのではなく、有利な条件で利益を上げられるか否かの「取り引き」がすべてに優先する――。

 しかし、トランプが戯画的に象徴している「分断」は、実は世界中に蔓延しているのではないでしょうか。他ならぬこの日本でも、政治権力による民主主義の否定は日増しに鮮明になっています。選挙で議席を占めればやりたい放題。国会では空疎な答弁を繰り返し、議会の存在を無意味化する。新聞・テレビを含め、反対する者・異論を述べる者には「こんな人たち」と敵視し、攻撃する。まさに惨状と言わざるを得ません。

 とはいえ、こうした惨状に、民主主義の尊重や手続き的な正しさを対置しても(対置することは重要ですが)、それだけでは残念ながら力にはなりにくいと思います。トランプのような振る舞いに拍手喝采する人々にとって、「民主主義の尊重や手続き的な正義」とは既得権層の権力を覆い隠す美辞麗句に過ぎず、むしろそれによって自分たちは虐げられてきたと受け取っているからです。

 その意味でも、私たちはとても危うい状況にいると思っています。こうした状況に対してどのように切り込むことができるのか。どうすれば、こうした状況を一つでも二つでもマシなものへと変えていけるのか。この点をめぐって議論したいと考えました。

 唐突な提案だったのか、総会の場ではそれほど議論ができたわけではありませんが、異なる意見を交えることで合意を形成していくという議論の役割が軽視されがちな今日だからこそ、現実を睨みながらも現実に飲み込まれずに議論を構えていく必要があり、それが当研究所の重要な機能であると改めて自覚した次第です。

 ■総会のようす

研究所の活動を振り返って

 代表が交替し、専従職員が2名になるなど、この一年で当研究所の体制は大きく変わりました。それに伴って、研究所の活動もこれまで以上に活発になったと思います。

 まず、研究会については、研究会を3つ新設しました。それぞれ、これまでとは異なる層の参加を得て継続しています。とくに「よつ葉の地場野菜」研究会は、関西よつ葉グループが取り組む事業をデータと調査を通じて分析するという、これまでにない作業です。二年越しの懸案でしたが、ようやく具体化することができました。

 一方、前回の総会では「グローバルな政治経済領域について考える研究会」の新設を提案したものの、実現することができませんでした。大きく変化しつつある世界をどう捉えるか、そんなことを考える研究会の必要性を感じています。

 次に、様々な活動の現場への訪問、各種のシンポジウムへの参加についても、中国オルタナティブ農業の訪問や福島再訪など、国内外にかかわらず、これまでになく積極的に取り組み、要所要所で機関誌に紹介することができました。

 ただ、これまで3年ほど継続してきた「地域と国家を考える」シリーズは、中国を対象に構想したものの具体化に至りませんでした。また、広く呼びかけて行う講演学習会は今期、ジンバブエをテーマにしたものを除いて実施できませんでした。この点は反省材料にしたいと思いいます。

 さらに、機関誌について、今年は専従体制が充実したこともあり、毎月定期発行することができました。質の面でも、国内外、関西よつ葉グループ内外を含め、これまでになく多様な内容を提供できたと思います。

 さて、専従職員が増えたことで、当然ながら研究所の運営経費も膨らみました。これについては昨年、3年で収支均衡に至る見通しを掲げ、今期については目標どおりの増収を果たすことができました。会費の増額やカンパなどでお世話になった皆さんに、この場を借りてお礼申し上げます。


来期の活動方針について

 総会では、9点にわたって来期の活動方針を提案しました。以下、かいつまんで紹介します。
 まず、「研究機能の強化・充実に向けた取り組み」ですが、研究所として特定のテーマについて継続的な報告や考察を追求したいと思います。具体的には、「協同」「連帯」「アソシエーション」の原理に関わる理論や実践を対象に、機関誌に公表していきたいと思います。

 次に、「研究会活動の活性化、充実にむけた取り組み」としては、前回の総会で方針化しながら果たせなかった「グローバルな政治経済領域について考える研究会」の実現を追求します。

 また、「よつ葉の地場野菜」研究会もおおよそのメドがついてきたので、2018年中に基本的な作業が完了できるように尽力したいと思います。

 おなじく、農研究会、食卓と未来・食べもの研究会、○○を読む会、自分の頭で考えるためのテツガク茶話会といった既存の研究会についても、さらに活性化を進めたいと思います。

 さらに、「地域と国家を考える」シリーズについては、前回の総会で提案しながら果たせなかった内容として、中華帝国の歴史と地域支配に焦点を当てた「『帝国』概念の再考―中国の国家と地域」(仮称)を実施したいと考えます。

 「訪問・参加への取り組み」については、これまでどおり、研究所の関心領域にかかわる国内外の諸団体や実践、関連する催しや研究会の情報を収集し、積極的に訪問・参加を行うつもりです。

 これに関連して、一昨年の「大阪・大正区 リトル沖縄」、昨年の「大阪・生野区 コリアタウン」に続いて、2018年も大阪周辺でフィールドワークを計画したいと思います。同時に、日本の現状を逆照射する地域として、とくに福島をはじめとする東北、沖縄の2つの地域を対象に取り組んできた訪問企画として、今期はとくに沖縄を念頭に実施したいと考えています。

 もちろん、機関誌類については定期発行を継続し、さらに内容の充実を図りたいと思います。研究所の長期的な継続と発展を目指し、財政基盤の確保に向けても努力していく所存です。


いくつかのご意見について

 総会では、参加者からいくつかご意見をいただきました。思い出す範囲でご紹介します。

 一つは、おおまかに次のような内容です。

 「農研究会」に参加している。総会議案書の「はじめに」も含め、研究所の機関誌類には非常にまとまった文章が掲載されており、それを見て、なんだか納得したような気になってしまう。

 それはそれで有用なのだが、それを受けて自分の頭で考えていかないと、お題目を繰り返すようなものになってしまったり、“小難しいことは研究所にやらせておけばいい”という一種の分業のようになってしまいかねない。

 水俣で始まった「地元学」という取り組みがあり、各地で広がっているらしい。単に出来合いの理論や処方箋を持ってくるのではなく、足元の地域を掘り下げることから地域のあり方を捉え返していこうとする試みだ。

 僕らも、たとえ拙くても、自分が働いたり暮らしたりしている日常から変化している世界まで、自分の頭で考え、考えたことをぶつけ合いながら、何かを見出していきたい。そういうつもりで研究会に取り組んでいる。

 関連して、次のようなご意見もいただきました。

 「関西よつ葉グループ内部の研究所」になってしまっているように感じる。今後の研究所の展望として、グループ内の会員だけで活動が持続可能なのかどうか、難しいのではないか。

 もちろん、研究所がよつ葉グループの中から生まれてきたことは確かで、歴史的に自分たちがやってきたことを総括したり、外との交流の中でそれを確認し、それを通じて次の展望を考えていくというのはその通りだが、今後はもっと外に開き、異なる人たちとの共同作業の中で、さらに幅広いつながりをつくり、会員につなげていく必要があると思う。そうでないと、なかなか難しいのではないか。
 もちろん、これはよつ葉グループ全体の課題でもあるのだが。

 いずれも研究所のあり方に深く関わるご意見です。

 本誌第145号に前代表が記しているように、当研究所は歴史的に広い意味で関西よつ葉グループが戦後数十年にわたって積み重ねてきた地域活動、経済活動を基盤として、そうした諸活動の意味を広い視野から捉え、対外的に発信し、内部的に継承していくことを中心軸として設立されました。

 素人に毛が生えた程度の力量ながら、これまで15年にわたって活動を継続でき、また狭い範囲とはいえ外部から関心を持っていただけたのは、こうした基盤の故であることは間違いありません。これは、アカデミックな研究所にはない強みでもあると思います。

 ただし、この点は絶えず自己検証していかないと、一つには活動基盤との間での分業を招き、もう一つには内部に閉じこもって自己満足してしまう危険性を含んでいます。ある意味で二律背反するような課題に迫られているとも言えるでしょう。

 もちろん、一朝一夕に解決できような妙案があるわけではありません。一歩一歩、機会を捉えて試行錯誤を重ねて行く以外にないと思います。

 私見では、歴史的な総括の作業については、「よつ葉らしさの根源を探る」「よつ葉の学校」といった企画を通じて、また地場野菜研究会の作業を通じて、あるていど検証可能な材料を蓄積できつつあると考えます。

 今後は、それをさらに広い地平で検証し、さらに普遍的な視点を確保しつつ、内部的に継承していくという作業が求められてくるのでしょう。

 そうした点からも、会員および関係者の皆様には、改めて今後とも協力、ご意見、ご批判をお願いし、総会の報告に代えたいと思います。
                                                   (山口 協:研究所代表)



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