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中国有機農業・生態農業の礎石を据える弘毅生態農場

中国オルタナティブ農業ネットワーク訪問(下)

昨年11月、中国・北京市と山東省の計4ヶ所を訪問し、中国におけるオルタナティブ農業ネットワークの一端を見学する機会を得た。最終回の今回は、山東省にある生態農場の取り組みについて報告する。

(5)弘毅生態農場

山東省の事情について

華北平原に属する山東省は全体的に平地が多く、また気候も比較的温暖なため農業が盛んである。実際、農畜水産品のすべてにわたって中国有数の生産量を誇るだけでなく、農産物の輸出も盛んだ。

「山東省は中国一の農産物輸出省であり、18年続けて中国一を占めている。2016年には、輸出額が158億アメリカドルで、全国の約22%となった。主な輸出品は水産物、野菜、果物、肉食品、落花生、食料品や食用油などで、その中、水産物と野菜と果物の三種が農産物輸出総額の半分以上も占めている。りんご、にんにく、生姜、落花生などの輸出額が全国一位を誇っている。輸出先は日本、EU、韓国、アメリカ、ASEANなどをはじめ、世界200あまりの国と地区がある。」(註1)

葉物から果菜、根菜も含めた生鮮品、さらには冷凍品や加工品まで、ほとんどの種類を網羅している。おそらく日本で売られている中国産野菜も、かなりの部分が山東省で栽培されたものと思われる。また、前回も触れたように、輸出を対象とした有機野菜の生産にも先駆的に取り組んでいる。もちろん、日本向けには「有機JAS」認証も取得済みだ。

とはいえ、輸出向け農産物の集積や加工という大がかりな業務は家族経営の農業では手に余るため、いきおい担い手は企業とならざるを得ない。こうした企業は、当該分野をリードするという意味で「龍頭企業」と呼ばれている。いわゆるアグリビジネスだ。企業が圃場を集約し、元の農民を労働者として雇用し、先進的な機械や設備を用いて栽培や飼育から加工まで行い、一貫経営を通じて高付加価値を実現するわけだ。(註2)

農業における龍頭企業の役割については、中国政府も重視しているところである。

「さらに2000年1月に中国共産党中央と国務院から公布された「2000年の農業・農村工作に関する意見」では、農業産業化実現のための中心的存在として龍頭企業を捉え、有力な龍頭企業に対して基地建設、資材調達、設備導入、農産品輸出の面で中央政府が支援することが明確に打ち出された。」(註3)

山東省における農業分野の龍頭企業のほとんどは民間企業だが、中国単独資本の企業もあれば、台湾や日本の出資による合弁企業もある。日系企業で言えば、アサヒビール㈱が展開する山東朝日緑源農業高新技術有限公司がよく取り上げられる。(註4)

考えてみれば、大規模化を通じた農業の構造調整、生産・加工・流通の一体化による高付加価値化、農業産業化を通じた積極的な農産物輸出戦略などは、日本の農政が目標とする内容である。そうした政策が中国の農業、農村、農民にどのような影響を与えているのか興味深いところではあるが、これ以上検討する余裕はない。これを一つの背景要因として、本題に入りたいと思う。

生態農場設立の背景

訪問先は山東省の南部に位置する臨沂市平邑県卞橋鎮蒋家荘村。北京からは高速鉄道で南へ2時間強、孔子の生地で知られる曲阜で下車し、そこから西へ車で2時間弱の道のりを経て、ようやく弘毅生態農場(註5)にたどりつく。

ここまで来ると、あたり一面は見渡す限り農地か林、ときおり人家や工場があるくらいで、いかにものどかな雰囲気だ。行き逢う人々も真っ黒に日焼けした農民そのものの姿形をしている。

弘毅生態農場は2006年7月18日、中国科学院(註6)植物研究所の蒋高明教授が故郷の村に設立した研究農場である。名称の「弘毅」とは、孔子の弟子・曾子の言葉「士不可以不弘毅,任重而道远」(註7)から採られたという。

蒋教授によれば、設立の背景には以下のような中国農業の現状を克服するという問題意識があったという。

①トウモロコシの茎など栽培された農作物の残渣は、伝統的な農業技術体系からすれば家畜のよい飼料になる。しかし、現代農業の技術体系ではゴミとしか見なされず、圃場で焼却されてきた。その結果、焼却によって環境汚染と同時に飼料資源の損失をもたらしている。

②また、こうした自然の循環法則に背いた現代農業は生態バランスの混乱を招き、化学物質の大量投入が避けられなくなってしまった。その結果、農地の劣化や生物多様性の低下をもたらした。

③同じく、自然の循環法則に背いた現代農業は、作物を生産する中で農薬から離れられなくなってしまった。その結果、食物連鎖に対して深刻な汚染が生じている。

④農地の劣化も深刻である。土壌に含まれる有機物の割合は30年前の約2%から0.7%以下まで下がり、化学肥料と農業用マルチフィルムの大量使用によって、土壌の硬化や酸化が現れ、本来の生産力が失われている。

⑤もともと農業は生産の過程で炭素を地中に固定する温室効果ガスの吸収源だったが、化学肥料、農薬、マルチフィルムの生産と使用によって炭素の排出源になった。農産物の運送も含めば、人類の排出する温室効果ガスの三分の一は農業に由来する。

⑥こうした農業の状況を一因として、農村の空洞化が進んでいる。農業では暮らしていけないため、農民は都市へ出稼ぎに行かざるを得ず、農村と都市、農民と都市住民の格差が広がった。このままでは多くの農村の存続が危ぶまれる。

いずれも、さすがに科学者らしい視点である。もちろん、現状を克服するための方法もそうだ。

有畜複合の農業モデル

弘毅生態農場の活動は、研究と生産に大別される。後者の軸となるのが肉牛の飼育であり、繁殖から肥育まで一貫して行っている。肉牛はヨーロッパ原産のシャロレー種を中心に300頭。その飼料として用いられるのが、トウモロコシ、落花生、小麦などの作物残渣だ。中でもトウモロコシの茎は最大の比重を占める。

牛舎の側には、「青儲池」と呼ばれるおよそ500平米余りの屋根付きで半開放の貯蔵庫がある。農地から回収した作物残渣は、機械で細かく粉砕された後、ここに集められ、乳酸発酵の過程を経る。実際、青儲池に近付くと、発酵による酸っぱい香りが漂ってくる。発酵した後の作物残渣は穀物飼料と合わせて牛に与えられる。

「1.14キロのトウモロコシ粉に対し各1キロの綿実殻、ふすま、7キロのワラを混ぜた飼料で体重換算で1キロ分の牛を養うことが可能である(飼料中の穀物比率は11.2%)。」(註8)

こうして、廃棄物だった作物残渣は有効活用される。

「作物残渣による養牛は基本的に現地の作物残渣焼却現象を根絶する。2005年、蒋家荘村には飼料となる作物残渣は1.1%しかなく、38.5%は調理や暖房に用いられ、24.5%は放棄され、29.7%は直接田畑で焼却されていたが、2009年には、農場の肉牛飼育を通じて、この村が飼料に用いる作物残渣の割合は62.5%まで増加し、放棄されたり田畑で焼却される作物残渣の割合はそれぞれ9.2%と9.8%に減った。」(参照文献②)

一方、飼料を消化した牛は糞便を出す。糞便はもちろん堆肥に加工され、農地に返される。これによって化学肥料の大量投入を避けることができ、同時に土壌の肥沃化を促進して農地の生産性を上昇させることが可能となった。

当初、農場が村から借りた土地は条件が悪く、生産性の低い農地だったという(だからこそ借りられたのだが)。牛糞堆肥の投入によって数年の内に土壌が改善され、作物の増収も実現した。

「農場の検測データの表示では、2007年、20センチの土壌層の有機物の含有量は0.71%、窒素の含有量は0.058%。2014年、相応するデータは2.41%と0.247%に増えた。農作物の生長に必要な土壌の元素と有機物が高く上がる以外、土壌微生物は動物群集とも回復を始め、長年会わなかったミミズが耕地に帰り始めた。」(参照文献④)

こうした実績は、それまで“一般の農業よりも生産量が低い”とのイメージを持っていた村の人々に対して、有機農業や生態農業への見方を変えさせる役割を果たした。

「2015年、弘毅生態農場のトウモロコシ・小麦の周年の生産高は2324斤/ムー、春の落花生は807斤/ムー、夏の大豆は433斤/ムー、リンゴは9126斤/ムー、いずれも周囲の村民の生産高より高い。」(参照文献②)

弘毅生態農場の農業に対する考え方を端的に示しているのが「六不用」という言葉である。すなわち、化学肥料、農薬、除草剤、マルチフィルム、人工合成ホルモン、遺伝子組み替え――の六つの資材を使用しないという意味だ。日本の感覚では、マルチフィルムまで使わないのは厳しすぎる気もするが、蒋教授によれば、中国ではマルチフィルムの処理がいい加減なため、土壌への残留や役畜による誤食、野焼きによる環境汚染が見過ごせない状況にあるという。

それに代わる作業体系の確立は、農場の研究活動とも重なっている。病気の予防や害虫の抑制という点では、堆肥を用いた土壌の改良、ミミズの養殖、殺虫灯や天敵昆虫の活用などによって、一定の効果が確認された。また、雑草対策では、作物の成長に影響するもの、しないものの分別から始まり、トウモロコシ圃場では家禽を用いた除草の実験にも取り組んだ。

弘毅生態農場の構成

ここで、改めて弘毅生態農場の全体像を紹介しておこう。農場の敷地は事務部門と生産部門に分かれ、双方は車で5分ほどの距離がある。生産部門には試験圃場、家畜や家禽の飼育スペースがあり、さらに2階建ての科学研究棟や倉庫、飼料貯蔵庫などがある。面積は20ムーほどだ。敷地の外には2ムーの湿地、60ムーの実験圃場などがある。

生産部門の人員は6人で、責任者は蒋教授の実兄。牛の飼育などの実務担当は村人を雇っている。事務部門の人員は7人で、販売担当、生産管理担当、安全管理・検査担当、庶務・総務などに分かれている。蒋教授の教え子1人を除き、あとはすべて村人である。

農場では生態農業に関する研究活動も行っているが、研究部門は中国科学院でプロジェクトチームを組織し、必要に応じて農場に駐在する。メンバーは蒋教授の教え子が中心だ。研究に関する費用は科学院の研究費として計上される。

先に触れた肉牛の飼育以外に、農場では豚7匹、家鴨300~400羽、鶏300羽を飼育している。家鴨や鶏は平飼いで、豚は来年50匹に増やす予定だという。生産部門の試験圃場では小麦が栽培されており、もともとは堆肥による土壌の改良を実証するためのものだったが、現在は販売用となっている。敷地外の実験圃場でも小麦、トウモロコシ、大豆といった「糧食」(註9)が栽培されているが、肥効や土壌、害虫や雑草の状況、成長具合などに関する研究調査が中心である。

いわゆる野菜類については、限られた一区画で自給用に栽培されているのみ。後で触れるが、農場では村の農家9軒から農畜産物を買い入れている。野菜類はその中に含まれるので、ある種の「棲み分け」と言えるだろう。

一方、販売については、会員への運送会社を通じた配送が中心であり、自らのホームページや電子市場を通じたネット販売が一部といったところだろう。別表(出典:http://www.hystnc.com/col.jsp?id=152)にあるように、経済成長の著しい沿海部の東部地区を中心に、会員は着実に伸びているようだ。

ただ惜しいことに、主要産品である牛肉は一部の直販を除き、大部分は一般業者に市場価格で卸しているという。原因は加工や貯蔵に関わる設備が未整備なためだ。蒋教授によれば、現在、屠畜および脱骨などの加工は外部の業者に依頼しているものの、屠畜の費用は牛皮だけで済むらしい。また、中国では都市部は別として、田舎ならば自分で屠畜が可能とのことである。訪問時、農場ではちょうど、倉庫を改造して食肉加工の設備作りが行われていた。遠からず、独自販売も可能となるだろう。

村の農家との関係はどうか

ところで、弘毅生態農場を訪問した理由は、もちろん有機農業・生態農業の実際を見聞することもあるが、都市近郊でもない純粋な農村地域のなかで、周囲の農家とどのような関係をつくっているのか、興味を持ったためでもある。

蒋高明教授によれば、農場と農家の関係は二種類に大別される。一つは、単に農場に農地を貸しているだけの関係で、これが60軒。もう一つは、農場と連携して生産し、弘毅農場を通じて主な収入を得ている農家で、こちらは以下の9軒だ。

①蒋慶礼(詳細は後述)、②蒋勝林(リンゴ5ムー、野菜3ムー、家鴨200羽)、③蒋建金(野菜5ムー)、④周金林(ニンニク2ムー)、⑤蒋懐金(小麦1.5ムー)、⑥蒋素栄(家鴨300羽)、⑦劉朝存(小麦5ムー)、⑧劉朝田(落花生2ムー)、⑨蒋建濤(小麦5ムー)

もっとも、農場を創設した当初から、こうした関係ができたわけではない。化学肥料も農薬も使わずに栽培を行うと聞いた村民は、冗談だと信じて疑わなかったらしい。蒋教授自身も、数年は理解されるのが難しいと覚悟していたという。というのも、村民は長年にわたって化学肥料や農薬を使った農業が習慣化しており、それ以外の技術体系そのものを知らないからである。

加えて、当初に借地した条件の悪い農地は、化学肥料、農薬の使用を停止し、有機肥料を使ったとしても、土壌が回復するまでには時間がかかる。いずれにせよ、その間は村民に対して具体的な証拠を示すことができない。

幸いにも、その後、蒋教授の想定どおり農場における有機農業・生態農業の実践は成果を上げ、生産量の面で在来の農業技術体系に勝るとも劣らない水準を達成することができた。とはいえ、10年で9軒。必ずしも順調に拡大しているとは言えない。

村の農家が有機農業・生態農業の受け入れを躊躇するのは、一つには労力の問題がある。たしかに、季節や天候、作物の性質などを理解すれば、さほど特別な技術は必要ない。しかし、労力は確実に増える。とりわけ、除草剤やマルチフィルムを使わない場合、雑草対策は大きな課題となる。

「蒋建民の計算では、普通の方法で1ムー栽培し、10元の除草剤を使いさえすれば、この時期にはさらに除草管理の問題は必要ない。もし人手で除草すれば、1ムーに大体1日かかる。一つの季節の農作物は3~4回除草をする。彼と連れ合いは4ムーあまりの土地を世話しており、また息子や娘の子供の世話も手伝っているので、実際それほど時間は多くない。」(参照文献⑥)

また、有機農業・生態農業への転換を決断したとしても、転換期に関わる問題が生じてくる。蒋教授の話でも、土壌の回復までには3年ほどを要するという。その間の生産量減少はどうなるか。有機産品ならば売価の高さで減少分を補填できるとしても、転換期の産品ならばそうはいかない。

実際に農家に話をうかがった。

村の農家に話を聞く

蒋慶礼さんは47歳。母1人、妻1人、子ども2人の5人家族である。代々地元の農民で、村では篤農家として知られる大規模な穀物生産農家である。たしかに、風貌からも“土に生きてきた”という雰囲気が強く感じられる。

現在、蒋家庄村の多くの農民、とりわけ壮年層は町に出稼ぎに行っているが、そんな中で村に留まった数少ない一人である。もともとは小麦とトウモロコシの輪作を基本に、化学肥料、農薬、除草剤を大量に使い、普通の作物を生産していた。市場での販売価格は平均1元/斤(500g)ほどで収益が低く、だからこそ農民たちは町に出稼ぎに行ったわけだ。

慶礼さんが有機農業・生態農業をはじめたのは4年前。農場側からの働きかけがきっかけだ。もっとも、当初は「六不用」という農場の方針に懐疑的で、容易に決心を下せなかったという。大量の有機肥料を使い、しかも人手による除草が必要で、いろいろと工夫をした末に収穫がうまくいかない場合を心配したのだ。

この心配を取り除くため、農場は不作の場合でも予め一定の収入を保証し、さらに規定量以上の収穫があれば、余剰分は本人の取り分になるという破格の条件を設定した。幸にも、慶礼さん1年目に豊作となり、それ以降も取り組みを続け、いまでは農場の中心的な協力農家となった。

最初は試験的に3~5ムーから転換し、現在は自分の農地40ムー、農場からの借地64ムー計100ムー余りの大部分で有機農業・生態農業を行っている。ただし、一部は現在も在来農法らしい。

栽培している作物としては、小麦70ムー、落花生20ムー、アワ12ムー、大豆40ムー、小豆3ムー、ささげ100斤、ゴマ数十斤、サツマイモ7ムーといった糧食が中心だ。蕎麦も播種したが、結局失敗してしまったという。

有機農業・生態農業を続けている理由は、販売価格つまり農場の買い取り価格が高いからだという。現在の農場との関係は通常の取引関係だが、買い取り価格は自らの農地で生産した場合、小麦3元/斤、落花生6元/斤、アワ9元/斤、農場から農地を借りて生産した場合、小麦2元/斤、落花生4元/斤、アワ7元/斤となり、おおむね市場での販売価格の2~3倍になるらしい。

日本の場合、慣行農法を続けてきた農家が有機農業に転換するにあたり、本人および周囲の人々に農薬による健康被害が生じた経験がきっかけとなることが少なくない。この点について尋ねたところ、「たしかに以前はキツい薬があって気分が悪くなったりしたが、最近はそうした薬は禁止された」との答えだった。農薬それ自体は少なくとも直接的な要因ではないようだ。

逆に、有機農業・生態農業の問題点を訊いてみると、二つの答えが返ってきた。一つは、やはり労力がかかること。たしかに農薬や除草剤のコストは省けるが、雑草対策は困難なのが実際だという。営農面積が広いだけに、人手を雇うにもバイト代がかさむ。

もう一つは、生産が不安定であること。たとえば落花生の場合、昨年の収量は600斤/ムーだったのに、今年は400斤/ムーへと下がってしまった。とくに天候不順だったわけでもなく、理由が分からないという。そのため、来年から40ムー分は有機をやめるつもりだと語った。

これに関連して、慶礼さんは今年、試しに在来農法で桃を栽培したところ、面積1.6ムーで販売収入は2万元になったという。生産コストはおよそ5000元。それを引くと、収益は1万元/1ムーほどになる。有機農業・生態農業よりも割がいい。だから「来年は20ムーに増やす予定だ」とのことである。

さらに、在来の農業をしている知り合いの農家に有機農業・生態農業を勧めるかどうか尋ねたところ、「勧めない」と即答だった。理由は慶礼さんの体験そのもの。「労力がかかる一方で生産が不安定だから、もしうまくいかなかった場合に責任が取れないよ」。

ファーウェイの食品版を目指す

最大の協力農家でさえ、こうした判断をしているということになると、状況は厳しいように思われる。実際、この10年の経験を踏まえれば、有機農業・生態農業は一般の農民にはなかなか伝わらず、技術面でもハードルが高いことは認めざるを得ないという。そのため当面、村の中にこれ以上広げていく予定はないとのことだ。

とはいえ、蒋高明教授からすれば、この10年の経験は間違いなく大きな意味があった。というのも、科学研究の面から見れば、作物残渣の飼料化を通じた有畜複合経営のモデルづくり、虫害や雑草の抑制にかんする科学的な手法の確立といった成果を挙げることができ、限定された状況とはいえ、それを一般の農家を通じて実証することもできたからである。

農場の主要な収益は肉牛から来ており、加工・貯蔵施設が設置されれば、採算はさらに改善されるだろう。その上で、蒋教授は今後の展望として、短期的には椎茸、醤油、米酢、リンゴ酒/酢、サツマイモでん粉といった加工品を充実させ、販路を拡大することを挙げた。

また長期的には、生産基地の全国的な拡大、ブランドと販売の統一、生産技術・検査の標準化を通じて、「(中国の代表的な通信機器メーカー)ファーウェイの食品版を目指す」とのことである。

もっとも、そのための主要な課題が市場の問題だ。蒋教授によれば、現在の中国では、未だ一般の消費者レベルで有機農業・生態農業に対する理解が進んでいない。そのため、有機食品の生産コストは高くなりがちであり、そのコストを払える消費者は限定され、市場は拡大しない。

一方、現実の市場を見れば、残念ながら偽装有機食品が大量に流通している。これは価格が安いために逆に市場が成立してしまっている状態であり、いわば「悪貨が良貨を駆逐する」事態の蔓延だという。

もしも、消費者の需要量が大きくなり、市場が形成されれば、有機食品の生産コストも下がることができ、販売価格も下げることができるだろう。農家としても、有機食品を栽培すれば在来の農業に勝るとも劣らない実入りがあると分かれば、有機農業・生態農業への転換は進んでいくとの見通しである。

その意味で、弘毅生態農場が目指している方向性としては、社区支持農業(CSA)よりも「生態農業龍頭企業」と言えるのかもしれない。有機農業・生態農業の全体的な底上げという面で重要な役割だと言える。また、蒋教授および門下生の研究は、理論的根拠や技術体系の確立という点で、中国における有機農業・生態農業の根底的な礎石を据える作業でもあるだろう。      

(山口協:研究所代表)

(1)「世界とともに発展していく山東省農産物の対外貿易」http://www.shandongfoods.com/

(2)高楊「『龍頭企業特性』から見た山東省市行政レベルの地域類型化」『中国経営管理研究』第10号、2012年5月http://jacem.org/old/manage/journal/journal010/010gao.pdf

(3)寳劔久俊、佐藤宏「中国における農業産業化の展開と農民専業合作組織の経済的機能:世帯・行政村データによる実証分析」Global COE Hi-Stat Discussion Paper Series ; No. 86、一橋大学、2009年https://hermes-ir.lib.hit-u.ac.jp/rs/bitstream/10086/17653/1/gd09-086.pdf

(4)佐藤敦信・大島一二「中国における日系農業企業の事業展開とその課題」『ICCS現代中国学ジャーナル』第5巻、第1号、2012年11月http://iccs.aichi-u.ac.jp/archives/report/041/50c9610498581.pdf

(5)公式ホームページ:http://www.hystnc.com/

(6)自然科学系の国営シンクタンク。

(7)「士たる者は度量が広く、意志が強固でなければならない。その任務は重大で、その道のりは遠いからだ」との意味。

(8)蒋高明・博文静「中国の食糧生産における環境保全型農業の役割」『アジ研ワールド・トレンド』No.193(2011年10月号)http://d-arch.ide.go.jp/idedp/ZWT/ZWT201110_004.pdf

(9)米、小麦、トウモロコシ、雑穀からなる「穀物」に、大豆を主とする豆類、サツマイモとジャガイモに限定されるイモ類を加えた中国独自の概念。伝統的に主食として利用されており、農政上も最重要視される。

参照文献

①蒋高明「弘毅生态农业模式结硕果:合作农户致富后喜购家庭轿车」『乌有之乡』2016年1月29日http://www.wyzxwk.com/Article/sannong/2016/01/358497.html

②蒋高明「弘毅:探索农业新出路」『中华环境』2016年4月号

http://www.zhhjw.org/a/qkzz/zzml/201604/yx/2016/0425/5951.html

③蒋高明「北京农村�­济:发展高效生态农业培育新的�­济增长点」『中国有机生活网』2016年6月11日(初出『北京农村�­济』总第350期)http://www.99yoo.com/2016/0611/18240.html

④梁月静「带着博士生种地:中科院博导蒋高明与农村污染的十年�­锯战」『环球视野』2015年10月11日(初出『澎湃新闻网』)http://www.globalview.cn/html/societies/info_6479.html

⑤胡璇子「一位科学家的生态农业试验」『中国科学报』2015年4月1日http://news.sciencenet.cn/htmlnews/2015/4/316116.shtm

⑥张泰来「中科院教授回乡办“古怪”农场 年盈利30万」『中国农业信息网』2013年8月6日(初出『齐鲁晚报』)http://www.agri.cn/DFV20/SD/xxny/xcly/201308/t20130806_3550022.htm


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