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アソシ研リレーエッセイ

境界線上に立ち続ける

在特会との出会い

 2009年、「許すな北朝鮮 関西デモ」なるものを取材したことがきっかけで、在特会元副会長・川東大了氏にインタビューしたことがある。在特会副会長という肩書きからしても在特会を代表する幹部と言っていい。人民新聞という左翼紙のインタビューを受けるのだから、私の意地悪な質問にも、在特会の主張をきっちり展開してくれるものと期待した。

 ところがこのインタビューは、記事にならなかった。腰が抜けるほどの無知と論理の稚拙さに、原稿化を諦めざるを得なかったのである。日朝近現代史はおろか、彼らの主張の中心である在日朝鮮人の法的地位についても、最低限度の知識すら持ち合わせていないのである。何か個人的な(在日朝鮮人からの)嫌な体験でもあるのかとも思ったが、彼は、顔と名前のある在日朝鮮人・韓国人を一人も知らなかった。

 「知らない」ことが悪いとは思わない。しかし、「知らない」と「知ろうとしない」は違う。少なくとも組織を代表して社会的に発言するのなら、批判に耐えうる主張に練り上げるための思考と学習の努力は、求められる。

 「漠然とした不安」が日本を覆っている。中産階級は没落の不安を抱え、非正規労働の蔓延で貧困化した若者は、今を生き抜くのに精一杯。立ち止まって冷静に考える余裕を失っているように見える。

 在特会のスローガンは特殊だが、在特会に集まる人々は、どこにでもいる「普通の人々」だ。在特会と地続きの「普通の人々の不安」が、どのように「知ろうとしない」という態度に結びつくのか? また、不安感がなぜ外国人への嫌悪に結びつくのか?

世界を単純化する誘惑

 この問いのヒントが、人民新聞に掲載されたシングルマザーMさんの手記にあった。3才の娘が難病=『むずむず足症候群』に罹り、漢方・民間療法も含めあらゆる治療を試したが、途方もない時間と金が費やされた。「発作がでては、二人してわんわん泣く日もある」と、娘の病気をきっかけに日常がガラガラと音を立てて崩れていく不安を綴ったうえで、次のように書いている。-「娘に対し独りきりで向き合っているとき、この世界のすべてから取り残されているような気分になることがよくある。そんななか、そもそも憂鬱になるニュースは見たくないし、疲れが少しでも緩和するような楽しいメディアに触れていたい。今の私にとっては、政治から離れるという消極的な選択が、当面の生活をやりくりするという意味で、『自分を守る』合理的行動である」。

 余裕のない日常生活を維持するために「憂鬱になるようなニュースは見ない」、「政治から離れる」=深く考え続けることを止めるのは合理的行動だ、との鋭い分析だ。

苦しくても考え続ける

 外国人嫌悪を声高に叫ぶ排外主義とナショナリズムが世界を覆い始めている。街頭に登場してきただけではなく、欧米では政権の中枢を担うまでになっている。不安と混沌の世界では、わかりやすく「敵」を指し示し、妥協せずに闘い続けるという頑強さが、人気を呼ぶ。安倍首相が「敵」として指し示すのが、「無法な外国」であり、橋下氏が「敵」と指し示すのが、「既得権益にあぐらをかく公務員」、そして在特会が指し示すのが「特権を持つ外国人」=在日朝鮮・韓国人である。

 特定の集団をカテゴライズして悪魔化し、複雑な世界を単純な図式にして説明してくれれば、わかったような気になることができる。こうした政治的指導者が世界を席巻しているのである。

 では、私たちはどう対峙するのか? ひとつの方法は、私たちもまた世界を理解するための「もうひとつの」枠組を提示し、わかりやすい争点を提示して複雑な世界をわかりやすく描いてみせることだ。

 しかしそれは、あくまで政治闘争におけるテクニックでしかない。本質的には、単純な図式に逃げ込むことなく、えんえん答えの出ない問いと向き合い続けることこそが、私たちの態度であるべきだ。

 どちらがいいとか悪いとか、正しいとか間違っているとか、正常とか異常とか、一度はじめてしまったらキリがない分断線をひきたがるその手を心を、ぐっと堪えて見つめ続けること。…必要なのは自分を絶対だと過信せず、ゆらぎ続けることだと思う。

 近代に作られた価値観や制度や権威が崩れていく「不安」の時代にあって、①「わかりやすい」線引きの世界で、こぼれ落ちたもののなかにこそ核心が潜んでいることを忘れず「知ろうとする」こと、そして、②「揺らぎ続ける自分」を認めてくれるなかまや居場所の重要性、を感じている。それは多分、色んなことの境界線上に立ち続けるということだ。

(人民新聞社 山田洋一)

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