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市民環境研究所から

アラルもフクシマも、美しく死ねるわけがない!

 インチョン経由でカザフスタンから帰国したのは5月25日である。外気に接した瞬間に、予想以上の暑さよりも、押し寄せる湿気に困惑した。暑いながらも湿度40%のカザフから帰って来たので、余計に息をするのがしんどい。でもこれが日本である。

 ゴールデンウィーク明けに、発作的にアラル海の旧漁村に行く気になり、周囲が驚き呆れる中での出発だった。25年間も通い続けている旧アラル海沿岸の村へ行くのだから、滋賀県の生家に行くようなものである。今回は、この村で定宿にしている家の奥さんが40才半ばで先月他界されたお参りをしたい、と思ったのも出かける理由であった。水が豊かにあったアラル海にはいくつもの島があり、島で漁業を営んでいたこの一家も、アラル海の急激な縮小で漁業は成り立たなくなり、沿岸のこの旧漁村に逃げて来たのである。それから40年が過ぎ去った。

 世界で第4番の湖面積を有していたアラル海がなぜ急激に縮小したかは、本欄でも何度か書かせてもらったが、一言で言えば、アラル海に流れ込む2本の大河の流域で広大な綿花畑が開拓され、そこにほとんどの河川水が使われ、最下流のアラル海に到達する水がなくなった、という単純な理由である。開拓された綿花畑の面積は日本の水田面積の3倍である。当時は、ソ連邦に組み込まれていたカザフは、モスクワのクレムリンの言うなりにならざるを得なかった。

 今やアラル海はかっての湖面積の1割だけになり、沿岸地域の漁村は羊やラクダを放牧しながら、かろうじて生きている。この20世紀最大の環境破壊の実態を知りたいと思って、25年間もこの国に来ている。

 なぜこのような悲劇が起こったのかを端的に説明できる演説がある。モスクワのクレムリンで開催されるソ連邦最高会議での、ある議員の発言である。それは次のように要約されている。

 アラル海が干上がっても、

①気候に対するわずかな影響があるだろう
②漁獲が減るであろう
③高価な毛皮のとれるマスクラットが消滅するであろう
④河川のデルタ地帯における草の成長が消滅するであろう
⑤アラル海はもはや水路としては使えなくなるであろう
⑥砂塵や塩の嵐が起こるかもしれない
 これらの損失に比べれば、綿花による収益は膨大である。

 だからアラルは美しく死ぬべきである、と。

 そして、現実は沿岸住民の生業である漁業は潰され、砂と塩を巻き上げた嵐が村を襲い、健康被害を発生させ、世界一高い濃度の塩分が含まれている飲料水しかない生活を人々に押し付けてきた。やっぱりソ連だから酷いことをすると世界は言った。20世紀最大の環境破壊であり、一時は世界が注目したが、日本の九州ほどある旧湖底沙漠となったアラル海のことを今では人々は忘れ去ったようである。決して美しくは死ねないアラルに苦しめられている民も忘れられている。



 2011年3月25日にも筆者は津波に襲われ、福島原発崩壊で村を追われた人々を思いながらこのアラルの村に居た。それから5年が経過したカザフのこの村でフクシマを考えていた。やっぱりソ連だからと酷いことをすると言えるだろうか、と。今の安倍政権と日本社会はフクシマについて、

①環境にはわずかな放射能汚染があるだろう
②農水産業の生産量が少しは減るであろう
③放射能に汚染された農作物がすこしは出るだろう
④奇形の生き物もすこしは生まれるかもしれない
⑤何人かは甲状腺がんになるかもしれない
⑥何人かの自殺者が出るかもしれない
⑦福島県の一部は住めなくなるだろう
 しかし、これらの損失に比べれば原発による収益は膨大であり、その証拠に今日も東京は繁栄している。

 だから福島は美しく死ぬべきである。

 そして、多くの日本人はフクシマの現実を知らないままに、フクシマを忘れてしまったようである。十数万の難民がいることも忘れ去られるという、もっともひどい国と大衆の仕打ちの下にいる。フクシマは美しく死ねるわけがない。安倍政権の下ではフクシマは救われない。
(市民環境研究所代表 石田紀郎)


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