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ネパール・タライ平原の村から(56)

タライ平原の酪農 その1 -ほとんど自家消費-

 「酪農」と書いてしまいましたが、専業の酪農家は、ネパールにほとんどいません。町で働いていたり、お店の店主であったり、野菜やお米を育てたり、ヤギ・鶏を飼ったりする普通の農家が、乳牛を1頭か2頭飼っているのが、ネパールの一般的な酪農です。ここでは、農家の家庭内分業、あるいは複業の1つとして、酪農があるという感じなのです。ネパール全体の生乳生産量のうち、80%以上が自家消費、村内消費。残り約15~20%が都市への流通となります。今回はタライ平原の酪農事情、特に自家消費についてまとめてみました。

在来のコブ牛
 自家消費用に搾乳されるのは、在来牛であるコブ牛と水牛です。昔から飼われていたコブ牛は、非常に痩せていますが、栄養価の低い飼料、地域資源の粗飼料だけで管理できるのが特徴です。ただし、宗教上、牛が神様として扱われるネパールでは、牛肉を食べることは許されません。一方で、ネパールの経済発展と並行して、肉食消費も増大。これに並行して、乳生産だけでなく、食肉としても利用可能な水牛が、インドから多く導入、普及されました。日本人の僕の感覚では、牛も水牛も同じウシなのですが、こちらでは明確に区別されます。

 水牛もコブ牛と同じく、ジャングルや草地、稲ワラ、飼料木、畔草といった自給飼料で管理しますが、コブ牛より濃厚飼料の給与が必要と言われています。一方で年間の乳量は、コブ牛は数百キロ程度であるのに対して、水牛は約千キロと倍増。水牛乳(バッファローミルク)の乳脂率も、牛と比べて非常に高い(8~12%)ことが大きな特徴であります。また、コブ牛と水牛に共通している特徴は、熱暑ストレスや病気に強く、乾季後半から雨季、40度を超すタライ平原の気候条件、環境に適応していることです。

 対して、生乳生産の増産と市場化を目的に欧米から導入されたのが、ホルスタイン種やジャージー種との交雑種。これらの年間乳量は、コブ牛も水牛も比較にならない乳量を誇ります。ただし、これら交雑種の場合、これまで飼われた牛との比較において、飼料の要求量が高く、外部から配合飼料を買う必要があり、現金収入の少ない農家にとっては、負担となります。さらに、熱暑ストレスや病気にも弱いため、村人が新しい乳用牛を導入したが、従来のやり方で管理するので、失敗したという話しはよく聞かれることであります。

 私たちの家の場合。朝夕搾った水牛一頭あたりの乳量は、1日4~6マナという容量単位で把握されています。マナとは、鍛冶師が製作した“マナ”という金属容器一杯分0.568リットルに当たります。1日の搾乳量をリットル換算すると、2.3~3.4リットルです。牛乳は余剰がある時期、1マナ35ルピー(38円)で、近所の人が買いに来ます。組織的な流通の場合、量目はマナではなく、リットルで換算されます。最後に牛乳そのものの味ですが、乳脂分(コク)の違いからか、これまでコブ牛や水牛を飼って来た農家は、外来の搾乳用牛の牛乳、市販の牛乳の味を好みません。

 酪農の生乳量増産、市場化がいくら進められようと、依然8割以上が自家消費・地域内消費される現状を見ていると、遅れを指摘する声もありますが、無理に市場化しなくても良い、酪農は小規模なままでも良いという、自由があると思うのです。

(次号は、都市部へ供給する酪農協同組合について)
 (藤井牧人)

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