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市民環境研究所から

風評被害とはなんのことか


放射能に汚染された福島県産の木材チップ(木くず)が滋賀県高島市の鴨川河口に不法投棄された事件について2013年と14年に1度ずつ本欄で書かせていただいた。
 簡単に説明すると、福島県の製材所から出た汚染木くずの廃棄を請け負った人物が東電から賠償金という手数料4億円を得て、5000トンの木くず を福島県外の各地に持ち出し、適当に捨てて荒稼ぎしようとした。ところが、滋賀県で放射能汚染木くずであることがバレて、河川敷に敷き詰めたもの を回収させられ、再びどこかに持ち去ったというのが事件のあらましである。不法投棄の首謀者は逮捕され、2014年12月に有罪判決が下され、刑 が確定した。
 この事件で地元住民からの支援要請を受けて私は現地調査と放射能測定をし、多くの住民や県外の支援者とともに「滋賀県放射性チップを告発する 会」を結成し、滋賀県に対して木くずを投棄者に撤去させるとともに刑事告発するように要求したが、県がなかなか動かないので、告発する会が不法投 棄者を廃棄物処理法違反で刑事告発した。遅れて県も告発し、前述のように有罪が確定し、不法投棄された木くずはどこかに持ち去られた。
 高島市での投棄量は200トンであり、犯人が扱った全量5000トンの一部であることが裁判の中で明らかにされたので、高島市から持ち去られた 木くずと残余4800トンの木くずの行き先を明らかにするため、裁判記録(保管記録)の開示を2015年5月に大津地検に申し込んだが拒否され た。そこで、大津地裁に準抗告を申し立て、7月6日に大津地裁は閲覧許可の判決を出したが、大津地検が最高裁に特別抗告を申し立てた。2015年 12月14日に最高裁判所第三小法廷の5人の裁判官が特別抗告に関する判決を下し、不法投棄された木材チップが何処に運ばれて、どのように処分さ れたかについては、移送先の県名以外は開示しないと決定した。そして大部分が黒く塗られ、詳細が隠された証拠書類3部(23枚)をやっと閲覧した 結果、福島県本宮市の製材所から出た放射能汚染木くず5000トンは、二つの中間処理業者を介して鹿児島県、滋賀県、山梨県、千葉県、栃木県、茨 城県に持ち込まれていたことだけが分かった。町名は不開示であったから、その割り出しは該当県の人々との今後の作業である。
 最高裁の判決文は次のように記して、開示しない理由付けをした。
 「木くずの取扱業者、移動経路、搬入先の土地所有者等が特定され、これにより風評被害、回復しがたい経済的損害等が発生し、関係人の名誉又は生 活の平穏を著しく害することとなるおそれが認められる」。しかし、どのような風評被害が発生すると想定しているのかは論じず、まして、持ち込まれ た場所に放射能汚染という真の被害が発生することは明らかであるにもかかわらず、そのことにはまったく触れず、風評被害と区別することもしていな い。
 放射能に高濃度に汚染された木材チップを持ち込まれれば、汚染のない土地が明確に汚染され、その土地の人間にとっては耐え難き被害を受け続ける ことを最高裁のかしこい(?)裁判官たちはどのように考えているのであろうか。風評被害と言う前に、真の被害の存在をなぜ議論しないのであろう か。風評被害とは「根も葉もない噂により経済的な被害を受けること、非難を受ける対象とは別のものが攻撃されてしまうことなどを意味する言葉であ る」と辞書は言う。高濃度の放射能汚染物が知らない内に持ち込まれ、その近辺で生活する人々が放射能汚染という被害を確実に受けるのである。それ が風評被害なのだろうか。最高裁が破棄した大津地裁の判決では、「国の木くず利用基準(400Bq/kg)の10倍以上の放射能を含有するものを 野ざらしにしていることの影響は懸念されるものであり、何ら科学的根拠のない単なる風評と言い切ることは出来ないと」断じている。この一点だけで も今回の最高裁の判決の低劣さが伺える。
 この木くずが福島のものであることは知らされないままに、「堆肥製造とかバイオマス発電用」という名目で各地で敷設、野ざらし、山積みの状態で 長期間放置されていたようである。この犯人の件だけでも6県に拡散されたのであり、未摘発の不法に処理された木くずはいくらあるか不明であり、全 国に拡散されているものと思われる。この文を読んでいただいた方々が自分たちの地域に監視の目を向けて、放射能汚染の拡散、拡大を阻止していただ きたい。

(市民環境研究所代表 石田紀郎)


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