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過去号>135号

市民環境研究所から


雑談のすすめ


暖い秋から暖冬へと気温が下がらない年越しとなった。旧年中は反安保法制運動に走りながら、30年以上続けている省農薬ミカン販売作業の時間をかろうじて作り出し、学生と 一緒に1200箱(12トン)のミカンを完売したとは言え、販売活動は厳しいものだった。暖か過ぎる秋と冬のおかげで、ミカン山で出荷を待つ間に ミカンが腐り出し、相当量を捨てる羽目になった。農協から市場に出荷されるミカンは例年以上に防腐剤(殺菌剤)を散布していたが、私たちの省農薬 ミカンはそのような対策はしないので、こんな暖冬は苦手である。箱詰めにされている時間を短くし、購入されたらすぐに箱から出して、いちばん寒い 部屋で拡げてもらうようにお願いしている。こんな異常気象は農業にとっては大敵である。

 地球温暖化なのか、気象の振れの範囲なのかはまだまだ分からないが、暑い季節は暑く、寒い季節は寒くあって欲しいものである。熱風を感じたり、 寒風を遮りながら歩く歩道は気持ちよい。そして人と語り合い、時には議論を闘わせ、風景とともにその時の話題を思い出すのは楽しいものである。今 の若者の振る舞いを見ていると、そんな時間を持っているのかと心配になるほどインターネットとの対話にうつつをぬかしている。地下鉄に乗る時、私 は何割の人がネットに夢中になりスマホを見ているのかを数える。半数以下のことはなく、7割くらいの若者はスマホに夢中になり、その内の半分は ゲームをやっている。友達との楽しい会話はまれである。

 そんな若者と同世代の学生たちと農薬ゼミを続けており、省農薬ミカン園の病害虫発生調査や収穫の手伝いから販売までを引き受けている。農業の実 態、農薬の問題、流通と消費者の問題を考えてきた。そんな活動に参加してくる学生は、さすがにネット入り浸りではないが、雑談が少ない。最近は口 癖のように「雑談をしろ」と言っている。とりとめもない雑談なんかに貴重な時間を費やせるかと思っているかもしれないが、雑談ほど人間関係を深 め、知識集積を豊かにするものはないと思う。ところがなかなか若者との雑談は豊かにならず、途切れがちとなるか、年寄りが一方的に喋るだけにな る。質問してくれればと思うのだがそれもない。論理的な質問なんて堅苦しいことを求めているのではなく、何でもよいから訊ねてくれればと思うのだ が、それも多くはない。何故だろうと不思議である。そして、若者が関心をもっている事柄の範囲が狭く、豊かな雑談を成立させるキーワードの数が少 ないということに最近気がついた。

 彼らはネットを使って、自分の知りたいことを検索する際の少数のキーワードとその検索で出て来る狭い範囲の事柄を知っているだけのような気がす る。この癖が深まるほどに視野は狭くなり、いろんな話題が飛び交う雑談が苦手となり、その雑談能力は低下し、話題の幅も狭くなる。こんな分析が的 を得ているのかどうか分からないが、彼らが育ってきた社会・教育環境では、教えられたことを覚えることがもっとも大事で、関心が飛び移ることは集 中力がないと云われ、駄目な子と思われ勝ちである。検索するキーワードの幅は狭いのは仕方がないとはいえ、このままでは「社会の有り様を考えるた めにはいくつものキーワードを使って考えねばならない」ことを放棄したままになる。

 なぜこんなに狭い人間になってしまったのだろうと考えていて気がついたことがある。それは彼らが新聞を読まないということである。新聞全面を読 まなくとも、全ページをめくって眺めているだけで、その時々で重要なキーワードが目に入るだろう。そうすれば、いつの間にか社会を考えるキーワー ドも増えてくる。ネットは狭い智識を追い求めるには便利であるが、広い視野を養うことはできない。だから、雑談ができないのではと思う。雑談の中 でいろんな問題を連ねる社会の問題点を常に考えるようにならないと、我が国民は時の政府にとって支配しやすい者たちの集まりになるだろうと危惧せ ざるを得ない。市民環境研究所には、ありがたいことに若者が出入りしてくれている。彼らとの雑談で半日がつぶれても構わないというつもりで毎日を 過ごしていれば、それも「アベの政治を許さない」運動になるのではと思っているのだが。         

(市民環境研究所代表 石田紀郎)


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