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ラテンアメリカ連帯経済の研究に学ぶ


─「もう1つの経済」を模索する“連帯経済”─

 一昨年(2014年)の本誌120号において、「ラテンアメリカ連 帯経済の研究に学ぶ」と題して特集を掲載しました。上智大学の幡谷則子氏、立命館大学の小池洋一氏ら、ラテンアメリカ連帯経済研究会のメンバー と、その招聘で来日されたフランス国立工芸学院のジャン=ルイ・ラヴィル氏が、日本における協同組織との交流のために関西よつ葉連絡会を訪問さ れ、またその後、幡谷、小池両氏にラテンアメリカ連帯経済についてお話を伺う機会を持つことができたので、それらについて報告したものです。最 近、連帯経済の現在の研究について学ぶ貴重な機会に恵まれたので、今回は続編として、その報告を行います。



   昨年末、立命館大学の小池洋一氏より、ラテンアメリカ連帯経済研究会の講演会を開催するので参加しませんか、というお誘いをいただいた。その内容は、以下のとおり。

 「このたび共同研究「ラテンアメリカの連帯経済研究会」では科研プロジェクト「コモン・グッドを追求する連帯経済−ラテンアメリカからの提言」の招 聘によって来日する、ブラジルの研究者とメキシコの運動家を講師に、公開講演会を開催することになりました。
 ラテンアメリカでは、経済自由化・グローバル化がもたらす失業、経済格差などの社会的排除に対抗する「もう一つの経済」あるいは「オルタナティブな 経済」として、広く「連帯経済」が実践され、法制度が整備されつつあります。
 講演会では、ラテンアメリカにおける連帯経済の実践とその意義についてご報告いただき、その後フロアを含めて議論したいと存じます。ラテンアメリカ の経験は社会が急速に疲弊する日本にも、多くの示唆を与えるものと考えます。
 講師のガイゲルさんは、ブラジルの連帯経済研究の第一人者であり、またラテンアメリカ連帯経済の学術誌Otra Economia(もう一つの経済)の編集人でもあります。サンティアゴさんは、長くサパティスタ運動の支援活動に関わり、メキシコの連帯経済の理論と実践の指導者でもあ ります」


課題:連帯経済の概念とその構図

−南北アメリカに焦点を当てて

講師:ルイス・イナシオ・ガイゲル

(ヴァーレ・ド・リオ・ドス・シノス大学人文科学センター教授)

ホセ・ホルヘ・サンティアゴ

(メキシコ先住民経済社会開発市民協会理事長)



 「連 帯経済」という言葉自体は日本ではまだまだ広く流通する言葉ではないけれども、今の支配的な資本主義経済に対するもう一つの経済をめざす実践という意 味では、私たちのごく身近にも関わっている。たとえば生活協同組合や農業協同組合、労働組合、あるいはその内外からそれらを刷新するような活動。労働 者協同組合。ワーカーズコレクティブ。生産者組合。NPO(非営利組織)やNGO(非政府組織)。産消提携の運動。有機農業運動。環境保護をテーマに 掲げた経済活動。介護関係や障害者の作業所。市民バンク。フェアトレード運動。地域おこし、地域通貨、等々。それぞれの活動の目的、方法は様々だけれ ども、利潤追求を第一義とする資本主義経済に対して、経済というものを社会的な関係を創出、刷新するもの、人と人とを結ぶものとして編み替えていこう という方向は共通するものだと言えるだろう。

 ラテンアメリカやヨーロッパではそれら、もう一つの経済活動を総括して「連帯経済」として概念化し、あるいは法整備し、国家と市場に並ぶパラダイム として位置づけつつある。日本ではざまざまな社会的な経済活動を総括する、あるいは貫く概念的な理解というものが、先端的な試みを除いては、まだまだ 一般的にはなされてはいないというのが実情だけれども、新自由主義グローバル化による社会の二極化や荒廃が進む中で、遅かれ早かれそういう試みが必要 とされるのではないか。そのためにもラテンアメリカや北アメリカでの連帯経済の経験やその研究について学ぶことは大切なことではないかと思われる。

 12月14日、同志社大学で開催された講演会に参加した。以下にその概要を報告する。なお今回の参加報告をまとめるに当たってはラテンアメリカ連帯 経済研究会の皆さま、とりわけ代表の上智大学・幡谷則子氏と、立命館大学・小池洋一氏のご協力をいただいた。深くお礼を申し上げたい。

【ガイゲルさんの講演】


 講演は、最初にブラジルにおける連帯経済の研究者、ルイス・イナシオ・ガイゲルさん。近々発表される論文に基づいて、英語で話された。従って、以下 に講演の概要を報告するが、脇浜義明さんに翻訳していただいた文章を、当研究所の責任で編集したものであることをお断りしておきたい。

 ガイゲルさんの話は、まず最初に自己紹介から。現在、ブラジル南部のポルトアレグレ市在住で、そこから35kmのところにあるヴァーレ・ド・リオ・ ドス・シノス大学に勤務。ポルトアレグレ市は連帯経済の取り組みが盛んなところで、ドス・シノス大学はその地域に密着して、1970年代には連帯経済 のはしりである協同組合アソシエーションの研究プログラムを立ち上げていた。そういう背景で大学院課程の社会科学研究の一環として連帯経済を研究して いるということだ。

 連帯経済について世界中で関心が高まっている背景として、ガイゲルさんは、1980年代初期からの社会的な運動の存在を指摘した。経済を社会化する 運動のルーツはフランスにあり、スペインへ拡がり、欧州から北米、特にカナダのケベックへと拡がった。米国でも、労働者協同組合などの社会的な運動 が、たとえば移民労働者の権利獲得運動などと連携して行われている。それらの運動に共通する特徴は、自主的、民主的、共同体的な運営を目指し、資本よ り人間を優位に考え、運動の目的に沿って分配が行われること。従って、経済活動やそれが生み出す利益は、目的ではなく手段であって、社会的な幸福のた めに使われるということだ。

 一方、ラテンアメリカの場合は植民地経済に支配されていたという歴史のために、連帯経済の運動は、多数者に経済的な恩恵をもたらすということだけが 目的ではなく、生活の質や社会参加などの人間解放的な意味が強いという特徴がある。経済と社会の統合を目指し、効率と福祉、生産性と参加を相反するも のではなく、密接に結びつける。そのために、女性の参加や、労働者や消費者のアソシエーション化など、社会的な努力が行われ、また医療・健康、教育な どの分野でも活動が行われているという。

 ●南アメリカにおける連帯経済


 北と南における連帯経済のおおまかな特徴を概観したあと、ガイゲルさんは自らの地盤であるラテンアメリカにおける連帯経済について話した。南アメリ カでは、連帯経済の始まりは1980年代だとされているが、そのルーツは非常に多様だということだ。コロンブス到来以前からの先住民の共同体や、白人 政権への抵抗から生まれたキロンボ(逃亡奴隷の共同体)に起源をもつ運動、また近代の労働運動から生まれた労働者生活協同組合など。また、国や地域の 差によって多様性はさらに大きくなり、それに対応して多様な用語が存在する。たとえば人民連帯経済、コミュニティー経済、労働経済、社会経済、など。 その範囲はインフォーマル(非正規)経済から協同組合セクターまで含んでいる。このようにラテンアメリカにおける連帯経済は多くの異なった形態をとる けれども、ガイゲルさんによれば、二つの大きな特徴をもっているということだ。一つは、通常は労働力を売って生活していた人々が、社会や市場から排除 されたために、避難してくる経済的オルタナティブであること。二つめが、いわゆる民衆経済、インフォーマル経済の重要な部分を含んでいること。

 このインフォーマル性というものが、おそらく北と南の大きな違いだろうということだ。ラテンアメリカの連帯経済の源泉は民衆経済で、その特徴はイン フォーマル性にあるということ。それは過去半世紀の間に起きた農村から都市への急激な人口移動に起因している。それが都市周辺部に貧困地域を生み出 し、たとえば露天商や廃品回収など、インフォーマルな民衆経済をもたらした。年月とともにインフォーマル経済は拡大し、ガイゲルさんによれば、チリ、 ペルー、ブラジル、ウルグアイなどの国々では都市の周辺部に住宅、都市サービス、所得、雇用をめぐる組織された運動が現れたということだ。コミュニ ティー運動の数が増え、次第に市民運動団体、教会、開発機関、マイクロクレジット(無担保小口融資)機関が、それらに関わり始める。様々な試みが展開 され、草の根コミュニティー、地域アソシエーション、子育てユニオンなどが続々と誕生し、1980年代には連帯経済の先駆けと言うべき収入創造を目指 す共同的実践が、少なくともブラジルでは誕生したということだ。やがてインフォーマル性は従来の闇商売というような暗い扱いから解放され、コミュニ ティーの結束とアソシエーション化を促進する独自の社会的論理を持つ民衆経済の一部とみなされるようになった。インフォーマル経済の特有の資材や社会 的資産を低く見るのではなく、むしろ変革の手段として大事に扱うべきだろう。結論としてガイゲルさんは、インフォーマル経済、民衆経済、連帯経済は同 じではないが両立し、重なり合う部分も多い、我々はインフォーマル性の論理を連帯経済の多くの事業の基盤となる特質、一つの基礎と見るべきだと語っ た。

 ●第三セクターについて


 次に米国における連帯経済について話を進める前に、確認しておきたいこととしてガイゲルさんは、連帯経済に似た概念として「第三セクター」について 説明した。英米における第三セクターとヨーロッパ、ラテンアメリカにおける第三セクターは違うということだ。(ちなみに日本の第三セクターも違うが、 ここでは深入りしない。)英米の第三セクターは一般に非営利の慈善的活動だが、連帯経済と重なることはないということだ。なぜならそれは、エリートが 貧者を援助するのだが、絶対に現存の社会体制を問題にすることはないからだ。ヨーロッパやラテンアメリカの第三セクターはこの点が違う。民間の慈善的 活動も、アソシエーションや協同組合の経済活動とつながっている。

 つまり問題は、慈善的非営利活動であるかどうか、ではない。営利と非営利の間に境界線を引くべきではなく、資本主義的事業と社会(連帯)的事業の間 に境界線を引くべきだと、ガイゲルさんは他の研究者の指摘も参照しつつ語った。社会的事業は投資へのリターンを求めるのではなく、共同的富の創出を目 指しているからだ。こういった共通理解が東から西へ、南から北へと拡がり、共有されつつある。それは連帯経済が何を意味するのかについての新しい共通 理解を生み、創造的な社会運動によって新しい社会的経済を生み出している。ガイゲルさんはこのように述べ、さらに米国における連帯経済に論を進めた。

 ●米国における連帯経済


 現在、米国では多くの運動が生まれているということだ。社会的企業たとえば労働統合型社会的企業(WISE)など。WISEは、コミュニティの経済 発展を目指す道として、労働市場から排除された就労困難者に雇用と就労を提供することを目的とする事業を行っている。この労働者協同組合では、従業員 による所有と管理、持ち株の如何にかかわらず、一人一票の原則で、企業経営の決定に全員が参加するという、労働者による民主主義的管理が一般化してい る。そういう点は、ガイゲルさんの評価ではラテンアメリカの連帯経済の自主管理精神に近い。また、たとえば北米労働者協同組合を見てみると、それがグ ローバルな協同組合運動、連帯経済運動の一部を形成していることがはっきりする。

 米国では経済的代替への関心が高まっている。安定した雇用のため、たとえば全米鉄鋼労働組合やその他の労組は、労働者所有事業を立ち上げようと模索 している。また、コミュニティーは、利潤目的の企業医療保険の代替としての医療生協形成を試みている。数十万人もの人々が、ウォール街の銀行から地域 銀行などへ貯蓄を移し替え、金の使い方についての発言権を行使しつつある。消費者は、倫理的に生産された商品を生協で購入し、フェアトレードによる貧 しい地域の農民・生産者の支援をするようになっている。また地域主権的アプローチが労働者協同組合の特徴になっている。富を地域から逃さないように、 公的調達協定を通じて、労働者所有企業を病院や大学など「基幹的諸施設」に結びつける運動だということだ。

 ガイゲルさんによれば米国の連帯経済運動は世界の運動と共通する原理に基づいている。その原理とは、連帯、持続可能性、人権、あらゆる次元での公 正、参加型民主主義、多元主義だということだ。また、連帯経済には、たとえば介護活動のように、金銭を稼ぐための活動ではないから目には見えない広範 な経済活動も含まれる。子育て、老人介護、料理、掃除のような社会的世話労働だ。連帯経済はこのような非収益の経済活動を認めるだけではなく、それを 強化する社会的仕組みを支援する。女性たちの見えない労働を認めて、れっきとした労働として尊重するのだと。

 ●オルタナティブとしての連帯経済


 ガイゲルさんが最後に強調したことは、連帯経済は、体制に対して人びとが反対して闘い、それを克服しようとする中で、オルタナティブとして形成され てきたということだ。連帯と社会参加への呼びかけは労働者の意思を反映したものでなければならない。資本からの労働の解放と、厳しい商品化の論理に よって動く社会からの解放を発信するものでなければならない。連帯経済が魅力的で実現可能なオルタナティブになる前提は、労働者や市民が有意義な体験 をしていること、そして彼らが理想を求めていることだとガイゲルさんは話した。
 北米や南米の諸運動をよく観察すると、それらの違いや特徴が、次第に曖昧になってきているということが分かる。最も重要なことは、連帯経済がごく普 通の人々に新しい経験をすることを可能にした点だ。連帯経済は、新しい人類や新しい個人の存在を前提にはしていない。それは進歩的社会へ向かう現実的 な道筋を提起している。資本主義システムに対する代替的新経済として、連帯経済は展開しつつある。これが大事な点だと、ガイゲルさんは指摘した。これ らの観点において、南と北とはつながっているのだと。

【サンティアゴさんの講演】


 ガイゲルさんの講演に続いて、メキシコ・チアパスのホセ・ホルヘ・サンティアゴさんの講演があった。サンティアゴさんは、長くチアパスにおけるサパ ティスタ運動を支援してこられた方で、現在はメキシコの連帯経済について、理論と実践の両面で指導されている。講演はスペイン語で、こちらは逐次通訳 があったので、それを要約して報告する。

 サンティアゴさんは、長く社会的な運動家として活動してきたので、その観点からいくつかのコメントをしたいということだった。その上で、連帯経済と いうものは、いま実践中のことであって、作りあげていく途中にあるということ、従って、将来の見通しはまだ確定しているわけではないということを指摘 した。
 サンティアゴさんによれば、現在、主流となっている新自由主義的な資本主義経済の下で、たとえば土地を奪われたり、文化的に破壊されたり、人々は大 きな困難を抱えている。そういった困難に対して闘っている人々がいる。そしてグローバルな資本主義に対して、人々の抵抗も今やグローバルなものになっ ている。そういった抵抗は、たとえば世界社会フォーラムや、環境問題のフォーラムなどの形で明らかだ。そして資本主義に対する抵抗は、資本主義に代わ るオルタナティブ、新しい経済というものを築きつつあるのではないか。それが基本的に重要な点であると、サンティアゴさんは言う。

 経済には、貨幣、仕事、労働、自然、市場、国家、等々、いろいろな要素があるけれども、たとえば貨幣を例にあげれば、貨幣が資本に転化するのが資本 主義市場だけれども、それに対して連帯経済の中では、貨幣が資本ではなく、みんなのためのお金になっていくという形で、違った経済を作っていく要素に なっているということだ。
 連帯経済が追求しているのは、今のシステムと違うオルタナティブなものを作りあげていくということだ。それが社会のトータリティーというもの、全体 性、あるいは思想の全体像を作りあげていくということになる。こういった全体性ということを考えた場合、連帯経済で作っているもの、生産しているもの というのは、いわゆる市場のための商品ということではなくて、違った生産物なのだとサンティアゴさんは言う。それはいったい何かというと、主体を作っ ていくということ、それからみんなで分かち合うものを作るということ。結局それは私たちの将来を作るもの、それはコミュニティーのためでもあるし、自 然のためでもあるということだ。それは、教育とも関わるし、保険・医療とも関わっている。

 こういったオルタナティブの全体性を創出するためには二つのことが重要だと、サンティアゴさんは指摘する。それはテリトリー(空間)と時間だという ことだ。テリトリーというものがなければ、連帯経済を構築することは不可能だ。テリトリーというのは、基本的には土地であり、場所でもあるし、また、 資源であり、財でもある。もうひとつの要素は時間。自分自身の時間を持つということ。時間を自分たちのものとして使って、それを生きるということ。こ こには文化的な要素が当然入ってくるし、それぞれの生き方に関わってくる。連帯経済の実践には、当然ながら歴史的なルーツを考えなければならないの だ。
 まとめとして、サンティアゴさんは連帯経済について、今の新自由主義的な資本主義システムに代わるものであり、それを乗り越えることだということ、 今、世界で起きていることを考えた場合、戦争であったり、経済的な危機であったり、いろいろなことがあるけれども、テリトリーを回復するということ、 それから、時間を自分たちのものにすることによって、今のシステムを乗り越えることができるのではないかと考えているのだと語った。

 最後に、サンティアゴさんは、故郷のチアパスについて簡単に触れた。チアパスというのはメキシコ南部、グァテマラとの国境に近いところで、そこには サパティスタという運動がある。チアパスで人々が行っていることは、ガイゲル氏が話されたことと直接関係することではないが、非常にダイナミックで、 総合的な運動をしていて、新しい世界を築いているのではないかと考えているということだ。
 長くチアパスでの運動を支援してきたこともあって、サンティアゴさんは今、チアパスでどのようなことが起こっているのかを記録しているということ だ。そしてチアパスの現在の状況と連帯経済との関係について考えているのだと、その講演を結んだ。

 連帯経済に関するサンティアゴさんの問題意識は、おそらくチアパスでのサパティスタ運動への支援に長く関わってきたことから発しているのだろうと思 われる。しかしサパティスタ運動自体は講演会の趣旨からは外れるし、時間的な制約もあって、それ以上は聞くことができなかった。参考のためにサパティ スタ運動についてごく簡単な概略を記しておく。
 サパティスタ民族解放軍は、1994年1月1日、北米自由貿易協定(NAFTA)発効の日に、新自由主義的な資本主義(NAFTA)に反対し、先住 民に対する構造的な差別を糾弾して、メキシコ南部のチアパス州ラカンドンにおいて武装蜂起した。サパティスタの実質的な指導者は、サパティスタ民族解 放軍のスポークスマンであり反乱軍の指揮も執るマルコス副司令官だが、司令官ではなく副司令官を名乗るのは、「真の司令官は人民である」との信念から だという。インターネットを通じた呼びかけで、世界的な注目と支援を獲得した。メキシコ政府による弾圧は現在も続いているが、サパティスタは「下の左 から」の抵抗運動を展開し、先住民の生活基盤、教育と医療などの生活条件の改善を主眼に、地に足をつけて自分たちの「自治」を実践している。

 このサパティスタ運動を背景にサンティアゴさんの講演を振り返るとき、彼が特に強調していたテリトリーと時間の重要性というものがある手触りと重量 をもって伝わってくるような気がする。サンティアゴさんの言葉の背後にあるもの、それは長く運動家として関わってきたチアパスの農民たちの息づかいと でもいうべきものなのかもしれない。それらについて、講演では聞くことはできなかったけれども、その入り口のようなものを指し示していただいたこと は、それだけでも価値のある話だったと思う。

【講演会を振り返って】


 さて後日、講演会を振り返り、特に脇浜さんに翻訳していただいたガイゲルさんの講演を読み返して、いくつかの疑問が出てきたので、小池氏を通じてラ テンアメリカ連帯経済研究会の方々に質問をした。一つは、ガイゲルさんの講演の中でラテンアメリカの連帯経済の特徴として語られていたインフォーマル 経済とはどういうものか?という問い。それに対して、詳しい解説をいただいたが、その要旨は以下の通り。

 1950年代から70年代にかけて、ラテンアメリカでは程度の差はあるものの、産業の急速な工業化、高度経済成長を経験した。伝統的な農業部門(自 給農や土地なし農民)に目を向けた農業政策は打ち捨てられ、貧窮した農民は都市へと流出していった。しかし、都市ではそれに見合うだけの雇用も、住 宅・社会インフラも間に合わず、「フォーマル・セクター」(正規雇用部門)に雇用されなかった人々が「都市インフォーマル・セクター」(非正規雇用部 門)を形成していった。具体的には、信号待ちの車の間を歩いての物売りや窓ふき、路上の行商人、建設業の日雇い、子守や家政婦、靴磨きや荷担ぎ、ある いは工場や公的機関の臨時の守衛、などなど。このインフォーマル・セクターのもうひとつの大きな特徴は労働者の大半が、「フォーマル」な住宅市場から 排除され、その結果、都市の周辺部に巨大な貧困地区を形成していったことだ。そこではライフラインなど、都市の基盤整備が全く不十分だったけれども、 やむにやまれず「土地侵入」し、掘っ立て小屋からはじまって、時間をかけて自前で家を建設していった。こうした地区では居住権を求める抵抗運動が生ま れるということもあった。人々は都市のインフォーマル・セクターに従事するほか、居住区コミュニティーで「助け合い」による生存戦略的な経済活動を展 開していった。そこからさらに発展して、民衆経済の一部へとつながっていったということだ。

 二つめの問いはラテンアメリカで連帯経済についての法整備が進んでいるということだが、その内容はどのようなものか、というもの。ブラジルでは 2001年の世界社会フォーラムを契機に、個別的な連帯経済あるいは民衆経済運動がつながり、連帯経済運動の代表組織であるブラジル連帯経済フォーラ ムが組織された。労働者党による現政権のもとで、労働雇用省内に連帯経済に関する部局が設置され、2012年、労働者協同組合法が公布、また連帯経済 基本法の制定が公約されている。メキシコでは2012年に社会連帯経済法が公布され、社会セクターの経済活動の組織化と拡大、そのための規則を定める ことなどが求められている。エクアドルでも、2009年に民衆連帯経済局、2012年に民衆連帯経済監督庁が設置され、連帯経済の促進が図られてい る。

 三つめに連帯経済と国政(左派政権)の関係についての問いには、アルゼンチン、ブラジル、エクアドル、ボリビアの事例について答えていただいた。

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