タイトル
HOME過去号>127号


ネ パール・タライ平原の村から(46)

商品価値のない話

  頭にタオルを被って早朝、在来ミツバチ(コミツバチ)を飼ってある、丸太巣箱の蓋を妻の母が外します。巣の脇から煙で煽って、まだ寝ていたハチを 戸惑わせ、トングで素早く、ハチミツを巣ごと抜き取ります(画像参考)。

 採蜜は、思わず夢中になってしまう瞬間でもありますが、刺されるのを恐れる僕は、一歩下がって補佐役に徹します。ミツは、ハチが逃げてしまわ ないよう、半分だけ採ります。

 最近、生産性の高い、西洋ミツバチによる養蜂が普及(商品化)しつつあることが、農家の庭先に並んだ四角い養蜂箱から確認できます。そんな 中、私達の家には、在来のコミツバチの丸太巣箱が1つ置いてあります。生産性は非常に低く、採蜜は年1回です。こちらのハチミツは自家消費のみ で、流通することはありません。

 元々、ヒマラヤの崖に営巣するヒマラヤオオミツバチのハチミツを狩ることを生業としていたプンマガルの人々。彼らに限らず、山岳部出身者の家 を訪問すると、見落としてしまいそうなところに、1〜2つ丸太巣箱を見かけることがあります。山岳部で暮らしていた頃から、ミツバチを飼う習慣が あったことをうかがい知ります。そして得意になってコミツバチの飼い方を僕に教えてくれます。

 「巣箱はできるだけ、涼しげな日蔭に置いてやるのが良い」「暑過ぎても、寒すぎても定着しない」。家によっては、「毎年のようにいなくなる が、必ず戻って来る」。「コミツバチが家の中に迷い込んで来たら、そいつを捕まえるんだ(手で)、そして巣箱に入れてやる」「そうじゃないと、巣 箱には絶対住みつかない」「他で捕まえて来たのではダメだ」。「後から、仲間が呼び寄せて来るから、その時は必ず、スンコパニ(金を浸した水)を 少しかけてやらないといけない」。採蜜する時期は、「沙羅(常緑高木サラ)の森の花が咲き終わった後か、菜の花(搾油用)が咲き終わった後だ」。 科学的な根拠がありそうな説明と非科学的そうな説明が混じってあるのですが、コミツバチを飼ったことがある人のほとんどが皆、こうした感じの説明 をされます。

  民家の軒先で飼われてあるコミツバチは、ネパール語で「ガル・マウリ」と言います。直訳すると家・ハチという意味です。西洋ミツバチは、ネパール 語で「ビカセ・マウリ」と言います。直訳すると“西洋”あるいは、“新しい”、“発展した”、“改良品種”、“外来”・ハチという意味になりま す。日常、農業分野においてこの“西洋・新・発展・改良品種・外来”を意味るす「ビカセ」を良く耳にします。ビカセ・モル(化学肥料)、ビカセ・ カウリ(ハイブリット種のカリフラワー)、ビカセ・ブングル(改良品種の白豚)、ビカセ・ガース(栄養化の高い外来の牧草)、ビカセ・ガイ(乳量 の多い、ホルスタイン系の乳牛)。

ビカセという言葉は、農家の外の世界からやって来たモノの総称とも言えます。どこの農家も、在来との比較において生産性の高い、「優れた」とい う言葉のイメージを抱いています。気が付いたら、「お金のかかる、ビカセの品種以外に選択の余地がなくなった」とそんな事態にならぬよう、十分考 えてから、選びたいと思うのです。

 …話は冒頭に戻って、採蜜後。ハチミツは火で温めて溶かし、ハチの子ごと食べました。商品価値はないのですが、1年に1回、わずかばかりのハ チミツを採ることが私達の楽しみです。ただし、妻の母の手首は、赤く膨れ上がっておりまし た。                                              (藤井牧人)


200×40バナー
©2002-2019 地域・アソシエーション研究所 All rights reserved.