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アソシ 研リレーエッセイ

「た べもの通貨アグリ」の経験から


ゲゼル理論の核心部分は、「減価する貨幣」という概念であろう。すべての商品は時間とともに劣化するが、お金だけは劣化しないので利子が発生し、インフレ・デフレを繰り返 し、利ザヤ稼ぎの市場経済が生まれてしまう。この予見はみごとに的中してしまった。マイナス利子のお金は、使わないと価値が減っていく。なので、 できるだけ早く使うという動機づけが働く。
 この実験が、世界恐慌の時代、ドイツで試みられる。減価する「ヴェーラ」を最初に町ぐるみで採用したのは、ドイツにある石炭鉱山町シュヴァーネ ンキルヘンである。炭鉱会社が倒産し、石炭を退職金がわりに労働者に分けて閉鎖するか、「ヴェーラ」を賃金として継続するかを社長が提案し、労働 者の支持のもとに事業継続を決める。この石炭を担保にした労働券が、地域通貨として通用する店舗が広がり、中央政府が禁止を決めるまで町の復興に 役割を果たす。さらに、地方自治体のヴェルグルの市長が、銀行からの借入金を担保にして、減価する労働券を発行し、道路整備など公共事業を起こし て失業を減らし地域経済を活性化させる。しかし、これも中央政府が弾圧し、2年で終了する。
 この実験に影響を受けて書かれた『モモ』は、ミハイル・エンデが書いた世界的ベストセラーである。この本では、時間泥棒を登場させて時間とお金 が減価しない仕組みの中の人間の不幸が描かれる。そして、2000年に『エンデの遺言』がNHK出版から出される。私はこの本に影響を受けて地域 通貨−「たべもの通貨アグリ」を発行する実験に取り掛かったことがある。当時、中国が改革開放以来、対日農産物輸出を増大させ、日本のデフレ局面 を下支えし、右肩上がりの農家収入が減少に転じた時であった。この事態に対応するために直売所を建設し、さらにこれを地域経済の活性化につなげ、 需要喚起を図るという試みだった。
 たべもの通貨の担保をどこで生み出すか、それは、近い将来、生産される農産物である。この着想は、江戸時代の藩札からきている。大名は、米との 交換を担保に藩札を発行し、藩のなかで通用させることで地域経済を維持しようとした。ただ、直売所に出荷する農家は、地域経済に責任はなく、担保 責任を担うことはできなかった。ここで直売所の広報コストの範囲内で「アグリ」を発行することとなり、本質的にみれば顧客囲い込みのポイントカー ドとの境目がなくなっていった。
 この経験は貴重だった。地域通貨は、現代においては国家と対抗的であり、国際通貨制度との対峙を作り出す緊張関係を持つことが前提である。現在 の国際通貨体制は、1944年にブレトン・ウッズで決められた市場原理通貨による決済制度である。しかし、これと対抗的に提案されたのが、ケイン ズによる「マイナス利子の観念に基づく国際清算同盟」であった。ゲゼル理論は国際的にもここで敗北し、それ以来、日の目をみていない。現状では、 通貨制度の変更という課題によって変革を目指すよりも、地域経済の価値基準を、持続可能性と富の地域循環に求めることが優先課題であろう。そのひ とつの証明はベストセラーとなった『里山資本主義』25万部の売れ行きである。これは時代に噛み合った提案であろう。里山には担保となる現物に満 ち溢れている。
 

(日本有機農業研究会幹事・本野一郎)


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