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この間の参加報告
   農業と就労支援との連携を巡って

 

去る10月3日に行われた、“農で「学び」「育て」「働く」を支える協議会”の主催による「農で「働く」を支えるセミナー」の第1回目「共に学び働く場を自ら創る〜農地再生事業による雇用創出の意義と課題」に参加した。以下、その模様を簡単に紹介したい。

 

概要

講師は神戸大学研究員の網島洋之さん。網島さんは昨年7月、大阪府柏原市の雁多尾畑地区にある耕作放棄地を利用して「雁多尾畑 土と緑の谷 未来農園」を開園し、就労訓練中の若者や野宿者(ホームレス)たちと野菜などを栽培している。
  現地は生駒山地の南端、奈良県との県境にある丘陵地で、古くは河内木綿、高度成長期までは葡萄の産地だった。葡萄栽培は現在も続いているが、経営面積は大幅に縮小され、多くは耕作放棄地として山林に還りつつある。 未来農園の現場も、およそ20年前から耕作放棄された谷筋の棚田だったという。全体の面積は約6反。うち3反ほどを畑として利用している。

  15年ほど前、網島さんは大学の農学部で学ぶ傍ら、大阪市内の公園などに暮らす野宿者の支援活動にも取り組んでいた。そうした活動の中で、次第に都市の貧困問題と耕作放棄地の増大との間に関連があると考えるに至り、この点から農業を捉え返すようになったという。 同時に、野宿者支援活動の中で、現在の活動現場の地主さんと知り合う機会も得た。地元で進む耕作放棄地の増大に歯止めはかけたいものの、どうせなら社会的に意義のある使い方ができないものかと考えていた地主さんと、耕作放棄地の再生と雇用創出とを結びつけたいと考えていた網島さんの関心が一致する形で、未来農園が開設されることになった。

 

運営

農園の管理は、一週間のうち3日は終日、それ以外の日も出勤前に手を入れる形で、基本的に綱島さんが担当している。そのほか就労訓練の若者や野宿者、友人・知人などが、定期・不定期を問わず参加しているという。
  当初は、西成区の西の外れにある西成公園で暮らす野宿者たちに声をかけたり、たまたま若者の就労支援に取り組んでいる友人がいたので、そこにも声をかけたりして始まった。そこから、いまでは複数の就労支援団体へ、また不登校経験者のフリースクールなどへ関係が広がった。今年6月の段階で、参加者はのべ400人ほどだという。
  耕作放棄地を再生して一年目ということもあり、農園では土地に適した作物を探るため、さまざまな種類の作物を少しずつ栽培している。最盛期の夏場には、およそ15種類になるとのことだ。ちなみに、綱島さんの方針と地主さんの意向によって、栽培は無農薬・無化学肥料である。
  就労支援の団体を受け入れるのは、基本的には毎週水曜日(10月からは火曜日)。作物の収穫は毎週土曜日の午前中に行い、ジャンジャン横町から南に下った動物園前商店街にある「こえとことばとこころの部屋(ココルーム)」というカフェの店頭で販売している。もちろん、収穫が多い場合は、さまざまな催しで売りさばくとのことだ。

 

資金

人件費や資財費を中心に、運営にかかる費用は基本的に二つの経路で調達している。一つは綱島さんの研究費である。日本学術振興会(文科省の外郭団体)の助成金「科学研究費」に「農地再生事業による社会的包摂の試み―大阪近郊棚田地域におけるアクションリサーチ」というテーマで申請したところ、昨年度と今年度あわせて340万円が支給された。このうち、人件費として使えるのは、およそ200万円。野宿者や失業者など、就労訓練の若者以外の参加者には、報酬として半日で3000円を支払っている。
 

●棚田の形状そのままの未来農園

費用調達のもう一つは、野菜の売り上げである。昨年8月に活動を開始してから、この9月で売り上げ総額は35万円に達したという。これに、就労訓練の受け入れで得られる謝金などを加えて44万円。これまで要した資財費の総計は約40万円とのことで、その部分だけを見れば収支はトントンだが、人件費を含めると、とうてい賄いきれない現状にある。



意見

未来農園の参加者の意見として、まず野宿者たちの場合、最大のメリットは日当が出ることだという。労働者の多くは、アルミ缶の回収や行政による高齢者特別就労事業(通称「特掃」)などで現金収入を得ているが、それを補う形で農作業の収入を位置づけているようだ。
  仕事の内容面では、同じ作業を繰り返す特掃などに比べ、種まきから収穫まで、さまざまな作業ができる点、また、自然と触れあうことができる点に魅力を感じるとの意見が多いという。
  次に、就労訓練の若者たちの場合、力仕事を通じた体力作り、それによる働くための自信、さらには生活リズムの確立といった点でメリット感じる声が多いようだ。実際、求職期間中、時間の経過とともに身体が鈍ったり、生活リズムが崩れて昼夜逆転になる例も少なくなく、屋外で身体が動かすことで、一種のリハビリになるのだろう。
  また、何のためにこの作業をするか、次はどの作業をするか、どの作業でどんな道具が必要かといった、仕事の段取りを考えることを学んだり、いままで意識しなかった自分の身体の使い方を考える機会を得た、との意見もあったという。

 

成果

綱島さんによれば、これまでの活動から見えてきた成果は、以下のようである。
  まず、参加者の感想にあったように、参加者個人としては、体力作りや仲間作り、自分自身に向き合う機会や仕事の段取りを学ぶ機会を得ることができる。また、先に仕事を覚えた人がリーダー格として、後からきた人を指導するという形でのサイクルが形成されつつある。加えて、就労訓練の若者と年配の野宿者がともに作業することによって、前者は後者が歴史的に培ってきた生活上のノウハウ、さらには人生経験などに触れる希有な機会を得ることができる。
  ただし、綱島さんとしては、ここからさらに一歩踏み込んだ成果を展望している。というのも、農業の本質は自然環境の中から生活に必要な資源を引き出す技術を身につけることにあり、農を学ぶことの一番大きな目標は、土地さえあれば雇われなくても生きていける自信が持てることだと考えるからだ。就労訓練の主な目標が現在の雇用環境への適応にあるのは当然だとしても、それを超えた方向性も含めて考えなければ、研究テーマに記した「社会的包摂」には到達できないということだろう。

 

課題

もちろん課題も少なくない。たとえば農園の維持管理。一通り農作業の経験があるのは綱島さんのみという現状で、現場での指示や作業の割り振りが集中し、休みがとれない状態にあるという。
  世間では耕作放棄地を利用してほしい、あるいは農作業を体験させてほしいという需要は多く、未来農園のような試みは今後の展開余地も大きいが、その意味でも、活動の中心を担える人材の育成が求められている。
  これに関連して、就労訓練の面で言えば、農業のほとんどはルーチンワークではなく、自然環境の変化に応じて、作物の状況を見ながら多種多様な作業をする必要があるが、それらを言葉で説明するのは難しい。この点で、経験の蓄積を通じた訓練システムの形成も課題である。
  とはいえ、やはり最大の課題は運営費用だろう。綱島さん個人の、期間に限定のある研究費が資金調達の柱である以上、活動の持続性にとって安定した基盤とは言いがたい。一方で、栽培した作物の販売で人件費まで賄おうとすれば、かなり大がかりな体制整備や販路の確立が必要となり、そのための初期投資も避けられないはずだ。

 

感想

実は、かつて綱島さんには、当研究所が毎年行っている釜ヶ崎フィールドワークで西成公園を訪れた際に、テント村を案内していただいたことがある。今日、社会的な要因によって排除に曝される野宿者や若者がますます増えつつある中で、こうした人々への支援を継続して行うためには、いわゆる公的な支援だけでなく、当事者や支援者が協同で支援の枠組みを形成し、運営していくことが必要だろう。
  実際、農業と社会的包摂を組み合わせた活動の事例は少なくない。たとえば、耕作放棄地の再生と野宿者支援を組み合わせて展開している例としてはNPO法人「さいたま自立就労支援センター」があり、体験農園「コトモファーム」(神奈川県藤沢市)の場合は市民菜園の管理スタッフとして元野宿者を雇用するなど、やり方は多様だ。若者の就労訓練と農業をつなげた取り組みも、全国各地で取り組まれている。大阪にも同様の場所ができたことの意義は大きいと言える。
 

●地主さん(中央)の話を聞く見学者

もちろん、こうした活動は、農業にとっても少なからぬ影響を与えるはずだ。実際、未来農園の活動を見たり、紹介の新聞記事を読んだりした人から、地主さんのところに問い合わせや農地賃借の申し入れがあったという。耕作放棄地の再利用を促すには、もちろん農業そのものの見直しや政策的な転換が必要だとはいえ、それらを導くためにも、農業への多様な市民参加の方途が開かれるべきだろう。
  都市近郊の耕作放棄地は、いわゆる産業としての農業という観点では条件不利地であり、それゆえ放棄されるに至ったことを考えれば、農業生産の一環としてだけでなく、環境や社会教育の一環としても位置づけることで利用価値が高まり、結果的に再生の可能性が見えてくるのではないか。
  綱島さんも言及していたように、現状では、人件費を含む運営費用の調達をはじめ、課題は少なくない。しかし、何であれ現実の先例ができることで、従来とは異なる農業の可能性が明らかになり、「土地さえあれば雇われなくても生きていける自信」が社会的に拡大していく展望も開かれるだろう。今後も注目していきたい。

          (山口協:研究所事務局)

 


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