Pluuuuuuuuu!
「はい、碇です」
「ああ、おばさん?さっき着いたところだよ。え?大丈夫だよ。加持さんが手伝ってくれているし、荷物もそれほど多くはないから」
「うん、大丈夫だって。離れでの生活がいい予行練習になっているから」
「そんなに心配しないでよ。長期の休みのときは帰るようにするからさ」
「うん、じゃあ・・・電話くれて、ありがとう。叔母さんと叔父さんのおかげで、こうして新しい生活がスタートできるからさ・・・」
「うん、それじゃあね」
少年が電話を切ると両手にダンボールを抱えた男性が話しかけてくる。
「シンジ君、先生からの電話かい?」
「加持さん・・・はい、叔母さんです。心配されましたよ。本当に食事とか掃除とかちゃんとやれるのかって」
「ははっ先生らしいね。君のことが本当に心配なんだよ」
「はい、本当に嬉しいです」
「シンジ君。荷物は全て部屋に運んだから、荷解きは・・・これも経験だ。俺が手伝うより、君自身が全てやったほうがいいな。時間もかかるだろうから、今日の夕食はうちに来て食べに来るといい。ミサトも喜ぶ」
「はい、お邪魔します」
「それじゃあ、またな!」
加持が部屋を出ていくと、シンジはダンボールを開けて荷解きし始める。新しい生活は一人暮らしから始まる。ふと暖かい風が桜の花びらとともに部屋の中に入ってきた。
ふと手を止めて外を眺める。外は満開の桜がその存在を高らかに主張している。
「また、あの子に会えるかな?」
シンジはなんとなく呟いてみた。
あなたの声が聴きたくて
第一話 再会
あぐおさん:作
シンジは思い出す。その少女との再会を。
合格発表の前日の夜、シンジが離れである自室でくつろいでいると叔母の長男が部屋にやってきた。
「なあ、シンジ。今いいか?」
「ん?何、兄さん」
シンジが顔を向けると上半身裸の兄がいた。しかもご丁寧にポージングまでしている。ちなみに今は3月である。外はまだ寒い。シンジは思わず顔をしかめた。
「兄さん、まだ3月なのに、流石に上半身裸はないと思うよ?」
「ん?気にするな風呂上りだしな。それに見せつけたい」ムキッ
「そういう趣味は1ミクロンもないんだけど・・・」
シンジはこの兄のことは好きだし尊敬もしている。ただ、体育会系バリバリの行動力とその思考は正直苦手でもある。
「ところで、明日は何時に家を出るんだ?」
「え?特に予定はないけど」
「え?明日合格発表の日だろ?見に行くだろ?」
「いや、ネットで見れるから、別にいいかなって」
兄は呆れたようにオーバーリアクションにため息をついた。その仕草がどこかムカつく。
「あのなあシンジ。こういうのは直接行って見たほうがいいぞ。大学受験は全国になるから、ネットで見てもいいけど、高校受験の合否くらいは直接見に行けって」
「ええ!面倒臭いよ。別にネットで見れるからそれでいいじゃないか。それに落ちていたら嫌だし」
「バーカ、そういうのも含めて経験だよ。経験。それに第一志望なんだろ?行くさ。こういうのは今しかできないことだから、な?」
兄はシンジの頭をくしゃくしゃに撫でながら言う。子供扱いされているように恥ずかしく感じるが、内心気に入っているのでされるがままである。
「うぅ・・・わかったよ」
兄に半ば強制的に第一志望でもある明城学園の合格発表を見に行くことになった。このときは本気で面倒くさそうに思っていたのだが、そのおかげで彼女と再会をすることとなるのだった。
学園に着くと、そこは合否を見に来る受験生でいっぱいだった。シンジは人込みをかき分けながら前へと進む。すると。
「すみませーん!通して!通してよ!」
白い手が伸びて手を振っているのが見えた。
「ほら、捕まって」
シンジが手を差し出すと、白い手はシンジの手を握りしめる。人込みをかき分けてきたのは、受験日当日に電車から助け出した赤毛のあの少女だった。
「ふーっ助かった!って・・・またアンタなの?」
「またとは失礼だな。君も見に来たんだろ?一緒に行こうか」
それは100%善意である。少女もそのことに気が付いたのだろう。
「そうね、そうしましょう」
少女はその提案に乗った。二人は無意識に手を繋ぎながら前へと進み、受験番号が張り出されている掲示板の前へと足を進める。
(えっと・・・よし!あった!)
シンジは軽くガッツポーズを決める。そして隣の少女を見ると、まだ自分の番号が見つからないのであろう。不安そうな表情を浮かべていた。思わず彼女の手を握る力が強くなる。少女はハッとするが少しだけ落ち着いた表情を浮かべながらその手を握り返した。そして
「あ!あった!あったよ!」
少女は満面の笑みを浮かべると感極まったのか、シンジに抱き着いた。
「やったー!受かったー!」
シンジに抱き着きながらピョンピョン跳ねる。シンジは彼女の行動に驚きながらも、喜びを共感できるのが嬉しいのか、されるがままだ。
「君も受かったんだね。おめでとう!」
「うん!ありがとう!」
体が密着しながら喜び合う二人。シンジは恥ずかしそうに話しかけた。
「あの、さ・・・僕、これから寮の抽選に行かなきゃいけなから、離してもらえないか・・・な?」
「ん?」
するとどうだろう。少女の顔がみるみる赤く染めあがり、次の瞬間。
バチーン!
と大きな音が響いた。少女がシンジの顔に思いっきりビンタを放ったのだ。
「エッチバカ変態!いきなり抱き着くなんて信じられない!」
「なっ!僕は何もしてないよ!抱き着いてきたのはそっちじゃないか!」
「ハッ!何よそれ。言い訳?サイッテー!」
「なんなんだよ。もう」
いい気分が急降下、最悪の気分である。この場で彼女に抗議してもよかった。しかし、ここには自分たち以外にも受験生がいるのである。流石にここで喧嘩をするのは他の受験生に迷惑がかかるので良くないと思ったシンジは叩かれた頬をさすりながら、その場から去ろう少女に背を向ける。
「アンタ!どこに行くつもりよ!逃げる気!?」
少女は追いかけてくる。
「逃げるってなんだよ。僕はまだ学校に用事があるから、そっちに行くんだよ」
「そう言って逃げるつもりでしょ!」
「はあ!?これから学生寮の抽選手続きをしなきゃいけないんだよ!君に構ってる時間はないんだよ!」
シンジは腹を立てながらその場から去っていく。
「なによ!アイツ!最悪!」
赤毛の少女は腕組んで怒りを抑えきれないように踵を返して校門へと向かう。校門へと歩きながら、ふとあの少年が握った自分の手のひらを見つめる。
(そういえば・・・なんで嫌な感じがしなかったんだろう)
思い返してみれば、彼が自分のことを助け、合格したことがわかると、嬉しくて舞い上がり自分から抱き着いてしまったのだ。あの少年に非がないのは明白である。そう思うとさっきまで髪が逆立ちそうな怒りが霧のように消えていき、罪悪感が残った。
「ちゃんと、謝らないと・・・ね」
その行動は普通の人間感覚であれば至極当然の行動だろう。しかし、その少女を知っている人物ならば目を丸くしてしまう行動なのだ。そのことに少女は気が付かない。
少女は校門まで戻ると、壁に背を預けて注意深く校門から出てくる人の流れを、あの手を握ってくれた少年を探し始めた。
その頃、少女の探し人であるシンジは学生寮の受付担当の男性を入寮についての説明を聞いていた。説明と言っても寮の規則であったり、利用できる設備であったりと簡単な内容である。最後に抽選の手続きの説明を受ける。
「え〜、以上で抽選手続きを終わります。抽選結果は今週中には封書で送らさせていただきます。何か最後に質問はありますか?」
「いえ、ありません」
「そうですか。ご入学おめでとうございます」
こうしてシンジの手続きは全て完了した。シンジは渡されたパンフレットを眺めながら今後の高校生活に想像を膨らませる。
シンジが通うことになる明城学園は第3新東京市にあり、シンジはその隣の県に住んでいる。電車でも決して通えない距離ではないが、それでも公共交通機関を使って1時間以上かかる。そのような遠くから入学する学生のために学生寮はあるのだが、入寮希望者は決して少なくない。スポーツや学問での特待生は希望で寮に入れるが、シンジのような一般受験での入寮は数も限られているため抽選となる。その抽選でもれた学生のために下宿なども認められてはいるが、その手続きも書く書類も多く面倒くさい。一人暮らしとなると自由はあるかもしれないが、全てを自分一人で賄うため使える時間は少ない。そのためほとんどの学生は親戚の家に居候させてもらうのだが、シンジには第3新東京市に住んでいる親戚はいない。だからこそ、寮に入ることはシンジにとって死活問題なのだ。
シンジはバックからヘッドフォンを取り出すとウォークマンの電源を入れて音楽を流し始める。
(ん〜やっぱデジタル音源よりテープのアナログ音源のほうが良い音しているよね♪)
そんなことを考えながらシンジは校門へと歩き始める。
その頃、赤毛の少女はと言うと
「君、今度入学する1年生?よかったら案内しようか?」
「こいつじゃなくて俺が案内するよ」
ナンパをされていた。その額には青筋が見事なまでに浮かび上がっている。
「・・・しつこいわね。忙しいからあっち行って!」
「つれないこと言わないでよ。ね?」
あの少年をなんとかして見つけ出そうと探しているが、先輩であろう男の子が邪魔で仕方がない。彼女の短い導火線がそろそろ限界かと思われたその時、少女はあの少年を見つけた。
「どいて!」
ナンパをしていた男の子を強引に跳ね飛ばすと少年の後を追う。
「ねえ!ねえってば!」
声をかけても少年は気が付かない。そこで少女は少年がヘッドフォンをしていることに気が付いた。どんどんと先へ行く少年を引き留めようと、少女は少年の腕を強引に掴んだ。
シンジは音楽を聴きながら物思いにふける。
(う〜ん、お昼どうしようかな。帰ってから食べてもいいけど、なんかもったいないな。せっかく第3新東京まで来たから、こっちでラーメンでも食べてから帰ろうかな)
そんなことを考えていると、急に腕を引っ張られる。
「うわ!」
びっくりして後ろを振りむくと、そこにはさっき自分を叩いた少女が自分の腕を掴んでいた。さっきのことを思い出し、思わずむっとした顔になる。シンジはヘッドフォンを外した。
「・・・なんの用?さっきの続きがしたいの?」
思わず口調が厳しくなる。少女は顔を気まずそうに下に向けた。
「・・・違う」
小さい声で答える。
「じゃあ、何?」
少女は周りを見渡す。
「こっち来て」
「うわ!ちょっと!?」
少女はシンジの腕を引っ張って歩き始めた。会話がないままシンジは人気の少ない公園へと連れていかれる。公園に入ると少女はもう一度、周囲を見渡した。
「もう、なんなんだよ」
少女はシンジと向かい合う。そして深々と頭を下げた。
「さっき、叩いてゴメン。アタシが悪かったわ」
「え・・・」
「つい熱くなっちゃった。アンタ何も悪くないのね」
思わず拍子抜けした。
「本当に、ゴメン。それだけ、じゃあ!」
「あ、あの!」
今度はシンジが少女を呼び止める。
「なに?」
「なんか、僕のほうこそゴメン。嫌な言い方しちゃってさ」
「なんでアンタが謝るの?アタシがあんなことしちゃった後だから、言い方きつくなるのは当たり前じゃない」
「でも、お互いにいい気分じゃないだろ?」
「それもそうね」
二人は思わず笑いあった。
「そういえば、お互い名前も知らないね」
「言われてみればそうね」
「僕は碇、碇シンジ」
「アタシは惣流アスカ・ラングレー。よろしくね。碇君」
二人は握手を交わす。
「ところで惣流さん。お願いがひとつあるけど・・・いいかな?」
「・・・生まれて初めてパパ以外の男の人と食事をするところがラーメン屋だとは思わなかったわ」
「ズズズ・・僕は教えて欲しいって言っただけで、一緒にどう?とは言ってないよ」
「教えて欲しいってアタシに言った以上、誘っているのも同じよ。碇君ご馳走様♪」
「マジか・・・まあ、いいけど」
彼らはアスカがおすすめするラーメン屋で食事をしている。シンジは土地勘がないため、どこかおいしいラーメン屋を教えて欲しいとアスカに頼んだ。シンジしては案内されてそれで終わりかと思ったが、アスカは一緒に店の中へと入ってきた。「アタシもラーメン食べたくなったのよ。何よ?いけないの?」と言われては断れない。
ラーメン屋に案内する道中でシンジはアスカのことを聞かされた。
「アンタみたいな冴えない男が、アタシの初の同世代の異性の食事相手とは予想もできなかったわ。他の男より数倍マシだけどさ、感謝しなさい」
「僕はその被害者だけど?」
惣流アスカ・ラングレー。彼女は異性に対して、とりわけ同世代の異性に対してはものすごい嫌悪感と不信感を持っている。彼女はドイツの片田舎で生まれた。幼いころは弱気でいつも祖母からもらった手作りのぬいぐるみを抱いているような子供だった。その様子を見た田舎のガキ大将は、違う民族の血が混じった混血児だからあんなに弱気なのだと考え、彼女を執拗にいじめていたのだ。
はじめは泣いて逃げることしかできなかったが、ある時大切な人形を壊されたことにより彼女は文字通りキレた。壊されるや否やガキ大将に飛び掛かり大けがを負わせたのだ。それからというもの何かにつけて男の子に喧嘩を吹っ掛けるようになってしまった。どうにかできないものかと両親はあらゆる策を練ったが効果は薄かった。
アスカにはこのドイツの片田舎で過ごすには厳しすぎると判断した母親、キョウコは自分の生まれた国である日本へと連れて帰ることを選択、夫であるハインツもこれに賛同する。できることなら一緒に行きたかったが、ハインツは昔からの町医者の家の次男で、長男に変わって家を継ぐ後継者であるため地元を離れることができずに、アスカの今後のために離婚という形をとった。離婚しても元夫婦の仲は円満であり、週に1度の電話と年に2回、ハインツが来日するのは欠かさない。
アスカが日本に来たのは12歳の時、中学に上がる頃だった。そこでアスカが待ち受けたのはドイツとは真逆の対応だった。まるでお姫様のようにチヤホヤされる毎日。彼女を見る視線は思春期特有の性的なものも含む。その体験はアスカが異性に対して嫌悪感だけでなく、不信感を持つには十分すぎるものだった。
ラブレターは踏みつけ、直接の攻勢にはフルスイングのビンタ。同性愛者じゃないかと噂が出るほど徹底されたものがあり、ついたあだ名はイージス艦アスカ。彼女とまともに話ができる異性は父親か親族。または一回り離れた年齢の男性ばかりだった。
「失礼しちゃうわよね。ずずず・・・フラれた腹いせに同性愛者扱いなんてさ」
「ずずず・・・カワイイから仕方なくない?諦めることだね」
「ブホッ!」
「すみませーん。替え玉ください」
思わずむせこむアスカ。よく見ると顔が真っ赤である。
「どうしたの?」
「・・・そういう言い方しないで・・・どういう顔していいのかわからないから」
「なにが?」
「・・・カワイイって・・・」
「そんなの散々言われてきて慣れているでしょ?何を今更」
「そんな言い方はされてないわ・・・バカ、バカシンジ」
「とんだご挨拶だね」
その後、仲良くラーメンをすすると二人は駅の改札口で別れる。
「それじゃあ、またねバカシンジ」
「うん、アスカも」
二人はお互いをファーストネームで呼び合う。シンジとしては苗字で呼びたかったが、アスカがファーストネームを指定してきたからだ。同世代の女性をファーストネームで呼ぶ経験はなかったため流石に恥ずかしかったが、開き直ることにした。
二人は改札口で別れると、互いが乗る電車のホームへと向かう。互いが別の方向へと歩きながらも二人は同じことを思う。
(同じクラスになれるといいな)と。
入学式当日。シンジは普段より早めに起きると、朝食を食べて新しい制服に袖を通す。新しい制服といっても詰襟の学生服なので、気分は中学の制服の延長戦だ。部屋を出てカギをかける。最後にヘッドフォンを耳にかける。これから始まる高校生活が楽しいものになるようにと願いを込めた軽快なポップスが流れる。
「それじゃ、行きますか」
シンジは駅へと歩き始める。
シンジは駅のホームで電車を待つ。周りには色々な制服を着た学生と、大学生と思われるカジュアルな服装の若者。そしてサラリーマンたちでごった返している。ふとシンジの肩を叩く人物がいる。振り返ると。
「うみゅ」
頬に指が刺さった。古典的なイタズラだ。イタズラを仕掛けたのはアスカだった。
「オッハヨ〜バカシンジ」
「・・・アスカか。おはよう」
イタズラが成功して殊の外嬉しそうなアスカ。
「アンタ、なんでここにいるのよ?寮じゃなかったの?」
「抽選で落ちたから、ここの近くのアパートでひとり暮らしさ」
「うへ〜大変ね」
アスカは苦いものを口に入れたように顔を歪めると、すぐに笑顔を浮かべる前かがみになりシンジを見上げる。
「これからよろしくね。バカシンジ」
「こちらこそ、バカアスカ」
彼女のことをバカと面向かって言えるのは世界でシンジだけだろう。しかし嫌な気分はしない。
ホームに電車が入ってくる。二人は通学、通勤の人混みに揉まれながらもお互いが離れないように電車に乗り込む。
彼らの学園生活はこうしてスタートした。
あとがき
あぐおです。
今回は貞本版エヴァのアフターストーリー(仮)です。
みんな幸せになる作りになります。彼らの充実した学生生活をお楽しみいただければ幸いです。
感想お待ちしております。