そこだけ先生は、えだね先生の診察を受けにきました。
自分の肩の痛みは治せるんだろうか?どんな人なんだろう?
えっ?なんだ、そうだったのか…。
患者さんにも、柔道整復師、鍼灸師の先生方にも楽しんで読んでいただけるように、「そこだけ先生とえだね先生」の話として、なるべくわかりやすく工夫しています。
各ページは、4~5分で読める文章量でまとめています(文庫本2ページ分くらいの文量です)。
それぞれの章は読み切りになっていますが、順番に読んでいただくとさらにわかりやすくなると思います。
痛いところが悪い、とは限らないものです。
腕の筋肉がかたくなっているために、付け根の肩が痛む、ということもあるのです。
「底竹守=そこだけまもる、36歳。一番困っているのは、肩の痛み。高校生のとき、サッカー部のキーパーで、スローイングの練習で痛み始めたのが最初…と。」
そこだけ先生は、問診票を書きながら、職業欄に何を書こうか困りました。
「柔道整復師とか、鍼灸師とかって書いちゃうと、ここの先生もやりづらいもんな。」
気をきかせて、嘘にはならないだろうと「接客業」と書いてみました。
えだね先生は、あいさつと自己紹介を済ませると、問診票に目を通さないまま測定を始めました。
「あの…、質問とかないんですか?」とそこだけ先生は訊いてみました。
「測る前にいろいろ話を聞いちゃうと、正確に測れない気がするんです。右足が痛いとか先に聞くと、右足を測るときだけ気になっちゃうとか。だから、最初に測ってから伺いますね。」
えだね先生の返事を聞いて、この人は真面目なんだなと、そこだけ先生は思いました。
測定が終わると、えだね先生は問診票と測定結果をみくらべながら、説明を始めました。
「男性は、筋力が強すぎて、力こぶの筋肉の付け根を痛めることが多いんですよ。投げる動作で肩を傷めた場合にも多いですね。ほら、力こぶのところに、濃い赤い印が描いてあるでしょ?」
そういいながら、えだね先生はげんきDASの測定結果を見せてくれました。
「嫁さんの右肩は、小指のほうに青い線が出てたのに、オレのは親指だし赤い印なんだな。」
そこだけ先生は思いました。
「協力して動く筋肉は、一本の神経で連なって調節してますからね。痛むのは肩ですけど、腕の筋肉が神経にそって連なって、伸びなくなるなど動きが悪くなっているのが原因でしょう。」
「肘を曲げる筋肉は、この力こぶの筋肉と、肘から親指のほうへ伸びていく腕橈骨筋というのと二つがあって、協力し合うんです。だから、この二つにそって電気を流してみましょう。神経の根もとにあたる、首の後ろの、ここにも電気をかけますよ。」
そういいながら、えだね先生はそこだけ先生の後ろに回って、ワイシャツの襟くらいの高さで、首の骨の左右を交互に指先で押しました。確かに、右側がこって痛みます。
げんきDASの図でみると、そこだけ先生がこっている場所は、このまえ奥さんに治療した場所から、首の骨の二つ分くらい上でした。
「人によって違うんだな。ちゃんとわかるんだ。」
そこだけ先生だって治療家です。投げる動作で起きる障害=野球肩くらい知っています。
力こぶの筋肉=上腕二頭筋の、肩の付け根=長頭腱が炎症を起こすパターンがあることも、よく知っています。
しかし、そこにはもう何年も、何度も、低周波やいろいろな治療を自分で試してきました。
「いままでも、いろんな先生に診てもらったんですけどね。なんで治んないんですかね?」
そこだけ先生は、正直に訊いてみました。
「肩が痛いといっても、肩に本当に炎症があるとは限らないと思うんです。」
えだね先生は、いつものとおり、まじめに説明を始めました。
「五十肩といわれる痛みでも、本当に炎症がある例ばかりでもないようです。筋肉が固くなっているから、伸ばすとズキン!と痛む。」
「もし炎症がひどければ、動かさなくてもズキズキ痛むでしょうね。でも炎症がないから、動かさなければ痛まないんだと思います。」
「炎症が残って治りきらないとか、いつまでも痛むのは、代謝が不調になって、筋肉が固くなっているからでしょう。」
「水路の水がにごると、その周りも汚れてしまうようなものです。身体の中に、水がにごったままの部分があるようです。自律神経を刺激すれば、水がよく流れて、自然と治るように戻せると思います。」
農家出身のえだね先生は、いつものように自然になぞらえて、わかりやすく説明しました。
「悪い場所をじかに治すんじゃなくて、神経の枝や根にそって、水の流れが悪いところを探すんだ。オレがしてきたのと、だいぶ違うな。治療器はたいして違わないようだけどな。」
「でも、神経か。神経は…、筋肉なら覚えてるけど…。」
そこだけ先生は、神経の枝がどのように伸びるか詳細に覚えていないので、ちょっと不安になりました。
「でも、この画面が出てきたら、オレでもできるかもな。」
学生時代、複雑で大変だった神経の勉強も、普段の治療でいつも見るようになれば自然に覚えるだろうな、と思いました。
その時、壁にかかっているえだね先生の国家資格の免許状が目にとまりました。
「あっ、2コ上なんだ。先輩だ。高校どこかな?地元かな?」
体育会系のそこだけ先生は、先輩と思うと急に素直に質問する気になりました。
「えだね先生は、地元ですか?オレ、東高なんですよ。」
「えっ?東高ですか?なら同じですね。サッカー部でしたっけ?顧問は鈴木先生だったですよね。私の担任でしたよ。」
「えっ、ほんとっスか?オレ、後輩っスね!なんだ、先輩なんだ。」
そこだけ先生は、嬉しくなって正直に話し始めました。
「あの…、オレ、ほんとうは二つ向こうの駅で接骨院やってるんです。ちょっと最近、自信なくす患者さんがいて…、それで、えだね先生のとこへ来たんです。あの、先生の測定とか治療って、オレにもできますか?」
(2018年10月12日 公開)
次のお話
二人は治療の勉強会を始める。