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m @ s t e r v i s i o n
TIFF, Hong Kong Film Festival & TokyoFanta 2000
★★★★★=すばらしい ★★★★=とてもおもしろい ★★★=おもしろい ★★=つまらない ★=どうしようもない


ほんとは東京ファンタのイーキン・チェン2本立てか香港映画祭のトニー・レオン&イーキン・チェン「東京攻略」に行きたかったんだけど、人間、歳はとりたくないもんだというか、チケット発売初日の土曜日が雨で出掛けるのが億劫になりチケットが取れなかったので、おれの映画祭は土曜日の夕方だってのに6割の入りという地味いな作品(↓)で開幕するのだった。てゆーか、なんでまたイーキン・チェン作品をダブらせて組みますか?>両映画祭事務局。こんなことしたら10時50分からの「東京攻略」舞台挨拶が終わった途端に香港明星迷のバカ女ども映画も観ずにどどどっと5Fの渋谷東急から1Fのパンテオンで12時40分から始まる東京ファンタへ移動してしまい、チケットが取れなかった香港映画ファン(>おれだ、おれ)の地団駄をよそに渋谷東急では前列に空席の目立つ状態で「東京攻略」が上映される…という事態になるのが目に見えているではないか。いや、見たわけじゃないけど<どっちなんだよ。

★ ★ ★ ★ ★
蝶変(ツイ・ハーク)

ツイ・ハーク1979年の幻の処女作。タイトルだけは知っていて、過去のツイ・ハーク映画祭かなんかで上映されたような気もするけど、おれは初見。今回は、この映画祭のためにわざわざニュープリントを焼いたのだそうだ。プログラミング・ディレクターの市山尚三って人は去年まで本祭のほうのシネマ・プリズムを組んでた人だと思うけど、一部の芸術映画に偏ることなく、人気スターの娯楽映画を中心に香港映画の現在(いま)を伝える良いプログラムを組んだと思う。日本の配給会社の付いてない…つまり公開/発売未定の新作が5本、含まれているのも特筆すべき。これで「マキシマム・リスク」以来、香港映画に帰還して既に3本の新作が公開済のリンゴ・ラムが入っていれば言うことなかったんだが。 ● さて「蝶変」だが、「中原(ちゅうげん)に武術各派が群雄割拠して雌雄を決す」という武侠アクションと、「周囲と隔絶した古城での吸血蝶による連続殺人」という江戸川乱歩ばりのゴシック・ミステリを、双方の面白さを犠牲にすることなく融合させ、力によって争いあうことの虚しさまでを描ききった、「20年前の映画」というフィルターを通すことなく楽しめる娯楽映画の傑作。本来ならばショウ・ブラザースの武侠映画や香港の1970年代アクション映画からの流れで語らなければならないのだろうが、おれはその任にないので、たとえに出すのは例によって我らが東映の1970年代アクションである。照明の当て方とか劇伴の付け方とかモロそんな感じだ。近藤正臣の顔をした明智小五郎だの、高橋悦史の顔をした服部半蔵だの、志穂美悦子みたいなくノ一だのが入り乱れて、口角泡を飛ばして台詞を怒鳴りあう。洋の…東支那海の東西を問わずあーゆーのが1970年代顔なのかね? 擬斗がカンフー・アクションではなくいわゆるカラテ・アクション系なのも東映感をあおる。これで汐路章がナレーション付けたら監督:山口和彦ってクレジットが出てもわからんぞ、きっと。 [HongKong]

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漂流街(三池崇史)

いやもう見てのとおり。ともかく観ろ。ぜったい観ろ。11月11日公開初日に映画館へ走れ。映画の国籍が、使用される言語によって決まるのならば、これはもう日本映画ではない。スクリーンからはポルトガル語、広東語、北京語、琉球語、日本語が無秩序にとび交う。冒頭いきなりカリフォルニアの砂漠地帯に海外ロケして、そこにしゃあしゃあと「埼玉県戸田市」と字幕を出す。その大胆。そのいい加減。これが娯楽映画というものだ。三池崇史、もはや日本映画に敵は無し。この映画と比較すべきはロバート・ロドリゲスの「デスペラード」あたりだろう。 ● 話は要するに「望郷」というか「赤い波止場」というか「海燕ジョーの奇跡」というか「日本黒社会」である。今度は“若者の街”渋谷を血と銃弾と鶏のフンで染めて三池崇史の活劇魂が暴走する。後半が少しウエットに流れるのがじつに惜しい。いっそのこと感情なんてものは廃してしまえば良かったのに。「DEAD OR ALIVE 犯罪者」のゲロに続いて思いっきり金の無駄遣いなCGと、日本映画で初めてドルビーSRDを使いこなしたと言えるド迫力のサウンドにも注目/注耳のこと。 ● キャスト陣で最大の収穫は華僑マフィアのボスをこれ以上ないというくらいクールに演じてスクリーン・デビューを飾った及川光博。しかしミッチー、なんで北京語あんなに上手いんだ? 明らかに絵面だけで選んでる主役コンビのテアとミッシェル・リーは台詞らしい台詞もなく、ただ見た目の存在感だけでド派手な脇役陣に拮抗している。ただ吉川晃司の役は哀川翔で観たかったかな。 [TokyoFanta]

★ ★ ★
心のままに(サンジャイ・リーラー・パンサーリー)

たった2本で朝まで6時間という体力の限界に挑戦するインド映画オールナイト。しかも映画の中盤に入ってるインターミッションもすっ飛ばしての無慈悲上映だ。 ● まず1本目は「ジーンズ」のアイシュワリヤ・ライ主演のラブストーリー。彼女の役はハウステンボスみたいな大邸宅にお住まいのお嬢さま。サモ・ハン・キンポーみたいな厳格な父は有名なインド歌謡の歌手。で、その父親のところにはるばるイタリアから弟子入りにやって来たのが、ジョージ・クルーニーの外見と(お調子者モードの)ニコラス・ケイジみたいな性格を持ったハーフの色男「名前はサミール。サムって呼んでくれ」 最初は反発しあってた2人だが、すぐに愛し合うようになるのはお約束。ところが親父に黙ってこそこそ付き合ってたもんだから、親父は親父で娘の嫁ぎ先を決めてしまうわ、いまさら親父に本当のことは言えないわ…で、若い2人は進退きわまる。結局、親父にバレて色男は弟子を破門されイタリアへ帰国。ヒロインはむりやり結婚させられてしまう…と、ここまででまだ前半。ヒロインのお母さんの名台詞「あなたは過去を握りしめてるだけよ。忘れてしまいなさい。あとで拳を開いても何もないから」 ● で、ヒロインが結婚させられた相手というのが弁護士一家の後継ぎ息子で、ニコラス・ケイジの風貌とジョージ・クルーニーの誠実さを持った、歌のひとつも上手に歌えない朴念仁。でもヒロインを愛してるという点では誰にも負けないから、毎日を泣き暮らす妻の「涙のわけ」を知ると、なんとヒロインを連れてイタリアへ「女房の恋人」捜しに出掛ける。ということで後半はイタリア・ロケのロードムービーとなる。で、その過程でだんだんと頑なだったヒロインの心がほどけてくるわけだ。(ネタバレだけど)ヒロインが再会したかつての恋人に言う台詞「あなたは愛をくれた。その力でわたしは七つの海を渡ってきたわ。でも今はあなたとの間の七歩の距離が越えられない。あなたは愛を教えてくれた。でも主人は愛を育むことを教えてくれたの」 ● ま、なんというか結局は保守的な結論にたどりつくわけだが、それを説教や教訓と感じさせないのが娯楽映画の腕の見せどころ。なにせ3時間7分だし途中がそーとーダレるのだが終わり良ければすべて良しということで ★ ★ ★ とする。ダンスシーンは豪華なのだが、歌にいまひとつ大衆性が薄い気がするのは、絶世の美女なれどいまひとつソソられないアイシュワリヤ・ライが歌ってるから?(歌声は吹替だけど) だいたい下腹ペタンコのインド女優に何の価値が?(←暴論) 前半主役の色男に「カランとアルジュン」のサルマン・カーン。後半主役の旦那さんにアジャイ・デーウガン。はっきり言って演技力ではこの人が群を抜いていて、最初のうちは「ヒロインを横から娶った憎まれ役」のはずなのに、かれが一言しゃべった途端に観客は「奥さんに愛されない可哀想なご主人」の味方になってしまう。実生活では「DDLJ」のヒロイン、カージョルの旦那さんだそうだ。ヒンディー語映画で、原題は「わたしの心は愛しいあなたのもの」。 ● 関係ないけど、隣にインド映画初体験らしきカップルが座っていて、どうやら男のほうがラストに感動して涙ぐんでたらしく、そしたら横から女が「ダサいじゃん、こんなの。アンタ何で泣いてんの?」だって。それはカレー喰って辛いって文句言うようなもんだぞ。てゆーか、別れろ別れろそんなバカ女。 [TokyoFanta]

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タイガー 炎の三兄弟(ムクル・S・アーナンド)

「スーパースター」に「メガスター」…インド映画界にスターと名のつく男優は数あれど、その中で他の2等星、3等星を圧して、ひときわ明るく高く光りかがやく国民的スーパースター、インド映画界の“ビッグB”こと、アミターブ・バッチャンの主演作。ひとたびバッチャンが怒れば天には稲妻が走り、突風に髪は逆だち、世界はスローモーションになる。それをリアリズムとして成立させてしまう男。素手で戦車に立ち向かい、問答無用で勝ってしまう男。“スーパースター”ラジニカーントを脇に従えるだけの格のある男。それがバッチャンである。 ● 北のヒンディー語映画ではあるが、泥臭い演出タッチはラジニが南インドでやってるものに近い。てゆーか、1980年代のスターであるラジニに対して、バッチャンは1970年代からのスターなので、実際には「バッチャンの作風が南に伝播して、それが南ではそのままの形で残り、北は洗練の度合いを増した」ってことなんだろうけど。 ● 洋の東西を問わず「港湾荷役はやくざが仕切る」ってことになっていて、ここボンベイでも極悪非道な大ボスが沖仲士たちを虫けらのように扱っている。そこに立ちあがった1人の男。義に生きる侠客タイガー。壮絶な戦いの末に、大ボスは投獄、タイガーは幼い弟2人を連れて逃亡、金と権力は狡猾な汚職警部の手に落ちる…とここまでが前半。それから15年。(タイガーに妻子を惨殺されたと信じこみ)白髪の復讐鬼と化した大ボスが出獄、内陸部の牧場で成人した弟2人(うち1人がラジニ)とともに、名前を変えて幸せに暮らすタイガーの家族のもとに魔の手が伸びる…というのが後半。ただなにせ3時間もあるから話が持たなくて後半、ストーリーが迷走してしまうのが残念。脇筋を30分ほどカットしたらタイトな大傑作になるんだがなあ。 ● 例によって1970年代東映アクションを彷彿させると同時に、ハワード・ホークス的ウェスタンを色濃く感じさせる。暴れん坊で酒好きでバカ一直線なヒーローはジョン・ウェインで、意地っ張りでイイ女で自分の幸せを犠牲にしてヒーローを助ける酒場女はアンジー・ディッキンソンだ。荒くれ男たちが集う港の酒場で、バッチャンを先頭にして男どもが「♪キス・ミー・ジェンカ!」と迫り、真っ赤なペチコート・ドレスに身を包んだ酒場女ジェンカがカウンターの上をヒールで踊りながら「♪あたしのキスはあげないよ」と返すミュージカル・シーンは全篇のハイライトである。また、タイガー3兄弟と次男の嫁(カージョル?)&娘の5人が「♪我らは5人でひとつの拳。5人ならば何ものにも負けない」と歌う「我ら」(←これが原題)も「アイコ・アイコ」に似た親しみやすいメロディで耳に残る。 ● しかしまあ、何がビックリしたって おれ、これを「1970年代末の映画」だと思って観てたんだけど、後でパンフを見たら「1991年作品」なのな。いや、おそれいりました。あと、おれも相当の数の映画を見てるけどエンドクレジットに「次回も満席。あしからず!」と出てくる映画は初めて見たよ。 [TokyoFanta]

★ ★
サングラドール(レオナルド・エンリケス)

モノクロのベネズエラ映画。舞台を現代のアンデス高地に移し変えての「マクベス」の翻案。 ● おお、いきなり3人の魔女が全裸の若い娘っ子だ。<なんか得した気になってる。<バカ。 ● でも喜んだのはそこまで。全日の川田みたいなヒゲ面チビのマクベスと、久本雅美に似てるマクベス夫人らがくりひろげる二流の戯れ事「マクベス」だ。映画祭のチラシには「オーソン・ウェルズを想起させる幻想的で美しい白黒映像」などと書いてあるけど、冗談はおよしなさいって。本作の寝惚けたモノクロは「オーソン・ウェルズのオセロ」の芸術的映像とは比べものにならんでしょ。てゆーか、この映画、モノクロ映画なのにシーン毎に色調が変わる(青味がかった白黒→赤味がかった白黒とか)んだけど、これひょっとしてカラーフィルムで撮ってるのか? [CinemaPrism]

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エゥ・トゥ・エリス(アンドルッシャ・ワッディントン)

ブラジル映画。しかしまあ、なんでブラジル人というものは開映間際&直後にゾロゾロと入ってくるかね。映画の内容もまさしくブラジル的というか、貧乏な田舎暮らしのデビル雅美が父なし子を産んで、そのコブつきで家を新築したばかりの爺い(種なし)と結婚したはいいけれど、爺いはちっとも働こうとせずデビルばかりが朝から晩まで砂糖キビ農園のパートでコキ使われ…とここまでなら「堪える女の一生」ものなんだけど、このデビルが爺いの従兄弟とか流れ者の労働者とか次々と関係を結んではガキを孕んでしまい、気が付けばヒロインの家には男3人とそれぞれ父親のちがうガキ3人が同居する羽目になって…という「女、生きてます」もの。たくましさとユーモア。ぽんぽんと時制をトバしていく演出も心地好い。要所要所にかぶさるジルベルト・ジルのギターがカッコイイ。ちなみにタイトルの「エゥ・トゥ・エリス」とは「あたし・あんた・あいつら」の意。 [CinemaPrism]


金がないなら止めちまえ

本祭の映画の冒頭には例によってアンビエントな音楽に載って観客にとってはまったく関係のないスポンサー紹介のフィルムが流れて、また今年も大口スポンサーである競輪の(それも去年と同じ、坊主が寺の廊下に雑巾がけをする)CM付き、…と思ったら、なんだなんだなんだ今年はさらに東急グループ・鹿島建設・アサヒビール・フジカラー・BMWジャパンのCMまで…(絶句) これじゃ興行じゃんか。代理店か!お前ら>映画祭事務局。来年あたりは十仁病院とかホテル・パルゴとかのCMが流れるんじゃないか? 東京ファンタのような一種のイベント興行であればスポンサーのCM上映も致し方ないが、あんたらがやってんのはかりにも「国際映画祭」だろ? 「アジアで唯一のなんたら国際連盟・公認」ってのが自慢なんだろ? 事務局も企業のほうもあんまりみっともない真似はやめたらどうよ(その意味では、スポンサーに名を連ねながら、普段あれだけ映画館でガンガン流してるCMを上映しなかったGAPは偉いと思う) てゆーか、そんなに金がないなら止めちまえよ。てゆーか、無理せず前みたいに2年に1度に戻せばいいじゃねえか。 ● ちなみにシネマ・プリズムを上映中の渋谷シネタワー3では、ご丁寧にもCMの終わったとこで一度 客電を入れて、そのまま30秒ほど何をするでもなく居心地の悪い時間が続き、そうしてようやく場内暗転して本篇が始まるという…。「CMと本篇は別ですよ」とでも言いたいのか知らんが余計みっともないって。

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12夜(オーブリー・ラム)

「12夜」とは月齢ではなくて「12ナイツ」の意。大韓航空のスッチーと広告代理店のエリート社員との、出会いから別れまでの恋愛期間から、12の夜だけを抜き出して見せるラブ・ストーリー。日本から波及したトレンディ・ドラマの影響をモロに受けている、リアリティ重視と見せかけてじつは願望ファンタジーである。別れるの別れないのとウダウダと…そーゆーのはテレビでやってくれ。その手のテレビドラマのファンにお勧めする。 ● 苛々しつつも最後まで観てしまったのはヒロインが「喜劇王」でデビューした“百万弗の泣き顔”セシリア・チャン(張柏芝)だから。おれはもうメロメロである。彼女が画面に映ってるかぎり映画がどんなにつまらなくてもいつまでも観ていられるぞ。チェリー・チェンとかマギー・チャンとか、おれってこーゆータヌキ顔が好みなのだな。レスリー・チャンをだいぶん崩した感じの相手役はイーソン・チャン(陳奕迅) UFOの女性脚本家オーブリー・ラム(林愛華)の初監督作。プロデュースは「ラヴソング」のピーター・チャン。 ● おれが観たのは日曜日の夕方の回だったけど824席の渋谷東急は8割ほどの入り。うむ、この程度の混み方だと観やすいな。並ばなくても良いし。 [HongKong]

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爆裂刑警(ウィルソン・イップ)

香港映画の萩原流行こと、ン・ジャンユー主演の「張り込み」もの。市井の人々の生活を描いたいくつかのエピソードが織りなされてメインストーリーとなる、つまりエド・マクベイン「87分署」タイプの刑事ドラマである。孤児院育ちの破滅型刑事が、相棒の女好きの遊び人刑事と2人で、とあるボロ・アパートの一室を借りて張り込みを始めるが、その部屋の住人の婆さんがそーとー惚けていて、2人の刑事を長いこと会ってない息子兄弟だと思い込んだことから奇妙な擬似家族が形成される…。婆さんを演じたロー・ラン(羅蘭)がこの役で今年の香港アカデミー賞の主演女優賞を獲得した。シネシティ出身の脚本・演出ウィルソン・イップ(葉偉信)は、予定調和に落とさない話の作り方が巧いし、ドラマ部分の出来があれほど素晴らしいのに、なんでアクション・シーンの演出/編集がこれほど下手かねえ。これでアクションが締ってたら満点を付けるんだけど。 ● エキセントリックな悪人役でブレイクしたン・ジャンユーであるが(萩原流行がそうであるように)目尻を下げてニヤけたり、目をシロクロさせて困ったり、無防備に破顔一笑したりという、人の善いちょっとバカな男をやらせても抜群に巧い。チャン・シウチョン(陳小春)的キャラの相棒を演じるルー・ティンロク(古天楽)は、見た目も小春を男前にした感じで「チャラチャラしてるけどじつは熱血」なヒーローを好演。彼がアパートに連れこむ不良女子高生に(小野みゆき似のキツメ美人)ミッシェル(莫雅倫) ン・ジャンユーが惚れるクリーニング屋の未婚妊婦に(ドゥドウ・チェン/ビビアン・スー系のやわらか美人)ステファニー・ラム(林美貞) [HongKong]

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恋はハッケヨイ!(イモジェン・キメル)

イギリス・ドイツ合作映画。想像するに「フル・モンティ」が当たったんで、それ!ってんで「逆境にある主人公たちが力を合わせて不慣れなことにチャレンジする」という映画が雨後の筍のように作られて、そうなるとプロデューサーもイケイケドンドンで「フル・モンティみたいな映画」ってだけで、よく考えずに脚本にゴーサインを出してしまう。で、完成した映画を観て仰天するわけだ「なな、何なんだね、これは!?」「何って女相撲ですよ、女相撲」 ● いつも夢みたいなことばかり言ってるダメ亭主が仕事を馘首になってしまったので、しかたなく女房が缶詰工場に働きに出る。その工場ではなぜかデブばかりが採用されるのだった。じつはその工場には(やはりデブの)女社長が主宰する秘密相撲クラブがあったのだ。一方、UF0マニアのビデオ屋店員の親友から、あることないこと吹き込まれたバカ亭主は、仕事からなかなか帰ってこないし(←相撲の秘密練習のため)どうも自分に冷たい気がする(←あんたが働かないから)女房を、エイリアンにアブダクトされたのでは…と疑うようになる。ある日、工場に忍びこんだ亭主が目にしたものは…(笑)・・・というバカ映画。そりゃ相撲のスの字も知らない人間から見たら宇宙人に乗り移られたようにも見えるわな。クライマックスは日本からやったきた学生力士との対抗戦なのだが、まわし姿で出演してくれるデブの女優を人数分探すだけで手一杯だったらしく「相撲」はまったく取れていないので、スポーツ映画の興奮を期待するとまったくの肩透かしを喰う。 ● ヒロインのシャーロッテ・ブリテンが「ヘアースプレー」のリッキー・レイク以来のキュート・デブで、おれはデブは全然OKなので(なぜかやたらとおっぱいを見せてくれるし)とても良かった。インド映画の女優さんといい、クリスティーナ・リッチといい、女はむっちり目のほうが鶏ガラ・パルトロウなんかより絶対に魅力的だと思うんだけどなあ…。 [TokyoFanta]

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聖石傳説(ファン・チュンホア)[DLP上映]

脚本:ファン・チュンホア(黄強華) 製作・声の出演(全役):ファン・ウェンチェ(黄文擇)
演出:王嘉祥/蔡孟育 視覚効果:陳栄樹 音楽:魔岩唱片
ファ−−−−−ンタステッィク!(←外人ぽく) いや、素晴らしいものを観せてもらった。むかしNHKで辻村ジュサブローの「新八犬伝」て連続人形劇やってたでしょ。あの人形たちが人形である事の束縛から解き放たれて大いなる大自然の中で思うぞんぶん切り結んだらどうなるか。そこにリー・リンチェイの最良の作品に匹敵するレベルの剣戟アクションと、ILMのお株をうばうような目もくらむ視覚効果が加わったらどうなるか・・・その答えがこの「聖石傳説」である。 ● 体長60センチほどであろうか、本邦の文楽人形にも似た(たぶん)木彫りの人形は「布袋戯」と呼ばれる台湾の伝統芸能で、400年ほど前から大道芸として、あるいは縁日に寺の境内で演じられてきた。一子相伝のファミリービジネスで、この映画の監督の黄さん一家も120年ほど前からの人形師の家系だという。それが当代になってストーリーを現代的にアレンジした伝奇アクションとしてテレビに乗せたところ大当たり、3年がかりで作った映画は今年、台湾で公開されて従来の興行最高記録の十倍という文字どおり桁外れの大ヒットとなった。東京ファンタではバンダイビジュアルのマニアックな担当者の尽力で、96分の台湾公開版に、首が飛び腕がちぎれ血がほとばしるハードなシーンを復活させた120分のディレクターズ・カットで上映された(その代わりビデオ原版になったしまったわけだが、人形劇だと「肌色の再現」の問題がないのでビデオ上映でもあまり気にならなかった) ● ストーリーのベースは「中原(ちゅうげん)に武術各派が群雄割拠して腕を競う」という香港映画ファンにはおなじみのもの。テレビシリーズからの主人公は世の平和を願う「戦う諸葛孔明」ともいうべき聡明な剣士・星飛雄馬で、誤解から飛雄馬と対立する清廉熱血な剣士・花形満というライバルがいる。この映画版の悪役となるのは、復讐に燃えるあまり心がいびつに変形してしまった悪の星一徹。一徹にはもちろん明子というけなげな娘がいて、花形と明子は(口には出さぬが)相思相愛である。…いや「巨人の星」を持ち出してきたのは故なきことではない。ここには梶原一騎の熱さがあるのだ。 人間同志の争いに、変身能力のある闇の世界に棲む化物族「非善類」が加わって、どんな願いも叶えてくれるという伝説の「天問石」の争奪戦がくり広げられる。地は裂け、天は雷鳴す、そして人は、…人は熱く戦うのである。花形の名台詞「清濁は見分けにくい。善悪の判断はこの剣に託そう」 そしてラスト。乙女の涙はどんな悪の力よりも強いというロマンチシズムにおれは泣いた。 ● 武術指導はユン・ウォピン(袁和平)かチン・シウトン(程小東)かという華麗さ。人形たちはクルクルと錐もみし剣に乗って宙を翔ける。基本的には背中に片手を入れる文楽方式だと思うんだけど、本物の俳優のような豊かな動きを画で見せられてしまうと、どうやって操ってるのか皆目、見当もつかない。すべての役の声を1人の男性がアテているのも文楽と同じ(唄わないけど) 人形たちが素晴らしいだけじゃない。香港映画を徹底的に研究したとおぼしきハイテンポな演出、目がまわるカッティング、たたみかけるアクションに久々に(文字どおり)手に汗にぎった。かつて「新八犬伝」を熱中してみていた人たちよ、カンフー・アクションに燃え、武侠片に涙を流す同志よ、そして「スター・ウォーズ」や「ウィロー」などの異世界ファンタジーSFファンの皆さん、「聖石傳説」は2001年に劇場公開の予定だそうだからぜひご覧なさい。人形劇だという理由だけで見逃してしまうのはあまりにも愚かだ。 [TokyoFanta]


オー!スジョン(ホン・サンス)

独り善がりを絵に書いたようなモノクロの韓国映画。「豚が井戸に落ちた日」(おれは未見)のホン・サンス監督・脚本の新作。 ● な、な、なんなんだこれ? 主な登場人物は3人。不遇をかこってるゴールデン街タイプの自分勝手で才能のなさそうな映画監督、その監督に憧れているスクリプターの若い女性スジョン(いまだ処女)、そして画廊を経営する小金持ちのうじうじした粘着質スケベな青年。このヒロインが青年と知り合って、だらだらと付き合って、さんざ焦らしたあげく処女喪失するまでの話(…え? いまどき処女“喪失”なんて言わない? いやいや、こだわってんのはおれじゃなくてホン・サンスなんだって) 劇的でもなく何の工夫もない退屈なストーリーにうんざりしながら観てると、1時間経ったところで、なんとファーストシーンから同じ話をもう一度くり返し始めるではないか(!) いやもちろん完全に同じ話というのではない。台詞だとか細部は微妙にズレてる(たとえばテーブルから落ちるのがフォークじゃなくてスプーンだったり。…いやほんと。冗談を言ってんじゃないって) かと言って前半と後半に「スライディング・ドア」や「ラン・ローラ・ラン」ほどの違いがあるわけでもない。パンフの解説によると前半が男の記憶/後半が女の記憶ってことらしいけど、それだったら自分がその場に居ない場面まで描かれているのはおかしいだろうが。もう一度、叙述について勉強しなおして来いや>ホン・サンス。 ● ヒロインのイ・ウンジュはいちおう微乳を見せてるけど、所詮こちらの劣情を刺激するような撮り方ではないのでどーってこともなし。てゆーか(監督がアップをほとんど撮らない所為もあるけど)最後まで観てもヒロインと青年の顔が記憶に残らないんだけど。…って、ダメじゃん全然。あと関係ないけど韓国では、破瓜の血がついた敷布は縁起が良いものなのか? あんなもん持ち帰ってどーすんだ? 部屋に飾る?(火暴) [Competition]

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孤男寡女(ジョニー・トー&ワイ・カーファイ)

内気で冴えないOLが“仕事命”のモーレツ社員(死語)に恋をして…という、これまた日本のテレビドラマの影響下に作られたラブコメだが、100%“成りきって”撮っていた「12夜」のオーブリー・ラムと違って、本作を共同監督−−共同監督ってあたりが既に香港映画っぽいのだが−−したベテラン「ヒーロー・ネバー・ダイ 眞心英雄」のジョニー・トー(杜棋峰)と「大陸英雄伝」のワイ・カーファイ(韋家輝)の現場叩き上げ組のばあい身体に染みこんだ香港映画の性がついつい滲み出してしまう。つまり大スター、アンディ・ラウは(今回、鼻血こそ出さないものの)ゲロは吐くし、大マジメな顔でベタなギャグをかますし、しまいにゃあの大ヒット作品の主役キャラとして耳馴染みの主題歌をバックに婚礼スーツ姿でバイクにまたがって特別出演までしてしまうのである。そもそも「情緒不安定になると掃除を始める(助手席でいきなりティッシュを取ってウィンドウとかダッシュボードを拭き始めたりする)」というヒロインの設定からして壊れてると思うぞ。でも2000年のナンバーワン・ヒットはこの作品なんだそうだ。大丈夫、こういうものを好んでるうちは香港映画は変わらない…と妙な安堵をおぼえてしまう おれなのであった。 ● ヒロインのサミー・チェン(鄭秀文)は歌手が本業で、キレイじゃないことはないのだが、「女優!」という強烈なオーラを発していない。そんな「どこにでもいる感じ」が今の香港じゃ受けるんだろうけど、この世のものとも思えぬ美しい女優さんたちにウットリしてきた身としてはちょっと。 [HongKong]

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公元2000(ゴードン・チャン)

「デッドヒート」「フィスト・オブ・レジェンド 怒りの鉄拳」のゴードン・チャン(陳嘉上)監督による「007」ばりのスパイアクション大作。香港からシンガポールへ。CIA、香港警察、シンガポール諜報部が入り乱れての、ハードなアクション場面が連続する。 ● 主人公はアキバに入り浸ってるゲームおたくでモデルガン・マニアな黒縁メガネ。兄が出してくれた資金で、親友と「会社ごっこ」に興じてる。親友の妹とのおままごとみたいな恋。幸せな日々。だが、セキュリティ・ソフトウェアの仕事をしている兄が目の前で殺されたことにより、そんな日常が一変する。かれは兄の仇を討つために足を踏み入れなければならない・・・画面の中のシューティング・ゲームや、人の死なないエア・ガンの仮想世界から、醜い欲望の交差する血なまぐさい現実の世界へと。 ● コドモとして登場して事件を通して大人になる主人公にアーロン・クォクと、ダニエル・ウー(呉彦柤)こと東野幸治。兄にレイ・ロイ(呂良偉) “兄の恋人”を名乗る謎の女にフィリス・クォク(郭妃麗) シンガポールの諜報部員にジェームズ・ライ(頼興祥) そして、香港警察の警部に ン・ジャンユー。 [HongKong]

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Lies 嘘(チャン・ソヌ)

韓国で話題沸騰の「発禁映画」というのが売りの作品。前作「バッドムービー」でも論議を呼んだチャン・ソヌ監督は、ここでもドラマを描くことは二の次で、まず論争を巻き起こしたかったのだろう。この描写をしたら/台詞を言わせたら韓国では公開禁止になるということがわかっていて作っている。その意味では、そのままの形で国内公開できないのを承知で「愛のコリーダ」をハードコアとして撮った大島渚とよく似ている。 ●  中味は、処女の女子高生と尻打趣味の彫刻家との愛欲の日々。吉行淳之介が書くような性愛小説の世界である。性愛描写は韓国では発禁なのだろうが、日本のレベルから見るとせいぜいピンク映画ていど(前貼りをしてないのでちんぽとかはポロポロ写ってるけど) 30分も観れば飽きてしまう。 ● 韓国映画の女優さんは美人ぞろいだが、役が役だけに演り手がいなかったのだろう、本作のヒロインのキム・テヨンは、おヘチャ(死語)なので、なんか昔の日本映画を観てるみたいだった。実相寺昭雄とかね。我々はもうこういう段階は卒業したのだよ。韓国に住んでいる韓国人の映画観客にお勧めする。 [TokyoFanta]

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マイケル・ジャクソン ゴースト(スタン・ウィンストン)[ビデオ上映]

金をかけたビデオクリップ。「スリラー」の夢よもう一度というわけであろう。1997年の作品なので当時、短縮版をMTVとかで見た人も多いだろう。全長版は1曲に前後ろつけて40分もある(てゆーか本篇は30分強。SFXがデジタル・ドメインだったりするのでエンドロールだけで10分近くある) 「ターミネーター2」の液体モーフィング、「マスク」の顔面ゴムマスク、マイケル・ジャクソン本人のモーション・キャプチャーによる骸骨ダンスなどが見られるというだけで、出来としては水増しされたビデオクリップでしかない。10分で作れば傑作だったのにねえ。 ● なんとスティーブン・キング原案とクレジットの出るストーリーは、町外れの「シザーハンズ」な屋敷に住んでいるマイケル・ジャクソンのところに、町の善良な市民たちが押しかけて「フリークスは出てけ!」と脅すが、逆にマイケル率いるゾンビ軍団に「フリークスでなぜ悪い!?」と、さんざん脅かし返される…というもの。いや別に悪くありません。「ネイバーズ」のときのジョン・ベルーシそっくりな、やたらダンスの巧い太った町長を、この役者だれだっけかなあとずっと考えていて思い出せなくて、エンドロールを見てちょっとビックリした>【マイケル・ジャクソンの2役だったのだ。てゆーか、おれ以外はみんな知ってた?[TokyoFanta]

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ガソリンスタンド襲撃事件(キム・サンジン)

韓国での1999年興行成績が「シュリ」に次いで2位、歴代興行成績でも3位に入るというヒット作。監督は1997年に銀座シネパトスで公開された「極道修行 決着(おとしまえ)」のキム・サンジン(金想辰)…って、そんなん観てる自分がコワいわ。 ● まんま、やくざものVシネマだった「極道修行…」とガラリと趣きを変えて、新作はまるで「スペーストラベラーズ」のようなカルーいノリの籠城コメディである。ネプチューンかロンドンブーツ1号2号かというイマドキの若者な4人組がガソリンスタンドに強盗に入り、佐藤B作な社長やココリコや遠藤久美子な従業員を人質にとって(なぜか)そのまま籠城、人質は次から次へと増えつづけ…という話。書割りキャラに陳腐な台詞。テレビだな。あんまり安っぽすぎらあね。1時間弱で途中退出。 [TokyoFanta]

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小親親(ハイ・チョンマン)

「カル」はもう公開されるのでパスして5Fの香港映画祭へ。えーと「小親親」の上映時間が96分だから終映が9時10分。階段を駆け下りて東京ファンタの「ユリョン」が9時20分から。よゆーじゃん・・・と思ったら、なんと渋谷東急の舞台にはスタンドマイクの用意が…。ガガーン。舞台挨拶やるの? 聞いてないよお(おれだけ?) ケリー・チャンのカタコト日本語の挨拶なんていいから早く上映を始めてくれよお!(そう思ってるのはたぶん場内で、おれだけ) まあ、結局「ユリョン」の開映には間に合ったんだけど、小松沢陽一の長弁舌を初めてありがたいと思ったよ(火暴) ● かつて自分がカレシにプレゼントしたはずのLPレコードを古道具屋で見つけて買い取ろうとしたところ「既に売約済」と。先客の男性に電話で譲ってくれるよう頼むがけんもほろろに断られ…。女はケリー・チャン。新聞にちゃらちゃらしたコラムを書いているライター。男はアーロン・クォク。ラジオの「アナログ盤アワー」で好き勝手なことを喋ってるDJ。自分の媒体で相手の悪口を言い始めた2人だったが…というロマンチック・コメディの王道を往くストーリー。ところがその後が上手くない。せっかくコラムニストとラジオのDJという“相手の顔がわからない”設定を用意しながら、「ユー・ガット・メール」には持っていかず、あっさりと相手の正体を割ってしまう。「アンナ・マデリーナ」に続いて監督2作目となるハイ・チョンマン(奚仲文)は「喧嘩するほど仲が良い」という幸福感を醸し出すことに失敗している。サブ・プロットとして古道具屋のハイミス(死語)テレサ・モウと、モテない独身中年エリック・ツァンという達者な2人のラブ・ストーリーがあるのだが、これも主役の2人にちっとも絡んでこないのはどうしたものか。 [HongKong]

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ユリョン(ミン・ビョンチョン)

韓国映画版の「沈黙の艦隊」。結局、日本の映画界はこれほど映画にしたら面白そうな素材を実写映画化できなかったわけだから、とにもかくにも韓国映画が、安っぽさなど微塵もないエンタテインメント大作として仕上げたことは感嘆に価しよう。だから(三池崇史を除く)日本の映画人はこの映画や「シュリ」にいっさい文句を言ってはならない。まず作ってみろよ。話はそれからだ。 ● もとが舞台劇というだけあって基本はデイスカッション・ドラマである。韓国が極秘に開発した原子力潜水艦。乗組員は全員、戸籍を抹消された者のみ。それで艦のコードネームは「ユリョン(幽霊)」 日本海のジブラルタル海峡=対馬を抜けて南下するが、そこでクーデターが発生、艦長は殺され、クーデターの首謀者である副官が指揮権を掌握する。核ミサイルを日本に撃ちこもうとするこの副官チェ・ミンスのキャラには明らかに「シュリ」で1番人気だった北朝鮮テロリストのリーダーのキャラが投影されている。それを阻止せんと1人立ち向かうのが新入りの「431」ことチョン・ウソン。2人とも韓国男優にはめずらしく目がパッチリしてるのは女性観客にはポイント高いかも。「クリムゾン・タイド」や他の潜水艦映画をよく研究していて舞台劇としては完璧なんだろうが、映画としてはアクション映画としての側面が弱いのと、「シュリ」と違って今回はテロリストの主張に納得できなかったので ★ 2つ。 [TokyoFanta]

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鎗火(ジョニー・トー)

まただ まただ またジョニー・トーだ! この映画祭でも特別上映された「ロンゲストナイト 暗花」、そして「ヒーロー・ネバー・ダイ 眞心英雄」「暗戦 デッドエンド」と、1990年代も後半になってから突如としてエイリアンにでも取り憑かれたかのようにハードな傑作を量産しはじめたジョニー・トーがまたも新たな大傑作を放った。これで今年の香港アカデミー賞の監督賞を獲得。断言しよう、2000年時点の香港映画はジョニー・トーとともに在る。 ● 勇ましいトランペット(?)のテーマ曲が高鳴る。殴り書きの筆文字で、縦書きの漢字クレジットがスクリーンの左右いっぱいにズラリと並ぶ。ナイトクラブで広域暴力団組長の暗殺未遂事件が勃発。血のように赤い文字で「導演:杜棋峰」そして「鎗火 THE MISSION」とタイトル。…おお、この感触はまぎれもなく「仁義なき戦い」ではないか! ● 組長の警護のためにフリーランスのプロフェッショナルが5人 集められる。すなわち「鬼」という名のリーダー格 アンソニー・ウォン。萩原流行こと ン・ジャンユー、金子賢ことロイ・チョン(張耀揚)、坂上忍ことジャッキー・ロイ(呂頌賢)、そして肥(でぶ)と呼ばれるラム・シュー(林雪) 今回は朋友ラウ・チンワンこそ出ていないものの、いかにも地味で通ごのみなキャストである(なかでもケント・チェンの衣鉢を継げそうなラム・シューが素晴らしい) ● 映画は事件の背後にある陰謀や駆け引きにはほとんど時間をさかず、ただひたすら組長への襲撃と5人の必死の警護を、スタイリッシュにドライに黙々と描きだす。男、男、男の世界。ここにはロマンスもおまんこもない。ダレ場を作らず一気に魅せる81分。ハード・アクションの金字塔。必見(…て、まだ公開未定だけどさ) [HongKong]

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千言萬語(アン・ホイ)

1970年代末から1980年代にかけての実話に基づく香港社会運動クロニクル。ま、たしかにこの素材を描くのにアン・ホイは適任でしょう(シュウ・ケイはすでに「SUNLESS DAYS」で天安門問題を撮ってるしな) われわれが香港映画の全盛期に胸ときめかせていた頃、香港社会ではかようにさまざまな問題があったのだな。しかし1960年代とかならいざしらず1980年代にもなってよく「革マル派」なんて名乗るよなあ>こいつら。革命運動を見つめる主人公に、体中から貧乏オーラが滲みでているツァイ・ミンリャン組のランニング男、リー・カンション(李康生) 悲劇のヒロインにレイチェル・リー(李[女麗]珍)<これってロレッタ・リーだよね。名前変えたの? スラムの聖人・甘(カム)神父にアンソニー・ウォン。今年の香港と台湾のアカデミー賞で最優秀作品賞を獲得した名作だが、性根の腐った快楽主義者で骨の髄までプチブル(死語)な おれとしてはこーゆーのはいいや。1時間でリタイア。 [HongKong]

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BANG!(アッシュ)

今年になって日本でもミーシャ・バートン主演の「PUPS(パップス)」が公開されたアッシュのデビュー作。わずか2万ドルという本邦のピンク映画よりも安い予算で作られた自主製作(インディペンデント)映画。舞台はハリウッド。売れない日系(とゆーよりインディアンぽく見える)女優が、家賃滞納でアパートを追い出され、オーディションではプロデューサーにセクハラされ、白バイ警官に裏山に連れこまれて ちんぽしゃぶらされそうになったとこでブチ切れて、警官の制服と拳銃を強奪。偽・白バイ警官となってロスの街を走りまわる。弱者が強者の視線に立ったとき、それまで見えていなかったものが色々と見えてくる…って話。LAタイムズの1997年ベスト10の1本に選出されたそうだ。…これが? [TokyoFanta]

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吠える犬は噛まない(ボン・ジュンホ)

冒頭に「この映画に登場する犬はすべて医学的に安全に管理され、傷つけられることはありませんでした」とクレジットが出る。そこに「キャイーン」とまるで腹を蹴られたような犬の鳴き声。韓国語では「フランダースの犬」という内容とはまったく関係ないタイトルがつけられた、これはジャズの変格ビートに乗せて語られる現代的な洗練されたブラック・コメディである。 ● 主人公は団地住まいの、身重の女房に食わせてもらってる気の弱い大学院の研究員生。同期が次々と助教授になってしまうものだからストレスが溜まり、団地じゃ飼っちゃいけないはずの犬の鳴き声にもイライラがつのるばかり。だ、もんだから、目の前に可愛らしい仔犬がチョロついてるのを見たとき、ついフラフラと…。このあとストーリーは西田尚美みたいな管理事務所の女や、「犬好き」の食いしん坊な警備員のおじさんを巻きこんで、思いもつかない方向へと走り始める。いや、笑った笑った。筒井康隆/山下洋輔ファンにお勧めする。 ● 「ユリョン」の脚本家チームの1人でもあるホン・ジュンホの監督デビュー作。マンガ好きだそうだから筒井康隆というより日本の石井克人(「鮫肌男と桃尻女」「PARTY 7」)あたりと近い位置に居るのかも。韓国じゃ大コケしたそうだが、ボン・ジュンホよ嘆きなさんな。あなたのソフィスティケーションは韓国人には早過ぎたのだ。 [CinemaPrism]

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以上、おれの映画祭はここまで。観た映画は全部で22本。内訳は、香港8、韓国5、インド2、台湾1、ラテンアメリカ2、英米3、無国籍1…と、じつに偏った“国際”映画祭になってしまったが、おれは満足である。特に今年は香港映画の未公開作品をまとめて観られたのがとても楽しかった。 ● 香港映画が素晴らしいのは、かの国には作者の独り善がりな芸術映画が(ウォン・カーウェイを除いては)存在しなくて、すべてが娯楽映画であるという点にある。すべての映画が観客に奉仕している。だからつまらない映画でも面白いのだ。渋谷東急(席数824)で2回上映というスタイルもちょうど良い込み具合で(立ち見にもならず)ベストだった(…てことは、香港映画のコアなファンてのは1500人弱しかいないってこと?) 願わくばこうした「配給会社とは関係のない形」で、東京映画祭とは時期をズラして(横浜フランス映画祭のように)毎年開催してもらえないだろうか。料金は1800円でも構わないから。 ● 韓国映画に関しては、旧態依然のじとっとした芸術映画と、「シュリ」「カル」「ユリョン」といった従来の流れを断ちきった新しいエンタテインメントがせめぎあっている。ハリウッド流の娯楽大作を(それまでそうした実績がないにもかかわらず)作ってみたら作れちゃったというのが痛快で、日本映画の製作者たちはこのことをよく考えてみてほしい。 ● あ、それとNHKは今すぐ「聖石傳説」のTVシリーズの放映権を買って、日本語吹替にして(BSではない)普通のチャンネルで子どもが観られる時間帯に放映するよーに。

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