体珠 第弐拾話 |
「ハァハァ」 全身を気持ち悪い汗が流れていく。 蛍光灯の光を直視してしまった独田は、慌てて目をつぶり、荒い息を吐き続けた。 「目が覚めたかな?」 温かみのある声が耳に届く。 しかし、独田は脳裏から消そうとしても消えない映像を、暗闇の中で見つめている。 『アレハナンダッタンダ?』 自分の口から出ているのに、まるで他人のような声。 「少し刺激が強すぎたかもしれないね」 声は徐々に近づいてきている。 『オマエハダレダ?』 自分が本当にしゃべっているのだろうか。 「興奮状態が落ち着きそうもないね」 声の主は何かを取り上げたようだ。 『オレハダレダ?』 腕に何かが刺さった。 そして、意識は暗転した。 再び目が覚めたのは、あれから15分ほど後のことだったようだ。 独田は光を恐れるようにゆっくりと瞼を開く。 白く眩しい光が襲ってくるが、独田は静かにそれを受け入れようとした。 先ほど見たのと同じ蛍光灯の光。 独田は体の各部分を確かめるように静かに動かしたあと、ゆっくりと起き上がった。 上半身を起こしただけで、ものすごい眩暈がした。 両手で頭を抑えながら、起こした体をそのまま前の方へと倒す。 あれは一体なんだったのだろう? 夢の中で夢を見ていたかのような錯覚。 そして、今自分がいる世界も夢なのか? ぼんやりと思考をさまよう独田を現実の世界へと引き戻してくれたのは、「今度は落ち着いているようだね」という言葉どおり落ち着いた声だった。 やがて、ゆっくりと焦点が合い始め、目の前にいる人物が雲富であることが分かる。そして、ようやく自分が現実の世界に戻ってきたことに気づいた。 「ここは…」 「ここはさっき、独田君が倒れた部屋の隣の部屋だ。どこか、気分が悪いとかいうことはないかい?」 雲富はゆっくりと湯気の立ち上る紙コップを独田へと差し出す。 静かに独田はそれを受け取り、紙コップの中の黒い液体をすすった。 「独田君には、こういう目にあわせて申し訳なかったと思うよ。しかし、今までの流れを説明するにはこれが一番だと思ったんだ」 「なぜ、睡眠薬なんかを使ったんです」 独田の声は静かだったが、語尾の裏には明らかな怒りが見て取れた。 「では、独田君は私が言えば素直にこのような装置を身につけてくれたのかな?」 独田は雲富の両手の動きに合わせるように部屋の様子を見回した。 そこはまるで昔のアニメに出てきた研究所のように無数のコンピューターと得体の知れない機械に覆われていた。そして、雲富が独田の頭からゆっくりとはずしたヘルメットは洗脳装置としか思えないような代物である。 「どうかな?いい印象は受けなかっただろう。不思議なもので、本格的に巨大なシステムを作ろうとすると、どうしても昔の悪の研究所のような代物が出来てしまうんだ。そこで、本意ではなかったが睡眠薬を使わせてもらったということだ」 雲富は軽く笑った。 あんなにも覚えた怒りは、睡眠薬と雲富の柔らかい言葉でかき消されてしまった。自分が見せられたのは実際に亡くなった葉貝さんの脳から得た映像だという。最後の部分が映っていなかったのはそれだけ衝撃的な出来事であったのだろうとのことだ。 そして何よりもあんな夢を見せられたおかげで、妙な正義感まで溢れているのが分かる。まるであのヘルメットは本当の洗脳装置だったようだ。 そんな独田はまず研究室でもう一人の独田へ通信をかけた。それは雲富の指示によるものだった。そして、夢で見た内容をそのままそっくり伝えた。しかし、確か向こうの世界の独田もこのトランシーバーのようなものを持っていたはずだが、一向に返事は返ってこなかった。ちゃんと伝わったかどうか確認する術もなく、雲富とは日を改めて会うことになった。アポイントを取って雲富に会いに来た人々が長蛇の列を連ねていたからだ。 独田が余脇大学の門を出たときには辺りは暗くなっていた。 大学に来るまでは痣向の恐ろしさに震えていた独田だったが、今は明らかに態度が違った。瞳に迷いはなく、ピンと伸ばした背筋からは自信がみなぎっているように見える。雲富という大きな味方の存在が、そんな態度を取らせているのだろう。だから独田は気づいていなかった。ある矛盾に。 |