体珠

第拾五話


 ――いきなり頭の中で話を始められても訳がわからないかもしれないが聞いてくれ。これはお互いに大事なことだ。いや、それ以前にこっちの世界にとっては僕達個人だけでは済まされない大問題になり始めている。ともかく、始めから話すから、しっかりと聞いて協力をして欲しい。
 まず、突然こっちの世界に来た僕は輸送失敗の責任を取らされてクビになった。ちなみに運転をしていた先輩もだ。あの先輩には洒落にならないほど怒られたが、それは今回のことには関係ない話だ。ともかく、クビが決まった時、僕は何かの役に立つかもしれないということで、体珠はもらってきた。まあ、こっちの世界の人間から見れば、確かに綺麗だけど宝石でもなんでもないただの石ころでしかないから、それはすんなりもらえた。
 で、しばらくは何もすることがなくて途方に暮れていた。おまけに元の世界に戻る方法も分からない。仕方がなく、僕は手元に唯一残った体珠のいくつかを売ることにした。これが意外と好評で、そこそこの金になった。運良く体珠はアタッシュケースで3個分もあったから、大事に少しずつ売って生計を立てていくことにしたんだ。いつか元の世界に戻れる日まで。
 そんなある日、ある男と出会った。その男の名は痣向といって弁護士をしているという。痣向は体珠を大層気に入ったようで、いくつかを買っていった。そしてそれから1ヶ月後、僕は痣向の事務所へと招かれた。そこで、僕は今まで知らなかった体珠の効能を聞かされた。
 それは、体珠を飲むとその人間の能力の限界がアップするということだ。これは元々そっちの世界に住んでいた僕でも知らなかったことだ。大体、体珠を食べるなんて発想はそっちの世界に住んでいたら生まれるはずがない。あれはものすごく巨大なエネルギーを持っているんだ。それを食べたらなんて……
 しかし、こっちの世界はそんなことなんて知りもしない。痣向は知り合い、とそのときは言っていたが実際のところは違うんだ。まあそれは後でするとして、その知り合いという教授に体珠のことを調べさせていたらしい。そして、その効能を発見したそうだ。そして実際にその教授は体珠を飲んでいる。おかげでその教授は今まで見たこともないような発明を次々にしている。僕もそんな話は最初信じられなかったが、その後実際にその教授と会わせてもらって、その効能を信じた。余談だが、今僕も体珠を飲んでいる。
 ともかく、その効能をもって体珠を全国的に売り出そうと痣向は言い出してきた。流通経路は痣向の方で準備するというし、その価格も今まで僕1人で売ってきたものとは比較にならないほどの高値に設定する。最初は冗談だと思った。しかし、試しに渡した体珠10個が何千万という大金となって手元に戻ってきたとき、僕は恥ずかしい話だがその金に目がくらんでしまった。痣向は体珠を将来世界で活躍できるような若者にしか売らないと言っていた事もあり、僕はその金儲けの片棒を担ぐことになった。
 事業を始めて1ヶ月。僕の手元には莫大な金があった。そこで僕はそれを手に体珠の効能を発見した教授の元を訪れた。今や時の人となっていた教授の頭脳で僕を元の世界に戻せないか、力を借りに行ったんだ。最初は僕の話など信じてくれないだろうと思っていた。その時は必死に説得するつもりだった。手元にある金を全部使ってでもね。しかし、教授はすんなりと僕の話を信じてくれた。その前に体珠という不思議な物体があったせいだと教授は笑っていたよ。教授は僕も無茶な申し出を快く引き受けてくれた。そしてその日から、2人で僕が元いた世界へと戻る方法の研究が始まった。しかし、なかなか思うようには進展しなかった。それもそうだ。何せ手がかりになるものは全くないのだ。しかし、そこは体珠の力。全く手がかりがない状態からも、わずかな光を見つけ出して、匍匐前進よりも遅いスピードだが確実に前進をしている、そんな手応えは感じられた。それこそ、資金は湯水のごとく無くなっていったが、そんなことは気にならなかった。痣向の力で僕の手元には次々と大金が流れ込んできたこともあったが、何より教授との研究は今まで得たことの無い充実感にあふれた日々を送ることができたことが大きかった。
 やがて教授は僕の元から無限にあふれ出てくる資金が気になったらしく、僕に聞いてきた。僕は別に隠すこともないと思い、痣向とのビジネスのことを話した。それを聞いた途端、教授の顔が険しくなった。そしてそのビジネスから早急に手を引けと言ってきたのだ。詳しいことは話してくれなかったが、昔教授は痣向にはめられ弱みを握られているのだという。未知の物体であった体珠の分析を無償でしたのもそのせいだったそうだ。教授はしきりに痣向という男は裏で何を企んでいるか分からないから、油断をするなと忠告をしてくれた。しかし、当面の資金が必要だった僕はしばらく様子を見てみるとだけ答えると、再び研究の日々へと没頭していった。
 しかし、僕の考えは甘かった。教授の想像はものの見事に的中していたのだ。偶然、僕は聞いてしまったのだ。痣向の事務所での密談を。痣向は日本国内でも有数の暴力団との癒着があったのだ。それだけではない。その後の調べで痣向は日本だけにはとどまらず、中国のマフィアともつながっていたのだ。そしてそのつながりを使った恐るべき陰謀を企てていた。それは体珠を使ってスーパー兵士を作り上げるというものだったのだ。
 怖くなった僕は手元にあった体珠を全て抱えて逃げることを決めた。教授との研究は完成していなかったが、僕が姿を消す後も教授は1人で研究を続けてくれるという。僕は手元に残っていた資金のほとんどを手渡すと海外へと飛び出した。
 それから数ヶ月後。海外へ逃亡後も教授とは電話を使ってこまめに連絡を取っていた。そして元の世界に戻ることはまだだが、今回のように次元を超えて想いを送ることができるようになったという。それを聞いた僕は慌てて帰国して、今までのことをもう一人の僕に伝えているというわけだ。ただ、残念なことにこの伝達は一方通行でしかない。つまり、もう一人の僕の想いは僕には届かない。でも、もう少し待っててくれ。いつか必ず元の世界に戻れるようになる。それまでの辛抱だ。もしかしたら、改めてそっちの僕にお願いをすることがあるかもしれない。その時は協力をよろしく頼む。とりあえず今日はここまでにしておく。何かあればまた伝える。


「それがあっちの世界へと言った僕からの最初の伝言だった」
 沈痛な面持ちで淡々と語り続けた葉貝はそこまで一気に話すと、残っていたコーヒーを一気に飲み干し、店員にコーヒーのお代わりを頼んだ。
「ここまではあくまで序章なんだ。君たちにとっても重要なのはこれからだ。心して聞いてくれよ」
 テーブルに届けられた2杯目のコーヒーに軽く口をつけると葉貝は再びもう1人の葉貝の話を続けた。
「それから数日後。夜中に再び頭の中へと伝言が届いた」


 ――こんな夜中に済まない。しかし、僕にはもう時間が無い。今から伝えることを決して忘れないでくれ。最初にもう僕たちは元の世界に戻ることはできない。いや、正確に言えば元に戻ることは可能なんだが、今更もう1人の僕を危険に晒すわけにはいかない。そこまで僕は追い詰められているんだ。あれから、ずーっと日本で隠れていたのだが、ついに奴らに見つかってしまった。僕は体珠を山の奥深くに隠したのだが、奴らは再び教授を使い、自らの手で体珠を作り出そうとしている。教授の頭脳を持ってすればそれも時間の問題だろう。痣向はそれを使い、恐るべき兵士を作り上げ日本でクーデターを起こそうとしている。そんな恐ろしい野望は何としても打ち砕かなければならない。しかし、僕にはそれができそうにない。そこで、教授とこっそり話をして、未来の人間に託そうと思う。しかし、僕の存在を奴らに忘れさせるためには少し時間が必要だ。教授には体珠の完成を何とか遅らせてくれると約束してくれた。そこで、今日鷹居山に遠足に来ていた小学生、名前は独田君と言うのだが、彼に3個の体珠を渡した。そして15年後、教授の作り出した機械によってこっちとそっちの世界に住む独田君の意識を入れかえる。それと同時に君の元へ、この相手の意識に語り掛けることのできる機械を送る。それを使って、そっちの世界にやってきた独田君に事の真相を伝えて、奴らの野望を打ち砕いて欲しいんだ。


「それがもう一人の僕からの最後の伝言だ。あれから15年。ついこの間の話だけど、この機械と共に1部の新聞がどこからともなく僕の元へと現れた。新聞には僕が事故により亡くなった記事が載っていた。その横に、多分話に出ていた教授の文字だろうけど、『彼は奴らによって殺された』と書かれていたよ」
 葉貝はどこから取り出したのか、トランシーバーのようなものをテーブルの上に置く。
「いいかい。君はこれからこれを使って向こうの世界に行ったもう1人の君に向かって、今回のことを説明するんだ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ」
「いいかい。断れば君の意識は一生この世界にとどまることになる。それでもいいのかい」
「きょ、脅迫ですか!?」
「君の住んでいた日本がクーデターに巻き込まれてもいいというのか!それでも、そんな世界を君が望むというなら君を元の世界に戻してもかまわないよ。ただ、僕は一生君を恨みつづける」
 葉貝の目に先ほどまでの人懐っこそうな笑顔はない。
「い、いや、断るだなんて言ってません。ただ、もう少し説明が欲しいんですよ。なぜ、こんな回りくどいことをする必要があったんです?向こうの世界に行った葉貝さんは何もできなかったのですか?」
「それは実は僕にもはっきり分からないんだ。教授と話でもできれば真相はわかるのだろうけど……」
「分かりました。ともかく、話をしてみましょう」
 独田には既に道が一つしかないことが分かっていた。真相はその道の終着点まで行けば自ずと分かることなのだろう。独田はトランシーバーのようなものを手に取ると、ゆっくりと話し始めた。


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