体珠 第拾四話 |
何者かに勢いよく引っ張られた独田はそのまま体勢を崩し、顔面から草むらへと飛び込んだ。 「ありゃりゃ、大丈夫かい?」 「大丈夫なわけないだろ!誰だ、お前は!」 思いきり地面にぶつけた鼻をさすりながら、独田は起き上がり、相手の方へと怒鳴りつけた。 「いやぁ、申し訳ない」 そう言って頭を掻く男の顔に独田は見覚えがあった。十数年の歳月のため、顔にはいくつかの皺が刻まれ、多少丸みも帯びていたが、そう簡単には忘れない顔だ。何せ、ついさっき夢で見たばかりの体珠を独田に渡したあの男の顔だったのだから。 そんな独田の驚きの表情を見て、男は心底安心した様子で話し始めた。 「いやぁ、15年も経っているから忘れているだろうと思って、こんな森の中に引きずり込んだりしたけど、余計だったみたいだね。いやぁ、君たちに託して正解だったよ」 「え?託す?」 「ともかく、僕を覚えているのならこんなところに長居は無用だ。ゆっくり話ができるところに場所を移そう」 と言って、そそくさと立ちあがり歩き出した男を独田も体中についた泥を払い落としながら慌てて追う。と、ここで独田にある疑問が湧き上がった。そこで、それを男に聞こうかと思ったが、意外と男の歩く速度は速く、知らぬ間に少々差がついてしまっていた。独田は質問を後回しにして、小走りで男の後を追うことに専念することにした。 広場からはさほど離れていないところに結構な大きさのロッジ風の建物がある。確か昔は小さな土産物屋しかなかったからなかったはずだから、ここ数年のうちに建てられたものだろう。カランコロンというドアに付いた鐘に迎えられながら、男に続いて独田も中に入る。中は土産物屋であったが、左手奥にはどうやら喫茶スペースがあるらしい。男は店員に「コーヒー2つ」とだけ告げると窓際の席へと腰を下ろした。 自分ら以外に客のいない建物の中はとても静かで、物音一つたてるのもまずいような気分になる。 独田は男の向かいの椅子に腰掛けると、店員の持ってきたおしぼりでまだ泥のついている顔をぬぐった。 「いやぁ、さっきは本当に申し訳ない。怪我とかはしてない?」 男は人懐っこそうな笑顔で独田に語り掛ける。 「ええ、まあ大丈夫です」 本当はまだ鼻の頭がヒリヒリと痛むのだが、子供でもあるまいし、大げさに痛がるほどのことでもない。独田はこんな時、変に気を使う癖がある。 やがて、運ばれてきたコーヒーを1口飲むと、男は膝をパンと叩いて、大きく1回息を吐く。 「さて、何から話したものか……」 「あ、その前に。一つ気になったことが」 独田は先ほど湧き上がった疑問をまずぶつけることにした。 「なにかな?」 「あなたは本当に僕が小学生のころに出会ったあの人なんですか?」 「どうしてだい?」 「だって、僕があなたと出会ったのは向こうの世界の話です。こっちの世界のあなたとは初対面のはずでは?」 「なかなか鋭いね。その通り。君が出会った僕は向こうの世界、つまり体珠のない世界の僕だ。だから君と僕は初対面ということになる。まあ実際のところ、僕が君と会うのは初めてではないんだけどね」 「一体全体どういうことなんですか!?」 「まあまあ慌てないで。今回の一件は全て僕たちが関与していることだけど、順を追って説明していくから」 男は両手を大げさにふりながら、独田をなだめる。 男の態度にこの場はあせっても仕方がないと気づいた独田は、聞き手にまわることを決め、コーヒーカップにゆっくりと手を伸ばした。 「最初に自己紹介をしておこう。僕の名前は葉貝(はがい)と言って、警備会社で勤めている。実はここだけの話、僕も君と同じ世界の出身なんだ」 「!!」 独田は口に含んだコーヒーを噴き出しそうになった。しかし、これもよく考えればあり得る話だということに気づいた。そうでなければ、元の世界で体珠をもらうことができないのだから。 「そもそもの話は18年前にまで遡る。当時、まだ警備会社に入社したてだった僕は、あの日初めて車を使っての輸送をしていたんだ。生まれて初めての現金輸送だったこともあって僕は助手席で結構な緊張感に襲われていた。そして、あの瞬間だ」 そこまで言って葉貝はコーヒーを一口飲む。 「夕方だっただろうか。もう少しで目的地に到着というところで、運転をしていた先輩が突然トイレに行きたいと言い出して、慌ててパチンコ屋へと車を停めたんだ。仕方がないんで、僕は助手席で煙草でも吸いながら外を見ていたんだ。すると突然、ものすごいめまいが襲ってきて、何もかもが分からなくなって、その場に気を失ってしまったんだ」 と、ここでまたコーヒーへと手を伸ばす。変にもったいぶった言い方に独田は少々イラツキながらも、葉貝の次の言葉を待った。 「で、目が覚めたらこっちの世界さ。おまけにどうやら車ごと来ちゃったらしくて、体珠が現金に変わっていると大問題になったんだよ。どうやら、元々こっちの世界に住んでいた僕は体珠を輸送中だったらしいんだ。あっちの世界に行ってしまった僕の方が後始末が大変だったかもしれない。何せ大金が見た事もない石ころに変わってしまったんだから」 「じゃあ、なぜこの世界に来てしまったかは分からないんですか?」 「ああ、そうなんだよ。何かしらヒントでもあれば元の世界に帰ることもできたかもしれないけど。まあ、それ以前に僕はもう元の世界には戻れなくなってしまっているし」 「どういうことですか」 「これも後々話すことだけど、実は向こうの世界に行ってしまった僕は死んでしまったんだ」 「死……あ、でもなぜそんなことが分かるんですか」 「だから、それも話すから。まあ、続きを聞いてよ」 「あ、はい…」 「それからは大変だよ。いきなり見たことも聞いたこともない体珠っていうやつが存在する世界に来ちゃったわけだから、この世界に慣れるまでは苦労したね。まあ、幸いなことに体珠を作ることができない体でも生活に不自由することはあまりなかったから、うまく回りの目を誤魔化しながら生活はできているよ」 「てことは、やっぱり葉貝さんは体珠を作ることができないんですか?」 「そりゃそうだよ。こっちの世界に来たからって、体の作りまで変わるということはないよ」 と、そこまで言って葉貝はあることに気づいたのか大きな声をあげる。 「あ!そうか。君は体珠を作ることができるんだね。まあ、薄々感づいているかもしれないけど、君の体は元々こっちの世界にいたからね」 やっぱり……独田は声には出さずにつぶやく。となると、今の自分の意識はどこからやって来たというのか。間違いなく自分の意識は体珠のない世界のものだ。 うつむいたまま動かない独田の姿を見て、葉貝は慌てて言葉をつなげる。 「頭がパニックになってしまったようだね。誠に申し訳ない話なんだけど、今回君たちを巻き込んだのは、僕たちだ。ちゃんと今回の件についても説明をするから、もう少し僕の話を聞いてもらえないだろうか」 独田は葉貝の言葉に再び衝撃を受ける。 自分がこんな目にあったのは、この男のせい?一体、なぜ?どうして? 葉貝は独田の狼狽に気づきつつも、話を続けた。 「ともかく、元の世界へと戻る手段が見つからなかった僕は仕方なくこの世界で一生を送る決心をしたんだ。ところが、こっちの世界にやってきた2年後。突然僕の頭にもう1人の僕の声が響きはじめたんだ」 「もう1人の僕…?」 「そう、僕と入れ違いで体珠のない世界へと行ってしまった僕だ。その僕が言うには、とある教授の協力を得て、2つの世界をテレパシーでつなぐことができたと言うんだ。最初は僕の頭がおかしくなってしまったんだと思ったよ。ところがそんな僕の思いも知らずに、頭へと響くもう一人の僕の声は次々と色々なことを話し出してくる。それは驚くべき内容だったんだ」 そして、葉貝は今回の真相についてゆっくりと話し始めた。 |