体珠

第拾弐話


 独田は依然、その紫色の体珠に目を奪われていた。ズボンもあげずに。
 いくら体珠が体内で精製されるとはいえ、まさかアレと同じようにして出てくるのだとは夢にも思わなかったのだ。この世界ではあまりにも当たり前のことだったので本にも載っていなかったのだろう。
 体珠はかなりの熱を持っているらしく、周りの草からブスブスと煙が上がり始めていた。さすがに火がつくまでには至りそうもないが、とても触ることはできない。別の意味も込めて。
 ちなみに、こっちの世界のトイレに水が張られているのは、下水へ流すためではなく、体珠の熱を冷ますためなのである。当然、洗うという意味も込められてはいるのだろうが。
 森の中、ズボンを下げた状態で立ち尽くす男。
 そのおかしな状態にようやく気づいた独田は慌てて周りをきょろきょろしながらズボンをあげた。そして、荷物の置いていた場所まで戻ると、ペットボトルに少し残っているお茶を確認してから、それを現場まで持っていく。そして、おもむろにペットボトルの蓋をあけると、紫の体珠にお茶を注ぎ始めた。お茶は体珠に触れた途端に白い蒸気へと姿を変えていく。
 やがて空になったぺットボトルを地面へと置き、ズボンのポケットからハンカチを取り出す。そして、刑事ドラマで刑事が証拠品に指紋をつけないように取り上げる方法で体珠をハンカチでくるんだ。体珠はまだ熱を持ってはいたが、とても熱くて持てないということはない。使い終わりが近いカイロぐらいのものだ。
 それをポケットに入れながら、これなら他人の体珠が欲しくないわけだよ、と笑ってみる。そういえば、紫色なんて見たことがなかったな。もしかしたら、予想もしない高値で買い取ってくれるだろうか。
 荷物のある場所まで戻ってきた独田は、荷物をまとめて再び山頂へと歩き始めた。
 その道すがら、独田はある大きな一つの疑問へと想いを寄せていた。
 その疑問は考えれば考えるほど、考えもしなかったある結論へと収束していく。
 やがて、森の木々で包まれた山道は終わり、広く開けた広場へと出た。
 ここは山頂の手前にある広場だったはずだ。
 ここまで来れば、山頂までは目と鼻の先だ。
 この広場こそ、夢で思い出したあの遠足で食事をした広場だ。
 自分に体珠をくれた男が潜んでいた森の方を見つめる。
 あれから10年以上が経った。
 もうさすがにあの男もいないだろう。
 しかし、なぜかどうしても男のことが気になった独田はゆっくりとあの森に向かって歩き始めていた。
 そして改めてあのことについて考えてみる。
 なぜ自分は体珠を作り出すことができたのか?
 少なくとも、元いた世界ではそんな特技は持ち合わせてはいなかった。
 こちらの世界へとやってきて、体が突然変異を起こしたというのだろうか。
 そんな、馬鹿な。
 となると、答えはただ一つ。
 ――自分は元々この世界にいた住人だった
 下を見つめたまま、結局同じ結論に至った独田は突然、何者かに腕を引っ張られ、そのまま森の中へと姿を消した。


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