体珠 第拾壱話 |
独田は夢を見ていた。 それは何気なく聞いていた大学での講義の夢だった。 そしてそれは独田のある記憶を呼び戻した。 講堂の最前部で教授がマイク片手に話をしていた。話の内容は体珠について。 200人は入れる広い講堂内には20数人の学生がいる。そのほとんどは教授の講義になど耳を貸してはおらず、居眠りをする者、雑談をする者、なにやら他ごとをしている者など様々だ。 単位が足りなくて顔を出した独田はというとただぼんやりと黒板を見つめていた。 教授はしゃがれた声で普段はあまり話題にも上らない体珠についてこう喋っていた。 「体珠には莫大なエネルギーが凝縮されておる。そのエネルギー力は凄まじく、通常の原子力発電所が1週間に作ることの出来る電力をたった2つの体珠で作り出すことが出来るほどだ。実際に我が国でも体珠によって全体の9割近いエネルギーを作り出しておる。そのため国が高い金を出して、我々の体珠を買い取ってくれるわけだ。」 そんなことは常識中の常識だ。なんでこの教授はいつも分かり切ったことを、こんなにも堂々と話せるのだろう。 「さて、その体珠からエネルギーを取り出す方法だが、それには体珠同士をぶつけ合わせればいい。体珠単体では非常に固い構造をしておるから、ちょっとやそっとの力では壊すことは到底出来ない。よくある幾何学的な形をした物でも約5トン。球体など、さらに壊れにくい構造をしているものは約15トンもの力に耐えうることが出来ると言われておる」 5トンだか、15トンだかは知らないが、体珠が固いことなんて子供でも知ってる。何せ子供のいい遊び道具になっているんだからな。そういや、俺もボールの代わりにしたことがあったっけ。 「ところが、体珠同士をぶつける場合には話が違う。5トンと言わずに、約100キログラム程度の力で壊れてしまう。しかし、この程度の力でぶつけた場合には、放出されるエネルギーも非常に少ないから、大きな事故になるなどということはない。現在の体珠発電所で使われておる装置は体珠同士を時速約800キロでぶつけておるが、装置は今も速度を上げるための開発が続けられておるから、毎日のように体珠からエネルギーをより多く得られるようになっておる」 そういえば子供の頃、よく親の目を盗んでは友達の体珠とぶつけ合って遊んだなぁ。体珠が弾けるときの光が花火みたいにとてもキレイで……母さんにばれたときはものすごい大目玉くらったっけ。 そういえば一度、大爆発までは行かなくても、結構な爆発を体験したことがあったな。確か、中学生の頃に体珠がどれほど固いのか調べようっていうことになって、友達と持ち寄った体珠を走っている車にひかせてみようと道路に200メートルぐらいずつの間隔を置いて2、3個置いたんだ。やがて1台の車がやってきて、ちょうど3個目の体珠の上を走っていった。すると、タイヤに踏まれた体珠がタイヤの回転に乗って、一気に後ろへとはじき飛ばされて、後ろに置いてあった体珠と見事にぶつかったんだ。 ドカーン、なんて音はしなかったけど、ものすごくまぶしい光が辺りを包んだんだ。その光はしばらく僕たちの目を見えなくしてしまうほどのまぶしさだった。一体何分ぐらい、真っ白な世界を眺めたことだろう。やがて、元の視力を戻した僕らは、約15センチほどもえぐれたアスファルトを見つけて、慌ててその場所を逃げ出したんだ。結構離れた場所にいたから怪我こそしなかったけど、もし間近で爆発が起きていたらどうなっていたかと考えると今でも正直ゾッとする。 あれからだ、体珠同士をぶつけて遊ぶのをやめるようになったのは。 そして夢は覚め、現実の世界へ引き戻される。 目が覚めると、そこはどこかの室内だった。黒光りする革張りの豪華なソファに腰掛けた状態で眠っていたらしい。徐々に意識がはっきりしてくると、部屋の内装もやたら豪華だということが分かった。床には足を踏み込むとそのまま沈んでいきそうなほどフカフカの絨毯が広がり、目の前の低い机は大理石で出来ている。誰かの書斎か何かであろうか、すぐ近くには大きなテーブルが置かれており、本がぎっしり詰まった大きな本棚もある。壁には1メートル以上はある柱時計が置かれ、その近くには今までテレビでしか見たことがない、鹿の頭の剥製まで飾ってある。 誰もが簡単に想像できるお金持ちの部屋。そういった印象であふれかえっている部屋であった。「ようやく、お目覚めですかな?」 突然、かけられた声に独田は心臓が口から飛び出そうになった。一体どこから声がしたのだろう。 すると、ひときわ大きな机の向こう側に置かれていた黒い椅子がクルリとこちら側を向いた。 「少々手荒なまねをしてしまって申し訳ないと思っています」 少し高音の声の主はスーツを身にまとった40歳ぐらいの男だ。あの大男のように髪の毛をオールバックで固めているが、柔和な笑顔を浮かべているせいか、印象は全く違う。ちなみにワイシャツは淡いブルーでネクタイは赤いペイズリー柄だ。 あの大男からは圧倒的な威圧感を感じたが、この男からはそういったものは一切感じられない。しかし、何かしら別のオーラをまとっているような気がする。 さっきのような大男が相手では、独田は萎縮するしかなかったが、この男が相手なら何とかなるかもしれないと感じた。独田はゆっくりとソファから立ち上がると、男の座るテーブルへと向かった。そして相手を真っ正面から見つめ、語気も荒く話し出した。 「あんたは誰だ?それに、ここはどこだ?」 本来独田は人と面を向かって話すのが苦手な男であった。しかし、ここ数日の異世界の生活でそんなことも言ってられない状態になっていた。人間、切羽詰まれば自分でも気づかなかった本性が現れるものである。 「まあまあ、そう怒らないで」 男は両手を胸の前に出して大袈裟に答える。 「そんなに慌てずともそのうち分かりますよ」 男はゆっくりと立ち上がると、独田の横を通りソファーへと腰掛けた。そして、独田に向かいに座るよう左手を差し出した。 ひとまず、この場は独田も素直にそれに従い、ソファーへと腰掛けた。 「しかし、そうですね。最初は質疑応答でもいいでしょう。では先ほどの質問に答えましょう。私の名前は痣向(あざむかい)といいます。そして、ここは私の事務所です。他に質問は?」 痣向と答えた男は両手を腹の前で組み、独田の次の言葉を待っていた。 「さっき、俺をここに連れてきた男たちとの関係は?」 「私はあいつらが所属する組の弁護士をしています」 「べ、弁護士なのか、あんたは?」 痣向の意外な正体に独田は驚く。 「先ほども言いましたとおり、私には痣向というちゃんとした名前があります。その『あんた』というのはやめていただけますか、独田さん」 依然穏やかな口調だが、さすが弁護士ということか、その言葉には決して翻ることがないという強さが感じられた。 「もう、俺のことは調べてるってことか、痣向さん」 「結構」 痣向は名前を呼んだ独田に嬉しそうに目を細める。 「当然です。私に弁護を求める方なども全て調べ上げていますし」 「別に俺は、弁護をしてもらいたい訳じゃない」 「分かっていますよ。私はあなたに協力をして欲しいのです。協力を求める相手を調べるのも当然のことでしょう」 「協力?」 「もう分かっているでしょう?HCのことですよ」 「HC?」 「その名前をご存じない?つまりはこれのことですよ」 そう言って痣向はポケットからハンカチを取りだした。独田の前でたたまれていたハンカチの角を一つずつ外側へと開いていく。やがて、ハンカチの上に現れたのは透明な体珠だった。 「体珠か…」 「ほう、あなたはこれのことを体珠を呼んでいるのですか。うん、なかなかいいネーミングだ。これからは私もそれを使わせていただくことにしましょう」 「HCというのは?」 「それは私が名付けた名前です。初めてこれを手に入れたときに、色々と調べましてね。これの一番の特徴から『Human Cyrestal』と名付けたのです。HCはその頭文字です」 「手に入れたっていつ?」 「そうですねぇ、かれこれ15年は経つでしょうか。あのころは私も弁護士に成り立ての頃だったのですが、とあることからある人物を助ける機会がありまして、その人物に弁護報酬として頂いたのが初めてのことです。彼には大変世話になりました。彼のおかげで私の今の立場と財力があるのですから」 「財力?」 「そうです。HC、いや体珠は私にすばらしい富を与えてくれました」 「体珠が?」 こっちの世界でも体珠が流通しているのだろうか。しかし、体珠からはエネルギーを作り出すぐらいしかできないはず。そのための装置を準備するだけでも莫大なるお金が必要だというのに、一体この男はどれだけの体珠を手にしていたのだろうか?独田は色々と考えるが、どう考えても個人が体珠で莫大な富を得る方法が思いつかなかった。 そんな独田の姿を見た痣向は怪訝そうな表情をした。 「おや?独田さんは体珠の効能をご存じないのかな?」 「こ、効能?」 「これは私の知り合いの大学教授に調べていただいたことですが、体珠には人間のDNAが含まれていることはご存知ですよね」 痣向は唇の片方をつりあげて、意地悪そうな笑みを浮かべる。独田には全くの初耳だったことを知っているかのように。 「さきほど、ある人物から体珠を頂いたと言いましたよね。どういうわけかその体珠にはその人物のDNAが含まれていたのです。このことを軸にさらに体珠について調べた結果、思いもよらない力を持っていることが分かったのです」 痣向は明らかにもったいぶった言い方をしていた。それが分かるだけに独田は無性に苛立ちを覚えた。しかし、その続きが気になるのも事実だ。痣向の機嫌を損なわないよう、苛立ちを極力表に出さないよう注意した。 「それはその体珠を飲むことによって、その人物のDNAを自分のものとして取り込むことができるのです」 「の、飲むだって!?」 「おや、何をそんなに驚かれているのですか?ということは、独田さんはまだ体珠をお飲みになったことがないのですね?」 「あ、当たり前じゃないか!」 そもそも他人の体珠を手に入れるということは法律上禁止されている。まあ、しかしそれを気にせずに個人的には体珠の交換などは普通にされているが。ともかく、他人の対珠を手に入れるならまだしも、それを飲むだなんて常人の考えることではない。いくら、体珠の正体を知らないとは言え、何ということを考えるのだ。 「まあ効能を知らないのでは、驚かれるのも無理はないのかもしれませんね。いいですか、他人のDNAを取り込むということがどういうことかお分かりですか?簡単に言えば、自分の能力が2倍になるということなのです」 痣向の予想もつかない言葉の連続に独田の驚きはまだまだ続くのであった。 |