体珠

第拾話


 独田は夢を見ていた。
 それは子供の頃の夢だった。
 そしてそれは独田のある過去の記憶を呼び戻した。
 やがて独田は目を覚ました。
 そして、ゆっくりと起きあがると、眼をこする。
 ビニールシートがあったとはいえ固い地面の上で寝たせいか、背中が痛い。
 独田はそのままシートに座ったまま、夢のことを思い出していた。
 こっちの世界に来てから、何度も夢を見ている気がするが、目が覚めると全て忘れてしまっていた。しかし、今回は妙にはっきりとその夢を覚えていた。

 てっきり独田はこの鷹居山に登るのが2度目だと思っていた。しかし、実は小学校の遠足でもこの山を登っていたのだ。ただそれだけなら、単なる思い出話なのだがそれには続きがあった。
 小学校時代の独田は山頂での昼食のあと、トイレに行きたくなりみんなのいた広場から一人離れた。実は近くにトイレがあったのだが、それを知らなかった彼は広場から多少離れた森の中へと入っていった。そこで彼はある人物と出会った。その人物がなぜそこにいたのかは分からないが、その人物はとてもきれいな石をたくさん持っていて、たまたまそこにやってきた彼に3つの石をプレゼントしてくれた。そして、その人物は確かにこう言った。
「この石はものすごいパワー持っているんだ。だから、大事に持っていなさい。もし、危ない目にあったら3つのうちの2つの石を地面でぶつけるんだ。するとものすごい光が出るから、それを目くらましにするといい。でも、本当に危なくなったときにだけ使うんだよ、いいね?」
 小さな独田は大きくうなずくと、気になっていたことをその人物に聞いた。
「おじさんはどうしてここにいるの?」
「あのね、おじさんは悪い人に追われているから、ここに隠れてるんだ」
「悪い人?」
「そう。悪い人…」
 そうつぶやきながらその人物は何かを思い出しているようだった。
 やがて、その人物はゆっくりと立ち上がると「じゃあね」とだけ言い残して森の多くへと走り去った。
 その姿を独田はずっと見つめていた。やがて、心配して探しにやってきた先生に連れられて森を出るまで、ずーっと。
 それから、あの人物には会ってない。

「そうだよ!あの石だよ!」
 独田は慌てて立ち上がると、ズボンのポケットを探った。
 そして黄色い巾着袋を取り出すと、中身を出す。
 手のひらに転がり出てきたのは、透明な3つの体珠。
 いつも無意識のうちに肌身離さず持ってきた独田の宝物だ。
 あまりに身近すぎて、今の今まで存在を忘れていたのだ。
 夢で見たあの石と体珠がピッタリと一致する。
 小学生の時に既に独田は体珠と出会っていたのだ。
 独田はまるでこの展開をあの人物が予知していたのではないかと思えて、寒気が走った。と、同時に下腹部に鈍い痛みを感じた。簡単にいうと便意を感じたのだ。既にこっちの世界にやってきて3日が経とうとしているが、実はこの間、小便こそすれど、もう片方のは一度もしてなかった。独田は便秘になどなったことがなかったが、この環境の変化で体の調子もおかしくなっていたのかもしれない。
 独田は回りを見渡すが、トイレらしきものは全く見当たらない。ついでに人影も全く見当たらないことに気づいた独田は、意を決してコースをさらに離れて森の奥へと足を進めた。
「こんな年にもなってこんなことすることになるとは思わなかったよ」
 独田は誰に話すでもなくつぶやいて苦笑する。
 かなり奥深くまで入った辺りで、独田はズボンとパンツを下ろししゃがみ込んだ。やがて、今まで溜まったモノが一気に吐き出される快感が全身を突き抜ける。その快感は生まれて初めてではないかと思うほどの凄まじさだった。そして、ゆっくりと立ち上がると放心状態のまま実に自然にパンツとズボンをあげる。とここで慌てて我に返った独田はあげたパンツなどを下ろし、ティッシュペーパーを準備した。
「ああ、もう何やってんだよ、俺は」
 自分の行動に呆れてしまい、ため息が出る。と一瞬、なにげに動かした視界に意外な物体が飛び込んできた。
「!!」
 快感を起こした物体がある場所に転がっていたのは、あの汚い、森の肥やしになるものではなかった。  そこには淡い紫色の光を放つ体珠が転がっていたのである。


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