ACT.81 密室からの脱出 (2000.04.16)
いつもの日課のように本屋へ行こうと準備をした。時計は3時。ウォークマン代わりに使っているLibrettoに電源を入れリュックに収める。暖かくなってきたとは言え、私は本屋に平気で2、3時間居座るような男だ。帰る頃には寒くなっている可能性があるのでジャンバーを羽織る。リュックを背負って、玄関へ。ドアノブの鍵を回して、ドアノブを握る。いつものようにドアを押して開けた。ん?開け…た?あ、開かない!!あれ?俺、昨日鍵閉めるの忘れたっけ?我ながら無用心だな。鍵を再び回してっと。やっぱり開かない。いや、やっぱり鍵はきちんと昨日閉めてたよ。再び鍵を戻してと。んっ!やっぱり開かない。もしかしてこのドアは引くドアだったか?よいしょっと。って開くわけないよ。ドアの構造からして引いて開けるのは不可能だし。だいたいこんなところで細かいボケをしていても誰も見てないじゃないか。いくら文章に起こせても身振りは伝わんないし。ともかく、一体コレはどういうことだ。なぜドアが開かないんだ。ここから出られないということは……まさか俺はこの部屋に閉じ込められてしまったというのか?一体誰が?何のために?KGBの策謀か?KKKの陰謀か?DDIのサービスか?はたまた退会したソ○ットの恨みか?ともかく理由はわからない。しかし、このままここに素直に閉じ込められているほど私はお人好しではない。何とか脱出方法を考えねば。そうだ、玄関がダメなら窓があるではないか。しかし、廊下に面している台所の窓には格子が設置されている。私は関節を外すことは出来ないし、軟体動物でもない。となるとベランダの方か。しかしここは3階である。そこから飛び降りることが出来るほど運動神経はないし、それ以前にそんな度胸もない。そうだ、隣の人に頼んでベランダ伝いに行けば出られるかもしれない。しまった、右隣の人はほぼ間違いなくこの時間にはいないんだった。引越しの挨拶に行ったときにその辺りは知っている。伊達に何度も会えるまで挨拶に行ってはいない。私は律義な人間なのだ。誰も言ってくれないから自分で言う。左隣の人は更に悪い。何せいつ行っても留守なのだ。一体何度引越しの挨拶をしに行ったと思っているのだ。その度に留守。一度、明らかに部屋にいるのに居留守を使われたときは切れそうになったものだ。仕方がないから挨拶用の菓子折りをドアにかけておいたら、ちゃっかりそれだけは取って行きやがった。そのまんま何の挨拶もない。下の階の人はきちんと挨拶に来たというのに。都会の人間は人付き合いがどうこうとか言われるがそれ以前の問題ではないか。となると、隣人に助けを求めることも出来ない。まいった。八方塞だ。どうしよう。このままこの部屋で野たれ死ぬまで待っているしかないと言うのか。そうだ。電話で助けを呼ぶことも出来るじゃないか。かといって警察を呼ぶのもちょっと気が引ける。となると、どこに電話する?やはり友人宅か?しかし今日は平日。友人はみんな仕事をしている。わざわざ仕事を抜けてまで来てもらうのもやはり気が引ける。仕方ない、夜まで待つか。慌てることはない。別に今すぐでなくてもいいんだ。幸い冷蔵庫には食料も酒もある。篭城戦と言ったら聞こえはいいが、相手の分からない戦というのは結構怖いものだ。一体誰と私は戦っているのだ。私の精神はかなり細い糸の上でバランスをとっているようなものだ。いつ落ちてもおかしくない糸の上。私はいつまでバランスをとりつづけていることが出来るだろう。いつまで自分を失わずにいられるだろう。これは見えない敵との戦いではない。己との戦いなのだ。おお、なんかかっこいいぞ。そのときドアチャイムが部屋に鳴り響いた。 「すいません」 「はい、なんでしょう?」 「あのぉ、ドアの隙間に入った塗料をはぎ落としたいんですが」 「塗料?」 「ええ。塗装時に隙間には入っちゃったのを取りたいんですよ」 そうだ。今住んでいるアパートは先週から塗装工事をしているのだった。つまり何か?ドアの隙間に塗料が入ってそのせいでドアが開かなくなったのか? 「ドアを開けたいんですけど、開かないんですよ」 「開かない?」 「ええ。その塗料のせいで開かないんです」 「じゃあ、こっちで引っ張りますから、そっちで押してください」 「分かりました」 てなわけで、私は密室からの脱出に成功した。塗装業者の力を借りて。ってそうじゃないだろ。塗装業者のせいで閉じ込められたんじゃないかよ!などと文句を言う度胸もない私は本屋に出かけたのであった。疑ってゴメンね、ソネ○ト。 |