spc
num.gif
spc
 
第二十一話 犬のお別れ(一)
spc
line.gif
spc
S子さんの家で飼っていた犬が亡くなった。
その2、3日後、ベットで寝返りを打つと、ベットの脇にある柵板の隙間からS子さんをじっと見つめる目と、目が合った。
S子さんは、それが亡くなった犬の目であることに、はっきりと気付いたという。
一瞬その犬が死んでしまったことも忘れて、名前を呼ぼうとした時、ふいに消えてしまったという。
あわててベットを覗いたが、もちろん犬の姿はなかった。
あれは、最期のお別れに来たんだ、とS子さんは思っている。
 
 
第二十二話 犬のお別れ(二)
spc
line.gif
spc
F美さんも飼い犬からお別れの挨拶をされたという。
その夜、F美さんは友人たちと、居酒屋で盛り上がっていたそうである。
その時、F美さんの携帯電話が鳴った。ひとり遅れて来る友人からの電話待ちをしていたせいもあり、F美さんは発信者の電話番号も確かめずに出たそうである。
「わん」
電話口の向こうで、犬の鳴き声がひとつして、電話は切れてしまった。F美さんは首を捻ったものの、その犬の声が実家で飼っていたタロのものだとすぐわかったので、妹がいたずらしたのだろうと思ったそうである。
その直後、再び携帯が鳴った。実家の母からで、その日の夕方にタロが車にはねられて死んでしまったというものだった。
F美さんはあわてて受信履歴を調べたが、先ほどの電話は番号非通知でかけられたものだったと言う。
「あれがホントの『ワン切り』ね」F美さんは笑って言った。
 
 
第二十三話 お帰り
spc
line.gif
spc
大学時代、霊園への一本道の途中に住んでいた頃の話である。
寝苦しい夏。私は明け方近くまで布団の中で本を読んでいた。
ふいにどこからか、きい、という蝶番のきしむ音が聞こえた。トイレの戸を閉め忘れたかと思った。
すると、また、きい、と音がする。
うるさいので起き出して調べて見たが、トイレの扉はちゃんと閉まっていた。
布団にもぐり直してみたが、また軋む音が聞こえた。どうも、外から聞こえてくるようだった。気にはなったが、面倒なので、そのまま寝てしまった。
翌朝、一体どこが軋んでいたのかと、表に出て家の回りを探してみた。蝶番のようなものは無かった。
そのうち、ふと気がついて、狭い道の反対側に行ってみた。霊園への一本道の途中に住んでいたと書いたが、実は家の正面も小さな墓場になっていた。そこは、奥にある霊園の歴代の住職が弔われており、一般に立ち入りが出来ないようにスチルの柵で囲んであった。
そして、柵の一部がドアになっていて、蝶番で留められていたのである。
しかし柵のドアはしっかりと鍵がかかっており、第一、あんな夜更けに一体何の用事があるのだろう、と思った。
そこで私は、ふいに思い出した。昨日が、お盆の出であることを。
 
 
第二十四話 祖母の人形
spc
line.gif
spc
Dの高校の時の話である。
実家のDの部屋に、亡くなったおばあさんが残した市松人形があったそうである。大事にしていたそうであるが、由縁は知らない。おばあさんはDが小学校の低学年の時にすでに亡くなっていた。
Dの部屋の一角は、あまり使わない服の入った衣装棚やダンボールなど、押し入れがわりに雑多なものが置かれており、それらと一緒にガラスケースに入った市松人形も置かれていたそうである。気持ちが悪いとは思ったものの、さして気にも留めていなかったという。
ある日、Dが部屋に入ると、なんとなく風景が変わった感じがした。
何が違っているのかと思って、回りを見直すと、ガラスケースの人形の向きが少し変わっているのに気がついた。
近づいてよく見てみたが、埃を被ったガラスケースには誰かが触ったような形跡は無い。
「でね、俺はガラスケースの乗っている棚をこづいて見たんだよ。ぐらぐらって、中の人形が揺れてね。それで、ああ、って思ったんだ。お袋が、服かなんかを取り出すときに、こうやって揺れてずれちゃったんだって」
Dはそう分かると、そのことは忘れてしまったのだと言う。
しかし、それだけでは終わらなかった。その2、3日後の夜、妹がすごい剣幕でDの部屋に怒鳴りこんできたのだそうである。
妹は手に持った市松人形をつき出して、トイレの中にこんなものを置くなんて、なんの冗談か!と喚き散らしたそうである。
見ると確かにガラスケースは空っぽになっていたが、もちろんDがそんなことをするわけがない。弁解をしたが、妹は市松人形をDに投げつけて、真っ赤になって出て行ったそうである。それからしばらく、妹はDと一言も口をきかなかったという。
妹が部屋を出て行ってから、Dはガラスケースをチェックした。しかしケースは相変わらず全体にうっすらと埃をまとわりつかせており、どこにもケースを開けたような痕跡は確認できなかった。
さすがにDも気持ちが悪くなり、ケースに人形を戻すと、裏返して見えないようにし、さらにテーブルクロスを掛けて完全に見えないようにしてしまったそうである。
そして、その翌日の深夜、Dはトイレで用を足した。
用が済んで戸を開けると、戸口に市松人形が落ちていたそうである。
 
妹の仕返しじゃないのか、と私は聞いてみた。
Dは薄笑いを浮かべて首を振った。「その日から、妹は修学旅行に出ていたんだよ」
 
話はここで終わる。
その後どんなことが起こったのか、人形はどうしたのか、Dはそれ以上を語ってくれようとはしなかった。
 
 
第二十五話 誰か来た
spc
line.gif
spc
原宿の某テナントビルに、私がフリーで出入りしていた、少人数の会社が入っていた。
当時は新築のビルであり、駅から少し遠いものの、バブル期に建てられたシャレたデザインのビルであったことは間違いない。
その会社の入り口のスゥイングドアが、ときたま自然に開いてことがあった。
自動ドアではなく、もちろん、誰もいない。私も入り口前のテーブルで仕事をしている時に、ゆっくりと開いていくのを目撃したことがある。いたずらではない。もしいたずらなら、すりガラス越しに、人の姿が見えるはずであった。
扉は私が見つめる中、ゆっくり開き、ふたたび閉まった。
ノブがないスゥイングドアなので、風で開くと思われるかも知れない。しかしドアのバネは強く、男でも力を入れないと開かないようなドアなのである。
また、この会社では、サッシ窓が勝手に開いていることもあったそうである。
 
 
第二十六話 首無しの作業員
spc
line.gif
spc
同じ会社での話である。
この会社は社長も含め、社員が5人と少ない。その上、外に打ち合わせなどに出ている人間もいるので、昼間でもしんと静まりかえっていた。
ここには、首の無い幽霊が出た。
人の気配を感じて振り返ると、首の無い、クリーム色の作業服を着た男性が向こうに歩いて行きながら消えていくのを、2人の社員が同時に見たこともあるという。
ちなみに、このテナントビルの建築中に、作業員が一人亡くなっているそうである。
入り口のスゥイングドアが勝手に開くのが、この幽霊のせいなのかはわからない。
近々おはらいをするつもりだ、と言っていたが、まもなくその会社は別のビルに引っ越してしまった。
 
 
第二十七話 焼きついた人
spc
line.gif
spc
Nさんのテレビは、かなりの年代ものである。
「使えるのに、捨てられない」と、言う。
そのテレビが最近写りが悪くなってきた。それでも番組はちゃんと見れるので、気にもせず使っていたと言う。
 
「何か焼きついてる」
そのことに気付いたのは、映像業界で仕事をしている、Nさんの彼氏だった。 テレビなどで同じ画をずっと映し続けると、走査管が焼きついてしまい、ぼんやりと跡が残ってしまうのだという。
「こうすると、良く分かるんだ」そう言って、Nさんの彼氏は、録画していないビデオをかけたそうである。
黒い画面に、ぼんやりと、しかし女性だと判るくらいにはっきりと、人の姿が浮き出していたという。Nさんは、その姿を見て、ぞっとした。今でも思い出すと、寒気がするという。
「顔はわからないのよ。でも、黒くて長い髪と、白い着物を着ているっていうのは、はっきりわかったわ」
焼きつきは、同じ画面をずっと出し続けていないと起こらないという。もちろんNさんに、そんな映像に心あたりはない。
結局Nさんは、それを潮時だと思って、テレビを買い換えたそうである。
もっともそのテレビは、「捨てるとお金がかかるから」ということで、リサイクルショップにあげてしまったという。
 
 
第二十八話 怪談の夕べ
spc
line.gif
spc
もの好きな友人たちが夜中に集まり、霊園の中で怪談話に興じたそうである。
その中のひとり、後輩のHはずっとうなだれて、ひと言もしゃべらなかった。周りの連中は、Hが怖がりなのだろうと思って、大して気にも留めなかったそうである。
夜もしらじらと明けはじめ、パーティもお開きになった。
「おまえ、怖がりなんだなあ」と、友人たちはHをひやかしたそうである。
「だって、、、」とHは重い口を開いたそうである。 彼が言うには、怪談話が佳境に入った頃、霊園の奥の方から人が歩いてきたという。
月灯りでその人影は上下に分かれた作業服のようなものを着ているのがわかった。Hはそれが霊園の管理人だと認め、まずいと思ったそうである。許可を得て入園しているわけではないからだ。先輩たちをうながそうと思ったが、話が盛り上がっていた途中だったので言い出せなかったそうである。
そうこうするうちに、人影は近づいてきた。誰か他に気がついてもいいのにと思ったが、誰も気がつかない。
人影は、Hの正面の友人のすぐ後まで来て、立ち止まった。うなだれた顔はぼんやりと影になっていてわからなかったそうであるが、短めの髪ははっきりとわかった。
すぐ背後に人がいるのに、他の誰も気がついた様子がないことで、ようやく彼はそれが本当の人間ではないことがわかったという。
その人影は夜が明ける直前まで、Hの正面の友人の背後にずっと立ちつくしていたそうである。
「だから、怖くて顔があげられなかったんです」
 
 
第二十九話 
spc
line.gif
spc
午前3時頃、友人宅からアパートへ帰る途中のことだった。
住宅街の細い路地を歩いていると、ある家の庭で火がちろちろと燃えているのが、低い垣根越しに目にはいった。
こんな夜中にたき火かと、首を捻って立ち止まった。辺りを見たが人影もなく、危ないなあと思った。
よく見てみると何が燃えているのかよくわからない。土のすぐ上で、丁度手をすぼめた大きさの火がちろちろと燃えているように見える。
迎え火かなあと思い、そのまま立ち去っが、家に帰ってよく考えると迎え火にしては季節が違う。
翌朝、再びその庭を覗きにいった。だが、燃えかすのようなものは何もなかった。
 
 
第三十話 自主映画
spc
line.gif
spc
Aが大学時代に8ミリの自主映画を撮ったときのことである。Aと同じ映画部に所属するJ子さんは、その撮影の手伝いをしていた。
映画の1シーンを、八王子の郊外にあるアパートの廃虚で撮影したという。
撮影は順調に進んでいたが、終了間際になって突然悲鳴が響いた。
Aたちが振り返ると、窓際にJ子さんがしゃがみ込んでいた。その腕からびっくりするくらいの多量の血が流れ落ちていたという。
Aたちはあわてて応急処置をしたという。J子さんは震えて何も言わなかったが、どうやら割れていたサッシの角に残ったガラスで腕を切ったらしかった。
後で思うと、怯えかたが尋常ではなかった、とAは語ったが、とりあえず、残った撮影を片付けてしまい、あらためて、部屋の端で震えているJ子さんの傷を見たそうである。
あれほど血が流れていたのに、応急処置で巻いたハンカチには、うっすらと血がにじんでいるだけだったという。傷もほとんどなかった。
J子さんはまだ怯えていたが、Aは一応胸を撫で下ろして解散し、J子さんを家まで送ったそうである。その帰り道、J子さんはひと言も口を聞かなかったそうである。
 
後にAがJ子さんから聞いたことである。
J子さんはあの時、ライトの影に入らないように窓際に立って撮影を見ていたそうである。
すると突然、J子さんは肩を掴まれて、後に引っぱられたのだと言う。
手を窓枠についたかどうかは覚えていないそうだ。気がついたら、腕から多量の血が流れていて、動転してしまったとのことである。
誰かがいたづらでそんなことをするとは考えられない。なぜなら、その撮影場所は4階だったからである。
Aの作品の出来は芳ばしくなかったそうである。Aに言わせると、その幽霊のたたりだそうである。
 
 
第三十一話 2つの記憶
spc
line.gif
spc
Yが高校1年生の時の話であるという。
「昨日は面白かったなあ」
朝、学校に行くと、悪友のFが声をかけてきた。Yは昨日の日曜日、Fとともに海に行き、女の子をナンパして、深夜近くまでカラオケで盛り上がったのである。
「なになに?」と、いつもなら一緒の、これも悪友のSが顔を覗かせた。昨日は用事があると言って、来られなかったのだ。
Fは、Sに昨日の話を自慢気にしていたそうである。可愛い子がいたこと。Yがちょっかいを出したが、振られたことなどを面白おかしく話をしていた。
その話を聞いている内、Yの頭に、唐突に法事のシーンが浮かんだそうである。飾られた仏壇、坊さん、線香の臭い、親戚の顔。それは、先日父の実家で行われた法事の記憶だった。
「あれ?、いつだったっけ」
Yはそう思ったそうである。すごく最近だった感じがして記憶をたぐるが、よく思い出せない。その日は悶々とそのことを考えていたそうである。
家に帰ると、早速母親に聞いた。
「こないだの法事って、いつ行ったんだっけ?」
母親はあっけにとられた顔をして、冗談だと思ったらしい。
「何言ってるの、昨日じゃない。まさか、もうボケが始まったんじゃないでしょうね!」
 
Yには、Fと遊んだ記憶も法事の記憶も、ともに、はっきりあると言う。
変なんだよなあ、とYは首を捻った。
 
 
第三十二話 大福
spc
line.gif
spc
S子さんは、大の和菓子好きである。
その夜も、楽しみに残しておいた大福を食べようと思っていた。
緑茶を煎れて、テーブルの上に出した大福を見ると、なんと真ん中が凹んでいる。
丁度、誰かが指で押した感じだが、当時S子さんは独り暮しで、そんないたづらをするような人間もいない。
S子さんが見つめるなか、凹みはゆっくりと、元に戻っていったそうである。
さすがに、その大福は食べられなかったそうだ。
 
 
第三十三話 冷気
spc
line.gif
spc
そのS子さんの、大学1年の時の話である。
同じ新入生の中に、その娘がいたという。姓は覚えているが、名前には記憶がないそうである。
ひどく無口な暗い感じの娘で、授業も端のほうで、いつも独りでぽつねんとしていたそうである。身体が弱いのか、時折ひどく厭な感じの咳をしていたのを覚えているそうだ。
どうしたわけか、S子さんは彼女のアパートに一度行ったことがあるそうだ。詳しいことは忘れたそうだが、なんでも道でばったり会って、思わず挨拶をしてしまったのが始まりらしい。
彼女の部屋は、木造モルタルの少し古めの1Kだったそうだ。
S子さんが驚いたのは、ひどく室内が寒いことだった。まだ4月の下旬だったが、S子さんは、クーラーをつけっぱなしにしているんではないかと思った。彼女のひどい咳も、このせいだ、とも思ったそうである。
S子さんがそう尋ねると、ここはいつもこんな感じだ、というようなことを、ぼそぼそと言ったそうである。
あまりの寒さと居心地の悪さに、S子さんは早々に退散したそうである。
その後、なんとなく学校でもその娘を避けている内に、すぐにゴールデンウィークになってしまい、連休が明けても、その娘は登校せずにそのまま居なくなってしまったそうである。
 
 
第三十四話 雪に残る形
spc
line.gif
spc
Mさんは秋田県の出身である。彼女の通った中学はS市にあり、Mさんの通学路の途中に、某電気メーカーの寮があったそうである。
ある冬の日の夕暮れ、Mさんは、友人とともに帰宅の途についた。
まだ4時頃だというのに、雪雲のせいで、あたりはほとんど暗くなりかけていたそうである。降り出した雪が、一面を白く染めつつあった。
彼女らが、その電気メーカーの寮の近くにさしかかったとき、隣を歩いていた友人がおかしなものを見つけた。寮の駐車場の一角にだけ、雪が積もっていなかったのだそうである。
ボックス型の建物である寮に隣接しているその場所の上には、庇になるようなものはない。
しかも、よく見ると、手足を妙な具合に投げ出した人の姿に見えたのだという。
Mさんたちは気味が悪くなって、立ち去ったそうである。
翌日、その話を学校でしていると、その寮の近くに住む友人が、丁度1年ほど前にその寮で投身自殺があったという話を始めた。遺体が見つかった時には、夜明けから降り出した雪が、遺体のまわりにうっすらと積もっていたという。
すわ、幽霊か、と一時は教室中が大騒ぎになったそうである。
その日の放課後、きゃーきゃー騒ぐ友人たちと、その現場を見に入ったが、駐車場は昨日から降り積もった雪が埋め尽くしており、人型のあった場所も、多少凹んでいるかという程度のものだったという。
 
 
第三十五話 くろっこ
spc
line.gif
spc
八王子に伝わる民話がある。
時折、部屋の隅などが、暗くなるのだという。地元では昔から有名で、「くろっこ」と言われている。
別に何かの不具合があるわけでなく、しばらくすると、また明るくなるのだという。
八王子に在住の友人によれば、今でも時折起こるそうで、「ああ、くろっこが来たな」と気にも留めないという。
 
 
第三十六話 ラブホテル
spc
line.gif
spc
渋谷のM町にあるラブホテルの話。
2年ほど前、Fは渋谷で彼女と飲んだ後、そのラブホテルを利用した。
ところが、部屋に入ってすぐ、連れの女性がシャワー室に入ったと思ったら、途端に青い顔をして飛び出してきたのだそうである。
彼女によれば、鏡に女の人が映ったという。自分の後、誰もいるはずのないところに、ビジネススーツの女性が後向きに立っていたという。
Fの彼女は、服が暗めの淡いピンク色であるとか、シャギーのかかった茶色の髪をしていたとか、うつむき加減の首を右に傾けていたとか、事細かにFに語ったそうである。
最初は冗談だと思っていたFは、彼女があまりにも「出たい出たい」と騒ぐので、腹が立ってきたという。
すでに宿泊分の料金を払っていたが、結局、そのホテルを後にしたという。
後にFはインターネットで、そのラブホテルで似たような経験をした体験談を読んだそうである。
彼女には、「ほらみろ」と言われるのが悔しいので、その事は話してないそうである。
 
 
第三十七話 ぽたっ
spc
line.gif
spc
新潟で小学校の教師をしているIの話である。
国語の授業中、生徒に教科書の朗読をさせていたときのこと。ぽたっという音とともに、Iの教科書の上に血痕が落ちた。
Iは鼻血かと思い、あわてて鼻を押さえたそうである。しかし、手を見ても血はついていない。天井を見上げたが、そんなものが落ちてくる原因となるものは、何もなかった。
私はその教科書を見せてもらったが、確かに1円玉ほどの赤茶けた飛沫の痕が残っていた。
錆じゃないか、と聞いてみたが、もっと真っ赤だったそうである。
 
 
第三十八話 プール
spc
line.gif
spc
Iが赴任したK町に町営のプールがあった。
ある夏、そのプールで事故が続いたことがあったそうである。死人こそ出なかったものの、子供や、大人ですら溺れるものが後を絶たなかった。
町は監視員を増やしたが、その効果もなく、理由もわからなかったそうである。
そのうち、「あのプールは墓場に建てられたもの」だとか「幽霊が出る」とか、「水の中を長い髪の毛が移動して行った」などの噂が流れ、Iの勤める小学校内でも問題となったそうである。
まもなく、その町営プールは閉鎖されたという。
後に、この町は隣接する市と合併したのだが、その際に今までの町境に新しいプールが建設され、この町営プールが壊されることになった。
Iが聞いた話では、プールを撤去した跡から、墓石がひとつ見つかったそうである。
 
 
第三十九話 わら人形
spc
line.gif
spc
Hが小学校の時の話だという。
大きな公園の端に、「忠霊塔」と呼ばれる、戦争で亡くなった人を祀る御堂のようなものがあったそうである。
その「忠霊塔」の背後は、今では遊歩道が出来て整備されているものの、当時は雑木林になっており、ひと気の無い気味の悪い場所だったそうである。
ある日、その雑木林で授業が行われた。なんの授業だか忘れたが、とにかくHたちは初めてその雑木林に入ったのだそうである。
うろうろしているうちに、女の子の悲鳴があがった。
一本の木を囲んで生徒たちが騒いでいるところにHが駆けつけてみると、物凄い数のわら人形がびっしりと打ちつけられいた。
 
 
第四十話 手形
spc
line.gif
spc
N子さんは、よく奇妙な体験をしたそうである。これは、彼女が高校生の時の話である。
彼女は女子校に通っていて、不審な男たちがよく校門の所にいたそうだ。
ある日彼女が下校すると、誰かにつけられている感じがしたそうである。
後を振り返って見ても、誰もいなかった。まだ陽も高く、不審な人間が隠れている様子もなかったという。
しかし、誰かにつけられているという感じは次第に強くなってくる。
そのうち何者かが触ってくるのが、はっきりとわかったという。N子さんは駆け出したが、手は執拗にぺたぺたと触ってきたそうである。
なんとか家にたどりついて戸を閉めると、ふいに、その感じは消え去ってしまったという。
激しくドアを閉めた音に驚いて、母親が出て来た。
母親に「服が汚れてるじゃない」と言われたが、N子さんは何のことかわからず、とりあえず足早に自分の部屋に入ったそうである。
セーラー服を脱いだとき、母親に言われたことが、ようやくわかった。
セーラー服の背中一面に、汚れた手形がびっしりとついていたそうである。
 
 
spc
line.gif
spc
next
back2contents