語る会モニター報告


      2022年夏の参議院選挙・TVはどのように伝えたのか
                       
                       2022
年9月 放送を語る会



   2022 年7月8日金曜日午前11時半すぎ、参議院選挙の選挙活動が再終盤を迎えた なかで衝撃的な事件が起きた。奈良市で自党候補の選挙応援で街頭演説に立った安 倍元首相が銃撃されたのだ。容疑者の男はその場で取り押さえられ、安倍元首相は心 肺停止の状態で運ばれた病院で午後5時過ぎに死亡が確認された。TVの画面は発 生直後からこのニュース一色になり、この日は参議院選挙に関するニュースが全く放送 されることはなかった。
  この夏の参議院選挙は、自民党が大勝、立憲民主党が大敗し、「改憲勢力」が 3分の2の議席を占めたという政治的にはエポックになる結果を有権者が選択した、とい うことよりも選挙期間中に元首相が銃撃され死亡したことで記憶されるのではないか。

  「放送を語る会」のモニター活動
 「放送を語る会」は放送局などのメディア関係者や市民などが会員となって、NHKを 始めメディアが、権力をきちんとチェックしているのか、平和と暮らしを守る人々にとって 必要な情報をきちんと伝えているのかなどを検証してきた。その一つの大きな柱が番 組モニターの活動だ。なかでも衆議院選挙や参議院選挙については、ほぼ継続的に 各放送局の主要なニュース・報道番組について比較や分析をしてきた。2022年6月22 日公示、7月10日投票の第26回参議院選挙についても、放送を語る会では番組のモ ニターを実施した。
 今回、モニターとして取り上げた番組は、夜のニュース番組(月~金)の
   *ニュースウオッチ9(NHK) *news23(TBS)
   *報道ステーション(テレビ朝日)
   *news zero(日本テレビ)

 朝の情報番組や、ウイークリー番組では
   *羽鳥慎一モーニングショー(テレビ朝日)
   *サンデーモーニング(TBS)
 それに参考視聴としてサタデーウオッチ9(NHK)、 NEWSα(フジテレビ)がある。
 モニター期間としては早い番組は公示の前の週の6月13日~投票翌々日の 7月12日までだが、実際に分析の対象にしたのは公示から投票前日の選挙活動期間 中の18日間で、14人の会員が担当の番組ごとに視聴のうえモニター票を作成した。
 その際に
    ①各政党の政策や主張が公平に伝えられたか
    ②政治的争点がどのように報道 されたか
 
などをモニターの視点として心がけた。
 
 参議院選挙関連の放送量は まずデイリーの各番組での参院選関連ニュースのトータルの放送時間を、番番組のあ った13日分で集計してみると
 *ニュースウオッチ9 2時間9分43秒(12日分) *news23 45 分40秒(8日分)
*報道ステーション 1時間8分55秒(8日分)となっていて、 以下は前回2019年の参議院選挙のモニター報告での総放送時間。
   *ニュースウオッチ9 1時間41分56秒
   *news23 1時間6分58秒
   *報道ステーション 1時間8分40秒
  放送量が増えた番組も減った番組もあり、3つの番組を合わせるとほぼ横ばい となっている。無論、量だけではなく番組の内容(質)こそ問われるものだが、 選挙報道へ十分な時間をあてることは有権者へ判断材料を提供する意味でも必要な ことだ。

  参議院選挙をどのように伝えたのか
 
ウクライナ侵攻によって世界の安全保障の枠組みが崩れ、エネルギー不足を誘因に 物価の高騰が生活へ影響を及ぼし、コロナ禍は依然終息の見通しが立たない。
 こうし た中での参議院選挙。衆議院の解散がなければ、向こう3年間は国政選挙がなく有権 者にとっても大事な判断の機会となった。
   ●争点をどう伝えたか
 今回の選挙の争点は何なのかニュースウォッチ9では候補者へのアンケート結果を紹 介。 経済政策が42%と最も多く次いで外交安全保障の17%だった。さらに世論調査から政 策課題として有権者が、物価高騰と外交安全保障を重視していることも報じた。
 これを 踏まえ「物価高と賃上げ」「安全保障政策」をテーマに関連する現場の声や現状と各党 の政策を紹介した。
 安全保障の回では、政治部記者が 防衛費のGDPの2%という数字で各党の違いがあるとして「裏付けとなる財源をどうす るか各党に踏み込んだ議論」を求めた。
 また報道ステーションでも 防衛のあり方が争点であるとして自衛隊基地の現状や各党の公約を伝えた。そして大 越キャスターが「有事を起こさないための外交の在り方についても議論を深めたい」とコ メントした。
 物価高については報道特集が、ガソリンスタンドや肉店、それにフリーランスを取材 し、現場の声を聞いたうえで一橋大学名誉教授の野口悠紀雄教授は物価高が円安政 策のつけであり「国民生活が困難、金融政策を転換すべきだということが本来は参院選 の争点となるべき」と指摘していた。
   ●選挙活動をどう伝えたか
 
一方選挙戦については、公示日には夜の番組では「news23」を除いて、党首の街頭 での第一声を放送した。さらに「ニュースウオッチ9」では、「党首 熱い選挙戦」と題して3 回にわたって9党の党首の選挙活動を追った。各党首の選挙選の特徴や訴えを組み 合わせた従来通りの選挙企画だった。ただ今回「ニュースウオッチ9」は、各党首の第一 声を「各党の狙いや戦略があらわれる」として、AIで分析した企画を放送、党首の演 説にはその結果、最も多く発せられた言葉は「物価高騰」で、争点とも見られた改憲問 題について、言及したのは自民、これに反対する共産、社民だけだったこともわかった。これは 一つの新しい試みともいえよう。
  また選挙の企画としては定番ともいえる選挙区リポートについてみてみると まず34人もの候補が乱立した東京選挙区について「報道ステーション」、「newszero」がそ れぞれ2回にわけて放送した。他の選挙区については各番組とも、まちまちで、なぜそ の選挙区を取り上げたのかに各局のニュースセンスを 見ることもできた。「ニュースウオッチ9」は、今年知事選などを控えた沖縄を「選挙イヤー」 として、鳥取・島根を「合区」として紹介。「News23」はガソリン価格が全国で一番高いと いう長野、報道ステーションは維新の参戦で構図が一変した京都を、それぞれ取り上 げた。
  ●若者・投票率・女性の割合
 
18歳選挙権で若い人達の政治参加が期待されたが、実際には選挙に行かない若者 が多いことが問題になっている。投票率の低下をどう食い止めるかのか、 こうした課題にメディアはどのように向き合うのか。投票率の低下は、健全な民主主義を 妨げるだろうし、メディアの大切な役割がよりよい民主主義の社会を守り、作っていくもの である以上、どのようにこうした課題を有権者に伝えていくのかはむしろ責務ともいえる。
  若者と選挙、という視点では「news23」と「報道ステーション」が工夫を凝らして伝えた。「N ews23 」は、公示日での党首第一声のかわりに若者の声をインタビューで並べた。そし て星コメンテーターが若い人の投票率を上げるのは「争点がクリアで接戦に持ち込むこ と。選挙自体を接戦に持ち込めていないという点で政治家の責任は大きいと思う」と指 摘した。
 さらに「若者が注目する選挙政策」を聞いた回では、「ジェンダーや同性婚への 関心が高い」という傾向を提示した。
 「報道ステーション」は「Under17選挙権を持たない 若者のリアル」、と題して17歳以下の若者たちへのインタビューやアンケートを実施し、 4回にわたって伝えた。アンケートの中で「政治家に求める取り組み」を聞いたところ、1 位はジェンダー問題で、期せずして「news23」とも重なっていて若者の社会的な関心が どこにあるのかをうかがうことができる。さらに「政治で国が変わるか」という問いにはYE Sと答えたのが87%にものぼっていた。 この期待に政治家は、どう応えていくのか・・・番 組でさらに掘り下げてもらいたかった。
 投票率について「ニュースウオッチ9」では、スェーデン大使館を取材。意表をついた理 由は4年前の国政選挙の投票率が87%にも達したからだという。
 さらに女性の政治参画 については、議員が男女同数の神奈川県大磯町、候補者数を男女同数にすることを 政党に義務付けたメキシコを取材し、日本の国会でも議論が始まった、一定割合を女 性に割り当てるクオータ制についての候補者アンケートと「人口の半分で考えるよりは、 みんなで考えるほうかいいに決まっています」という専門家のコメントを紹介した。
  安倍元首相銃撃事件の日、選挙のニュースは姿を消した 冒頭でも記したが、この日の午後以降、各局は安倍元首相銃撃のニュース一色にな り、語る会のモニターで見る限り、夜のニュース番組では選挙の最終盤にもかかわらず 選挙のニュースは出なかった。(おそらく各番組とも当日用意されていた選挙関連の企 画などもあったのではないか)
 銃撃事件を受けて、一斉に「暴力やテロに屈するな」との 声が湧きおこった。一方でこの日、街頭演説を取りやめた政党もいくつかあった。 しかし民主主義のいわば根幹にあたる選挙、その報道を一斉に取りやめたメディアこ そが、ある意味「暴力やテロ」に屈してしまったのではないか。事件を 「民主主義への挑戦」と受けとめるなら、なおさらのこと銃撃による安倍元首相の死とい う大きなニュースだけでなく、参議院選挙のニュースを意図的に放送するという判断が 必要ではなかったのだろうか。安倍元首相に放たれた銃弾は、じつは民主主義に向き あうメディアをも撃ち、その脆弱性を露わにしたのではないか。
 今回の選挙の持つ意味は 今回の参議院選挙は、物価高など当面の課題だけではなく、憲法「改正」へ積極的 な与党と一部の野党が発議に必要な3分の2の議席を獲得するかどうか、また衆議院 の解散がなければ向こう3年間は国政選挙がなく現政権にフリーハンドを与えることにな ること。こうした大きなターニングポイントがあった。
 しかし、この点については、各番組と もさらりと触れただけで、その意味ををきちんと取り上げ、有権者へ判断材料を提供する ような報道は、各番組ともみられなかった。それは、この問題をことさら顕在化したくはな いであろう政権への批判的眼差しをも結果的には欠いてしまったことにならないだろう か。

  おわりに
 以上、今回の参議院選挙がテレビで、具体的にどのように報じられたのか、そして何 が問題として浮かび上がったのかを、放送を語る会のモニター活動から見てきた。
  前々回の2016年の参議院選挙などのテレビ放送をめぐってBPO=放送倫理・番組 向上機構は翌年に「2016年の選挙をめぐるテレビ放送についての意見」を公表した。
  「意見」では「選挙期間中に真の争点に焦点を合わせて、各政党・立候補者の主張の 違いとその評価を浮き彫りにする挑戦的な番組が目立たないことは残念と言わざるをえ ない」と指摘している。
 5年経った今回の参院選挙のテレビ報道はどうだったのだろうか。モニターの結果から 見ると、この指摘を乗り越えられたとはいえないだろう。しかし、AIでの党首の声の分析 や、「Under17 」といった若者に的を絞っての切り口など、新しい試みもあり、こうした試み が、パターン化した選挙報道に少しづつ風穴を開けていく可能性に期待していきたい。
 一方、今回は、テレビと連動しながら、SNSなどデジタルでの選挙情報の発信もNH Kなどが力を入れてきている。こうした選挙のデジタルコンテンツについても、その内容 や影響などの分析が必要になってくるだろう。
 また安倍元首相の銃撃事件と選挙直前のシャワーのような報道が、どの程度有権者 の投票行動に結びついたのかは、今後の各メディアや研究者の分析を待ちたい。
 
 

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