
テレビはTPP をどう伝えたか
~2011 年秋のニュース番組~
2012年3月放送を語る会
はじめに
政府は、TPP(環太平洋経済連携協定)交渉参加に向けて9カ国との事前協議を1 月から開始した。しかし、このところマスメディアの報道は少なく、とりわけテレビ報道は皆無に近い。
TPP報道はこれでいいのか。
人々のくらしや生活、農業はじめ多くの産業界に深刻な影響を与えると危惧され、TPP 報道が集中した昨年秋、私たちはテレビ報道のあり方に大きな疑問を感じてモニター活動に取り組んだ。
開始されたTPP 交渉参加の事前協議は、3 月から4 月が山場と言われている。今後、展開されるTPP報道や視聴者・市民のモニター活動に、私たちの報告が何らかの参考になれば幸いである。
モニター活動の動機・方法
昨年9 月2 日野田内閣が発足、直後の日米首脳会談(9 月21 日)で野田首相はTPP 交渉参加について、「できるだけ早く結論を出したい」とオバマ大統領に約束した。
「11 月のAPEC(アジア太平洋経済協力会議)で交渉参加を表明したい」と前のめりの野田首相に対し、政財界・各種業界から一斉に賛否の声が巻き起こりTPP論議が沸騰、10,11 月はメディアのTPP 報道が集中した。TPP が何たるかも国民に十分知らされないまま、参加に向けてひた走る政府。それをマスメディアはどう捉えようとしているのか。TPP にはかなり危険な側面があるとの主張も少なくないが、そういったことにまで踏み込んでマスメディアは報道しようとしているか。何よりも市民の生活にはどのような影響を及ぼすのか、日本は不利益をこうむらないのか。それらをきちんと報道しているか冷静に眺めてみようというのが、私たち「放送を語る会」が今回TPP報道のモニター活動に取り組んだ動機だった。
テレビのニュース報道に限定して、TPP報道が集中した10 月上旬から11 月下旬までの期間をモニターした。対象としたのはNHKニュース7」,「ニュースウオッチ9」,日本テレビ「news every」,TBS「ニュース23クロス」、フジテレビ「スーパーニュース」、テレビ朝日「報道ステーション」、テレビ東京「ニュースアンサー」、以上NHK・民放在京キー局を中心にした6局7 番組。これを「放送を語る会」メンバーが分担して録画し、モニター票を作成した。(「ニュースウオッチ9」は11 月4、8,9,10,11 日、野田首相態度決定直前の時期のみ)このモニター票を基に、以下の7 項目の視点でまとめたのが今回の報告である。
(1)TPP協定の内容をどのよう伝えているか
(視聴者に分かりやすく、整理分析されているか)
(2) 参加することで日本はどう変化するのかを取材し・分析しているか
(農漁業への影響など)
(3)TPPについて米国の主張や戦略はどこまで伝えられているか
(4) 各政党の主張、特に少数政党のそれは伝えられたか
(TPP の本質についての議論はどうか)
(5) 民主党内部の対立について、動きだけでなく双方の主張は伝えられたか
(6) 研究者、評論家ではどのような立場の人・発言が取り上げられたか
(7) 関係団体・地方議会などの動きは伝えられたか
付記
今回の私たちのモニター活動はニュース報道に限定したが、TPP 問題についてNHK は、ニュース以外に「NHKスペシャル」「双方向解説そこが知りたい」「ニュース深よみ」「あさイチ」などで、解説あるいはディベート形式でかなり詳しく取り上げた。民放でもワイドショーで連日のように放送された。これらの番組も別途検証される必要があると考えている。
(1) TPP協定の内容をどのように伝えているか
(視聴者に分かりやすく整理分析されているか)
どの局も一応TPP 協定の基礎知識を図解や解説で説明している。例えば、全品目の関税撤廃が原則、交渉項目が24分野にわたること、参加表明は9カ国だが、仮に日本が参加した場合アメリカと日本の二カ国だけでGDP が90%以上を占めること、高関税で守られている米穀生産農家が打撃を受け国民生活に大きな影響を及ぼす可能性があることなど。もともと複雑なTPP の協定内容をニュース番組の短い時間の中で説明するのは無理があるのかもしれない。
しかし、一般市民にとってTPP は何をもたらすのか。生活者の視点から問題に接近する取材、協定内容を独自に深く調査し、視聴者に判断材料を提供する報道姿勢が極めて不十分だった。そのため、ニュース全体を通じて生活感が乏しく、視聴者の抱いている疑問や不安に応えきれていない物足りなさが残り、隔靴掻痒の感がぬぐえなかった。
その背景には、スタートから協定内容がブラックボックス化されていて、交渉国以外には全容も分からないままのうえ、政府も詳しい内容の公表を避ける閉鎖的姿勢に終始、国民に判りやすく親切に説明する努力に欠けていた事情があったことは否定できない。だが、メディアの側にも一部を除いて、関係国を広く取材し協定内容やその影響をさぐるなどの努力が感じられなかったことを厳しく指摘しなければならない。
視聴者が期待していたのは、そもそもTPP とは何か、TPP と現在日本が結んでいる各国とのFTA(自由貿易協定)やEPA(経済連携協定)などとの違い、またなぜ政府がTPP に固執するのかといった基本的な問題やその背景についての判りやすい説明である。視聴者の期待にテレビメディアは十分応ええなかったように思われる。
「ニュース7」
11月12日のAPEC首脳会議の前後に2回ずつ、協定の概要を丁寧に説明したが、交渉の詳しい内容(参加の時期や業種の範囲など)は明らかにはならなかった。
「ニュースウオッチ9」
TPPの扱う分野は多岐にわたる、という指摘にとどまることが多く、全体に政局報道に偏り、TPP そのものの親切な説明は乏しい。
「news every」
10 月12 日「TPP でどうなる日本~今週のお値段」でスタジオ解説。(1)TPP 交渉国9カ国(2)日本は高い関税で保護されているがTPP 加入すれば関税ゼロ(3)日本とアメリカ・オーストラリアの農業比較、日本は負ける心配(4)TPP交渉分野は24分野、広い視野で議論が必要、と指摘。協定の基礎的内容は説明しているが産業界の影響が中心で人々の生活にどう影響するのかを伝える姿勢が弱い。
「ニュース23クロス」
協定の内容について紹介したのは、
10 月12 日日本などの薬価や医療制度の行方
10 月28 日外国製品の低価格化
10 月31 日関税ゼロ原則に対するアメリカの一方的・無原則な姿勢
11 月24 日知的財産権を口実としたアメリカの戦略
などいくつかの事例に止まった感があり、TPP 全般について分析し分かりやすく伝える努力が今一つ足りない感じを受けた。
「スーパーニュース」
協定内容を独自に深く取材する報道は極めて少なく不十分。
10 月14 日「TPP 議論は紛糾・・日本への影響?」、スタジオ解説で米韓FTA と比較しながらTPP が例外なく関税撤廃を目標にしていることなどを簡単に説明。
11 月1 日「TPP は生活にどう影響?」、スタジオ解説でキャスター、「今、最大の焦点は交渉のテーブルにつくかどうか」というばかりで協定内容には踏み込まず。
11 月13 日「野田首相、米大統領にTPP交渉参加表明」、「9か国大枠合意」と伝え、野田・オバマの親密さばかりを強調、肝心のTPP の内容や争点は詳しく触れず。
「報道ステーション」
10 月20 日「11月に参加表明か賛否両論そもそも『TPP』とは」、あくまでも基本編。
・TPPとは(Trans Pacific Partnership)環太平洋経済連携協定
・参加9か国をフリップを使って紹介当初は4か国、途中からアメリカが入って環太平洋に
・FTA:二国間自由貿易(物・サービス) TPP:物も人も金も
・10年間で原則として関税ゼロに
・安い農産品がどんどん入ってきたら、食料自給率は下がっていく。(反対派)
・農業大規模経営、若者を農業に呼びこむ施策等の改革、韓国すでにEUとFTA締結、TPP参加しないと日本はどんどん遅れていく。(推進派)
・TPPの対象医療・食品安全基準・金融・労働など24分野(詳細説明なし)
「少しでもわかりやすく」という姿勢は感じられた。ただしニュース番組という限られた時間の中で、詳細までは踏み込めていない。スタジオコメントでさえ「紹介された基本的な知識でさえ、われわれがどれだけ共有できたか疑問。」としている。
「ニュースアンサー」
11月4日、TPP 参加表明をしている国名(9カ国)、交渉項目(24項目)をパネル表示。キャスター、「アメリカ・日本の二カ国でGDP90%以上」「交渉項目多岐にわたっており国民生活に大きな影響を及ぼす」「中でも医療分野対象になれば国民皆保険制度の存続危うくなる」
11月11日、キャスター、「現在、EPA経済連携協定で日本は940品目が関税撤廃の例外品目。TPPに参加すると全品目の関税撤廃が原則、高関税で守られている米の生産農家が打撃を受ける」
医療問題に関しては、限られた時間内でTPP に参加することのデメリットを報じていたが、農業をはじめとするその他の問題の取材は皆無に近く、具体的に国民生活にどの様な影響があるのかは、ほとんど伝えていない。
(2) 参加することで日本はどう変化するのかを取材、分析しているか
(農漁業への影響など)
TPP 参加で心配される国内の影響について、農業・漁業・中小企業などの現場取材が極端に少なく表面的な伝え方に終始し、調査報道は全く不十分だった。また、当事者の賛否の声はそれなりに伝えていたが、その根拠や理由が十分明らかにされないことが多く、視聴者には心配される問題点が、実感を持って具体的に伝わってこなかった。
量的にも、TPP報道全体の中でこの分野のニュースが、圧倒的に少なかったことを併せて指摘しなければならない。
「ニュース7」
10 月12 日、ユニクロ社長や経団連会長の賛成論と全国農業協同組合中央会(以下、JA全中会)会長や全漁連常務の反対論はあるが、農業や中小企業の現場を取材して、賛否を聞く姿勢が見られず、取材の浅さを感じた。
「ニュースウオッチ9」
11 月10 日、デモ参加の岩手県の酪農家、東京大田区の加工装置製造販売会社社長、新潟県のコメ農家、などの声が紹介されたが、いずれも「なぜ反対か、賛成か」の「理由」の追求がない。
11 月9、11 日、街頭インタビューでも内容面で声を聞くことが試みられていないため、野田首相の手法への批判が中心で、どこまで行っても「手続き問題」としてしかTPP 問題がとらえられていない。
影響を受ける医療、福祉関係の現場、コメ作りの現場などの人々の声を「理由付き」で、きちんと伝える努力をすべきだった。
「報道ステーション」
11 月8 日、当事者の談話を紹介。反対の立場からJA全中会会長「日本農業が滅びる」、日本医師会「アメリカ的医療に近づく危険あり。混合診療解禁は国民皆保険を破滅させる」。
一方、賛成の立場から経団連会長「日本経済を考えればデメリットよりメリットの方がはるかに大きい」、リコー社長「自由化によって企業は鍛えられ強くなる」、トヨタ自動車「関税撤廃で雇用機会が増える」など。時間の制約もあって賛成・反対の根拠が十分伝わらず、一般の市民にとっては参加の影響を即座に具体的にイメージしにくかったのではないか。
10 月20 日、農産物の高関税(コメ778%、バター360%、小麦250%)を提示、安い農産物流入で食料自給率低下を心配する慎重派、補助金による農業大規模化や若者の農業呼び込み政策を主張する推進派など、この日は両者の理由や根拠を比較的丁寧に紹介していた。
「ニュース23 クロス」
連日、他局と比べると国内への影響を比較的多く丁寧に伝えていた。
10 月12 日、医療サービスについて、外国企業の参入で自由競争が激化し、日本の皆保険制度崩壊を危惧する神奈川県の産科医の声、併せて薬価がTPP導入で高騰する可能性も指摘した。
10 月24 日からは延べ8日に亘って、最も影響が心配される安い農産物輸入による農業への打撃について、全農の東京・国会周辺での反対運動を中心に伝えた。しかし、日本農業の将来や食料の安全保障をどうするのかなどの構造的問題については殆ど触れなかった。
11 月24 日、知的財産権に関連して、アメリカでは音楽産業の著作権収入が最大の輸出産業になっている現状を報告し、将来さらなる収益増を期待していることを暗示したリポートも着眼点がよかった。
「ニュースアンサー」
11月11日、医療分野の影響について、TPP 参加反対の立場を明確にしている中野剛志氏(京大大学院助教)のVTRインタビュー、病院院長のインタビューを入れ、この日は、米韓FTA 交渉の例もあげて国民皆保険の存続危機をきちんと伝えていた。
「スーパーニュース」
この分野のニュースが圧倒的に少なく、しかもTPP肯定・参加を促すスタンスが色濃いまとめ方が多かった。
11 月10 日「エッ・・医療費が高くなる?保険がピンチで火花」、珍しく独自取材で医療現場に踏み込み患者の声をVTRリポート。しかし、結びは医療関係者「日本の医療制度は揺るがない。競争すれば料金が安くなる」、野田首相「公的医療制度を壊してまで進めるつもりない」。スタジオでもコメンテーターが「バランスをとるため紹介する。3 年前、日本医療機構世論調査では『混合医療』賛成78.2%」とTPP 参加肯定の立場を滲ませて締めくくった。
「news every」
やはり交渉参加を促すニュアンスが随所に表れていた。
10 月26 日「今週のお値段~TPP参加で賛否激論、私たちの生活はどう変わるか」、賛成・慎重双方の意見を取り上げてはいたが、推進派の東大教授伊藤元重氏の発言「交渉参加の先送りはわが国の衰退を招く」が印象に残る構成。インサートされたVTR の内容も日本や米国のスーパー、自動車販売店を取材して関税がなくなれば安くなる例を強調、デメリットのきめ細かい取材もほしい内容になっていた。
一連の報道の中で、「ニュース23 クロス」の、日本の巨大組織・農協についての取り上げ方には違和感があったので触れておきたい。11月3日、キャスターがまず、「TPP に参加すれば農業に壊滅的な影響が出るという農協の主張は農家の声を代表したものか」と疑問を投げかけた。その上で、農産物国際市場に見切りをつけ中国でのコメ生産に切り替えた愛知県の農家、「農協は本気で農業に取り組む人にとっては弊害」という秋田県コメ農家の声を紹介、2人ともTPP に賛成していることを伝えた。保守政治への傾斜を強める全農組織の問題と、TPP が日本農業の今後に与える影響の重大さを混同したような伝え方は、問題の本質から逸れるものではないかという疑念がわいた。
(3) TPPについて米国の主張や戦略はどこまで伝えられているか
ニュース番組という限られた時間枠のなかでは、各局とも一応基本的なことを伝えてはいた。しかしアメリカの政府・議会・シンクタンクなどへの取材でアメリカの戦略的意図を意識的に掘り下げようとする独自の調査報道は一部を除いて少なかった。そのため、TPPがアメリカの参加で協定の性格を大きく変えたことやアメリカのTPP 参加のねらいは掘り下げては伝えられなかった。また、重要な内容を伝える場合にもスタジオからの解説者・記者コメントが多く、かつ伝える側の問題意識が希薄なため視聴者にはインパクトが弱い。
その中で、「ニュース23 クロス」が貿易現場で何が起こっているかも交えながらアメリカの意図を的確に伝えた。
「ニュース7」
アメリカの場合、事前協議が必要で、米議会がどう動くかが問題だが、その取材がなかった。
「ニュースウオッチ9」
限られた放送時間の中では、基本的なところは伝えられていたという印象である。11月7 日の放送では、アメリカの意図について大越キャスターが次のようにコメントしていた。「・・・アメリカ主導のTPP のバスに乗るのか見送るのか、が問われている。中国はASEAN プラス中国、韓国、日本、の自由貿易圏を打ち出しており、アメリカは当然警戒感をもつ。アメリカは輸出で経済の建て直しをはかりたい。ブルネイシンガポール、ニュージーランド、チリの4カ国が結んでいた協定がTPP の原型だが、アメリカはこの4カ国にベトナム、マレーシア、オーストラリア、ペルーを加えてTPPの協定を目指している。」
しかし、アメリカが自国の利益を中心にTPP を考えているとすれば、重大なことである。キャスターコメントだけでなく、もっとアメリカの事情の調査報道に力を入れるべきだといえる。
「スーパーニュース」
11 月8 日「TPP 問題で真っ二つ」、スタジオコメンテーター「アメリカは来てほしいでしょう。日本が加わることで効果がずいぶん大きくなるから」とアメリカの意図を解説。
11 月12 日「野田首相in APEC日米経済連携の重要性強調」、カーク米通商代表発言「日本はTPP の高い基準をみたすとともに、非関税障壁などアメリカが懸念する問題に具体的に対処しなければならない」を現地記者コメントで伝えた。
11 月13 日「野田首相、米大統領にTPP 交渉参加表明」、オバマ大統領が「すべての参加国はTPPの高い基準に合うよう準備しなければならない」と日本に関税以外の輸入制限撤廃も求めていることをコメントで伝えた。
アメリカ側の声は伝えているが、背後にあるTPP 戦略を深く分析した報道はなかった。
「報道ステーション」
11 月9 日、三浦朝日新聞論説委員「アメリカが考えるTPPとは、アメリカが得をするようにできている」との一言のみ。どう「得をする」のかは触れられず。
11 月11 日、外交評論家岡本行夫氏「クリントン国務長官は論文の中で、これからはアジアに全力投球すると言明。ただ、その交渉相手は中国、インドであって日本に触れられていないのが気にかかる」。
11 月14 日、APECでのオバマ大統領発言「米国の長期にわたる経済立て直しを支えるにあたってアジア太平洋ほど最適なところはない」。カーク米通商代表の「牛肉の輸入規制の
撤廃」「郵貯・簡保の政府保証の見直し」「自動車市場の規制緩和」の3つの点を事前協議で持ち出すとの言明を伝えた。
「ニュースアンサー」
11 月11 日、アメリカは「日本の農産物、医療での障壁撤廃を求めている」「日本をTPPに呼び込むことで対中国包囲網の強化をねらっている」と伝えた。TPP 交渉がアメリカ主導であることは伝えていたが、日本の参加によってアメリカがどの様な利益を得るのかは触れられていない。
「news every」
11 月8 日、スタジオの解説主幹が推進派と慎重派の意見を整理。「食品の残留農薬基準の緩和要求に反対できない。食品の安全にかかわる問題が残る。また遺伝子組み換え作物などの表示をなくす要求のおそれ」などアメリカの要求を危惧する慎重派の声もきちんと紹介している。気になったのは「TPP 交渉が日米同盟の再構築・中国に対する改革要求につながる」との解説。これでは、アメリカの戦略的意図を肯定し、TPP 交渉をアメリカの言いなりに進めることを容認する方向に世論が誘導されないか懸念が残る。
「ニュース23 クロス」
10 月31 日、協定参加国のオーストラリアとアメリカの砂糖の輸出入交渉で、2004年締結の米・豪FTA の運用を巡って、アメリカが関税ゼロの原則を一方的に無視し、オーストラリアからの対米輸出の砂糖に、例外項目として関税をかける方針であることを伝えた。
11 月2 日、これとは反対に低薬価を維持するオーストラリアの姿勢に対し、薬の特許期間を延長してでも高薬価を維持しようとするアメリカのご都合主義的な姿勢を現地取材で伝えた。同じく11 月2 日、民主党幹部との極秘会談の「これは“ガイアツ”ではない」というルースアメリカ大使発言、ハワイ日米首脳会談のオバマ大統領発言「日本がTPP 交渉参加に関心を示したのは喜ばしい」などを紹介、表向きは日本の交渉参加を歓迎しながら、交渉の場では難題を持ち出しかねない巧妙なオバマの戦略にも触れた。
11 月14 日、ハワイから記者リポートで、「翌年に大統領選を控えたオバマがTPP を自国の雇用創出や輸出増大に結びつけて、自分の実績としようとする」魂胆を伝え、「さらなる市場開放を求める米企業トップへの公約もあり、選挙へ向けてオバマが通商圧力を強めるのは間違いない」と的確に指摘した。
(4) 各政党の主張、特に少数政党のそれは伝えられたか
(TPPの本質についての議論は)
この項目に関する報道は圧倒的に不足していた。次項目と比較してみると、テレビメディアの関心は民主党内の推進派・慎重派のうごきに集中し、他の政党の主張はほとんど顧みられなかったことに気付く。視聴者に多くの選択肢を提示して正確な政治選択に資するメディアの責任が全く放棄されていた。放送法第3 条の編集準則にある「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」に照らしても、このテレビメディアの姿勢は正されるべきと考える。
「ニュース7」
自民谷垣総裁、公明山口代表の「民主党からの情報がなく、無責任だ」というインタビューは放送されたが民主党との噛みあった論争は報道されなかった。他党のものは少なく、視聴者への情報提供にはならなかった。
「ニュースウオッチ9」
この面は圧倒的に不足している。
11 月8 日、自民党大島副総裁、公明党石田政調副会長、共産党志位委員長、社民党福島党首、国民新党亀井代表。
11月11 日、自民大島幹事長、公明 山口代表、共産志位委員長。取り上げられたのはこの程度で、しかも各発言はそれぞれ数秒程度に止まっている。
「スーパーニュース」
この間に伝えられている各政党の主張をリストアップすると愕然とする。
11 月5 日JA 主催反対集会で福島社民党党首あいさつ。
11 月11 日「ドタキャン・・首相に集中砲火」、衆議院予算委員会自民党佐藤ゆかり・林芳正・赤沢議員質問。
11 月15 日「二枚舌? 野田首相が帰国分析“立ち位置”と“表情”」、参院予算委自民党山本一太議員質問。
11 月30 日「野田首相初の党首討論」、自民党谷垣発言。
国会質問は自民党議員に限られ、他の野党の主張はJA集会での福島社民党党首のみ。視聴者に選択肢を提供する視点が全くないことは驚くべきこと。
「報道ステーション」
11 月11 日、福島社民党代表の国会発言が短く紹介されていたが、それは野田総理がAPEC向けの顔をして国内を向いていないことを批判したもの。同じく自民党大島副総裁談話も野田総理が決意表明を1 日延ばしたことへの批判であって、ともにTPP の本質に対する発言ではない。
11 月14 日「『国益損ねてまで参加せず』TPP 公的保険・コメは」、国会での自民党山本一太参院議員とのやり取りを伝えた。
11 月30 日「初の党首討論TPP で逆質問」、国会での谷垣禎一自民党総裁とのやり取りを伝えた。これ以外の諸政党の談話などは一切なし。
「ニュース23 クロス」
10 月12 日、政権与党国民新党亀井代表の「前のめり批判」発言などTPP参加に一応批判的な発言や態度を紹介したが、協定そのものについての国民新党の考え方・主張については伝えず、結局この党の本音をえぐる報道はなかった。
11 月4 日、自民党谷垣総裁の「民主党の拙速な対応批判」発言を伝えたが、党執行部が見解や姿勢を明確にしないこともあって、TPP に対する自民党の主張をきちんと伝えることはなかった。
11 月14 日、自民党谷垣総裁の、野田首相の交渉参加表明に対して問責決議をちらつかせた発言を伝えたが、党としての主張をきちんと伝えることはなかった。
少数野党のうち社民党については、11月の超党派の反対派議員集会での福島党首の発言などを2回取り上げたが、共産党や他の野党の主張や発言はこの期間中1回も取り上げず、徹底して無視する姿勢を見せた。
「ニュースアンサー」
TPP 交渉参加反対の超党派集会が開かれたことは伝えたが、各党の主張は何も伝えていない。
「news every」
特に少数政党の主張は報道されていない。
(5) 民主党内部の対立について、動きだけでなく、双方の主張は伝え
られたかどの局もこの期間のTPP 報道は民主党推進派・慎重派の動きを伝えることに時間の大半を割き、しかも政局的な動きを伝えることに傾き、双方の主張に踏み込んで政策的対立を明確に伝える報道が少なかった。テレビメディアのTPP 報道の関する主要な関心は、あたかもスポーツのゲームのように推進派・慎重派の勝ち負けにしかないのではと思わせるものだった。
量的にもTPP 報道の大半が推進派と慎重派のうごきを伝えるニュースに占められたと言っても過言ではない。そのためにTPP の具体的内容や参加した場合、人々の生活にどのような影響をもたらすのか、視聴者が一番知りたいと思っていることの解明が隅に追いやられてしまった。
「ニュース7」
11月10日のAPECまで、このTPP 問題で民主党は大揺れで、作業チームを作り、賛否を議論してきたことは詳しく伝えられた。
「ニューウオッチ9」
民主党の内部対立を伝えるこのニュースが、「ニュースウオッチ9」TPP 報道の主要な部分を占める。しかも、民主党の「動き」の報道が中心でその主張内容がきちんと紹介されることはあまりなかった。
「スーパーニュース」
TPP 関連タイトルをリストアップすると、連日のニュースの圧倒的分量が民主党内推進派・慎重派のうごきで埋められているのが判る。しかし、踏み込んだ政策的主張・内容の報道は驚くほど稀薄である。
10 月14 日、「民主党TPP プロジェクト初総会」
10 月23 日、「TPP 慎重論に前原氏『参加後も抜ける選択肢』」
10 月29 日、「民主党幹部がけん制球」推進派仙谷・輿石発言
10 月30 日、「野党(??)で激論」民主党内両派の主張+慎重派の行動予定
11 月1 日、「緊迫ムードに包まれた慎重派集会」
11 月5 日、「慎重派が街頭で反対訴え」
11 月6 日、「岡田氏『TPP 交渉参加で集約を』」
11 月9 日、「参院慎重派が猛反発」、2 回も開かれた慎重派集会、山田前農相の幹事長抗議・官邸への署名簿提出を伝えた。
11 月10 日、「参加表明急きょ先送り」「民主党“分裂”も!?」、野田首相+慎重派のうごき
「報道ステーション」
11月7~11日は、動きだけ伝えて、それぞれの主張についての報道はなし。
11月14日、TPP の交渉参加に激しく抵抗していた民主党内の慎重派は、野田総理が「関係国との協議に入る」と言ったことでこれを歓迎し矛を収めた。ところがTPP 参加国は「関係国との協議開始」を「参加表明」と受け止めていたことをこの日は伝えた。
「ニュース23 クロス」
TPP 反対・慎重派については、議員の反対署名集めに動く山田前農水相の様子などを連日のように伝えたが、交渉参加表明を巡る反応と発言を断片的に伝えただけで、わずかに「日本のオリジナルなシステムは守るべき」「一旦交渉に入ってから反対するのは竹槍でB29 を落とすのと同じ」などの意見が散見された程度だった。
一方推進派についても、前原政調会長「やれ農業分野が心配などと言って前に進まないのは許されない」発言、野田首相衆院所信表明「このままでは赤ん坊にまで700万円の借金」などを紹介しただけで、細々とした院内の動きを伝えるだけに止まった感があった。
「ニュースアンサー」
11月7日、「TPP 参加慎重派の反対理由は農業票取り込めず選挙結果に悪影響を及ぼす」と記者解説。TPP 問題を選挙の勝敗のレベルでとらえる低次元の問題意識を露呈。
「news every」
10 月11 日、野田政権の閣内の賛否両論を紹介。慎重派鹿野農水相「意思表示は外交交渉としてプラスに向かうことだけではない」、推進派玄葉外相「アジア太平洋40 億の内需を日本の内需と考え、外に打って出る」。民主党内80 人以上のTPP 反対署名を集め、「二国間FTA でやれば良い。TPP 交渉参加反対」と表明した山田前農水相のうごきも伝えた。
11 月1 日、民主党執行部、推進派前原、仙石、慎重派山田のインタビュー。
11 月7 日、民主党内の意見収束難航を伝える。推進派仙石政調会長代理「アジアに溶け込みアメリカとの連携の下に生き抜くしかない」、慎重派山田前農水相「慎重にやるべきだ」、双方の主張を紹介。140 名以上の国会議員が参加したTPP 反対集会では交渉情報開示と説明不足の声が出たことを伝えた。
11 月8 日、推進派仙石政調会長代理「慎重派を厳しく批判」
11 月11 日、慎重派は執行部に直訴。山田前農水相「真剣な気持ちを幹部に伝えた」。野田首相の記者会見延期までを伝えた。
民主党内の賛成・慎重派の動きは詳しく報道したが、それぞれの主張、その内容分析などはほとんど伝えられなかった。
(6) 研究者、評論家ではどのような立場の人、発言が取り上げられた
か
比較的多数の専門家を出演させた「報道ステーション」以外は、総じて研究者、評論家の出演が少なかった。TPP は内容が複雑なうえ、外交交渉であることなどを理由に最初からブラックボックスに置かれたままだった。、協定内容の問題点を的確に明らかにし、立ち入った分析、批判、背景説明で理解を深めるためにも、多様な意見をもとに視聴者が判断するためにも、専門分野の研究者や評論家などをゲストにむかえることが求められていた。ところが、自社解説委員のコメントや記者リポートなどですませる局が多く、視聴者の疑問が解消されず、欲求不満を感じさせる一因になったのではないか。
「ニュース7」
10月26日、東大大学院の伊藤元重教授の早期参加を求める集会での発言を放送した以外、研究者、評論家の出演は全くなかった。TPP という経済問題の場合、関連団体の動きだけでなく、専門家の客観的意見を提示することが視聴者にとって重要だったはず。
「ニュースウオッチ9」
ほとんど識者、論者を登場させていない。わずかに11 月4日の早稲田大学深川由起子教授(賛成)・慶応大学金子勝教授(反対)、11 月7日に、外交評論家岡本行夫(賛成)・元防衛大学教授孫崎亨(反対)両氏があるが、いずれも時間が短いので、充分に主張が展開されているとは言いがたい。ただ、NHK の場合、TPP を取り上げた番組はほかに多いので「ニュース以外の番組との住み分け」と理解すべき面があるかもしれない。
「スーパーニュース」
この間、VTR 取材で専門家を二人起用しただけで、スタジオ出演の専門家による解説はなかった。
10 月14 日、早稲田大学アジア研究機構寺田貴教授が「アメリカの思惑」として、「米韓FTA を急いだのは、日本をTPPに引き出す意味合い」と短く指摘。VTR リポートの中で音声のみの出演。
11 月15 日「二枚舌? 野田首相が帰国分析“立ち位置”と“表情”」、VTR 出演で政治アナリスト伊藤惇夫氏「日本の参加意思表明はアメリカの世界戦略の大きな前進になった」と短くコメント。
「ニュースアンサー」
11月4日、「TPP 亡国論」著者中野剛志氏がVTR インタビューで、反対の立場から医療分野でのTPP 参加による影響をコメント。中野氏のインタビュー出演などを含めて、医療問題に関してはTPP 参加を疑問視する報道スタンス。
11 月11 日、キャノングロバール戦略研究所研究主幹山下一仁氏がVTR インタビューで、元農水省官僚としてウルグアイラウンド交渉に参加した経験からアメリカとの交渉についてコメント。過去の経緯から交渉はアメリカ主導になる公算が大きいのに、交渉しだいでは日本に有利に進められるという幻想を視聴者に持たせかねない。
「news every」
10 月26 日、東大教授伊藤元重氏「参加見送りはわが国の衰退を招く」
11 月8 日、元農水官僚・キャノングローバル戦略研究所研究主幹山下一仁氏「アメリカの要望を拒否できる。すべての分野でアメリカの主張が通ることはありえない」二人ともTPP 交渉参加賛成派で、慎重派の意見も取り上げるべきと思う。
「ニュース23 クロス」
10 月28 日、道垣内早大教授がTPP を前提にしたともとれる立場から「輸入製品を巡るトラブル防止のためには日本の民法の近代化が遅れている」と指摘。
11 月2 日、シドニー大のラナルド教授ら2人の大学教授は、TPP に反対する立場から、外国の製薬会社がオーストラリアの低廉な薬価に不当な圧力を加える危惧、特に知的財産権を口実にした特許の長期化を図るねらいについて指摘した。
11 月3 日、キャノングロバール戦略研究所・山下一仁氏がインタビューでJA全中などの農業団体がTPP に反対している理由について「関税撤廃で農協の手数料収入が減るため」とする批判を紹介した。
「報道ステーション」
11 月11 日、外交評論家岡本行夫氏が古舘キャスターとの対談で登場。「TPP に参加しなければ、勝手に色々決められてひどいことになる」と強調。また「交渉は最終的には両国首脳の信頼関係の深さによって決まる」と発言、野田首相へのエールを送った。
11 月14 日、VTR 出演で春名幹男名古屋大学大学院特任教授「中国としてはTPP に入ることによって国内制度の改革を迫られるという事態になるのを避けたい。しかし後では入りにくくなるので神経質になっているのでは。アメリカとしては短期的に雇用を生み出す輸出の増強を強く考えていると思う。日本は中国との貿易と言うことも重視しないといけない。中国を睨みながらアメリカに対しても交渉を進めていくという難しい舵取りを迫られる」
11 月18 日、VTR 出演の田中均日本総合研究所理事長「中国を疎外することは必要でも好ましいことでもない。要するに東アジアサミットとかそういう場を活用して、逆にみんながウィンウィンであるという関係を作っていくということ。もはや日本の貿易も投資も中国は最大のマーケット。戦略の基本にあるのは中国がより国際社会と一緒に建設的な行動をする国になって、中国の社会をより先進国化していくこと。それがこの地域(ASEAN)にとって大事」
11 月25 日、スタジオゲスト評論家寺島実郎氏「アメリカに向き合っていく力。基地の問題からTPP の問題まで世界のために日米同盟どうして行くんだという、もっと踏み込んだ信頼できる関係にしていかなくてはいけないと本当に思う」番組では複数の識者の意見を紹介しているが、ほとんどが米・中との外交問題を論じており、視点の偏りを感じる。国内経済の専門家の意見も聞きたいところ。外交交渉としての側面だけがクローズアップされることにより、TPP に参加することで国内各産業界が直面するであろう喫緊の課題(メリット・デメリット含む)、その影響を直接被る国民が当然持つべき問題意識の方向が誘導されることにならないか危惧する。
(7) 関連団体・地方議会などの動きはどう伝えられたか
JA 全中会が開いた大規模な反対集会は報道されたが、地方で開かれた集会やデモはほとんど報道されず、地方議会では「TPP 参加反対」あるいは「慎重に」の決議をしたところも多数にのぼったが全く報道されなかった(2011 年11 月3 日現在、都道府県の9 割に当たる44 議会、市町村議会の8 割に当たる1,425 議会が決議)。ここでも推進派・慎重派のうごきのみに目を奪われて、生活者の視点からTPPをとらえる報道姿勢が欠落していたことが証明されることになった。
「ニュースウオッチ9」
11月11 日の放送で、NHK 山口記者が、「農業団体と自動車業界が非常に前面に出たため、国民的議論が希薄だった」とTPP に関する議論の現状を批判したが、この責任は報道機関にもあるといえよう。
「ニュース7」
地方議会でTPP参加反対の決議をしたところが、全く報道されなかった。
「ニュースウオッチ9」
この期間に登場した団体、人物はつぎの通り。
11 月7 日、米倉経団連会長、日本自動車工業会志賀俊之会長
11 月8日(反対派集会での演説で)JA 全中萬歳章会長、日本医師会羽生田俊副会長
11 月9日経団連米倉会長、JA 全中萬歳会長のトップ会談
11 月10 日トヨタ豊田社長、三菱自動車益子社長
11 月11 日日本商工会議所岡村会頭、JA福島中央会庄條徳一会長
これをみると、全体に登場する団体、人物が限られているという印象がある。TPP が広範な影響を与えるのであれば、もっと多様な市民団体、労働団体の声を伝えるべきだった。
「スーパーニュース」
11 月8 日「国論二分しているTPP 参加問題」でJA 主催の国技館集会を取材。他の団体の取材はほとんどなく、地方議会のうごきも全く取り上げられなかった。
「報道ステーション」
JA 全中会、経団連など特定の団体は再三登場するが、市民団体、労働団体などの動きは全く伝えられなかった。同時に、地方議会の動向も皆無だった。
「ニュース23 クロス」
10 月12 日、「医療開国の危機」と捉えTPP 反対の日本医師会中川副会長談話を伝えたほかは、同じく反対の立場をとるJA 全中萬歳会長などの動き一色という感じで、TPP があたかも農協だけの問題であるかのような印象を与える報道姿勢だった。
10 月24 日、TPP 推進・賛成の米倉経団連会長談話「交渉参加国の大枠合意で、もはや待ったなし」、同じ立場で首相の交渉参加表明を歓迎する日本商工会議所・岡村会頭談話を紹介。
11 月3 日、JA 全中会の反対活動について批判的な基幹産業労組の見解も伝えた。
「ニュースアンサー」
11月2日、日本医師会、歯科医師会、薬剤師会の医療三団体の医療分野での悪影響を懸念する記者会見を報道。
11月9日、経団連米倉会長とJA 全中萬歳会長のトップ会談、経団連がTPP 参加推進、全農は反対と報じ、両者の主張は平行線と伝えるが中身には触れていない。
「news every」
11 月8 日、農業関係団体のTPP 交渉参加反対集会を取り上げていた。
11 月15 日、日本の自動車協会がアメリカの市場開放要求に反論したことを伝えた。地方議会の動きは報道されていない。系列局からの取材報道も加えるべきと思う。
報道姿勢全般の特徴、問題点
ここまで、私たちが番組モニターにあたって当初掲げた7 項目の視点にそってまとめたが、報道姿勢全般を振り返って改めていくつかの指摘をしておきたい。
政局(政治的動き)報道に力点がおかれ、協定内容解明の調査報道が不十分「TPP に関する『動き』は時間を割いて伝えているが、肝心のTPP の『内容』についてはよくわからない」というのが各局モニター担当者共通の印象だった。
その後明らかにされたように、TPP 交渉では政府間の協議を秘密にする合意がすでにあったこと、日本政府の情報開示に関する閉鎖的姿勢などが、協定内容の解明を困難にしていることは理解できる。しかし、そうした壁を乗り越えて調査報道を展開し、協定内容に疑問や不安を抱く国民の「知る権利」に応えることがマスメディアの役割ではないか。生活者の視点が欠落、農漁業・医療など現場取材の不足記者もキャスターも番組担当者も、実生活の場ではTPP の影響を受けざるを得ない一市民である。しかし、そうした生活者としての当事者性に裏打ちされ、生活者としての実感に基づいた取材が不足していた。そのことは、TPP に対する厳しい反対や強い危惧の声の基盤になっている稲作農家・医療・中小企業など各産業界の生産現場への取材の少なさと対照的に、随所で繰り返されたキャスターや記者の生活実感を欠いた「ひとごと」のような傍観者的コメントで裏付けられるのではないか。
典型的な一例が11 月7 日「ニュースウオッチ9」のキャスターの次のようなまとめのコメントだ。「双方の意見、それぞれ納得できるものがあると思いませんか。TPP と農業問題、とっても簡単に白黒つけられる中身ではない。にもかかわらず、政府は及び腰で説明不足。野田総理大臣が決断するまであと3日。・・・」アメリカの思惑、利害の異なる各国の姿勢・国内事情などの取材不足
アメリカが投資家保護の名目で日本政府を訴えることが出来る制度を作ることや、自動車業界救済のための輸出拡大策を日本に求めていることなどは、アメリカ取材がないため報道されていない。また多くの専門家が指摘している日本の関税・貿易障壁撤廃を求めるアメリカの長期的戦略、アメリカ以外の参加国の姿勢や国内事情を明らかにする取材・検証が「ニュース23クロス」を除いてほとんど行われなかった。
散見されるTPP 推進・政府を代弁する論調
ここでは、三つのケースを取り出して紹介する。
「ニュースウオッチ9」
報道姿勢全般が、TPP 問題で政府寄り、とまでは言えない。これが国論を二分する深刻な問題である、ということはよく伝えていた。しかし、解説のなかで、野田首相の意図をかなり好意的にコメントしていることも見逃せない。
11 月11 日、野田首相の記者会見を受けて山口太一記者と大越キャスターの次のようなやりとりがある。かなり野田首相の代弁ととれる内容である。
山口「日米同盟はここ2年間で傷ついたので、それを修復するためにTPP とか牛肉とか輸入三原則の見直しとか、負債を返していくという意見は確かにあるが、野田さんはそういう問題とは切り離して、純粋に国を開いていかなくてはならないと、いう思いで決断したと思う。」
外相会見を取材するメディア
大越「アジア太平洋地域全体を覆う自由貿易構想F タールがあるが、そこへ至る道筋としてきちんとTPP に加わっていく、というのが野田さんの考えであると」
山口「その通りだと思う」
「スーパーニュース」
TPP 交渉参加を当然のこととして、野田政権の「交渉参加表明」を後押しする解説やコメントがかなり多かった。
10 月14 日「TPP 議論は紛糾・・日本への影響?」、スタジオ解説でキャスター・コメンテーターとも「どのみち動かなければいけないのは事実」「政治が決断して経済を盛り立てねば」と政府にTPP 交渉参加を促すスタンス。
11 月1 日「TPP は生活にどう影響?」、スタジオのコメンテーターは、「中身が判らないのに机上の空論やっている」「TPP、安全保障上非常にいいもの、ぜひ議論すべき」と協定内容の詳細不明を認めながら、密室協議批判は棚上げして交渉参加を促すコメント。
「news every」
11 月8 日、解説主幹が、外交的に日米同盟の再構築、中国への改革圧力につながる、と交渉参加への支持を滲ませたコメント。山下一仁キャノングローバル研究所研究主幹「アメリカの要望を拒否できる。すべての分野でアメリカの主張が通るというのはありえない」と推進派の主張を代弁する発言も並べた。
政府の秘密主義・二枚舌的説明への批判に弱さ
11月14日ハワイの日米首脳会談、野田首相はTPP への交渉参加の方針を表明。会談後ホワイトハウスの発表は「すべての物品とサービスを貿易自由化交渉のテーブルに乗せる」と踏み込んだ内容だった。日本側はこれを否定したが、アメリカ側は訂正しなかった。各局ニュースも、この日米の解釈の違いは報道したが、十分な追跡取材はなかった。慎重派や多くの人々が知りたいと思っていた「関税撤廃の例外を設けられるのか?」「日本政府はどこまで約束したのか?」などは疑問のまま残された。国の内と外で受け取られ方が違う
ことを意図して言葉遣いを選んだとしか思えない政府発表、日本の人々に誠実・率直に説明しようしない野田首相への批判も、深くは展開されなかった。むしろ次のような野田首相を擁護すると受け取れるコメントもあった。
「報道ステーション」
11月15 日、参議院での自民党山本一太議員「二枚舌外交」質問を受け、スタジオコメンテーター「あの発表文の一件にしても、外向けと内向けの説明を変えているように思えてならない。それでも野田総理がアメリカ側に伝えたかったメッセージは本質的には変わらないんじゃないかと。すべての物品やサービスをテーブルのうえに乗せると言ったからといって、乗せた後でひっこめてもいいんです。実は例外にしたいんだという議論があっても構わない。すべてこれからのことだと思う」
おわりに
TPP 報道が集中した10,11 月のテレビニュースをモニターした結果を振り返るとき、この間の報道が、視聴者の当初抱いた疑問や不安にはついに応えきれず、ブラックスボックスにおかれた協定内容もTPP 参加で危惧される市民生活への影響も、アメリカの長期にわたる深い戦略的意図も、結局十分に解明されないままに終わったというのが私たちの率直な感想である。
しかし、TPP 問題は終わっていない、というより交渉参加について各国との折衝は始まったばかりであり、視聴者の期待に添った報道がどこまでできるかメディアの力量が本当に問われるのはこれからだと思う。
私たちがここで指摘したいくつかの点は、にわかに沸騰したTPP 論議のために時間的制約から取材が難しかった事情も理解できる。しかし、今後の長期にわたるTPP 報道にあったっては、指摘した弱点を是正し、提起した課題を検討の俎上に載せ、国民の知る権利に応えた取材が展開されることを期待したい。
