
共謀罪法案国会審議・テレビニュースは どう伝えたか
―2017年3月1日~6月16日
2017年9月3日放送を語る会
はじめに 2017 年6月15日早朝、共謀罪の趣旨を含む「組織的犯罪処罰法改正案」いわゆる共謀罪法案 が参議院本会議で強行採決され、成立した。 処罰対象の範囲のあいまいさへの批判、内心の自由が侵害されるのではないか、日本が監視社 会になるのではないか、という懸念など、さまざまな問題を置き去りにしたままの成立であった。
衆議院での強行採決に続いて、参議院では、委員会での採決を省略して本会議で採決するなど、 自公政権の強引な国会運営も批判を浴びた。
犯罪の実行前から処罰できるようにする共謀罪法は、日本の刑事法体系の大転換をもたらすも のと指摘されている。捜査機関による市民の監視が拡大し、国家権力と市民の関係が大きく変化 することは避けられない。
このような重大な法案の審議過程に対して、権力の監視を任務の核心とするジャーナリズムに とっては、単に事態の動きを伝えるだけでなく、これを批判的な姿勢で捉え、市民が判断できる ような多様な情報を提供する義務があった。
放送を語る会は、これまで、重要な政治的な動きの度に、テレビニュースをモニターしてきた が、今回も市民に最も身近な日々のニュース番組が、国会審議の期間、どのようにこの問題を伝 えたのか、その実態を解明するためのモニターを実施した。本報告はその結果をまとめたもので ある。当会のモニター活動はこれが18回目となった。
対象としたニュース番組は次の5番組である。
○NHK「ニュース7」
○NHK「ニュースウオッチ9」
○日本テレビ「NEWS ZERO」
○テレビ朝日「報道ステーション」
○TBS「NEWS23」
モニター期間は、共謀罪法案の国会審議が始まる前の2017年3月から国会が事実上終了する6 月16日までとした。
対象番組を上記のように限定しているので、本報告はこの期間中の共謀罪法関係テレビ報道の 全体像を示すものではない。この報告書はあくまで上記デイリーニュース番組に限定したモニタ ー結果であることを断っておきたい。
モニターは、放送を語る会の従来の方法で実施した。この間、対象としたデイリーニュース番 組で、「共謀罪」を扱った日の内容をメンバーが分担して記録し全員に報告した。
以下、A4およそ300ページほどの記録から、次のような項目に従って整理し、報告すること とする。
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1、共謀罪法案に関する対象ニュース番組全体の傾向
2、法案の問題点、争点は明らかにされたか
1)国会審議や、法案の内容はどのように伝えられたか。キャスターやコメンテーター、 記者解説の姿勢はどのようなものだったか
2)言論人・研究者や市民の意見や発言が取り入れられていたか
3)視聴者の判断に役立つ独自の取材や調査報道は行われたか
3、市民や各界の反対運動の報道はどうだったか
4、共謀罪法施行後のテレビジャーナリズムに望むこと
~デイリーニュースのモニターが示したもの~
付属資料
◆デイリーニュースの共謀罪報道・放送回数、放送時間比較
◆共謀罪法案国会審議 「ニュースウオッチ9」 が伝えなかった事項
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1、共謀罪法案に関する対象ニュース番組全体の 傾向
1) 報道の量はどうだったか
まず、各番組が、この期間どれだけの回数と時間量で伝えたかを比較してみる。
NHK「ニュース7」 26 回 計1時間21分06秒
NHK「ニュースウオッチ9」 30回 〃1時間52分34秒
日本テレビ「NEWS ZERO」9回 〃 27 分30秒
テレビ朝日「報道ステーション」 33回 〃 4時間32分15秒
TBS「NEWS23」 18 回 〃 1時間21分21秒
(※放送時間量は、モニター担当者が録画機器のタイマーによって手作業で計測した。
そのため数秒の誤差がありうることを断っておきたい。)
これでみると、5番組の放送回数は総計116回ということになる。
回数が多いか少ないかを判断する基準があるわけではないが、モニター担当者からは、法案の 重要性からみて「少ないのではないか」という感想が多かった。
2015 年の安保法案審議の際のモニター活動でも同じデイリ―ニュースを対象にしたが、記録し た放送回数はおよそ390回、担当メンバーからの報告はA4で合計950ページに達した。 共謀罪法案国会審議のモニター期間は3か月半で、安保法モニターの期間の5か月半より約2 か月短いが、そのような事情を勘案しても、今回の共謀罪報道が少ないという印象は否めない。 国家の骨格に関わる安保法と、重要度で差があるとされたことも考えられる。しかし、市民の 基本的人権に広範にかかわるという点で、共謀罪法案も極めて重要な報道対象であったはずであ る。
2) 群を抜く「報道ステーション」の放送量
比較でわかるように、「報道ステーション」の時間量が5つのデイリーニュースの中では突出 しており、その時間量は他の4番組の放送時間の合計に近い。
とくに公共放送NHKの代表的ニュース番組「ニュースウオッチ9」と比較すると、「報道ス テーション」は2.4倍となっている。放送回数は大きな差がないので、これは「ニュースウオッ チ9」の各回の放送時間が短い傾向にあることを示している。
特に6月に入ってから共謀罪法案について報じたのは「ニュースウオッチ9」はわずかに4回、 「報道ステーション」は倍の8回であった。
放送時間量だけではなく、あくまで放送内容を検証しなければならないが、時間をかけて報じ るかどうかは、法案に対する姿勢の表現でもある。CMを除けば、「ニュースウオッチ9」と「報 道ステーション」は放送時間の長さには大きな差はない。その条件でのこの放送時間量の差は問 題と言わねばならない。
もう一つ、注目されるのは「NEWS23」である。安保法の国会審議中、精力的に報道し続 けた「NEWS23」が、放送回数で「報道ステーション」のほぼ半分、放送時間で3分の1以 下となっている。
「NEWS23」の安保法報道と共謀罪報道を、国会最終盤の強行採決前の1か月に限って比 較すると、安保法(2015.8.19~9.19)では放送日数17日、放送時間計 約3時間4分だった。
これが共謀罪法(2017.5.15~6.15)では 放送日数8日 放送時間計 約43分となっている。 「NEWS23」は、この二つの法案に対して、批判的な姿勢は共通している。しかし放送時 間量において大きく後退した、という印象はぬぐえない。
「NEWS ZERO」は、モニター期間中、共謀罪法案について報じたのはわずか 9 回、こ のうち4回は「審議に入った」(4月6日)「実質審議が始まった」(4月14日)「衆議院法務委員 会で可決した」(5月19日)「野党4党金田法相の問責決議案提出」(6月13日)という事実を1 分前後で伝えるだけだった。
放送時間の総計も3か月半の期間を通して27分余にとどまっている。この番組の共謀罪法案 に対する姿勢は消極的だった。
モニター担当者は、そもそもこの番組は共謀罪法案を報道するこ とを避けているのではないかと批判している。
3)法案の呼称の問題
法案の呼称は番組によって分かれた。どのようにアナウンスしていたかを比較する。
「ニュース7」「ニュースウオッチ9」……「共謀罪の構成要件を改めて、テロ等準備罪 を 新設する法案」
「NEWS ZERO」……「共謀罪の趣旨を盛り込んだ組織犯罪取締法改正案」
「報道ステーション」…… 「共謀罪法案」あるいは「いわゆる共謀罪法案」
「NEWS23」…………「共謀罪の構成要件を厳しくしたテロ等準備罪を新設する法案」 ただし、「NEWS23」は、画面では「テロ等準備罪」と「共謀罪」という表記 が混在 しており、キャスターが「共謀罪法案」と呼ぶケースもあった。
政治的な動向の報道では「テロ等準備罪」とし、スタジオで批判的に検討すると きは「共 謀罪」と呼ぶなど使い分けられている。
呼称の問題は重要である。今回問題となった法案は、通称「組織犯罪処罰法」に、合意(共謀) に基づく準備行為を罰する規定を盛り込むものであった。たとえ構成要件を変えたとしても、過 去3回廃案になった共謀罪新設の内容と本質は変わるところはない。その意味では「報道ステー ション」の呼称が正確である。
「テロ等準備罪」は、「共謀罪」の代わりに政府が示した名称である。この名称によって、共謀 罪を新設するかどうか、という議論であるべきところが、「テロを準備する犯罪」を処罰するかど うかに議論がすり替えられることになった。
「テロ等準備罪」という名称は、テロを防ぐために必要という意図と価値判断を含む用語であ り、世論を誘導する効果を持つ。共謀罪法案という呼称をひたすら避けてこの用語を繰り返し使 用したNHKは、政府の意思を忖度したのではないか、と批判される余地を残した。
2、法案の問題点、争点は明らかにされたか
共謀罪法に対しては、法案審議前から数々の疑問や懸念が表明され、批判もされてきた。
犯罪の実行前の計画・準備段階を処罰するためには広範な捜査が必要で、市民への監視がこれ まで以上に拡大するのではないか、という懸念もある。
政府は、対象を組織的犯罪集団と限定したので一般人は対象にならない、と主張してきた。 しかし、組織的犯罪集団かどうかは捜査当局が判断するとしているので、その判断によっては 政府に批判的な団体や市民、また一般人が権力からの監視の対象になる可能性も否定できない。 すでに市民団体が調査、監視の対象になっている事例もあり、そうした監視にお墨付きを与え るのではないか、などの懸念も繰り返し語られている。
また、日常生活と類似する「準備行為」が犯罪を目的としたものかどうかは、心の中を捜査し なければわからない。このため、法案は内心の自由を侵害するのではないか、という重大な批判 もあった。
このほか、国際条約に加盟するために必要、という政府の主張は正しいのか、なぜ対象犯罪が 277 もあるのか、という疑問も解消されていない。
民主主義の根幹が脅かされかねないこの法案について、テレビニュースは、その問題点や法案 をめぐる争点を十分に伝えてきただろうか。そうした視点で、対象ニュース番組のモニター内容 を整理し、次のような項目にしたがって報告したい。
1)国会審議や、法案の内容はどのように伝えられたか。キャスターやコメンテーター、記者 解説の姿勢はどのようなものだったか
2)言論人・研究者や市民の多様な意見や発言が取り入れられていたか
3)視聴者の判断に役立つ独自の取材や調査報道は行われたか
1)国会審議や、法案の内容はどのように伝えられたか。キャスターや コメンテーター、記者解説の姿勢はどのようなものだったか。
◆「ニュース7」 「ニュース7」の共謀罪関係報道は各回の放送時間が短く、国会の動きを簡単に伝える、とい うのが支配的だった。期間中の26回の放送のうち、5分以上の回は7回にとどまり、1分以下、 数十秒の放送が7回もあった。
国会審議の内容が質疑の形で紹介されることは極めて少なく、審議内容よりも法案をめぐる動 きの報道が「ニュース7」の大半を占めている。
たとえば5月16日の放送で紹介されるのは、自公維新の3党の会合、日本維新の会の会合、 自民・竹下亘国対委員長、法務委員会の自民・古川俊治筆頭理事、民進・逢坂誠二筆頭理事、維 新の会馬場伸幸幹事長のインタビューである。
翌17日も、民進・逢坂筆頭理事、自民・古川筆 頭理事、自民・竹下国対委員長、公明・井上義久幹事長の談話紹介が中心の放送だった。同じよ うな内容の回は他にも何回もあった。
国会内の動きをどれだけ伝えても、法案の内容は伝わらない。与党側の動きについては維新 も含めて手厚く伝えるが、野党側については民進だけの動きしか伝えないという姿勢も偏ってい た。
法案の内容の解説の放送は2回ほどにとどまっている。そのうち、3月21日、閣議決定の日は、 アナウンサーが、法務省が示す具体例として、テロ組織が飛行機を乗っ取るケース、サリン製造、 暴力団の拳銃購入などの例を丁寧に紹介した。その上で、277 の犯罪については「政府は組織的 犯罪集団が関与することが現実的に想定されるものに限定したとしている」と解説した。
このあと日本ペンクラブと日弁連の見解が短く紹介されているが、全体としては法務省見解を 効果的に伝えるものになっていた。
記者の解説でも疑問が残るケースがあった。6月14日、中間報告という形で参院本会議の採決 を目指した与党の動きについて、解説の政治部記者は、与党側の思惑について、会期の期限が迫 っているのに、与野党の対立で円満な採決の見通しが立たないこと、公明党所属の法務委員長が 委員会採決で矢面に立たないよう配慮したなどの理由を挙げた。
しかし、世論の批判が高まっていて、審議が長引けば法案の欠陥がさらに明らかになること、 加計学園問題の闇が明らかになるのを恐れたことなど、真の理由と思われる事情には触れていな い。採決もやむをえない、とする政府与党側の言い分に近い解説であった。
委員会を飛ばして採 決する不正常な国会運営についても、批判的なコメントもなかった。 「ニュース7」は、NHK・民放を通じ、もっとも視聴率の高いニュース番組である。放送時 間が30分と短く、その日発生したニュースを伝えなければならない、という制約はたしかにある ものの、法案の重大性を考えれば、時間量でも内容でも工夫のしようがあったはずである。
しかしこの番組では、法案の問題点を、政府側、野党側双方の主張や識者の見解をもとに視聴 者に提示するという点で不十分と言わざるをえず、視聴者に不満が残った。
◆「ニュースウオッチ9」 3 月1日から6月18日までのモニター期間中、「ニュースウオッチ9」の放送回数は78日、 共謀罪法案関係報道があったのは30日であった。そのうち法案や審議の内容を扱ったのが14回 で半分程度、残る16回のうち、13回は与党協議・与野党会談・日程の紹介などを短く伝えるだ けで、法案の内容までは踏み込んでいない。あと3回は世論調査の結果だけの報道になっている。
総放送時間は前章で見た通り1時間52分余、「報道ステーション」の約4時間半の5分の2程 度である。この規模については、さまざまな見方はあるとしても、やはり回数・時間、内容とも 不十分という印象はぬぐえない。 この番組は、審議の重要な局面で、野党や反対運動の動きや意見も比較的丁寧に取り上げては いた。しかし、モニター記録全体から、この番組の次のような特徴が浮かび上がってくる。
第一の特徴は、前述のように、多くの放送で、法案をめぐる政治の動きの紹介が主となってい たことである。これは「ニュース7」と共通する特徴である。
法案内容に関しては、言論人や専門家の意見によって問題点、争点を解明する手法がほとんど 採られなかったこと、法案の論点に関わる独自の取材、調査報道がほとんどなかったことなど、 共謀罪法案の問題点を、多様な意見をもとに深める姿勢が乏しかった。
たとえば衆院本会議で強行採決があった5月23日、「報道ステーション」は12分以上の時間で、 ケナタッチ国連報告者の政府宛の書簡内容を交えて報じ、審議不足を指摘して批判したが、「ニュ ースウオッチ9」はその半分以下の5分20秒で、各党の反応中心の報道だった。強行採決という 重大な時点で、法案のどこが問題なのかを改めて問う内容は見られなかった。
第二は、国会審議の伝え方で、一問一答の編集がよく見られ、政府答弁が印象づけられていた。 また、全体に政府側の見解の紹介の分量が大きい傾向があった。
4 月19日の放送では、民進党の質問と安倍首相、金田法相の答弁が連続するが、法案の必要性 についての質問、安倍首相答弁、国際条約についての質問、安倍答弁、一般人が対象になるか、 という質問に金田法相答弁、と一問一答で進行しており、再質問による追及は見られない。これ は「ニュースウオッチ9」に特徴的な国会審議の報道スタイルである。
5 月29日の参院本会議の論戦の報道では、3分10秒の短い内容の中で、政府与党の説明、発言 時間が約2分、野党側の説明、発言44秒となっている。国会論戦全体の報道を計測した結果では、 政府与党発言と野党側発言の時間配分は70.5%対29.5%だった。
また、論戦も自民・民進が中心で、他の野党に対する扱いは公平とは言えなかった。 6 月14 日、「中間報告」による採決の動きについて記者が解説したが、政府与党の思惑の解説 が中心で、この非民主的な動きについての批判があることをきちんと伝えていない。
重要な審議内容の脱落 第三の、そして最大の問題は、「ニュースウオッチ9」が重要な審議内容や、法案に対する国 際社会からのメッセージを伝えず、ネグレクトした例がかなりあった、ということである。
もっとも放送時間の長かった「報道ステーション」が伝えた事項を参照するだけで、「ニュース ウオッチ9」が報じなかった幾つかの事例をあげることができる。
① 4月17日、衆院法務委員会。民進党山尾志桜里議員の質問「保安林でキノコを採るのもテ ロの資金源か」とそれを肯定する政府答弁。
② 4月19日 民進党山尾議員の質問に金田法相が答えられず、刑事局長が答弁。民進党逢坂 誠二議員の「捜査が一般人に及ばなかったら犯罪集団かどうかはわからないのではないか」 という質問にたいして金田法相の「犯罪集団が関与していることについての嫌疑が必要」 というズレた答弁。(「報道ステーション」の後藤謙次コメンテーターが「呆れてものが言 えない」とコメントした答弁)。
③ 4月21日、 金田法相が「一般人は捜査の対象にならない」と繰り返し答弁したのに対し 盛山法務副大臣が「対象にならないとは言えない」と相反する発言。「組織的犯罪集団に該 当するかどうかは捜査当局が判断する」という金田法相の答弁。
④ 4月25日 衆院 法案についての参考人質疑の内容。(小林よしのり、高山佳奈子、小澤俊 朗、井田良、早川忠孝氏らが出席)
⑤ 4 月28日、共産党藤野保史議員の「花見をしているのか犯罪の下見をしているのかどう 見分けるのか」という質問に対し「花見なら弁当やビールを持ち、下見であれば双眼鏡や 地図を持っているという外形的事情がありえる」などという金田法相の答弁。
⑥ 5月9日、民進党蓮舫代表の「ラインやメールなどで合意したとどうやって確定するのか」 という質問に対して金田法相は「嫌疑がある場合には捜査を行う」としたが、直後に「そ ういうデジタル情報については監視しない」と答弁。議場は、答弁になっていない、と騒 然となった。
⑦ 衆院法務委員会5月16日。パレルモ条約について公明推薦の椎橋隆幸中央大名誉教授と 民進党推薦海渡雄一弁護士が意見を述べた。この専門家の意見聴取の内容。
⑧ 6月1日参院法務委員会。民進党小川議員の質問に対する林刑事局長の答弁「組織的犯 罪集団の構成員でなくても計画主体になりうる」。金田法相の答弁「構成員でなくても計画 に関与した周辺者についてはテロ等準備罪で処罰はあり得る」など。
この日「周辺者」と いう概念が示された。
これらの審議内容は、いずれも法案のあいまいさや危険性を浮き彫りにするものであった。こ れだけの情報の脱落は大きな問題と言わなければならない。 加えて、国連人権理事会のプライバシーに関する特別報告者、ジョセフ・ケナタッチ氏の安倍 首相宛書簡についての報道は、「ニュースウオッチ9」には見当たらない。 ケナタッチ特別報告者の意見は、市民が共謀罪を考えるうえで重要な提起であり、テレビメデ ィアがこぞって紹介しているのに、「ニュースウオッチ9」での無視は問題であった。
控えめに過ぎるキャスターコメント 「ニュースウオッチ9」のキャスターのコメントについては、国会審議の報道のあと、毎回の ように、「中身があるかみ合った議論を」、「国民に分かりやすい本質的な議論を」、などという発 言があり、6月15日の放送では、キャスターが、「今も懸念や疑問が残っている」、「市民一人一 人がこれからもこの法律の運用をチェックしていく必要がありそうです」と指摘するなど、姿勢 としては評価できるものがあった。
しかし、ニュース本体が共謀罪法案の問題点を浮き彫りにする姿勢に欠けている中で、キャス ターコメントはごく常識的で、控えめなものにとどまっており、一般的な「願望」の表現に終始 した、という見方がモニター担当者から寄せられている。
ただ、有馬嘉男キャスターと桑子真帆キャスターは、時に率直な発言で注目されることもあっ た。5月19日、衆院法務委員会で強行採決が行われた日、桑子キャスターは「単純に何時間審議 したらいいというものでもないですしね」と抗議に近い発言をし、有馬キャスターも「政府は説 明をしてほしいし、国会での議論を尽くしてほしい」、と受けている。 4 月6日、衆院で審議入りした日、有馬キャスターが法案の内容を解説しているが、ここでは 法案のもつ危険性が基本的にピックアップされ、指摘されていた。
有馬キャスターは、犯罪の準備かどうか事前に察知するために、捜査当局が会話やメール、電 話など日常的に集める恐れがあること、正当な団体でも、捜査当局が「一変した」と判断すれば 捜査の対象になること、それが恣意的に行われるおそれがあること、などの論点を、政府の主張 紹介と同程度の時間をかけて伝えている。 このようなキャスターであれば、法案審議の実態からみて、もっと踏み込んだ批判的なコメン トがその力量からして可能であっただろうし、必要だったと言える。
◆「NEWS ZERO」 この番組は、時間量比較で見た通り、そもそも共謀罪関係報道で見るべきものが乏しかった。
わずかながら報じられた国会審議の内容は、金田法相の答弁態度に絞られていた。特徴的なの は、金田法相の態度を引き出した議員の質問の核心部分を伝えなかったことである。
たとえば、4月19日、共産党の藤野議員の質問を取り上げたが、番組の結論は金田法相が答弁 能力を欠いているということだけだった。確かに金田法相の答弁態度は問題だが、この日藤野議 員は「共謀罪」そのものの危険性を厳しく質問している。番組はその核心部分には向かわず、金 田法相の姿勢を伝えることで終わっていた。
同様の例は他にもあり、この番組は、野党議員の質問を金田法相の態度を伝える手段としての み利用した、という感があり、共謀罪法案の本質の追求が行われたとは言い難い。
村尾信尚キャスターの発言にも不満が残った。「277 の犯罪をもっと絞り込めないものかどう か」「…議論が展開できないのかどうか」といったコメントが繰り返されたが、番組の共謀罪報道 が貧弱なだけに、まるで他人事のコメントのような印象を与えている。
6 月14日、参議院で法案が成立間近になっていた日、村尾キャスターは「この法案、一般市民 が対象にならないのか。対象となる犯罪が多すぎるのではないかなど、まだまだ議論されるべき 課題が残されている。法案の中身とともに、安倍政権の国会運営にも疑問を感じる人は少なくな い」と述べた。立派なコメントであるが、なぜ国会審議中にこのような姿勢で「NEWS ZER O」の報道が展開されなかったのか、疑問が残る。
◆「報道ステーション」 「報道ステーション」は、時間量比較で見たように、全放送時間が他の4本の番組の合計に匹 敵する量の共謀罪関係報道を実施している。
その内容も、批判的視点の確かさや、市民の判断材 料となる多様な情報提供という点で、群を抜いていたと言ってよい。
その特徴は以下の通りである。
一問一答ではない国会審議の伝え方
この番組では、国会審議の報道で、法案に関する重要なポイントを逃さず伝えている。本報告 6ページから7ページにかけて、「ニュースウオッチ9」がネグレクトした審議内容を挙げたが、 これがすべて「報道ステーション」が伝えたものであることを見れば、その姿勢がわかる。 NHKの国会審議の報じ方が、一問一答式で、安倍首相や法相、法務省官僚の回答で終わる形 が多いのに対して、「報道ステーション」は、一定の長さで質疑を伝え、問題を浮かび上がらせる 手法がとられている。
たとえば4月17日では、森林法が対象犯罪に入っていることを問題視した民進党山尾議員と 金田法相への質疑は、山尾―金田のやりとりが3回繰り返されている。5月17日は、一般人が捜 査の対象になるかどうかをめぐって、民進党逢坂議員が質問、安倍首相の答弁、逢坂―金田法相 のやりとりが2回くりかえされている。このように、問題を絞ったうえで、連続する質疑として 紹介されるケースが多い。そのため視聴者は問題がどこにあるかを認識しやすい。
また、この番組では、一般市民が対象になるかどうかの議論が毎回のように取り上げられてお り、「一般人にとってどうか」を番組は終始意識してきた。
国会審議の伝え方、構成・演出も特徴があった。一般人も対象になるのか、という質疑の中に、 志布志冤罪事件(警察が選挙違反の濡れ衣を着せて苛酷な取り調べを行ったが最終的に無罪にな った事件)の独自取材を組み込み、構成している。そのため質疑が空論ではなく、重いリアリテ ィをもって受け取られる効果を生んでいた。
コメンテーターの主張が番組で重要な役割を果たしていた
この番組で特筆すべきは、後藤謙次コメンテーターの役割である。後藤コメンテーターは、共 謀罪法案が国による個人の内心への監視・処罰のためにあるという危険性を早い時点で指摘し、 番組の全過程で批判的にコメントしている。
後藤コメンテーターのそうした発言の典型例をあげてみたい。 (記録は要旨)
3 月21日「限りない監視社会への恐れがある。例えば通信傍受を行政機関、捜査機関の判断だけ で出来るようになると監視の網が広がり市民生活は脅かされる。テロについては警察 幹部OBですら既存の法律で十分に対処できると言っている。ここは仕切り直しても う一度法体系の組み直しが必要だ」
4 月6日 「この共謀罪の一番の問題点はあいまいさという一語に尽きる。警察幹部OBですら テロについてはすでに既存の法律で十分に対応できると言っている。内心の自由とい う侵すことの出来ない人類普遍の原則に立ち入るかもしれない法律なのだから、こう いう生煮えのままで出さずにもう一度ゼロからやり直すことが必要だと思う」
5 月23日 「特に問題なのは、一般人が対象になるかならないか、この点については全く詰め切 れていない。刑法の大原則、罪刑法定主義にも反する。例えばテロの防止に役立つと 言っているが、この点は全く議論が進んでいない。テロは未然防止が重要だがその計 画段階をどうやって認定するのか。 沖縄の基地反対デモに参加しようという時に、場合によっては座り込みもあるかも しれないという共通認識を持っていたら、沖縄へ行こうといった段階で計画準備段階 9 なのか。その計画準備段階をどうやって察知するのか。盗聴通信傍受、司法取引、捜 査手段の拡大などへの国民の合意が全く出来ていない」
6 月1日 「今回の共謀罪の審議は異常に早い。今日をいれて4回の審議。与党内には5月の中 旬ぐらいまでは共謀罪法案は継続審議でもよいのではという声があった。しかし加計 問題がクローズアップされてから一瀉千里に会期末に向けて成立を急ぐ空気になっ てきた。まだやるべきことは沢山あると思う。いったん閉じるか延長して審議を深め る。これが国会のあるべき姿ではないか」
後藤氏は共謀罪に反対を明言しているわけではない。審議が不十分だから仕切り直せ、という、 国会の民主的手続きに関するコメントが大半であることに注意する必要がある。
今回の共謀罪法テレビ報道で上記のようなコメントが語られたことは、賛否は別にして記憶さ れてよいであろう。
「報道ステーション」に、他のデイリーニュースに比べ充実した報道が見られたのは、おそら く番組のスタッフの、法案について視聴者に警告を発しなければならない、という共通の思いが あったからだと考えられる。
後藤コメンテーターの発言の多くは、そうしたスタッフの取材が支 えたものだったと推測できる。
◆「NEWS23」 モニター期間中、「NEWS23」で「共謀罪」を取り上げたのは18回、放送時間合計は、わ ずか1時間21分余りだった。しかも 4月14日、審議入りした衆議院法務委員会の報道は6項 目目で30秒、4月17日、衆院決算委の共謀罪の対象範囲をめぐる論戦は2分40秒、法務大臣 と副大臣の答弁が食い違った4月21日は1分30秒、4月25日、参考人陳述1分10秒など。法 案の重要性にもかかわらず短く軽い扱いの日が目立った。報道量比較の章で指摘したように、安 保法審議のときの「NEWS23」と比べて報道量では後退した。
批判的スタンスは明確
しかし、法案の問題点、与野党の対立点の取り上げ方、審議の進め方等については、ほぼ的確 に伝え、批判的視点を貫いていたと言える。
その代表的な例を三回分挙げておきたい。
法案が閣議決定された翌日3月22日の放送では、15分20秒を費やして、法案の問題点を詳 しく伝えた。冒頭で、5か月ぶりに釈放された沖縄平和運動センター山城博治議長の逮捕・長期 拘留をとりあげた糸数慶子議員の「政府に抵抗する行為を未然に一網打尽にする意図が明らか」 との指摘は、具体例を基にして説得力があった。衆院法務委員会の金田法相答弁の迷走ぶりと矛 盾も、野党議員の質問と答弁を対置して鮮明に浮かび上がらせた。
後半のスタジオ解説で「①予備罪で対応できない?」「②なぜ『テロ』を看板に?」「③一般人 も対象?」「④監視社会の到来?」など法案の問題点も質問と答弁を並べて具体的に伝えた。
衆議院で法案が強行採決されたあと、5月23日の放送では、「不安な答弁 課題残し“共謀罪” 法案衆院通過」と7分50秒で比較的丁寧に伝えた。ケナタッチ国連人権理事会報告者の書簡と 政府との応酬も取り上げて、法案への批判的視点を明確にしていた。
参院強行採決前夜の6月14日は、「国会前に響く抗議の声」をタイトルにして計8分55秒。 冒頭、国会前の抗議行動の生中継から入って、星キャスターが「国民の多くの疑問を置き去りに したまま国会が数の力で動かされています」とコメントするなど、批判的報道姿勢を示した。
国会生中継の記者も「異例中の異例ともいえる奇策に出た自民」と批判的姿勢をにじませ、公 明党への配慮、与党内の警戒の声も紹介、単なる経過報告と一味違ったレポートだった。 終盤で厳しさを増したキャスターコメント 星キャスターのコメントは、当初、法案に対する疑問を呈する程度で、全体として控えめとい う印象を視聴者に与えていたが、国会審議が進むにつれて、厳しい批判的なコメントが目立つよ うになった。
5 月17日 「金田さんの答弁が十分だとはとても思えない。特になんでこの法律が必要な のか?それとこの法律に歯止めがあるのかどうか。根幹の部分の答弁が出来てない」
5 月19日 「安倍総理はこの法律がないと東京オリンピック・パラリンピックが開けないと 言っていた。それほど重要な法案なら自ら委員会で野党の質問に答えるべき」 といったコメントが続いた。
「中間報告」という手段で参院本会議での採決が目論まれていた6月14日の放送では、「委員 会でもうちょっと審議を進めるべきだが、それを封じるのは典型的数の暴力、数の横暴」「一言で いうと加計隠しの国会」「一強政治と言われるが政権のほころびも見えた国会」と政権への厳しい コメントを重ね、最後は「共謀罪通っても、我々問題点を指摘し続けたい」と結んだ。
しかし、このような姿勢があるのであれば、「NEWS23」は、最初から時間をかけて共謀 罪法案関連の報道量を増やすべきだったのではないか、という疑問は残る。
2)言論人・研究者や市民の意見や発言が取り入れられていたか
各番組では、法案に対する見解・意見を研究者やジャーナリストにインタビューして、ニュー スの中に組み込んでいる。集会中の壇上での発言も含めて人名を挙げておきたい。
登場する識者は、NHKも含め大半が法案に批判的な人々だった。一見偏っているかに見える が、これは、一方で政府与党の強引な国会運営や、主張を伝える放送の中で、それとバランスを 取る形で談話・コメントを組み込んでいるためとみられる。
なお、数少ない法案賛成派の識者については氏名のあとに(賛成)と表記した。
◆「ニュース7」
インタビューしたのは次の4人の専門家だった。
3 月21日、日弁連海渡雄一弁護士 中央大学椎橋隆幸教授(賛成)
4 月6日、 久保有希子弁護士 6 月15日、法政大学 水野智幸教授
◆「ニュースウオッチ9」
わずかに閣議決定の日と共謀罪法成立の日、以下の専門家のインタビューを放送するにとどま っている。
3 月21日、日弁連海渡雄一弁護士、中央大学椎橋隆幸教授(賛成)
6 月15日、日本大学 岩井奉信教授 法政大学 水野智幸教授
なお集会、または記者会見での発言がVTRで紹介されたのは4月6日の吉岡忍氏、4月27 11 日の田原総一朗氏だった。
このように、NHKの二つの番組に登場した識者は極めて少数であり、賛成・反対の論者の見 解で争点を明らかにする、という姿勢はあまり見られなかった。
◆「NEWS ZERO」
識者へのインタビューはなかった。
◆「報道ステーション」
この番組は数多くの専門家、ジャーナリストを登場させている。特に、個性的なゲストを招い て共謀罪法案について話し合うというスタイルは、この番組特有のものであった。
また、海外からの警告の声を伝えたのも、この番組の特徴であった。
番組で紹介されたインタビュー、発言は、次の通りである。
3 月21日、京都産業大学 田村正博教授(賛成)落合洋司弁護士
4 月6日、東京都の道路整備計画に反対する市民運動の参加者
4 月17日 木谷明弁護士
4 月28日 ジャーナリスト青木理氏
5 月23日 プライバシーに関する国連特別報告者、ジョセフ・ケナタッチ氏
ケナタッチ氏は、安倍首相に書簡を送り、「法案が成立すればプライバシー権と表現の自 由が過度に制限される恐れがある」「適切にプライバシー保護のための新たな特定の条文や 措置が盛り込まれていなければならない」と警告した。日本政府は「国連の立場を反映して いない」と反発したが、5月23日の「報道ステーション」はケナタッチ氏への単独インタビ ューの内容を伝えた。
氏は「法案の文言を見て驚いた。日本政府から受け取った“強い抗議”は、ただ怒りの言 葉が並べられているだけでまったく中身のあるものではなかった」と述べている。
6 月2日、富川キャスターは、「国連の特別報告者デービット・ケイ氏、元CIA職員エドワード・ スノーデン氏の2人が相次いで“表現の自由”“共謀罪”をめぐって日本に警鐘を鳴らして いる」とのべ、デービッド・ケイ氏の、「表現の自由を脅かそうとする勢力が現れたとき、 私たちは自分たちの社会を守らなければならない」という発言を紹介した。
またスノーデン氏の「これは政府が新たな監視の手段を手に入れるための法案だ。日本に おける大量監視の新たな潮流の始まりだ。これまで日本になかった監視文化の状態だ」 という警告を伝えた。
6月12日 共謀罪の対象犯罪に法人税法や所得税法が含まれていることを批判する山中真人弁護 士、上柳敏郎弁護士、井上一生税理士のインタビュー、フランス「ル・モンド紙」のフィリ ップ・メスメール特派員、ジョセフ・ケナタッチ氏の批判を伝えた。
6 月15日 元東京高裁裁判長 木谷明弁護士 永岡弘行オウム真理教被害の会会長。
6 月16日 首都大学東京 木村草太教授、木村氏の「テロの危険と監視社会のどちらを選ぶか、 という論点は間違い。テロ対策だという政府のウソを許すかどうかが論点であり、そうであ れば結論は明らか」という発言を伝えた。
以上のほか、「報道ステーション」では、スタジオに何人もの個性的なゲストを迎え、生放送で 語らせている。いずれも次のような示唆に富む内容だった。ゲストは以下の人々である。 4 月21日、生物学者、福岡伸一氏、「生物社会で、個体が幸せに生きるために作られたルールが、 ある。その社会で、まだ起こっていない事に対して先回りして体の自由を規制することは生 物学的にありえない」
4 月28日、お笑い芸人ジェイソン・D・ダニエルソン氏「これが成立したら魔女狩り。9.11 以後似たようなアメリカの法律『愛国者法』で冤罪がいっぱいあった」
5 月19日、歴史家磯田道史氏「思っているだけでは絶対に罰してはならない。危害を加えられて 初めてというのが本筋。フランス人権宣言以来そうだ」 この他、スタジオに登場したのは、5月12日、映画監督周防正行氏、6月2日、GPS裁判 主任弁護人の亀石倫子氏、6月14日、ジャーナリストの田原総一朗氏らであった。
◆「NEWS23」
この番組では、3月22日に、公共政策調査会研究センター長板垣功氏、京都大学高山佳奈子 教授のインタビューを放送し、5月23日に田原総一朗氏をスタジオに招いた。 この日、ジョセフ・ケナタッチ氏の書簡と、それに対する菅官房長官の反論、それに対する ケナタッチ氏がただちに反論したことを伝えた。 このほかはほとんど識者のインタビューはなかったが、6月15日、法案成立の日に、周防正 行、デーブ・スペクター、三浦瑠麗、小林よしのり、荻上チキ氏ら5人のショートインタビュ ーを組み込んでいる。なお、4月6日と5月19日に、集会のVTRの中で高山京都大学教授 の法案批判の発言を紹介している。
3)視聴者の判断に役立つ独自の取材や調査報道は行われたか。
「ニュース7」「ニュースウオッチ9」「NEWS ZERO」には、共謀罪法の論点に関わっ た独自の調査報道はほとんどなかった。
調査報道の例は、「報道ステーション」「NEWS23」に幾つか見られた。
◆「報道ステーション」
大垣警察署の市民運動監視事件(4月28日)
岐阜県大垣市では、風力発電の建設計画に関して大垣警察署が中部電力の子会社と情報交換し ていた事件が発覚した。番組ではこの事実を紹介し、検察の監視の対象となっていた市民、船田 伸子氏のインタビューを伝えた。船田氏は「知らないところで監視され調べられている。私は犯 罪に関わるようなことをしていないのに警察は私の事を犯罪者のように見ていたと知り怖いと思 った」と述べている。
志布志市の公職選挙法違反容疑の冤罪事件の取材(5月12日)
特定の候補者からビールや焼酎などを受け取った嫌疑で、13人が起訴されたが全員無罪とな った志布志冤罪事件。
番組は現地で関係者へ取材し、裁判記録を掘り起こして振り返った。 「取調べに当たって、あるはずもない事実を、さもあったように具体的かつ、迫真的に追及さ れ、強圧的に取り調べられて自白に追い込まれる様子が伺われる」という裁判記録が紹介され たほか、自白を強要された体験談が語られ、共謀罪が冤罪を作りかねないものであることを示 唆した。
「パレルモ条約」についての取材(5月16日)
政府は、国際組織犯罪防止条約、通称「パレルモ条約」に加盟するために共謀罪法が必要と 繰り返し主張してきた。この主張が正しいかどうかを確かめるため、条約にくわしい米ノース イースタン大学のニコス・パッサス教授を、居住地アテネに訪ねて取材した。
パッサス教授は、「パレルモ条約は、経済的利益や、物質的利益を目的とした国際的な犯罪 防止のための条約」「日本は、国連の主要なテロ対策条約13本もすでに批准し、テロ対策法の 法整備は完了している」「国連には先に法整備を進めなければ条約に入れないような規則も、そ れを審査する機関もなく、先に条約に入ってからでも、必要な法整備を進めることも出来る」 などと答えた。
番組はこの証言を紹介し、政府見解に疑問を提起した。
◆「NEWS23」
大垣警察署の市民運動監視事件(4月19日)
4 月19日、衆院法務委員会で、法案が国民への監視強化につながる危険が論議されたが、 「NEWS23」は、その審議を伝える際、具体例として、岐阜県大垣警察署が風力発電事業 者に反対住民の情報を提供していた事実を関係者の証言と共にレポートした。 番組は、大垣警察署が業者との協議で、「今後過激なメンバーが岐阜に応援に入ることが考 えられる。大々的な運動へと展開すると御社の事業も進まないことになりかねない」と述べる など、反対する市民を調査した個人情報を業者に提供していたことを暴露した。
番組の中で、調査されていた市民は、「過去に原発反対デモを主催した事が監視された原因 と考えている」、「私と関わる家族や友人が調査対象になる。こんなことが自分の身に突然起こ ったら怖いと思いませんか?」と訴えた。
横浜事件の歴史を発掘(6月15日)
この日は、戦時中の弾圧事件「横浜事件」を例にとり法案の危険性を批判的に伝えた。
事件 の発端となった一枚の写真が撮影された富山の老舗旅館「紋左」と、父親が治安維持法で逮捕 された小野新一さんを取材して当時の歴史を掘り起こした。
調査報道の状況について
報道の基調が国会審議中心に傾き、独自取材・調査報道が少なかったことは今回に限らないが、 メディアの提供する情報・資料が有権者の政治判断に与える影響の大きさから、多様な判断材料 を提供する独自取材・調査報道が必要であった。
特に共謀罪法に関しては、現在の官憲の市民に対する監視や捜査がどうなっているか、また、 国際条約締結のために共謀罪法が本当に必要なのか、報道機関として独自に検証する報道が求め られていた。
この点で、NHKのニュース2番組に調査報道がほとんどなかったことは批判を免 れない。
3、市民や各界の反対運動の報道はどうだったか
法案に反対する市民や各界の反対の動きの報道は、全体として少ない、という傾向が見られた。 それでも幾つか紹介された例を見てみる。
「ニュース7」は、終盤で国会前の集会を数回にわたって取り上げたが、反対する動きの社会 的な広がりについての報道はなく、学者や弁護士などの集会の報道はほとんどなかった。
「ニュースウオッチ9」は、4月6日、衆議院で審議入りした日に都内で開かれた大規模な集会 を取材し、参加者の声や吉岡忍氏の発言、「市民を監視し、内心の自由・言論表現の自由を踏みに じるものであると言わざるを得ない」を紹介した。
4月27日は、共謀罪に反対するジャーナリスト14名の反対声明と記者会見の模様を伝えたが、 わずか36秒であった。同日の「報道ステーション」は同じ記者会見を1分40秒近く伝えている。
6月15日、法が成立した後だったが、神奈川県藤沢市で市民が始めた「コッカイオンドク」 の運動を紹介した。これは国会審議の内容を首相や閣僚、野党議員に市民が扮して再現するパフ ォーマンスで、取り組む市民の「法案が問題であることを広く言っていく」とする主張を伝えた。
全体として「ニュースウオッチ9」は、「ニュース7」と同様、市民の活動を独自の取材で伝え ることは少なく、国会前行動などを数回にわたって短く取り上げるにとどまっていた。
「NEWS ZERO」は、そもそも共謀罪関係報道がきわめて少なく、日々繰り広げられてい た国会外の反対運動については、5月19日にワンカット紹介しただけで、その後、一切触れてい ない。
「報道ステーション」は、4月 27 日のジャーナリストの反対声明の記者会見を報じたほか、国 会前の集会を何回か取り上げ、6 月14日、15日の最終盤では、かなりの時間量で参加者の声も 含め伝えた。
「NEWS23」は、5月12日に大阪で開催された法案に反対する弁護士らのシンポジウムを取 材、GPS捜査裁判の被告人側弁護士の亀石倫子氏の「権力が国民を監視する社会を選ぶのか、 それとも個人が強くあるためのプライバシーを大切にする社会を選ぶのか」という発言を紹介し た。
このほか、6月14日、15日の最終盤では、国会前から番組を開始、また、明け方までの集 会のようすを伝えるなど、国会前の集会を重視する姿勢がみられた。 各番組を通してみると、審議と連動して国会前の集会の模様や参加者の声は伝えられていたが、 全国各地での市民や団体の組織的反対行動の紹介は少なかった。
4、共謀罪法 施行後のテレビジャーナリズムに 望むこと
~デイリーニュースのモニターが示したもの~
これまで見たように、モニター対象の5つのニュース番組の状況は、「報道ステーション」を 除いて、視聴者の期待に十分応えたものとは言えない。法案の重大な性格に照らして、情報量が 大きく不足しており、また、法案の本質に届く論評や調査報道も貧弱であった。
もちろんこれは、テレビ局全体に当てはまる批判ではなく、あくまでデイリーニュースに限定 した指摘である。NHKはニュース番組以外にも日曜討論やラジオ番組で法案に関する番組を数 多く放送しており、TBSも「報道特集」や「サンデーモーニング」で、優れた批判的報道を続 けてきている。
しかし、日常的によく視聴されるデイリーニュースのこの傾向は、今後につながる問題として 批判せざるを得ない。
このことを踏まえ、共謀罪法(「改正組織的犯罪処罰法」)が施行された現在、今後のテレビジ ャーナリズムに次のような報道に取り組むことを求めたい。
1)共謀罪法の内容については、世論調査でも多くの市民がまだよくわからない、と答えている。 条文に即して、共謀罪法がどのような危険性をはらむのか、機会をとらえ、引き続き共 謀罪法の内容の解説や、関連する重要事項についての報道を展開すること。 一般人が対象になるのか、監視社会になるのか、国際条約に加盟するために本当に必要なの か、など、懸念や批判が示された諸問題について、検証を続けること。
2)共謀罪法の運用にあたって、現実に捜査当局がどのような捜査を行っているかを監視し、市 民の権利が侵害されている事態があれば暴露して、社会にアピールすること。
3)共謀罪法にたいする市民の反対運動や、言論人、識者の声に十分目配りして、その声を伝え 続けること。特に国際社会からの批判を重視し、伝えること。
4)近年、放送メディアへの政権側からの圧力が強まっている。高市総務相の「停波発言」、政 権に近い右派団体の意見広告によるコメンテーターへの攻撃など、憂慮すべきものがある。
報道にあたって、政権側の干渉や圧力があっても屈せず、権力を監視するというジャーナリ ズムの基本任務に従って、共謀罪法関連報道を継続すること。
とりわけNHKは、この問題の報道にあたって、政府からの独立、という公共放送の根本の 姿勢をつらぬくこと。
テレビニュース番組に従事する人びとにとって、このような任務は、市民から言われるまで もないことであろう。
しかし、この法律は、これまで以上に個人にも市民運動にも広く網をか け、日本を監視社会に大きく変える恐れがある。 こうした状況が常態になれば、わが国の民主主義にとって大きな脅威となる。
この法律の今後は、市民にとって重大関心事である。その立場からの強い願いとして上記要 請を本報告の最後に掲げておきたい。
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