
2016 年参院選・テレビニュースはどう伝えたか
~憂うべき選挙報道の現状~
2016年8月放送を語る会
目次
はじめに
1、質量ともに貧弱な選挙報道
2、争点の伝え方――改憲問題
3、争点の伝え方――アベノミクス、社会保障ほか
4、選挙「情勢報道」の偏重 「18歳選挙権」関連報道の問題
5、政治的公平性への疑い――大政党に有利な扱い
6、選挙報道に望まれること――抜本的に考え直すべき番組編成
付表1、モニター番組の選挙関連項目の有無と時間量、内容一覧
付表2、モニター番組選挙関連項目総放送時間
【資料】モニター担当者の番組評価と批判
はじめに
2016 年参議院選挙は、与党が勝利し、いわゆる改憲勢力が3分の2を占めるという結果とな った。歴史の岐路となったこの重大な選挙戦をテレビニュースがどのように伝えたか、放送を 語る会は、NHKと在京民放4局の代表的なニュース番組をモニターし、その結果を本報告に まとめた。
当会としては、安保法案報道の検証に続き、これが18回目のモニター活動となる。 対象としたニュース番組は次の6番組である。
モニター期間は、投票日までの約1か月間、 6月13日(月)から7月10日(日)までと設定した。
○NHK「ニュース7」
○NHK「ニュースウオッチ9」
○日本テレビ「NEWS ZERO」
○テレビ朝日「報道ステーション」
○TBS「NEWS23」
○フジテレビ「みんなのニュース」
いずれもデイリーの番組(月~金、月~土、または毎日放送)で、ウイークリーの番組やこ の期間中の特集番組等は対象としていない。したがって、本報告書の内容は上記ニュース番組 に限ってのものであることをお断りしておきたい。
しかし、毎日のニュース番組は視聴者の生活の中に溶け込んでおり、日常的な視聴が習慣化 している。その影響力は強いと考えられる。
当会がモニターに当って強く意識したのは、上記ニュース番組が、選挙の争点に関して、有 権者の政治的判断、政党選択に役立つような情報を多様かつ掘り下げて提示しえたかどうか、 また政党、候補者の扱いで政治的公平性が貫かれていたかどうか、であった。
結論的に言えば、これらの点で今回の参院選報道には大きな問題が残る。その内容を以下の 報告で述べたい。
モニターの方法は、それぞれの番組に1名から数名の担当者を決め、放送日ごとに選挙関連 内容の記録と担当者のコメントの報告を求めるというものである。その報告をメンバー全体で 共有し、本報告書を作成した。これはこれまでの当会のモニター方法と変わりはない。
担当メンバーは、録画した番組内容を書き起こし、録画機器のカウンターをみて放送時間量 を計算するという全くの手作業で報告を作成した。専門機関の大がかりな調査ではないが、こ の間のニュース番組の基本的な傾向は明らかにできたと考える。
1、 質量ともに貧弱な選挙報道
今回の参院選報道で、モニター担当者から一斉に上がったのは「なぜこんなに選挙報道が少 ないのか」という声だった。
本報告末尾の付表1を見ていただきたい。6月22日の公示日から19日間、番組によっては 選挙関連項目が無い放送日がかなりある。
NHK「ニュース7」は、公示日から18回の放送のうち、実に9回、関連報道が無い日だ った。この期間、半分は選挙報道をしていないことになる。とくに投票日前の1週間で見ると、 7月5日から8日までの4日間、選挙関連ニュースは見当たらない。
「ニュースウオッチ9」は投票日直前の7月7日、8日、選挙関連放送をしていない。 日本テレビ「NEWS ZERO」は13回のうち6回は関連放送が無かった。 フジテレビ「みんなのニュース」は、18回の放送中選挙報道があったのはわずか6回で、3分 の1にとどまっている。
これらに比べ、この期間、「報道ステーション」は関連項目が無かったのは1回にとどまり、 「NEWS23」も2回だけである。この二つの番組は7月に入ってからは選挙報道を休まず 続けている。 ここからは、「みんなのニュース」「NEWS ZERO」は論外として、選挙終盤でNHK の2番組に関連報道のない日が続いたことは疑問であり、公共放送の任務から言って批判は免 れない。
回数だけでなく、各回の時間量も問題であった。短い時間に9党の政策や主張を盛り込むこ とから、断片的な主張が羅列されるだけのケースが数多くみられた。
典型的な例は、7月3日の「ニュース7」で、各党党首の街頭演説の秒数と主張したテーマ はつぎのようなものだった。
安倍首相「テロから内外の日本人の命を守るために万全を尽くす」(42秒)、民進党岡田代表 「子供の6人に1人が貧困。政策が間違っているからこうなる」(30秒)、公明党山口代表「政 権が安定しているから政治が進む。民進・共産に将来の政治を任せるわけにはいかない」(24 秒)共産党志位委員長「自衛隊の合憲・違憲が問われているのではない。自衛隊を海外の戦争 に派遣するのがいいかどうかだ」(22秒)、おおさか維新の会松井代表「大阪でやっている改革 を全国に広げる」(20秒)、社民党吉田党首「安倍政治の暴走を止める選挙。改憲勢力に3分の 2 を与えない」(18秒)、生活の党小沢代表「安倍内閣成立以来、国民の実質所得は減少。これ を変えないといけない」(16秒)、日本のこころ中山代表「所得が増える経済政策を。公共事業 を全国で広げる」(15秒)、新党改革荒井代表「何でも反対の野党と違う。威張る与党に歯止め をかける新党改革」(10秒)
「みんなのニュース」6月25日は、公示後最初の週末の各党党首の街頭演説を並べている。 時間量は、自民安倍23秒、公明山口20秒、民進岡田20秒、共産志位20秒、社民吉田14 秒、生活小沢19秒、改革荒井15秒、維新松井15秒、こころ中山17秒、となっていた
。 このように、ひとり10秒とか15秒とかの主張を並べる方法は、選挙戦の雰囲気を象徴的に 伝える演出としてはないわけではない。 しかし、この種の主張の羅列はこの二つの放送だけではない。選挙報道ではいわば定式化さ れている。はたしてこれで有権者の判断に役立つ選挙報道といえるだろうか。
デイリーニュースでは時間が十分とれない、という局側の釈明も予想される。たしかにデイ リーニュースの宿命として、その日に発生した事件や、災害をまず伝えなければならない、と いう事情がある。しかし、さして重要と思われないような項目を選挙報道よりも長く伝えると いう例は少なくないのである。
選挙報道の拡充については最終章で提起したい。
2、争点の伝え方――改憲問題
今回の選挙で、改憲を目指す勢力が3分の2以上を占めれば、戦後初めて衆参両院で改憲勢 力が3分の2を超え、憲法改定の動きが一気に加速することが予想された。
民進党、共産党など野党4党は、安保法制を廃止し、立憲主義を取り戻す、という基本的合 意に基づき、全国32の1人区の選挙区で野党統一候補を実現させた。戦後例をみない選挙の取 り組みであり、その共通政策には憲法改定に反対する、という確認が含まれていた。 こうしたことからみても、選挙の重大な争点が「憲法改正」であることは明白だった。
しかし、自民・公明両党は、改憲問題は争点ではない、と主張、街頭演説でも全く触れなか った。
この「改憲隠し」にたいして、テレビニュースはどのような姿勢で臨んだのだろうか。 各局の争点の設定の内容を見てみよう。
「ニュースウオッチ9」は、6月27日に「経済対策・アベノミクス」28日に「社会保障」 29 日に「安全保障と憲法」という3つの争点をあげた。
「報道ステーション」は、6月20日「憲法」23日「社会保障と財源」27日「イギリスEU 離脱への対応」28日「低年金・無年金問題」7月5日「経済、アベノミクス」7月6日「安保」 と、6つの争点を設定した。
「NEWS23」は、6月29日に「憲法」7月7日に「経済」、「NEWS ZERO」は7 月1日に「アベノミクス」8日に「憲法」を取り上げている。
「ニュース7」では、「改憲問題」を争点と設定した企画はなかった。また「みんなのニュー ス」はアベノミクスが選挙の争点という姿勢が基本で、改憲問題を独自に扱っていない。
とくに「ニュース7」は6月22日、公示日の放送で冒頭、武田キャスターが「安倍政権の 経済政策、アベノミクスなどが争点になる第 24 回参議院選挙」と述べた。
これは政権の主張 と重なる表現で、この番組では争点としての改憲問題が意識されていないことを示していた。
これらの争点設定を見る限り、4つの番組が自公の「改憲隠し」には従わず、改憲問題を一 応の争点として掲げていたと言える。
以下、改憲問題を扱った番組の内容を振り返ってみる。
「報道ステーション」は6月20日、参院選の争点シリーズのトップに「憲法改正」を挙げ、 10 分近くで報じた。
番組はまず「憲法改正」が投票先を決める決め手になるかという問いに、51%が「そう思う」 と答え、「思わない」33%を上回ったという世論調査の結果を伝え、「今日は『憲法改正』につ いて考える、とした。
続いて、1月の記者会見での首相の「憲法改正については参院選でしっかり訴えてまいりま す」という発言のVTRを挿入、ナレーションで「40回の街頭演説で憲法改正について全く触 れていない」と指摘した。前言を平然と翻す首相の態度を端的に示す編集だった。
このあと、自民党草案の「日本国は天皇を戴く国家とする」、という前文、「国防軍の創設」 「国旗、国歌の尊重、家族の助け合い、憲法尊重等々、国民の義務の規定」の増加など、草案 の重要部分を画面上に示した上で、各党の主張を整理、紹介した。
最後に後藤謙次コメンテーターが、「安倍首相は選挙後憲法調査会を動かしていく、と言った。 本音が出てきた。どんどん憲法問題の議論を深めていきたい」と指摘、富川キャスターは「こ こ最近の選挙のあとに、秘密保護法や安保法制とか、あれっ国民の信を問うてないじゃないか、 ということもありましたからね。ちゃんと争点にしてくれればね」などと述べている。改憲を 争点にしない傾向を暗に批判したと受け取れるコメントだった。
このほか「報道ステーション」は、6月21日のスタジオ党首討論で、冒頭から20分近く憲 法を争点にした。7月7日は東京選挙区の候補に改憲問題にしぼってインタビューしている。 自民党の改憲草案にまで踏み込むニュースが少ないなかで、こうした「報道ステーション」 の姿勢は評価に値する。
「ニュースウオッチ9」は、6月29日、参院選の争点のひとつとして「安全保障と憲法」 をあげ、全体で11分、うち改憲については7分弱で伝えた。
憲法記念日の改憲派、護憲派の集会のVTRのあと、各党の主張を記者が整理して約5分で 解説している。
キャスターが「私たちは今回の選挙で、憲法についても大きな選択を問われているというこ とか?」と尋ねたのに対し、記者が「国の大きな方向性を決めるという意味では、子や孫の世 代に深く関わる問題といえる」と答えている。このコメントは評価できるが、それほどの問題 4 を、各党の主張を5分間羅列して終わるだけの放送ではあまりに簡略に過ぎた。
このコーナーでは、自民党の改憲草案の内容は紹介されていない。また、「報道ステーション」 で紹介された安倍首相の「……参院選でしっかり訴えてまいります」という記者会見の発言は 組み込まれていない。この発言を紹介することは選挙中の安倍首相の姿勢を批判することにな る。避けたのではないかという疑いを持たざるを得ない。自民党が目指す改憲の方向と具体的 な内容を伝えないことと併せて、「ニュースウオッチ9」の「改憲」の争点解説は腰の引けたも のとなっていた。
「NEWS23」は6月29日、8分程度で憲法問題を取り上げた。憲法を学ぶ集会での「緊急 事態条項」に関する講師の「これを入れられたら終わり、というくらい恐ろしいもの。憲法改 正は隠されたメインテーマ」という言葉を紹介した。
メインキャスター星浩氏は、「星浩の考えるキッカケ」のコーナーで、国民の憲法尊重義務を 定めた自民党改憲草案と現憲法を比較し、立憲主義について「与野党でよく検討してほしい」 と提起した。
これらの指摘は意味があるが、肝心の緊急事態条項の内容は示されず、9条の改変、国防軍 の創設、表現の自由の制限、といった自民党改憲草案の重要な内容は伝えられていない。安保 法案に批判的姿勢を貫いた「NEWS23」としては、憲法問題の放送がこの程度で1回しか ない、というのは前年度までの「NEWS23」からの後退というべきである。
「NEWS ZERO」は、投票日直前7月8日、ようやく憲法問題を取り上げた。
番組では、各党の「憲法改正」のスタンスを比較したあと、村尾信尚キャスターが「仮に“改 憲勢力”が3分の2をとって、国会で本格的に議論が始まっても、この参院選で有権者の考え を具体的に聞いていない以上、この議論には限界がある」と指摘した。
このコメントはキャスターの一定の良識を示したものといえる。しかし、6分間の放送はあ まりに短く、各政党の主張を並べるだけにとどまり、改憲内容の検討までには至っていない。
「憲法改正」に関する選挙報道で最大の弱点は、この問題が一般的な「憲法改正」という用語 で伝えられ、その具体的内容が追及されなかったことである。
強力な改憲勢力である自民党は、すでに憲法改正草案を発表しており、その内容は明確であ る。改憲派の中で、自民党の主張は、改憲を推進する現実的な力を持ったものとして他党とは 比較にならない重さがある。争点として取り上げるのであれば、自民党が憲法の何を改定する のかの情報が報道の核心でなければならなかった。
「憲法改正」という一般的な争点があるのではない。最大与党の自民党が何を変えようとし ているかが争点だったはずである。
しかし、自民党改憲の具体的な内容をあげて争点として提示する番組は「報道ステーション」 以外にはほとんどなかった。情報量の不足と相まって、この点が「改憲問題」の報道の基本的な 問題点であった。
もう一つの弱点は、これほどの大きな争点でありながら、「報道ステーション」以外の番組 は、改憲問題にかける時間量が6~8分程度で、内容的に不十分だったことである。
NHKは、「ニュース7」では扱わず、「ニュースウオッチ9」では実質7分程度だった。こ のNHKニュース2番組の姿勢には大きな疑問が残る。
なお「改憲」という争点に関連して、32の選挙区で成立した野党共闘の評価については鋭い 対立がみられた。自公は「野党共闘は政策が違う政党の野合」と非難し、野党4党側は「安保 法廃止、立憲主義回復」という大義で合意した共闘だと反論した。
報道は、野党共闘に注目して、1人区の取材も行い、党首討論や街頭演説で対立する主張を 伝えた。しかし、全体を通じてみると、有権者がこの対立について判断するための情報が十分 に伝えられたとは言えない。 この共闘には、政党だけではなく、安保法に反対した全国的な市民運動の関わりが大きかっ たが、こうした市民の動きや、野党4党と市民連合が具体的な政策で合意していたことなど、 重要な事実がほとんど伝えられなかった。争点の背景に何があるかを伝えるという点で問題を 残した経過と言える。
3、争点の伝え方――アベノミクス、社会保障ほか
改憲問題と並んで、各局が争点とした「アベノミクス」についての報道はどうだったか。 「ニュースウオッチ9」は6月27日、争点の第1回として約12分「経済政策・アベノミクス」 を取り上げた。
番組はまずアベノミクスのおかげで最近業績を上げているとする企業を取材、賃上げが 連続していると紹介した。一方で商店街を取材、消費が伸びず、売り上げが減少し、経営 が苦しいという商店主の声を伝えた。
解説した経済部の記者は、アベノミクスによる大胆な金融政策は円安を促し、多くの企業 で業績が上向き、雇用も改善した、と指摘、「安倍政権は、企業の収益が増えると、賃上げに つながり、それが消費を拡大させる、という経済の好循環を目指している、しかし、現状はま だ道半ばといえる」と解説した。
記者は続いて、「アベノミクスの最大の誤算が、個人消費の低迷で、家庭の消費支出は8ヶ 月連続のマイナス、これは実質賃金のマイナスが続いていること、将来への不安から、若い層 を中心に消費が勢いづかないことなどが、消費低迷の背景にある」と解説した。
一応バランスが保たれた解説と言えるが、アベノミクスそのものを問う、というスタンスは なく、「道半ば」という政権の主張がそのまま取り入れられていることに違和感があった。
経済政策の検討では、深刻な問題となっている貧困格差の実態と政権の企業優先の経済政策 との関係が問われなければならないが、そのような視点は希薄だった。
「報道ステーション」は7月5日に5番目の争点として「経済政策」を11分弱の時間で取 り上げた。
番組はまず景気回復の実感がないという回答が78%を占めたアンケートを紹介、消費の現場 を取材した。少しでも安いものを手に入れようとする市民のすがた、節約で買い控えをする傾 向、「先行き不安で、お金は使うより貯金して貯めなくては」という声を伝えた。
後藤謙次コメンテーターは「需給のギャップの中、依然将来への見通しが不透明、イギリス のEU離脱という不測の事態が起き、外的影響の増えるなかで、日本の経済はどこまで、やっ ていけるのか、内需主導型の新たな経済政策の転換が課題、という大きな壁にぶち当たってい る」とコメントした。
アベノミクスでうまく行っている側面と、否定的な面とをバランスをとって伝えるのではな く、重大な問題である消費の低迷に焦点をあてているのは、最初のアンケート内容からの展開 として説得力があった。
「NEWS23」は、7月7日に争点として「経済政策」を8分程度で取り上げた。
まず有効求人倍率の改善のデータをあげ、「売り手市場」の状況の中で就職を決めた学生の社 内研修を取材している。
一方でアベノミクスの恩恵を受けない非正規の労働者の、将来の見えない状況も紹介した。 正規雇用を求めているが実現せず、収入が不安定で、結婚もできない、という切実な声を伝え ている。
選挙報道においては、争点に関わる社会の現実をどれだけ調査し、報道できるかが問われる。 その意味で、非正規の労働者の、将来に希望のない実情を紹介したことは同種の報道が少ない 中で評価できる。
しかし、非正規の増加を参院選の「争点」とするなら、この状況とこれまでの政策との関係 が論じられなければならない。就労者の4割が非正規という異様な状態は、自公政権が制度的 に作り出してきたものだった。
この政策が正しかったのか、という視点が必要だが、まったく言及がなかった。冒頭に「争 点」と紹介しておきながら、現状の報告のレベルにとどまっているのは惜しまれる。ただ、こ うした傾向は、「NEWS23」にとどまらず、多くのテレビニュースに共通の弱点だと言え よう。
この他、「ニュース7」、「NEWS ZERO」「みんなのニュース」では、各党の主張の並 列はあるものの、番組独自にアベノミクスを争点にしたコーナーは見当たらない。
アベノミクスの検討という重大なテーマで、上記3番組のそれぞれ1回程度というのは十分 とは言えない。ここにも選挙報道の量の少なさが影を落としている。
もう一つの重要な争点である「社会保障」については、独自でこのテーマを設定したのは「ニ ュースウオッチ9」と「報道ステーション」の2番組にとどまっている。
「ニュースウオッチ9」は6月28日の放送で、待機児童が全国で4万5000人余りであり、52 万人が特別養護老人ホームの入所を待っている、というコメントから始めて、二人の女性記者 が、保育の現状と特別養護老人ホームの現状を報告した。その中で、保育園を探し続けている 母親の苦境、全産業平均より11万円も低い保育士の給与、介護施設での深刻な人手不足と、40 歳で22万円という給与の低さなど、厳しさを増す社会保障の現場をリポートした。
優れたリポートだったが、番組はこのあと問題を財源問題へ移行させてしまった。提起され ている問題に関しては、財源があろうとなかろうと本来保障しなければならない、という視点 が一方で必要であったが、キャスター、記者にそのような姿勢が感じられなかった。
ただ、同種の調査報道が極めて少ない中で、この日の「ニュースウオッチ9」の内容は光る ものがあった。
「報道ステーション」は、6月23日、「社会保障と財源」というテーマでこの争点を取り上げ たが、各党の財源対策の主張を並べたにとどまり、局独自の取材はなかった。 ただ、「報道ステーション」は、6月28日に、4番目の争点として「低年金・無年金」の問題 を取り上げている。
この番組は、最初の消費税引き上げ延期の時、横浜に住む無年金の夫婦を取材していた。
保険料の納付期間が夫14年、妻19年だったが、この時も受給資格の短縮見送りで、年金を 受け取れなかった。1年半後、再度取材が行われ、夫は昨年74歳で無年金のまま亡くなってい たことが明らかにされた。73歳の妻は老人福祉施設で働き続けるが、収入は手取りで14万円、 家賃や介護保険料を払うとギリギリの生活であること、この女性のような無年金者は全国に17 万人いることが報告された。
このような調査報道は貴重なものと言える。
このほか、提示すべき争点として、原発災害の現状、再稼働の是非、沖縄辺野古新基地建設 問題など重要なテーマがあったが、激戦区のリポートで触れられるにとどまり、時間をかけた 争点提示はほとんどなかった。
4 、選挙「情勢報道」の偏重「18歳選挙権」関連報道の問題
テレビニュースをモニターする中で選挙報道には2つの分野があることが明らかになった。 一つは、選挙に関連する社会の動きや話題、政党、政治家の動向を伝える「選挙情勢報道」 であり、もうひとつは、選挙の争点に関して有権者の判断の材料を提供する「選挙争点報道」 というべきものである。
本報告書の立場では、選挙報道としては後者の「争点報道」が重要であり、選挙報道の中核 でなければならないと考える。しかし、実際の報道は、選挙関連の話題、トピック紹介に多く の時間が充てられており、「争点報道」が後退しているという実態がある。
このことを象徴的に示すのが、「18歳選挙権」に関する報道の多さである。
各番組を見てみよう。
「ニュース7」 6月17日「5県78校で政治活動の事前届け出制」
6月19日「高校に期日 前投票所」。
「ニュースウオッチ9」6月15日「海洋実習生の投票」 6月17日「懸念強める学校現場」
6 月22日「政策を知る特別授業、模擬投票」
6月23日「18歳の期日前投票」
7 月4日「俳優広瀬すずの期日前投票。中央大学のイベント。マンガ誌の特 集」
「NEWS ZERO」6月27日「18歳、19歳の不在者投票のしくみ」
7月4日「うきは 市長選挙の18歳の投票」
7月5日「18歳“選挙への不安”」
「報道ステーション」6月22日「選挙に望む18歳19歳の声」
7月1日「大学生のNPOが 高校で授業。候補者が生徒と対話。街の青年たちの声」 7月8日「高校で 模擬投票」
「NEWS23」7月6日「18歳歌手が迎える選挙、学校現場で“困惑”も」
7月8日「テ ィーン票の行方。各党の若者対策」
「みんなのニュース」6月19日「政治に関心を、様々な取り組み。お笑い芸人の授業。
高校で 模擬投票」
6月30日 「イギリス国民投票 若者たちの投票率の低さ」
7 月8日「若者向けネットサービス」
これらの報道が意味がない、と主張するものではない。18歳、19歳の若者に、政治に関心を 持ってもらうための教育現場の真摯な取り組みが紹介されている。投票を呼びかけるタレント やNPOによる活動の報告も胸を打つものがあった。また選挙に関する青年たちの迷いや戸惑 いなどの率直な声も伝えられている。
18 歳選挙権が認められて初めての国政選挙であるため、このテーマでの放送が多くなるのは あり得ることだが、一方で「選挙争点報道」が貧弱という傾向も否定できない。
18歳選挙権の 問題だけでなく、選挙情勢や話題、トピックに焦点を当てた報道が他にもかなり多くなってい る。
モニター担当者からの報告でも、選挙の「周縁」の動きの報道が多い現状に疑問の声が上が っている。このような選挙報道でよいかどうか、選挙争点報道とのバランスで検証が必要であ り、視聴者の批判も必要である。
5、政治的公平性への疑い――大政党に有利な扱い
これまで、当会の選挙報道モニター報告で繰り返し主張してきたが、各政党の扱いに関して 大政党偏重の時間配分が常態化しており、政治的公平性の上で問題がある。
特にこの傾向はNHKニュース番組に顕著であった。あたかも議席数を反映したかのような 時間配分の偏りが続いている。
政権与党、大政党の主張や動向の紹介が他政党より長くなることは、その政党の政策が有権 者の生活に大きな影響を与えることや、関心の高さから言って,あり得ることであり、大政党 も少数政党も、機械的に全く同じ時間配分にすべきだ、と主張しているわけではない。
しかし、現状のようにこれほど大きく差をつけるのは、政治的公平性という点で問題と言わ ざるを得ない。
例えば「ニュース7」の各党の公約紹介時間は、民進党は5分だった。5分あればかなりの 内容が伝えられる。実際にもナレーションで主たる政策項目を紹介するとともに、記者による 解説も付き分かり易いものになっていた。しかし新党改革は1分6秒だった。これではほとん ど政策項目の羅列で終わるしかなかった。
これから政党選択の判断をしようという有権者にとって、選挙公約の重要性は大政党と少数 政党で違いがあるものではない。この差は問題だった。
また6月22日、公示日の「ニュース7」では、 各党首の街頭第一声が自民党1分3秒に 対し、新党改革は 19 秒。また、同じ日の「各党首に聞く」の時間配分でも政党間で大きな差 があった。党首へのインタビューの時間配分は以下のとおりである。
自民党安倍総裁 22分 民進党岡田代表 12分3秒 公明党山口代表 8分、共産党志位 委員長 7分 大阪維新の会松井代表 5分55秒 社民党吉田党首 4分17秒 生活の党小 沢代表 3分45秒、日本のこころ中山代表 4分21秒 新党改革荒井代表 1分48秒。
これでみるように、安倍総裁インタビューが22分で、新党改革荒井代表は1分48秒という のはあまりに差がある。
「ニュースウオッチ9」は、7月4日から恒例の「党首を追って」を放送した。各党の時間 配分は、以下の通りである。
自民党安倍総裁 5分32秒 民進党岡田代表 4分3秒 公明党山口代表 3分1秒、共産 党志位委員長 2分30秒 大阪維新の会松井代表 2分16秒 社民党吉田党首 1分33秒 生活の党小沢代表 1分32秒、日本のこころ中山代表 1分18秒 新党改革荒井代表 1分 3 秒。小政党は自民党の3分の1以下となっている。
この傾向は民放ニュース番組にも見られるが、現状のような選挙報道では大政党はますます 有利に、少数政党はますます不利にならざるを得ない。選挙では各政党が平等にスタートライ ンに立つことを考えると、選挙期間中はとくに政党の扱いに公平を期すべきである。少なくと も公約の紹介や党首の演説は時間差を設けるべきではない。
6、選挙報道に望まれること――抜本的に考え直すべき番組編成
選挙のあと7月13日の毎日新聞は「参院選TV報道3割減」という見出しで、調査会社エム・ データの調査結果を伝えた。NHKを含む在京地上波6局の選挙関連放送時間が、前回 2013 年の参院選の35時間57分から26時間1分に減少した、としている。
この調査は我々のモニター活動の実感と符合している。しかし、私たちは、何割かの増減と いうレベルではなく、もっと根本的にテレビにおける選挙報道のあり方を転換すべきであると 考えている。当会はこれまで数多くの選挙報道モニター報告で繰り返しこのことを提起してき た。
2014 年の総選挙報道モニター報告書では、次のように主張した。今回の参院選報道でも全く あてはまる提起と考えるので、少し長いがそのまま引用したい。
「……全体としては選挙報道の量と質は圧倒的に不足していたと言わざるを得ない。 各政党の主張をもっと時間をかけて伝えること、さらに政治家の「ことば」を伝えるだ けでなく、選挙の争点とのかかわりで国内外の現実を取材し、視聴者の判断に資する材 料を豊かに提供すること、さまざまな主張を持つ識者や、市民の声を広く丁寧に伝える こと、などが求められる。
この課題を実現するためには、ニュース番組の中の選挙報道時間を拡大するとともに、 関連の特集番組を多く編成する必要がある。しかし、選挙期間に入っても、テレビは膨 大な量のバラエティ番組、紀行、グルメ番組などで埋め尽くされていた。
解散から投票日まではそれほど長い日数ではない。この時期を番組編成の特別な期間 と考え、選挙報道を抜本的に拡充すべきである。……」
(「2014年総選挙・テレビ各局ニュース番組を検証する」2015年2月9日)
選挙報道の拡充については、たとえば次のような量的拡大が図られるべきである。
NHKは長時間の市民参加のスタジオ番組の実績がある。民放では「24時間テレビ」など、 「テレソン」のノウハウがある。スタジオを開放した政党と有権者の長時間の対話、争点ごと の政党討論の開催、各政党の公約に関する政党別の対話集会、ローカル番組での選挙区の候補 者の長時間の記者会見、等々、さまざまなアイディアが検討されるべきである。
こうした討論に応じない政党があれば、そのことによって企画を中断するのではなく、出席 が拒否された事情を有権者に公開すればよいのである。
選挙関連番組は視聴率がとれない、というテレビ局の意識や、「公平中立・公正な報道を」と いう自民党のテレビ局への圧力(2014年11月)などの影響で、選挙報道がじりじり後退して いく現状は憂慮すべきものであり、視聴者として容認することができない。
放送は、国民の共有財産である電波を占有することから公共的なメディアという性格をもっ ている。これはNHKだけでなく、民放にも当てはまる。
放送法は、法の目的を、「放送に携わる者の職責を明らかにすることによって、放送が健全な 民主主義の発達に資すること」(第1条3号)と規定した。そもそも放送には、「民主主義に資 する」任務があることを明言しているのである。
選挙報道は、放送が民主主義の発展に貢献するもっとも重要な機会である。この精神からす れば、選挙報道を現状のままにとどめるべきではない。これが今回のモニター担当者の一致し た見解である。
付表及び資料
