
沖縄県知事と首相・官房長官会談はどう伝 えられたか
~テレビニュース番組に見る辺野古基地問題~
2015年3月 ~4月―
2015年5月放送を語る会
目次
はじめに
1、翁長知事と政府の会談――報道に問われていたもの
2、翁長-菅会談前の時期の報道~『行政不服審査法』の適用を巡って~
3、翁長-―菅会談
4、翁長―安倍会談
5、本土の国民の沈黙と無関心~テレビメディアに求められるもの~
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はじめに
2015年4月5日、翁長沖縄県知事と菅官房長官の会談、4月17日には翁長知事と安倍首 相の会談が実現した。
この二つの会談は、辺野古新基地建設を巡ってのものだったが、その内容もさることながら、 会談をめぐるさまざまな動きの中に、沖縄の苦難の歴史、日本政府と沖縄、アメリカと沖縄の関 係の過去と現在が集約して示されることになった。
当会は、この二つの政治的イベントについて、NHKと民放キー局がどのように伝えたかをモ ニターした。以下はその報告である。
沖縄の基地をめぐる政治の動きは、以前から途絶えることなく続いている。沖縄をめぐるテレ ビ報道については、今後、随時モニター活動を継続することになるが、今回のモニターの対象は、 沖縄県知事と首相、官房長官の会談の報道に限定されたものであることを断っておきたい。
モニター期間は3月30日から4月17日までと短期に設定した。対象としたニュース番組は 次の通りである。いずれもデイリーのニュースに限っている。
NHK 「NHKニュース7」「ニュースウオッチ9」
日本テレビ「NEWS ZERO」
テレビ朝日「報道ステーション」
TBS 「NEWS23」
フジテレビ「みんなのニュース」「みんなのニュース・ウイークエンド」
1、翁長知事と政府の会談――報道に問われていたもの
この二つの政治的出来事の報道に、何が問われていたのだろうか。 1879年(明治12年)4月、明治政府は強権をもって琉球王国を併合した。言語や芸能な ど沖縄の民族文化への抑圧も続いた。太平洋戦争では、本土への攻撃を遅らせる捨石とされ、県 民の4人に1人が犠牲になっている。米軍による攻撃だけでなく、日本軍によって虐殺された住 民もいた。日本軍に命じられた集団自決によって、親が子を、子が親を凶器で殺害するという地 獄のような悲劇も生まれた。
これだけの犠牲を払ったにもかかわらず、1952年4月28日、講和条約によって沖縄は日 本から切り離され、米軍の占領下におかれた。土地は基地のため銃剣とブルドーザーで奪われ、 その後も、米兵による少女暴行事件など沖縄住民に対する犯罪が多発し、犯人は帰国して罰せら れないケースも多かった。
翁長知事と菅官房長官の会談は約1時間と報じられている。この1時間は単なる1時間ではな い。沖縄の苦難の歴史、少なくとも沖縄戦から70年の時間の上に加えられた1時間であったは ずである。
本土のテレビメディアは、県知事と政府の会談の報道にあたって、このことにはたして自覚的 であっただろうか。
もう一つ、振り返っておきたいのは、沖縄の民意に起こった大きな変化である。 昨年秋、辺野古基地建設に反対する翁長知事が大差で当選し、年末の衆院選では、沖縄の全て の選挙区で自民党が敗退した。この結果は、沖縄県民が我慢の限界に達し、オール沖縄として政 府に抵抗しようと覚悟を決めた、大きなうねりと見ることができる。
本土のテレビ報道は、この底流での変化を深く受け止めるものになっていたかもまた問われて いた。
このほかにも、テレビ報道に検証、調査を求めたい論点がいくつかある。
第一に、普天間基地の危険を解決するために、辺野古移設が唯一の方策、という政府の主張は 正しいか、という問題、第二に、沖縄の米海兵隊は「抑止力」になっているか、言い換えれば沖 縄に米海兵隊が駐留する必要があるのか、という根本の問いである。
この二つの問いが意識されず、報道において、移設が唯一の方策であり、海兵隊が沖縄にいる のが必要、という前提で報道が行われているとすれば、沖縄の基地をめぐって多様な意見がある 中でフェアとは言えない。
さらにもうひとつ、問題が普天間から辺野古への「移設」なのか、辺野古「新基地建設」なの かという主張の対立がある。「移設」に力点を置いた主張は政府見解に近いが、普天間の無条件返 還を主張する反対住民からみれば辺野古は規模の大きな「新基地建設」にほかならない。各局の ニュースが、どちらの表現を採用しているかもまた注意深くみる必要があった。
いまのところ明確には分類できないが、「普天間からの移設」という表現が多いのはNHKニュ ース、フジテレビ「みんなのニュース」で、「報道ステーション」はほぼ「辺野古新基地建設」、 「NEWS23」では、キャスターの発言の中に両方が混在している。
以上に挙げた論点は、今回の沖縄県知事と政府の会見の報道にかぎらず、沖縄に関するテレビ 報道を見る視点として今後も重要であるのはいうまでもない。
こうした問題意識を持ちつつ行ったモニターの内容を、できるだけ放送内容の記録をたどる形 で明らかにしたい。今回は報道対象の政治的事件の日時が明確なので、時間軸にそっての報告と した。
2、翁長-菅会談前の時期の報道~『行政不服審査法』の適用を巡って~
3月30日、翁長知事が辺野古沖での工事を中止するよう指示したことに対し、農水省がこの 指示の効力を「行政不服審査法」を適用して一時停止するよう通知した。
テレビ朝日「報道ステーション」は、16分30秒と、他のニュース番組をはるかに上回る時 間量でこのニュースを報じた。
沖縄県知事、政府の主張、沖縄住民の声を比較的丁寧に伝えたあと、「行政不服審査法」の適用 について、成蹊大学法科大学院の武田真一郎教授の批判を組み込んでいる。武田氏は「国民が、 行政との間で紛争になった場合、国民側を守るために作られた法律で、国が国民と同じ立場で、 不服申し立てすることは出来ない」と述べた。この批判的な見解を伝えることは重要であった。
この日、コメンテーターの憲法学者木村草太氏は次のようにコメントしている。氏は「内閣が 国会に先んじて、やりすぎ、と言う感じだ。これでは、首相や官房長の判断で、基地の立地や全 てが任されて、国民の代表の国会が責任を取ってきたのかという問題が出てくる。米軍基地の立 地というような大事なことは、辺野古新基地設置法のような形で、国会が中心に議論して、責任 をもって法律の形式で決めるべきで、それが、憲法の要請するところだ」と述べた。 異論もあるかもしれず、現時点で現実性があるかどうかは別として、事実経過を追うだけでな く、こうした独自の視点からの主張を伝えることは意味があった。
なお、「報道ステーション」は、新年度、レギュラーコメンテーターだった朝日新聞論説委員の 惠村順一郎氏に代えて、新たに4人のコメンテーターを登場させた。この影響がどのように表れ るかは今後注目されるところである。
TBS「NEWS23」も、「行政不服審査法」の適用について論評している。
この日の放 送で、林農水相の「国も申立人としての適格性が認められるのが相当」だという談話を伝えたが、 これに対しアンカーの岸井成格氏は、条文の目的をフリップで示して、「そう言う解釈が可能なの か」と疑問を呈した。
引用された条文は、「国民に対して広く行政庁に不服を申し立てる道を開くことによって(中略) 国民の権利利益の救済を図るとともに、行政の適切な運営を確保することを目的とする」という ものだった。
岸井氏は、続いて、「知事選などに示された沖縄県の民意、その変化を無視して国が強行できる のか。少なくとも行政手続きは、公の司法の場で判断されるべきものだと思う」。とコメントした。 このアンカーのコメントがあることで、国がやろうとしていることの問題性が明らかにされた。
NHK「ニュース7」「ニュースウオッチ9」は、どちらも政治の動きの伝達に徹した報道で、 「行政不服審査法」の適用の問題点には一切触れていない。むしろどちらかといえば政府側の主 張に時間をかけていた。
「ニュース7」では、アナウンサーが、「総理は 『知事らと意思疎通を図り理解を得ること が重要』そのうえで、『“我が国全体の安全保障上の要請により、沖縄に米軍基地が集中している が、アメリカ軍の用地が返還されることは地域の皆さんにとって、間違いなくプラスであり、嘉 手納以南の施設の返還をさらに進めていきたい』、と述べ、アメリカ軍施設の返還計画を着実に進 めていく考えを示した」とかなり丁寧に政府見解を紹介した。
「ニュースウオッチ9」は、翁長知事のインタビューと解説、2か所計約1分に対して、菅官 房長官の会見と解説2か所55秒+林農水相の国会答弁と解説1分15秒、計2分10秒。時間配 分は、政府見解を伝えることに傾いていた。このニュース全体の時間量も5分弱で、「報道ステー ション」の3分の1にも満たなかった。
フジテレビ「みんなのニュース」は、「スーパーニュース」の後を受けて始まった新番組であ る。メインキャスターは伊藤利尋氏 コメンテーター陣には、作家の江上剛氏、東京大学大学院 教授のロバート・キャンベル氏、サッカー元日本代表永島昭浩氏、産経編集委員の久保田るり子 氏ら、多くの論者、タレントを揃えている。
この日の放送では、キャスターコメントやナレーションで、「普天間が世界一危険」「どうする か考えないといけない」といった表現が繰り返された。その上で、この日のコメンテーター久保 田氏が「翁長さんは県知事として、辺野古への移設を止めることについて18年間の日米合意を どう考えているのか聞きたい」などと発言している。
この日の「放送が「政府寄り」とまでは言えない。しかし、辺野古移設がやむを得ない、とい う空気が感じられる放送になっていた。政府と沖縄県の話し合いが何よりも優先されると強調す る一方で、政府の姿勢が今日の混乱の原因だと批判する姿勢も感じられなかった。
ただ、ロバート・キャンベル氏の「行政不服審査法という本来は国民の権利救済のための法的 措置を国が使っている。法令に基づく法的措置はその通りだが、司法手続き論だけで突き詰めて ゆくと、沖縄県民の安心、暮らし、日本全体の安全の上からも大きな禍根を残す」というコメン トには説得力が感じられた。
始まったばかりの番組で、どのような姿勢のニュース番組になるかは、これから注視していく 必要がある。
日本テレビ「NEWS ZERO」は、取材記者が辺野古の海に潜り、サンゴがコンクリート ブロックの下敷きになっていると伝えた。こうしたリアルな現場取材は評価できる。
ただこの番組は、モニター期間中辺野古報道は5回にとどまり、その内3回はいずれも30秒 前後と、この問題について時間をかけていない。
3、翁長-―菅会談
4月5日 沖縄県庁で翁長知事と菅官房長官の会談が行われた。この日は日曜日で、モニター 対象番組のなかでは、NHK「ニュース7」とフジテレビ「みんなのニュース・ウイークエンド」 が当日に会談を伝え、それ以外の番組は翌6日に報じた。
「ニュース7」は、他のニュース番組と同様に、翁長知事の「今日まで沖縄県が自ら基地提供 をしたことはない」という発言、「上から目線の“粛々”という言葉を使えば使うほど県民の心は 離れ、怒りは増幅していく」という発言を伝えた。この発言は、知事が、占領下、ブルドーザー と銃剣で強制的に基地が作られた事実を、沖縄の戦後の歴史の文脈の中でとらえて提示したこと を意味した。
こうした発言を受け止めるためにも、沖縄を取材する記者は、その基本的な立場を沖縄の歴史 の中に置かなければならない。しかし、この日の「ニュース7」にはその視点が全く感じられな かった。「ニュース7」は、他のニュース番組に比べ時間が短く、深く掘り下げることは難しいと しても、上記のような視点がにじむ解説なり資料映像なりが短くても必要ではなかったか。
また、キャスターのコメントの中に「会談は平行線」という表現が繰り返されていた。この表 現は「ニュース7」に限らず、多くのニュース番組で使われている。
しかし、この「平行線」という言葉は、双方の主張が交わらないという事実だけの表現にとど まっていて、そこで何が争われているのか、対立の本質はなにか、といった考察、追求が抜け落 ちかねない表現である。安易に使うべきではないと思われる。
「みんなのニュース・ウイークエンド」は、会談実現までの経緯と、会談冒頭の両者の発言を 簡単に伝えた。
翁長知事の発言は米軍の占領以後も継続した基地負担の苦しみを、県民を代表して厳しく訴え た説得あるもので、これに対する菅官房長官の紋切り型でどこか高圧的な発言とは対照的だった が、いずれの発言の紹介も短すぎて、正確な内容やニュアンスは殆んど伝わらなかった。 ただ、“粛々”という言葉遣いについて、多くのメディアが「上から目線」というだけの捉え方 をしていたのに対して、このニュースでは、菅氏ら政府首脳が辺野古移設に反対する県民の声に も耳を貸さず“問答無用”で臨んでいることが“粛々”の本当の意味だと、翁長氏の発言を通し て明らかにしていたのは収穫だった。
「ニュースウオッチ9」4月6日は、この番組では珍しく辺野古ゲート前の沖縄県選出の国会 議員・地方議員の抗議活動の映像から入っている。続いて「日米同盟の維持、抑止力の維持と普 天間基地の危険除去を考えたとき、辺野古移設は唯一の解決策」という菅官房長官と、「辺野古の 新基地は絶対建設できないと確信している」という翁長知事のやりとりを伝えた。
さらに菅官房長官が「政府は関係法令に基づき、工事を“粛々と進めている”」と述べたのに対 し、翁長知事の「官房長官は『粛々』何度も言われるが、問答無用の姿勢が感じられる。上から 目線の『粛々』という言葉を使えば使うほど県民の心は離れ、怒り増幅する」という抗議の発言 を続けて紹介した。 他のメディアで伝えられたところによれば、翁長知事はこのあと要旨次のように述べている。
……「今日まで沖縄県が自ら基地は提供したことはない。銃剣とブルドーザーで、普天間も含 め基地に変わった。自ら奪っておいて、県民に大変な苦しみを今日まで与えておいて、今や 世界一危険になったから、その危険性の除去のために『沖縄に負担しろ』『代替案を持ってい るのか』『日本の安全保障はどう考えているのか』と。こういった話がされること自体、日本 の国の政治の堕落ではないかと思う」
この肺腑をえぐるような発言は、会談でのやりとりのハイライトであり、沖縄基地問題を報ず る立場であれば、この発言の背後にある歴史と現実はどのようなものか思いを馳せ、取材か解説 を加えるべきものであった。
ところが「ニュースウオッチ9」は、この発言を全く報じなかった。その代りに、「粛々」とい う言葉を広辞苑で調べ、政治家の言葉を研究する学者に「解説」させている。もし意図的だとす ればジャーナリズムとしての姿勢が問われる。そうではなく、ニュース担当者がこの発言の重大 性に気づかなかったのであれば、ニュースのセンスの衰弱との批判を免れない。
同日の「報道ステーション」は、上記の翁長知事の発言をきちんと伝えている。「ニュースウ オッチ9」では、会談関連のニュースが4分50秒であったのに比べ、「報道ステーション」は倍 以上の12分30秒の時間量であった。この中で菅官房長官と翁長知事の対話を、一定の時間をと って組みこんでいる。
「粛々」という言葉を使うことへの抗議に加え、翁長知事の「サンフランシスコ講和条約で、日 本が独立と引き換えに、米軍軍政下にさし出されて、その間27年の間、日本は高度成長を謳歌 した。私たち沖縄は、しかし、米軍相手の、過酷な自治権獲得闘争を続けていた。その闘いは想 像に絶するものだった」という発言も紹介している。
そのあと古舘キャスターは、「基地は必要だからしょうがない、普天間より辺野古がいい、など と、簡単に考えるとしたら、沖縄に対する無関心、と言うことにつながりますよね」とコメンテ ーターの木村草太氏に問いかけた。
木村氏は「だから、沖縄では、負担感も強まり、差別と感じられてしまう。無関心ではないん だ、どうしてもあそこしかない、という説明を、道理を持って説明出来なくては駄目で、地元の 同意を取り付けることが大前提でなくてはいけない」とコメントした。この応答は、翁長知事の 発言を正面から受け止める内容になっていた。
「NEWS23」は、「ニュースウオッチ9」と同様に「粛々」という語句について取り上げ ていたが、アンカーの岸井成格氏のアプローチは「ニュースウオッチ9」とは大きく違っていた。
番組はまず翁長知事の「官房長官の“粛々”という言葉がしょっちゅう全国放送で出てきて、 なんとなくキャラウェイ高等弁務官の姿が思い出されてきて、何か重なり合うような感じがする」 という発言をVTRで紹介した。 そのあと、岸井氏が膳場キャスターの質問に答え、次のように解説する。
岸井「キャラウェイ高等弁務官とは、沖縄のアメリカ統治下時代、沖縄の最高権力者として『沖 縄の自治は神話に過ぎない』という言葉を残した。県民からすると、戦後統治下の負の遺 産の象徴のような存在だ」。
膳場「なぜその名前をあえて出したのか」
岸井「今月末日米首脳会談が控えていることが大きいのではないか。翁長知事はキャラウェイ の名を出すことで、アメリカに対し、『あなた方は民主主義国家でしょう。今の沖縄は当時 の統治下とは違うのだ。民主主義に基づく民意を無視するのか』という、牽制球を投げた ということではないか」
翁長知事が、「粛々」という言葉を批判したとき、なぜキャラウェイ高等弁務官の名前を上げ たのか、すぐに理解できる本土の視聴者は多くないであろう。岸井氏は、翁長知事の言葉を、民 主主義制度における民意の尊重と、沖縄の歴史という文脈で読み解いてみせた。これは、「粛々」 を、国語辞典的な解説で済ませた「ニュースウオッチ9」と鮮やかな対比を見せ、意味のある解 説となっていた。
4、翁長―安倍会談 4月17日、翁長知事と安倍首相との会談が行われた。 「ニュース7」は当日の各局ニュースと同じように、安倍首相の「普天間の一日も早い危険性 の除去は、我々も沖縄も思いは同じ。そのため辺野古への移転が唯一の解決策と考える」という 発言、これに対する翁長知事の「すべての選挙で辺野古新基地反対の圧倒的民意が示された。沖 縄はみずから基地を提供したことは一度もない。みずから土地を奪っておきながら、老朽化した から、世界一危険だから沖縄が負担しろ、いやなら代替え案を出せといわれる。こんな理不尽な ことはない」という発言を伝えた。
その上で、沖縄局の記者が翁長知事側の反応と今後の予定、政治部記者が会談を行った安倍首 相の意図や今後の方針などについて解説した。
この双方からの記者解説について、「ニュース7」のモニタ―担当メンバーは、「記者報告を改 めて見直してみると、沖縄の記者の報告では、翁長知事の『沖縄はみずから基地を提供したこと は一度もない。それなのに……こんな理不尽なことはない』という沖縄の歴史を踏まえた重い言 葉を、記者がどのように受け止めていたのかが伝わってこない。また政治部記者の報告は今回の 会談への安倍政権・政府の姿勢の要約以上のものでしかない。こういうことで良いのだろうか。」 と疑問を呈している。
「ニュースウオッチ9」は、この重大な会談について、わずか4分30秒、会談が行われたと いう事実中心の報道で、特に解説も、識者の意見もなかった。淡々と事実のみ伝えるという「ニ ュースウオッチ9」の姿勢が典型的に示される放送となっていた。
「報道ステーション」は、約9分という時間をかけて知事―首相会談を伝えた。この時間量は モニター対象とした番組の中ではもっとも長い。会談の冒頭部分に続き、そのあとの翁長知事の 記者会見の内容も丁寧に紹介されている。
この日の「「報道ステーション」で特筆すべきは、政府が1999年に沖縄が移設を受け入れた とする政府の主張を、歴史的に検証するパートを設けていることである。まず、記者会見中の翁 長知事のつぎのような発言が紹介される。
翁長「16年前に、辺野古移設を沖縄は容認したと、官房長官は言いますが、あの時の稲嶺沖 縄県知事は、〝軍民共用基地〟として、15年後には民間に返却して貰うということを、 条件にして容認したわけです。それを、沖縄県と協議もすることなく、一方的に、破棄し ているんです。ゼロに戻してしまったということからすると、容認したということにはな らない、ということを会談では話させて頂きました」
このあと、番組は資料映像を入れながら、この経過を振り返っている。それによれば、1998 年に当選した稲嶺恵一知事が「15年の使用期限」と「軍民共用」』を条件に掲げて知事に当選。 当時の小渕内閣は、「軍民共用」空港を念頭に、という文言をいれ、使用期限にも言及した方針を 閣議決定、その後、2006年、小泉内閣が、辺野古沖にV字型滑走路を造るという今の方針を 新たに閣議決定した。その時、「使用期限」や「軍民共用」という条件は削除された。
2006年、あらたな閣議決定が出てきた時、当時の稲嶺知事は「十分な協議もなされないま ま、閣議決定されて、こちらとしては、極めて遺憾だ」と抗議した。
この件は、辺野古をめぐる争点として重要であり、こうした歴史的経過を振り返って,翁長知 事の発言の背景を解説したのは評価できる。ちなみに「ニュースウオッチ9」は、この「翁長知 事の会見内容を伝えていない。
この日の「報道ステーション」では、辺野古について、コメンテーターの評論家宇野常寛氏が 安保法制の動きを念頭に、つぎのようにコメントした。
宇野「辺野古以外に、手立てが無いと言うのも、アメリカとの距離感が今のままでいい、
とい うのが前提になっているからで、そこが問題だ。国内に外国の基地がこんなに沢山ある 理不 尽な状況を改善するための集団的自衛権ではないか。自衛隊が、あちこち出て行くんだ った ら、辺野古なんか無くていいぐらいのこと言わないと外交とは言わない」
こうした主張については当然賛否があり得るが、辺野古基地をめぐる視点の一つを提供し得て いた。
「NEWS23」は、わずか3分30秒の簡単な扱いだった。会見の冒頭の発言、終わってか らの翁長知事の会見、菅官房長官の会見、今後の政治スケジュール、と、最小限の情報だけに限 定されていた。
モニター期間の前半2週間、番組のアンカーを務める岸井成格氏は、辺野古問題を「オール沖 縄の民意」を軸に伝えている。4月9日沖縄に「辺野古基金」が誕生した日のこの番組でも、岸 井氏は「政府はオール沖縄の民意、こうした新しい動きを見誤っていないか。工事をいったん中 止して地元と話し合う。それをやるべきだ」とコメントした。「沖縄の民意を聴け」ということは、 この2週間折に触れて岸井氏が言い続けてきた言葉だった。
こうした番組の流れから言えば、4月17日の翁長・安倍会談の扱いは拍子抜けの感がある。 この日のコメンテーターの東大大学院教授・藤原帰一氏の発言は、これまでの政府と沖縄双方の 主張を解説的になぞっただけで、締めの言葉は「今回の問題は、沖縄県民の条件闘争ではないか ら(沖縄は本気だから)、短期間ではなかなか決着しないだろう」という他人事のようなコメント だった。「NEWS23」は、全体として毎回丁寧に辺野古問題に取り組んでいただけに、17日 の内容は不満が残るものとなった。
「みんなのニュース」は、会談についてはわずかに1分16秒、メインキャスターやコメンテ ーターの関連発言もなく、会談の経緯を形式的に伝えただけだった。一方で、愛川欽也氏の死去 について31分あまりを使って詳しく伝えた。多くのファンに親しまれた俳優であり、業績も大 きく、特集することに価値はあるが、沖縄の基地問題の重要さを考慮すれば、余りにも落差のあ る伝え方だった。この日の報道では、強引に移設を進める安倍政権の姿勢についての分析や、今 後この問題がどう展開するのかなどについて、コメンテーターや専門家の意見を交えてもっと詳 しく伝えるべきだった。
以上が、モニターした各番組の翁長―安倍会談についての報道内容であるが、視聴者にとって 疑問を持たざるをえない出来事があった。会談の開始から3分で、翁長知事が発言中に取材陣が 退出させられた件である。
官邸と記者クラブの事前の合意があったのかもしれない。しかし、視聴者の知る権利の要求か らずれば納得しがたい成り行きである。翁長知事に対しても失礼であった。 なぜ、官邸のこのような対応に取材陣が即座に抗議しないのか、あるいは事前に官邸の方針が あったとしてもなぜ異議を唱えなかったのか、メディア側が官邸に対し従順で、官邸による管理 が行き届いている表われであるとすれば不幸なことである。
5、本土の国民の無関心と沈黙~テレビメディアに求められるもの~
戦後70年を経過しても、沖縄の基地負担はいっこうに解決していない。日本全土の0.6パー セントの土地に74パーセントの基地が集中している。その上に辺野古に規模の大きな基地が建 設され、北部東村高江にはオスプレイのヘリパッドが作られる。政府は選挙で示された沖縄の民 意を無視して、辺野古基地建設を強行している。
この政府の動きを、「本土の国民の無関心と沈黙が後押ししている」、と抗議する声が、沖縄の 識者からあがっている。
作家大城立裕氏は、「いま沖縄県民は、日本政府のみならず、ヤマトの国民とも戦っていること になる」(『世界』臨時増刊15年4月)とまで指摘した。
今回の翁長知事と官房長官、首相の会談のテレビ報道で、沖縄の直面している問題を、本土の 国民がわがことのように受け止めるのに役立つ情報や知識が十分伝えられただろうか。
モニター報告では、記者会見や政治家の動きを中心にした報道が支配的だという指摘が多かっ た。「報道ステーション」や「NEWS23」では、政治家の発言だけでなく、コメンテーターに よって批判的視点も一部提示されていたが、NHKニュースでは政治家の動きや発言を「客観的」 に伝えるだけ、という傾向が顕著で、基地をめぐる調査報道や、識者の批判的コメントなどはほ とんど見られなかった。
NHKと民放ニュース番組の姿勢の違いはあるものの、全体的には、基地問題をめぐる独自の 調査報道が大きく不足していたことを指摘しなければならない。
わずかに、「報道ステーション」が、3月31日に、一部が返還された嘉手納基地跡地に、枯葉 剤が疑われるドラム缶が多数残されていたことを伝えた。
こうした基地に関する事実、実態の報 道が少ないこともまた各番組のモニター報告で批判されている。
今回、沖縄県知事と政府の会談という政治的事件の報道が中心という事情を考慮しても、その 報道に象徴的に示されたこのような傾向は問題とされるべきである。
沖縄の苦難の歴史と、県民の思いはきちんと伝えられてきたのか、最近の動きで言えば、住民 の大規模な集会、辺野古での反対行動にたいする権力側の暴力、といった状況は十分に報じられ ているか、基地が沖縄の経済の障害になっている現状は報じられているか、等々、報道されるべ き問題は多岐にわたる。これらの点で、沖縄のメディアや住民が発信する情報に比べて、本土の テレビニュースの情報の不足が強く意識される必要がある。
本報告の冒頭、辺野古移設が唯一の方策、という政府の主張は正しいか、また、沖縄の米海兵 隊は「抑止力」になっているか、という二つ根本の問いを上げた、モニターした期間が短いこと もあって、この問いに対するテレビニュースの探求、調査報道は、モニターした番組には見当た らなかった。この点は今後も沖縄関連のニュースでチェックして行きたい。
