最近のNHKの動きについて
~インサイダー取引・会長・役員の辞任と交代~
2008年2月2日
放送を語る会 1月30日、NHK福地茂雄新会長は、経営委員会の同意を得て、副会長に元解説委員長の今井義典氏を任命しました。新しい会長のもとで、NHKは新体制に入ります。
インサイダー取引、前会長の辞任と新会長の就任と、ここに至る一連の経過をみるとき、現在のNHKのあり方に深い憂慮と懸念をもたずにはいられません。
NHK職員のインサイダー取引
すでに報道されているように、NHKの記者を含む3人の職員が、局内の報道情報システムのコンピュータ画面で知りえた情報をもとに、株取引を行い、利益を得ていた、という事件が発覚しました。
ジャーナリストに要求される重要な資質のひとつは批判精神です。経済、金融の動きを取材するとき、それが国民大衆にとってどのような意味をもつか、事態の真実に迫りながら批判的に伝え、視聴者市民の知る権利に応えることがまず求められます。ところが、このインサイダー取引では、取材情報が記者の個人的利益のために利用されました。
これはあってはならないことであり、取材者の倫理観が厳しく問われたのは当然です。
職場にジャーナリスト精神を根づかせる取り組みを
今回のインサイダー取引は、本来、記者がジャーナリスト精神の持ち主であればありえない事例であり、NHKの現場にジャーナリスト精神が十分に根付いていないことを象徴的に示したといえます。
NHKは、職員の株取引を調査したり、誓約書を書かせるなど、コンプライアンス(法令順守)のための組織的な取り組みを進めています。しかし、このような対策にもまして本質的に問われているのは、職場にジャーナリストとしての使命感や気概を育てる日常的な営みがあったかどうかという点です。
ジャーナリズムについての理解や、NHK職員に付託されている仕事の重要性の自覚などが、取材者の相互研鑽、日常のトレーニングなどで絶えず確認され、創られていくことが重要だと私たちは考えています。視聴者市民の側からは、今回の事件の教訓として、こうした現場での草の根の営みを要請し、期待したいところです。
ジャーナリスト教育のシステムを
もうひとつ指摘したいのは、NHKに限らず、日本の報道機関では、一定期間、職場から離れて、ジャーナリストとしての使命や志について徹底的に学ぶ研修システムが確立していないという点です。日本の放送メディア界でも、こうした専門家を育てる教育が定期化されている、という話は聞いたことがありません。
NHKは、これまで人員の削減につぐ削減を続け、次年度予算でも、420人の純減を見込んでいます。NHK内のある報道関係者は、慢性的な人手不足の中で、基本的な研修の機会がほとんどなく、また受ける余裕もない、と訴えています。
研修をすればことが解決するわけではありませんが、NHKに対し、一般的な精神論や、報道情報システムの運用の改善、といったレベルの再発防止策にとどまらず、ジャーナリズム教育を職員にきちんと保障し、ジャーナリスト精神を職場に根付かせる努力をせよ、と要請すべきものと考えます。
経営委員会のNHK執行部にたいする強権的な姿勢と越権的行為
つぎに注視したいのは、昨年来、NHKの執行部と経営委員会の関係が大きく変りつつあるという状況です。
経営委員は、国会の同意を得て内閣総理大臣が任命し、経営委員会はNHKの経営の重要方針等を議決する最高の意思決定機関ということになっています。
この経営委員会に、安倍晋三前首相に近い財界人の古森重隆氏が委員長として送り込まれて以来、古森委員長の強権的な経営委員会の運営が目立つようになり、経営委員会とNHK執行部との確執、緊張関係が表面化しました。
ときには、本来NHKの執行部の職責である業務や執行部人事にたいして、越権的な介入があるという批判も生じています。
1月24日、臨時の経営委員会が開かれ、橋本会長の辞任を了承したと伝えられましたが、25日付の毎日新聞は、この際、経営委員会が永井多恵子副会長と原田豊彦放送総局長の辞任を求め、橋本会長が永井氏の辞任を了承したと報じました。
会長は経営委員会が任命しますが、副会長や理事の任命・罷免は会長が行うものです。任命にあたって経営委員会の同意が必要ですが、これまで執行部の自主性を尊重する建て前から、会長の執行部メンバーの任命は尊重されてきました。 もし報道が事実なら、この日の経営委員会は、本来は会長が判断すべき副会長や理事の人事に介入したことになります。
「外部化」した経営委員会
2007年9月25日の経営委員会では、古森委員長のリーダーシップのもとで、執行部の提案した平成20年度を初年度とする「5か年経営計画」を採択せず、事実上否決しました。
これだけでも異例のことですが、さらに古森委員長は、経営委員会の下に自らが参加する「経営改革ステアリングチーム」をつくって、「経営計画」作成のための調査活動を行い、計画のガイドラインを執行部に示すなど、計画作成に経営委員会が積極的に関与すると言明しました。
これは議決機関である経営委員会の職務を拡大し、執行権限まで踏み込もうとするもので、経営委員が時の政権与党の意向で選ばれる実態を踏まえると、NHKの自主・自立にとって危険な状況といわなければなりません。
事実、執行部が作成した「経営計画」を「不十分」だとして否決した理由について、古森委員長が述べた中に、見過ごせない指摘が幾つかあります。
たとえば、古森氏は、NHKの将来のビジョンを掘り下げて示すべきだとしたうえで、報道や教育の分野では国民の期待があるが、娯楽やエンターテインメントの分野では明確ではない、と指摘し、続いて、保有するチャンネル数についての考え方を示すべきと述べました。
さらに、受信料収納の困難について、解決の選択肢の一つとして「受信料の支払い義務化」をあげ、これ以外の方法で「受信料の公平負担」を実現しようとするなら、その方法を示せ、と圧力をかけています。(2007年9月25日・第1052回経営委員会議事録による)
これらの指摘は、NHK「改革」の方針としてすでに公表されている政府・与党の合意内容と符合し、チャンネル数の削減、娯楽・エンターテインメント制作部門の分離、受信料義務化、などといった政府・与党筋の主張が背後にあることを強く示唆するものです。
放送法では、本来、経営委員会はNHKに設置されている機関であり、経営委員会と執行部はそれぞれの役割を果たしつつNHK内部にあるもの、と受け取られてきました。しかし、ここにきてその関係は変質しているかにみえます。経営委員会が、政権の意を受けてNHKを監視、指導する機関として、NHKの「外部」から圧力をかける存在となる危険が強まっているのではないでしょうか。
今後、NHK経営委員会の動向に、いっそう厳しい注視と警戒を強める必要があると考えます。
新会長選任経過の問題点
こうした経営委員会の高圧的な姿勢にたいし、橋本執行部がまがりなりにも抵抗を続けてきたことは、経営委員会議事録の生々しいやりとりでうかがうことができます。
こうしたNHK出身の会長の抵抗を根こそぎ解消して、古森委員長の路線をスムースに実現するための方策が、今回の新会長選任ではないでしょうか。
新会長の決定は2007年12月25日の経営委員会で行なわれ、古森委員長が推薦するアサヒビール相談役の福地茂雄氏を08年1月25日付で任命することが決まりました。 この経過は、これまで、NHK会長選任に関して視聴者市民サイドから続けられてきた、さまざまな要請、申入れ等の活動を無視した強引なものであり、経営委員会内部でも、古森委員長の強引な委員会運営に、二人の経営委員が抗議し、記者会見を行なうという事態も生じました。
この間の最大の問題は、新会長になるべき人物が、NHKの運営についてどのような考え、方針をもつ人物なのか、まったく分からないまま、多数決で決定されたことです。
「ETV2001事件」をめぐって批判を浴びた、NHKの自主、自立のあり方について、また、受信料支払い義務化の動きや、チャンネル削減など、NHKの企業規模に対する批判、NHKの報道や番組のあり方、といった重大な問題について、どのような意見と見識をもつ人物なのか、まったく情報が公開されないまま、任命が決定されました。この経過には強く抗議せざるをえません。
以上のような経営委員会の動きは、たまたま委員長になった古森氏のキャラクターによるものではないでしょう。政府・与党の、NHK「改革」の政策を実現するために、周到に準備されたものとみることができるのではないでしょうか。
NHKへの政治支配が強まる恐れもう一つ、重要な点は、経営委員会委員長が、安倍晋三前首相と親しい人物であったという点です。
保守政治家の中心的潮流は、過去の戦争の反省に立って築かれてきた平和と民主主義の枠組みからの脱却を目指し、憲法「改正」を課題としています。その中でもタカ派中のタカ派が安倍晋三前首相であり、「ETV2001事件」では、NHK幹部が、その意図を忖度して、従軍「慰安婦」の証言を番組からカットせざるを得なかった政治家です。
古森委員長は、従軍「慰安婦」強制はなかった、などという政治家、安倍晋三氏に任命され、その古森氏が、自分の意にそう親しい人物を「公共放送」NHKの会長に据えた、というのが今回の会長人事です。
考えてみると、実に重大な事態といわねばなりません。古森-福地ラインのもとで、番組制作・ニュース取材の自主、自立と、タブーのないテーマ選択が抑圧されることがないかどうか、視聴者市民の監視、検証がかつてなく重要な意味をもつ時期に入ったといえます。
不祥事を利用したNHKへの政治的介入に警戒を
私たち視聴者市民が、今回のインサイダー取引や職員のそのほかの犯罪などの不祥事を批判し、再発防止を求めることは当然です。しかし、その一方で、NHKにたいし、この不祥事批判を利用した政治の介入の動きがあることに強い警戒が必要です。
NHK職員のインサイダー取引が報じられたあと、自民党電気通信調査会は、橋本会長を呼び、理事全員の罷免を要求したと伝えられました。こうした、NHKの人事への介入や、その自立的な取り組みへ圧力をかける動きには厳重に抗議する必要があります。
放送を語る会事務局としては、経営委員会を含むNHKの動向や、政治の介入にいっそう監視を強め、会員の皆さん、当会のイベントに参加された皆さん、そして広く視聴者市民の皆さんに、必要があればNHKへの意見集中など、機敏な行動をよびかけてゆきたいと考えています。
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